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目覚めた私


 ピキッ……パシッ……。


 何かがひび割れる音がする。……なんの音だろうか。目を閉じた状態でしばらくその音を聞いていると、徐々に自分の体の感覚が覚醒していくのがわかった。

 

 ……うう……なにこれ……寒い。冷たいよ……。

 

 まるで冷凍庫に入れられてるみたいだ。その不快感に眉を寄せゆっくりと目を開けると、目の前に氷の塊があった。え? と思った次の瞬間、ピシィッと大きな音を立ててその氷が割れ、いきなり崩れ出した。

 

「……⁉」

 

 それに包まれていたらしい自分の体が支えを失い、そのまま落下する。

 

 ヒィ————‼

 

 大きな氷が地面にぶつかる音とともに自分の体もそのままダイレクトに床に打ち付けられて、私は声にならない悲鳴を上げた。

 冷え切っていたからか痛みは感じなかったがどうやら頭は打たずに済んだとわかり、安堵する。

 

 うう……びっくりした。

 

 私は横向きに倒れたまま目の前に氷が積み重なっているのをぼんやりと見つめる。体がかじかんでいて全く動けない。

 しばらくじっとしていると上から光が射してきた。暖かい光に体が照らされ、じんわりと熱が巡ってくるのがわかる。目の前の氷もその光で溶け、あっという間に蒸発して消えていった。

 

 いや……蒸発するの早くない?

 

 その光景を不思議に思いながら体が温まった私は起き上がろうと顔の横に左手をついて、ピタリと動きを止めた。

 

 なに? この手……!

 

 手が小さい。どう見ても自分の手じゃない。白くて綺麗な子どもの手だ。

 そこにパラっと髪の毛が一房落ちてきて、またビクッとなる。それは見慣れた黒髪ではなく、透き通るような金髪だった。

 

「……え?」

 

 私は慌てて体を起こし、自分の体を確認する。さっきまでTシャツとデニム姿で歩いていたはずなのに、今は薄手の黄緑色の長袖ワンピースに脛丈の細身のズボンを履いている。

 袖は先に行くにつれてふわっと広がり、縁に簡単な刺繍がしてあった。靴はペラペラの茶色の革を紐で縛っただけの簡素なハイカットのスニーカーみたいなものである。

 

 ちょっと待って。どういうこと?

 

 目を閉じて考える。私はさっきまでロサンゼルスにいて、一人で買い出しに出かけていた。スマホの地図を見ながら大通りを歩いていると急に強風が吹いてきてうわってなって、誰かが英語で「危ない!」って叫んだ。

 次の瞬間、目の前に立て看板が吹き飛んできて……ブラックアウトした。

 ちなみにその看板は私の大好きなミュージカルの宣伝の看板だった。

 

 ……私、まさか死んだの?

 

 もう一度自分の手を見つめる。明らかに成人の日本人女性の手ではない。

 

 ……もしかして転生ってやつ?

 

 ありとあらゆるエンタメが好きな私はもちろんライトノベルも読んでいたし、異世界転生や異世界転移なるジャンルがあることも知っている。いつかこういう作品もハリウッド映画に広がって行けばいいのに、と思っていた。

 

 いや待って。そんな都合のいい話があるかな。普通にここは死後の世界とか、天国と地獄に分かれる前の場所とかそういうのかもしれない。

 

 そう思い直してとりあえずここがどこなのか把握しようと辺りを見回す。

 自分が座っているのは石で作られた直径五メートルほどの円形の台の上だ。ヨタヨタと台を降りて確かめると、それは高さ五十センチくらいの大きな台座のようなものだった。よく見ると台座も床も塵や埃で汚れていて小さなひび割れがいくつもある。どうやらかなり古いものらしい。

 

 なんかすごく神秘的な空間だな……。

 

 今いるのは広い正方形の部屋で窓はなく、上を見上げると天井がかなり高いところにあった。その天井近くの壁が一部壊れていて、太い木の根がその穴から部屋に侵入している。

 その先をよく見ると穴の向こう側で緑の葉っぱが揺れていた。あちらは外なのか、やけに木々のざわめきが大きく聞こえる。

 

 ちょっと天空の城のあれっぽいよね、あの木の根っこが這ってる感じとか。

 

 光源がそこしかないため部屋の四隅は暗くてよく見えないが、台座の他には何もないようだ。

 四面のうち一面にだけ扉だったらしい長方形の穴があるが、そこからも木の根が伸びていて壁にもそれを這わせている。根に苔が生えてるのを見ると、かなりの時間この建物は放って置かれたようだ。

 

「パム?」

 

 と、いきなり変な音が聞こえて私は振り返る。さっきまで何もなかった台座の上にぴょこんっと小さな薄茶色の毛の塊が現れた。

 

「?」

 

 警戒しながらそっと近付くとその塊が小刻み揺れて「パム?」と鳴いた。よく見るとサルっぽい顔が見える。

 動物園で見たリスザルよりもっと小さい、手のひらに乗せれそうな大きさの生き物だ。ウサギのような大きな耳が横に垂れ下がっているところだけサルとは違う。

 

 サルウサギ?

 

 私が顔を傾けてサルを見ていると、そのサルも同じように顔を傾ける。反対側に傾けると、サルも真似して傾けた。

 

 なにこれ可愛い。

 

 サルは特別警戒するでもなく、私の腕に飛び乗ってくる。ちょっとびっくりしながら見ていると、私の肩まで登ってきて顔をじっと見上げてきた。間近で目が合うと、なんとなくあなた誰? と聞かれている気がする。

 

「私は、ええーっと……なんて言ったらいいか……って、ん?」

 

 サルに自己紹介しようと声を出して私はふと気付いた。

 自分の声が、とてつもなく可愛い。

 

「んんっ。あーあー。あいうえお、かきくけこ、さしすせそ。赤巻紙、青巻紙、黄巻紙」

 

 わぁなにこれ! すごい、めちゃくちゃ可愛い声質だし、滑舌もいいし、通りも良くてすごく魅力的な声だよ!

 

 ふぉぉぉぉ、と自分の声に感動していると肩に乗ったサルがパムパム鳴いてくる。耳に響くから横で鳴かないで欲しいが、その鳴き声が有名な某黄色いモンスターキャラの声によく似てることに気付いた。

 前の私はあまりそういうことを敏感に察することができなかった。明らかに今の私の方が声と耳が段違いに良い。

 それに気付いて自分のテンションがどんどん上がるのがわかった。

 

 ちょ、ちょっといろいろ試してみよ!

 

 まずはドミソミドの音階で発声練習をしてみる。

 

「あーあーあーあーあー」

 

 そう軽く声を出しただけなのに綺麗な声が広い部屋に反響して美しく広がった。

 

 わお、声量も十分じゃない? 本当にこれが私の声?

 

 それに嬉しくなってきた私は思わず歌い始めた。

 誰もが知っている有名なミュージカルの曲だ。オーディションを受けていたころ何回も歌った、体に染み付いている歌。私の心は音楽とともにあり歌うことで心は満たされる、そういう歌。

 歌い始めて驚く。

 この体は歌うために生まれたのか、と思うほど声が思うように出てくるしビブラートも完璧な出来だ。さっきまで氷の中にいたとは思えないほど伸びやかに声が出る。子どもの体だからか基本的に高音だが、囁くような低い音も、天に上るような高い音も掠れることなく綺麗に響く。

 それを確かめながら私はこの声を堪能するようにゆっくりと歌い上げた。

 

 すごい……! 声の伸びも響きも以前の私と比べ物にならない。

 こんな体だったらミュージカル俳優の夢も叶ったかもしれない……!

 

 自分の声にすっかり興奮した私はまた違う曲を歌い出す。今度はダンス付きの激しいやつだ。腰を揺らして腕を突き出して、くるくる回転してポーズを決める。肩に乗ってたサルも喜んで私の肩や背中や頭を飛び回った。

 ふと気付くと自分の周りにたくさんのサルが集まってきていた。驚きながら上を見ると光が射している穴のところからサルが次々と降りてきている。

 

 私の肩に乗ってるサルの仲間かな? 

 

 私はそのサルたちと一緒に踊り出した。小さくて踏みそうになるがサルたちも楽しそうだ。

 それから何曲かサルたちと思いっきり歌って踊って満足した私は、ふうっと息をついて台座に座る。

 

 ああ、楽しかったなぁ。もっと歌って踊りたいけど、まずこれからどうするかを考えないと。

 ここって食糧とかなさそうだよね? 水は氷……は溶けちゃったし、うーん……どうしようかな。

 

 そんなことを考えて周りをキョロキョロとしていると、胸のあたりがポワッと温かくなってることに気付いた。

 

「ん? なんだろ……」

 

 服の上から手で押さえるとそこに何か硬いものが当たる。私は立襟の中に手を突っ込んでそれを掴み出した。

 

 ガラス玉のネックレス?

 

 細い紐の先に五センチほどの透明な楕円形のガラスか宝石のようなものがついていた。ダイヤモンドのような輝きはないがガラスより透明度がある。外側は硬い透明なものでできていて、中は液体のようにも見える不思議な輝きだ。

 温かいその不思議な石を見ているとなんとなく石もこちらを見ているような気がしてくる。さっきサルと見つめ合った時と同じ感じだ。

 首を傾げてその石を見ていると、突然肩に乗ってるサル以外のサルたちがビクリと体を揺らし、一斉に入って来た穴に向かって駆け上がり出した。

 

「なに? どうしたの⁉」

 

 驚いて見ているとサルの群れがものすごい速さで穴から外へ出て、あっという間にどこかへ行ってしまった。

 それに呆然としていると、どこからかズズズ……ズズズ……と何かが這う音が聞こえてきた。群れに置いていかれたサルが私の肩の上で長い耳をピンッと上げ、穴を凝視する。不穏な空気に私も透明の石を服の中に戻して立ち上がり、そちらを見上げた。

 しばらくすると穴いっぱいに何かの影がかかった。それはゆらゆらと揺れると、やがて穴の中にズルリと入ってくる。

 

「……‼」

 

 両手を口に当てて、私は悲鳴をあげそうになるのを必死に(こら)えた。

 隙間から差し込む光に照らされたそれは、黒とオレンジの縞縞模様の大蛇だったのだ。

 

 

 

 

氷の中から目覚めたら、いい声になっていました。

浮かれて歌っていたら大蛇が現れて大ピンチ。


次は 大蛇来襲、です。

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