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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
三年生の章 喜劇

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黄の授業 吸引調査


 いろいろあった社交パーティが終わり、いつもの日常に戻ってきた。今日は応用魔石術学の黄の授業がある。地理学が行われていた大教室から小教室へ向かっていると、ルザに歩く速度を緩めるように言われた。

 

「小教室にはティエラルダ様がいらっしゃるでしょうから、本鈴が鳴る直前に到着するようにしましょう。なにを言われるかわからないので」

 

 ティエラルダ王女に会うのはあの社交パーティ以来だ。おそらく私に文句を言いたくて仕方ない状態になっているだろう。私はルザに頷いてゆっくりと歩き出す。

 

「ごめんね、ファリシュタ。あ、先に教室に行っててもいいよ?」

「ううん、大丈夫だよ。それよりディアナは平気?」

 

 社交パーティでの出来事をクラブメンバーから聞いたファリシュタが心配そうな顔を向ける。

 

「正直顔を見るのは憂鬱だけど、授業だから仕方ないしね」

「ディアナ様、演劇クラブのことを言われてもどうか(こら)えてください」

「う……それは堪えられる自信ないけど、頑張る」

 

 ノロノロと歩いて行って、目的の教室前までくるとちょうど本鈴が鳴った。その音を聞きながら扉を開けて中へ入る。いつも自分が座っている奥の二段目の席に向かっていると、手前の三段目から予想通りの甲高い声が聞こえた。

 

「んまぁ、なぜ私の前に現れるのかしら。目に入れたくもないというのに」

 

 周りに聞こえるような声でわざとらしく言う王女に、私は心の中でため息を吐く。

 

 それはこっちの台詞なんだけど、まぁいいや。無視無視。

 

 私が席につく間にティエラルダ王女はお付きの人に「あのような者がいるのに授業を受けられるティエラルダ様は素晴らしいですわ」とか「他の学生の目を覚まさせることができるのはティエラルダ様だけです」とか言われて機嫌を直している。

 そして王女がもう一言なにか発しようとしたところでアサン先生がやってきた。先生、ナイスタイミング。

 

「やぁ、揃っているね。今日は黄の応用魔石術をやっていく。黄の魔石術は他の魔石術と比べて難しいものであることは、一、二年の授業を受けてわかっていると思う。今日教えるのは、吸引調査といってこれもかなり難易度が高いものだ。実はレベルでいうと六年生で教えるのと同程度のものなんだが、それを今からやっていく」

「え……六年生のものを?」

「どうしてそんな難しい魔石術を……」

 

 アサン先生の説明を受けて教室中の生徒がざわつく。そんな生徒たちを見回して、アサン先生はくすりと笑った。

 

「別に君たちに意地悪をしようと思ってるわけじゃないよ。この魔石術は習得するのに時間がかかるから、早めに始めておこうというだけなんだ。三年生で概要を知り、四、五、六と毎年鍛錬を積み重ねていく。そうすれば卒業までには身につくだろうということでね」

 

 へぇ、そんなに習得に時間がかかる魔石術なんだ。

 

「すごい難しそうだね」

「吸引調査ってどんなものなんだろう」

「主に監察官が使う魔石術のようです。私も父から教わったことがありますが、実践したことはありません」

「そうなんだ」

 

 アサン先生は教科書を開いて、吸引調査の説明を始めていく。

 

「黄の魔石には引力の力がある。これまでは物体を引き寄せたり、留めたりと目に見える物を動かすという魔石術が主だったと思う。しかし今日教えるのは目に見えない物をとある石に集めて、対象物の調査をするという物だ」

「目に見えない物を石に集める?」

「わかりやすい例で言うと、毒物の調査だね」

 

 アサン先生がサラリと言った言葉に私は目を瞬く。

 

 え? ここでも毒物⁉ 前の青の授業の時にも話題になったけど、なんか物騒な内容が増えて来てるよね……。

 

「その他にも魔獣や魔物を特定するために、その分泌物を調べたりだとか、植物の研究に使われたりもする。地味だけど、文化の発展のためにはとても重要な魔石術なんだ」

「魔物……あ、もしかして去年シムディア大会の事件の時に、シャオリー先輩がキスラを特定してたのって、この魔石術を使ったからなのかな?」

「そうかもしれませんね。シャオリー先輩は調査が得意だとレンファイ様が仰っていましたし」

 

 習得に何年もかかる魔石術を使えるなんて、シャオリー先輩って結構すごいんじゃ……。

 

「じゃあ実際にどんな魔石術なのか見てもらおうか。今回はここに、微量の毒が含まれている紙を用意した。そしてこっちが毒を検知すると模様が現れる毒見石(どくみいし)だ」

 

 アサン先生はそう言って一枚の紙と真っ白なオセロみたいな石を取り出した。石は手のひらに固定した方がやりやすいらしく、調査専用の黒い手袋をして手のひらに毒見石をはめ込む。

 

「『サリク』微細の吸引を」

 

 先生がそう命じると、手のひらから黄のキラキラが飛んでいき、それに包まれた紙がふわりと浮く。

 

「……」

 

 手のひらから出ている光は大量ではないのに、魔石術を使っているアサン先生の顔は思いの外厳しい。どうやらかなり集中力のいる魔石術のようだ。しばらくして黄色の光が消え、紙が教卓の上へ落ちる。

 

「ふぅ……こんなものかな。みんなこれが見えるかい?」

 

 そう言って生徒たちに向かって掲げた先生の手のひらの毒見石には、気味の悪い紫色の模様が浮かんでいた。

 

 うええ、気持ち悪い。カビみたい。

 

「石がこのような模様になるのは、この紙にあった毒が神経に作用する物であることを示している。ああ、ここに塗っているのは人体に影響がない量のものなので安心してくれ。こうやって毒を特定したり、成分を知ることで事件の捜査や研究に役立たせているんだよ」

 

 先生はそう説明すると、毒の塗られた紙と毒見石と手袋を生徒たちに配り出した。人体に影響がないと言われても、毒の塗られた紙を持つのは気持ちが悪い。周りの学生も顔を顰めて紙を回していく。

 

 ……この量でもアルスラン様だったら影響受けたりするのかな。うう、この授業が終わったら全身に解毒をかけよ……。

 

「最初は全然できないと思う。コツは魔石術をかける対象が極小のものだと意識することかな。対象物の中の奥、さらにもっと奥にある小さな成分を吸引するというイメージで行うんだ。物質自体は重量はないから大きな力はかけなくていい、ただかなり集中しないと石にまで吸引できないから頑張ってみてくれ」

 

 では始め、と先生が言ってみんなが黄の魔石の名を呼ぶ。私も右手に手袋をはめて手のひらに毒見石をつけ、「『サリク』微細の吸引を」と唱えた。黄色いキラキラが紙に当たって包み込む。

 

 この紙に染み込んでいる毒をその細かい繊維から吸い出すイメージで……。

 

 自分なりに成分の吸引のイメージをして集中するが、上手くいっているかはよくわからない。しばらくして魔石術を止め、右手にある毒見石を見てみたが特に変化はなかった。

 

 真っ白いままだね……うーん、確かにこれは難しい。

 

 私の場合特級であるため、最小の力を使うことにまず集中力が必要になる。

 

 特級の魔石を使ったらまだ楽なんだろうけど。

 

 力の大きさを示す目盛りを際限なく細かくして一番小さな力に設定し、そこから吸引のイメージで引っ張り上げないと出来なさそうだ。

 

 最小の目盛り……あまり試してこなかったんだよね。あとでトイレで練習しようかな。

 

 二年の時にもらった特級の青の魔石は腰袋に大事にしまってある。それを使って力の調整の感覚を思い出さないと、この魔石術は成功しそうになかった。

 

 まぁでも、とにかく今できる最小の力で集中してみよう。

 

 その後も何度もチャレンジしてみるが、一向に成功しない。周りを見てもできた生徒は一人もいなかった。

 

「ふぅ……本当に難しいね、これ」

「ディアナでもできないんだったら、私には絶対無理だよ」

「それはわかんないよ、ファリシュタ。炎や解除の魔石術みたいに、ファリシュタだからこそ早く習得できるものかもしれないし」

「うーん……でも目に見えないものを吸引するっていうのは、平民の生活ではなかったことだから……」

 

 確かにそれもそうか。

 

「どちらかというと生物学の領域に近いのではありませんか? マギアというのも目に見えないものですし」

「マギアかぁ、そうだよね」

 

 私は自分の胸元を見て、オリム先生とやった透明魔石の研究を思い出した。透明魔石を使うときにマギアコアから一方的にマギアが流れていることがわかった実験では、目に見えないけどマギアが移動している様子が記録されたのだ。

 

 目に見えない物質かぁ……それって向こうでいう化学の話だよね。原子とか分子とか、なんかこうミクロの世界って感じ。

 

「もしかしたら思ってる以上に極小の物のイメージをしないと成功しないのかも」

 

 私がぽつりとそう呟くと、近くに来ていたアサン先生が「鋭いね、ディアナ」と笑顔を向けた。

 

「君のいう通り、この魔石術はあり得ないほど小さい物のイメージをしないと成功しないんだ。なんせ目に見えないものを吸い上げようって魔石術だしね。だが目に見えないものなんてすぐにイメージできないだろう? そこがこの魔石術の最初の難関なんだよ」

「アサン先生はどんなイメージをして術を使っているのですか?」

「私は昔、生物学を研究している人のもとで働いていたことがあってね、その時に目では捉えることのできない小さな物質を見ることができる器具があると知ったんだ」

 

 ……それって顕微鏡と同じようなやつなんだろうか。

 

 疑問に思った私は先生に質問する。

 

「その器具は拡大鏡のようなガラスの板を使ったものですか?」

「ん? いいや、奇石を使って作られたものだよ。その奇石を使えば拡大鏡よりも良く見えるようになるんだ」

 

 なんと、そんな便利な奇石もあるとは。本当にここって石が重要な世界なんだね。

 

「その器具を使って見てみると、普段私たちの目では見ることができない極小の生物を確認することができた。だから私はその極小生物を吸引するイメージでこの魔石術を使ってるんだ」

「なるほど……アサン先生は実際にそれを見たからイメージできるんですね」

「みんなにも見せてあげたいところだけど、その器具はその辺にはないものだからね、扱いに注意が必要な物だし持ってくることができないんだ」

 

 アサン先生はそう言って肩をすくめた。


 顕微鏡で見た画像かぁ……それなら私にもできるかもしれない。

 

 顕微鏡の画像は実際の理科の授業でも、テレビや動画でも見たことがある。どれくらい拡大していたのかは忘れたが、ミクロの世界でウニョウニョと動く物質がいるイメージはなんとなくできる。

 

 要はミクロの世界のものを、この石に引っ張り上げたらいいってことでしょ。

 

 私は再び黄の魔石の名を呼び、吸引の魔石術を唱える。対象物である紙をじっと見つめ、その奥へ、さらに奥へと入り込んでいくイメージをする。

 

 ミクロの世界……ミクロの世界……。

 

 そう呟きながら奥へを進むと、やがて物質を構成している粒子に辿り着く。

 

 あくまで想像だけど、この小さな粒を吸引するイメージで……。

 

 イメージの中の私は、その粒を持って手のひらの毒見石に向かって飛んでいく、ぐんぐんと引き上げられたその粒はその真っ白な石にベチョッとぶつかった。

 と、そこまでイメージしたところで術を止め、手のひらの石を見てみる。

 

「あ、ちょっとだけ付いた」

「わ、本当だ。すごいディアナ」

「小さい点だけどね……」

 

 アサン先生にも見てもらったが、吸引自体は成功したが調査できる量ではないので、吸引調査という魔石術自体は失敗ということだった。

 

 ふへー……本当に難しいよ、これ。

 

 マギアを大量に使ったわけでもないのに、ドッと疲れる。ちょっと難しい問題を連続で何問も解かされた時の疲労感に近い。

 

「う……お腹空いてきちゃった」

 

 私は空腹感を感じて思わずお腹を抑えた。もうすぐお昼ということもあるが、思った以上に頭でエネルギーを使ったらしい。

 その後も空腹に耐えながら魔石術を練習してみたが、結局成功はしなかった。

 

 黄の魔石術って本当に難しすぎる!

 

 

 

 ちょうどその日の放課後に、ソヤリに呼び出されて王の間に行くことになった。どうやら社交パーティでの出来事について直接私から話が聞きたいらしい。演劇クラブの方はハンカルに任せて、私は地下の廊下を歩いていく。

 

 アルスラン様に会えるんだったら吸引調査について聞こうかな。

 

 さっきの授業でできなかった魔石術について考えながら内密部屋の扉を潜ると、いつもと変わらないソヤリが待っていた。少し言葉を交わして、奥にある小さな扉から秘密の通路へと入る。

 

「ソヤリさんは吸引調査の魔石術を使えるんですよね?」

「もちろん使えますよ。今日習ったのですか?」

「はい。でも全然上手くいかなくて……あれってなんかコツとかないんですか?」

「そうですね……あの魔石術はこれがわかればすぐできる、というものではないですから、自分が躓いているところを一つ一つクリアしていくしかありません」

「うう、そうなんですか……」

「黄の魔石術に関してはアルスラン様が一番よく理解していらっしゃるので、あとで聞いてみてはどうですか?」

「執務中にいいんでしょうか?」

「今日は運動の時間をとっていますから、それをしながら聞くくらいならいいでしょう」

 

 おお、やった。黄の魔石術のスペシャリストに話を聞けるなんてちょっとズルい気もするけど、アルスラン様に直接聞けるのは嬉しいな。

 

 そう思いながらウキウキしていると、ソヤリは「あ」となにかを思い出したかのような顔になって私の方を向く。

 

「そういえば、王の間に行く前に先に言っておかなければならないことがあります」

「へ? なんですか?」

「去年クドラトが貴女に求婚したことがクィルガーにバレました」

「はい⁉」

「今年の社交パーティの報告をアルスラン様にしていたのですが、ついでに去年貴女にあったことを改めて報告したのです……」

「あ! 言っちゃったんですか⁉ お父様の前で⁉」

「ええ。聞かれてしまいました」

 

 ソヤリは胡散臭そうな笑みを浮かべてしれっと言う。

 

「聞かれてしまいました、じゃないですよ! ど、どうするんですか! 絶対怒ってるでしょ、お父様」

「貴女に怒っているわけではありませんから、大丈夫なのではないですか?」

「なに言ってるんですか! 『なぜ報告しなかったんだ?』って言って怒られるに決まってるじゃないですか!」

 

 私はそう言って頭を押さえる。最悪だ。

 私に男友達が出来ただけでも殺気を放っていたのに、勝手に求婚してた人がいるなんて知ったらどうなるかわからない。

 

「ソヤリさんも知ってたのに黙ってたんですから一緒に謝ってくださいよ!」

「あの男に謝罪などしたくはありませんね。私には娘を持つ父親の気持ちなどわかりませんから」

「ひどい!」

 

 淡々とそう告げられ、私は箱に入れられて王の間へ向かった。気持ちは裁判所に向かう被告の気分だ。敗訴確定の。

 

 そうだ、そもそも勝手に求婚してきたのはクドラト先輩なんだし、お父様に報告して、もしクドラト先輩に手を出したら学院で問題になっていただろうし、私はそれを未然に防ぐために黙っていたのだ。

 私は悪くない。いい判断をしたんだから悪くない。

 

 自分にそう言い聞かせて王の塔に入り、ソヤリとともに上へと向かう。そして王の間のある階に着いて顔を上げると、目の前にクィルガーがいた。

 赤い目はすでに光っていた。

 

 ぎゃ————————————‼

 

「お父様‼ ごめんなさい‼」

 

 私は壁際まで後ずさって、思いっきり叫んだ。

 

 

 

 

初めて大苦戦する魔石術が出てきました。

ちょうど王様に会えるので相談しようかと思っていたら

ソヤリから思わぬ報告が。クィルガー、怒ってます。


次は 似たもの親子、です。

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