ユラクルの相談
他国の王族や高位貴族との社交がひと段落したところで、私は演劇クラブのブースに戻ることにした。その途中で今まで話しかけてこなかった中位貴族や下位貴族の人たちに囲まれる。
「あの、今年の公演会も誰でも観に行けるのですか?」
「ええ、もちろんどなたでも大歓迎ですよ」
「わ、私昨年の劇を観ました! あのような感動を今年も味わえますか?」
「去年とはガラッと違った感動を感じていただけると思います。今年も来てくださいね」
「はい!」
中位貴族以下の人たちは勇気を持って話しかけてくる人が多く、反応もとても可愛らしい。そしてここでも私のお相手の話を振られたが、それには「お父様を超える方でないとお相手になりません」と笑顔で答えてその場をあとにした。
「ふぅ、ただいま」
「おう、おかえりディアナ、ハンカル。なんか、大変だったみたいだな」
「ラクスも見ていたのか?」
「いや、こっちからは人が集まってる様子しかわからなかったから、さっきケヴィンに聞いたんだ」
ハンカルの問いにラクスがそう答えて後ろを指差す。
ブースの奥を見ると、ケヴィンが椅子に座ってイッキと話しているのが見えた。ジャヌビ四兄弟もこっちに来ているようだ。
「ケヴィン先輩、イッキ先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様なのはそっちだろう? 大変だったな、ディアナ」
「先輩に見られてましたか……」
私がケヴィンの隣の椅子に座ると、ルザが「お茶を入れて参ります」とスッと離れる。
「たまたま其方の近くで学生たちと話していたんだ。僕はあまり面識はないが、ティエラルダ様というのはいつもああいう感じなのか?」
「そうですね、一年のころからなぜか敵視されていまして、エルフと公表してからはさらに嫌われてしまったようです。去年までは人前で絡んでくることはあまりなかったんですけど……」
「そうなのか……ふむ、もしかしたらイバン様とレンファイ様が卒業されたからかもしれないな」
「え?」
ケヴィンは顎に手を当てて真剣な顔になる。
「ディアナは一年のころからイバン様と繋がりがあったし、去年は大国のお二人が演劇クラブに入っていた。中国の第二王女にとってはやりにくい状況だったのだろう。そのお二人がいなくなった途端、其方に強く当たるようになったのだから、わかりやすいといえばわかりやすいな」
「なるほど……確かに去年アサスーラ先生からも言われましたね。『大国の二人と繋がりがある私に手を出すのは得策ではないと思われている。問題は来年以降だ』って」
「そうか、さすが社交クラブの顧問だな。アサスーラ先生はその対策についてはなにか仰っていたか?」
「私を助けてくれる高位の方と懇意にしろと。そのアドバイスのおかげで、さっきもクシャーナ様や他の方に助けてもらえましたし、先生の言うことを聞いていて正解でした」
「……ふむ、それはよかったが、それだけでは少々弱いな」
「へ?」
ケヴィンはそう言って腕を組み、しばらく考えたあと口を開いた。
「ディアナ、これからここにユラクル様をお連れしていいか? ディアナに用があると仰っていたんだ」
「え? ユラクル様をですか? そんな、わざわざ来て頂かなくても私から行きますよ!」
ユラクル王子がここへ来たら、大国の王子を呼びつけたと見られてしまう。
「いや、他のブースに立ち寄ることはシムディアクラブでも推奨されているし、たまたまここへ立ち寄ったという風に見せることもできる。なにより、シムディアクラブのブースに其方が来たら、そこにいるメンバーたちからシムディア・アインで対決してくれと、すごい勢いで頼まれると思うぞ。それでもいいのか?」
「う……っ。そ、それは遠慮したいですね」
演劇クラブにメリットにならない対決は絶対にしたくないが、そんなことお構いなしにグイグイくるのがシムディアクラブの人たちだ。
私が渋い顔をすると、ケヴィンは苦笑して「場を整えて待っていてくれ」と言ってブースから出ていった。
お茶を持ってきたルザにケヴィンとの話を伝えると、「それでは用意している中でも一番いいお茶とお菓子を用意しましょう」と言ってナミクやチェシル、マーラを連れて裏へ行ってしまった。残った私やジャヌビ四兄弟は机を綺麗にしたり、いい椅子を持ってきたり準備を整える。
「大国の王子様がやってくるなんて、やっぱディアナはすげぇな」
とイッキが笑いながら椅子に洗浄をかけている。高位貴族なのに嫌な顔をせずに準備をしてくれる四兄弟もすごいなと思う。
ジャヌビという国は本当に柔軟な人が多いよね。なんだか一緒にいてホッとするよ。
少々貴族の社交に疲れていた私は、その四人を見ながらズビッとお茶を啜った。
しばらくしてケヴィンがユラクル王子とそのお付きを連れて戻ってきた。私はブースの表へ出て王子と挨拶を交わす。たまたまブースを覗きにきたという様子で話し出す王子を、私はブースの中へと案内した。
机を挟んで向かい合う形で私と王子が席に座ると、ルザが素早くお茶とお菓子を机の上に出した。
「アルタカシークの珍しいお茶をご用意しました。こちらのお菓子はザガルディのショコラドをアレンジして作ったものです」
私がそう言ってお茶とお菓子を勧めると、ユラクル王子の顔がほわっと綻ぶ。
「これは、夏休みの間にザガルディでも流行り始めたシュト・ショコラドですね。アルタカシークでも作れる職人がいたとは驚きです」
「うちの料理人は元々ザガルディ出身の者ですし、とても腕がいいのですよ。今回はこの社交パーティのために特別に用意したのです」
実はこれはルザのアイデアだ。コモラの腕を知っているルザは、社交パーティの会場で用意されているお菓子とは別に、コモラのお菓子を持ち込んではどうかと言ってきた。私個人が用意したものを振る舞うことで、こうしてブースの中までやってくるお客様に対して、あなたは特別ですよ、と伝えることができるということらしい。
さすが生粋の高位貴族だよね、私じゃ絶対そんなこと思いつかないよ。
「わぁ、これは本当に美味しいですね。濃厚なミルクの味がします。このようなシュト・ショコラドは食べたことがありません」
「喜んでいただけて嬉しいです」
ユラクル王子があまりにも美味しそうな顔をするので、後ろに控えているお付きの人たちもチラチラとお菓子の方を気にしている。私はユラクル王子の隣に座っているケヴィンにその人たちにもお菓子を勧めてもらうように言う。
お付きの人たちがシュト・ショコラドに夢中になっていると、ユラクル王子がお茶を飲んで私を見つめ、優しく笑った。
「表では言えなかったのですが、今年もディアナは素敵ですね。その服もとても美しいです」
「⁉」
その言葉にケヴィンと後ろのお付きたちが固まる。
私もユラクル王子の率直な感想に一瞬びっくりしたが、そういえば王子は美しいものに目がない人だった。きっと単純に服だけを褒めたのだろう。
「ありがとうございます。この服は演劇クラブのメンバーが作ってくれたのですよ。私もこんな美しい衣装が着れて嬉しいです。うちのメンバーはすごいでしょう?」
「ええ、素晴らしいです。本当に美しいですね」
王子に服を褒められて私はそうでしょう、そうでしょう、と上機嫌になる。
「ところでユラクル様のご用というのは?」
「ああ、そうでした。その、シムディア・アインについてディアナのアドバイスが聞きたかったのです」
「シムディア・アインですか?」
「ええ、去年から色々とルールを考えて面白い試合になるように改良してきたのですが、今少し迫力に欠けるというか、盛り上がる要素が足りないなと感じているんです」
「そうなのですか? 去年のシムディア大会でやっていたチーム戦も面白かったですし、アクハク石もいろんな形を作ってるんですよね?」
私が首を傾げてそう言うと、ユラクル王子は眉を下げる。
「ええ、ただアクハク石の積み方も試していくうちにパターンが決まってきますし、その形の攻略方法が固まれば、選手たちの行動パターンも決まっていってしまいます。そうなると、真新しい要素がなくなっていってしまって、盛り上がらなくなるのです」
「待ってください、パターンが決まるって……どれだけ試合をしたのですか?」
あんな広いフィールドで石を積むのだから、そのパターンなんて無限にありそうだけど。
「その……シムディアクラブには体を動かしたいメンバーが多いので……。それに比べて積み方のパターンを考えてくれる人が少ないものですから」
「つまり、戦略を練る人よりなにも考えずにやりたがる人が圧倒的に多いってことですね……」
「はい……」
私が呆れたように言うと、しょんぼりした顔で王子が頷いた。
確かに頭脳派のメンバーは少ないだろうけど、これから発展していきたいのだったらみんなで協力して作っていってほしいよね。
「ですから少ないパターンの中でもっと面白くする方法がないか考えていたのです。その方法が好評であれば、みんながそれに熱中している間に石のパターンを作れますから」
「基本的なルールに新しい要素を足したいってことですね……うーん」
ユラクル王子の考えを聞いて、私は腕を組んで考え始める。
石のパターンはある程度決まっていて、その中でさらに盛り上がる要素か……。ヴァキルを先に鳴らした方が勝ちっていうのはそのままで行くとして……なにか選手に禁止事項を増やして難しくしてみる? でもあまりにできることが少なくなると、やってる方はフラストレーションが溜まりそうだよね。
私は子どものころにやっていた遊びや熱中したゲームソフトを順番に思い出していく。その中でも単純だけどわかりやすくみんなで盛り上がったゲームを思い出して、ポンと手を打つ。
そうだ、ゲームといえばこれじゃない。
「タイムアタックっていうのはどうですか?」
「タイム……アタックですか?」
初めて聞いた言葉なのかユラクル王子がパチクリと目を瞬かせる。
「最速でヴァキルを鳴らしたチームが勝ち、というルールです。簡単にいえばスピードを競うゲームですね。これなら同じパターンのステージで複数のチームが戦うことができますし、スピードを争うので盛り上がると思いますよ」
「なるほど……速さを競うのですか」
「あ、それともう一つ、逆に試合時間を決めてしまうというのも有りかもしれません」
「試合時間ですか?」
ユラクル王子はよくわからないという風に首を傾げる。
「一試合に制限時間を設けるんです。五分とか、十分とか、シムディア・アインは長時間やるものではないですから、短い方が盛り上がると思います。制限時間内に相手のヴァキルを鳴らした方が勝ちというルールにしたら、選手たちもすぐに動かなくてはいけなくなりますし、焦りますし、面白くなると思いますよ」
「制限時間ですか……! すごい、それは思いつきませんでした! どちらのチームも時間内にヴァキルを鳴らせなかったらどうするんですか?」
「どちらも敗退ということにすればいいんです。ドロー、再試合はなし、ということにすると二チームとも必死になるでしょう?」
「確かに……勝つしかないと思うと本気度が上がると思います」
私の説明を聞いてユラクル王子が顔を輝かせる。
「そうだ、ヴァキルを一つにして攻守交代で試合をしてもいいかもしれません。制限時間内に相手のヴァキルを鳴らした方に点が入って、何回戦か行い、その合計得点で勝利が決まるとか。これなら試合自体は短時間でも、四、五回戦すれば一時間くらい遊べるゲームになると思いますよ」
「それは面白そうです! 長時間行えるのなら途中で選手交代があってもいいですね」
「そうですね、各回の最初にしか交代できないというルールにすれば作戦も変えられて面白いと思います。交代回数と人数を予め決めておくといいと思いますよ」
「そ、それは素晴らしいです!」
私の提案を聞いて王子の後ろにいるお付きの人たちが前のめりになって入ってきた。それをケヴィンがギロリと睨む。
「おい」
「はっ失礼しました!」
「全く、主の会話に軽々しく口を挟むな。側近として恥ずかしいぞ」
「申し訳ありません……あまりにいい案を聞いたもので」
怒られている側近を見てユラクル王子はふふっと笑う。
「どうやら彼らもやってみたいようですね。ディアナ、そのタイムアタックというのと、長時間行えるやり方を取り入れてもいいですか?」
「ええ、もちろん。シムディア・アインが面白くなれば私も嬉しいですから、なんでも使ってください」
「ありがとう。ディアナには助けてもらってばかりですね。シムディアクラブは貴女の味方ですから、なにか困ったことがあれば言ってください。このお返しをきちんとしたいです」
「ふふ、お気持ちだけで嬉しいです。あ、でも公演会の準備などでまたお世話になるかもしれません」
「それくらいのことならいつでも呼んでください。貴方たちも聞きましたね?」
ユラクル王子がお付きの人たちに声をかけると、そこにいる全員がうんうんと頷く。
今年もシムディアクラブの協力は得られそうだね、よかった。
イバン様とクドラトがいなくなったあと、どうなるかと密かに思っていたのだが、心配いらないようだ。
用事が終わったユラクル王子をブースの外まで送っていると、ちょうどブースの前にジンリー王女が通りかかった。私が笑顔を向けると、王女は私の方へとやってくる。
ていうか、おめかししたジンリー様、めちゃくちゃ可愛い!
「あら、ユラクル様もここにいらっしゃったのね」
「ええ、ジンリーもディアナに会いに?」
「いえ、その……別に、ちょっと様子を見に寄っただけです。さっき少し騒ぎがあったと聞いたから……って、どうかしたの? ディアナ」
ユラクル王子に向けていた視線を私に移して、ジンリー王女はギョッと目を見開いた。
「か、かか、可愛いですジンリー様! なんだか昔のレンファイ様を見ているようですっ」
私が頬に両手を当てて感激していると、ジンリー王女は戸惑うように目を泳がせた。
「あ、貴女は昔のお姉様を知らないでしょ?」
「そうですけど、こんな可愛かったのかなぁって思って……あ、もしかして今日のスカーフも?」
「え、ええ、これはお姉様のお下がりに少し手を加えて使っているの」
「お姉様のスカーフをお使いになるなんて……! 素晴らしいです! 可愛すぎます! よくお似合いです!」
「そ、そうかしら……」
私の言葉にジンリー王女を少し目元を赤らめる。姉のスカーフが似合っていると言われて嬉しいようだ。
ぐぅぅ! お姉様大好きオーラが溢れてる! 可愛すぎるよジンリー様!
そんな王女を眺めて目をキラキラとさせている私に、ハンカルやラクス、ケヴィンが呆れているのがわかった。ジンリー王女も私をチラリと見てため息をつく。
「……なんだか心配いらなかったみたいね」
「ジンリーもディアナを心配してきたのですね。ふふ、ディアナは大丈夫そうですよ」
「一応、お姉様に頼まれたものですから……」
どうやら二人ともさっきのティエラルダ王女との騒ぎを聞いて、様子を見にきてくれたらしい。それを知って私のニヤニヤは止まらなくなる。
こんな可愛い二人に心配されるだなんて、役得すぎない? イバン様、レンファイ様ありがとう!
自分が大国の二人に挟まれて周りからかなり注目されているなんて思わず、私は可愛い二人にだらしない笑顔を向けながらお喋りを続けた。
演劇ブースの前で仲良く話していることが、『大国の第二王女と第二王子もディアナを大事にしている』という風に周りに思われた、ということをあとでハンカルに教えてもらって知ったのだった。
いろいろなことがあった社交パーティが無事に終わりました。
次は 黄の授業 吸引調査、です。