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社交パーティでの変化


「そういえばもうすぐ社交パーティがあるけど、ディアナは今年も行くの?」

 

 ある日、相部屋の四人でお風呂に入っていると、ザリナが思い出したように聞いてきた。私は自分の金髪を指でいじりながら顔を上げる。

 

「一応ね。演劇クラブのブースがあるから様子は見に行かないとなぁとは思ってるよ。去年グルチェ様に紹介してもらった王族の人たちにも挨拶した方がいいと思うし。ザリナはどうする?」

「……私は今年はやめておくわ。去年行ってどんなところかはわかったし……その、お相手を探すのもまだ先でいいと思うし」

「来年は婚約できる年齢になりますし、ザリナは来年からが本番ですね」

 

 ルザに微笑みながら言われてザリナが慌てる。

 

「わっ私だけじゃないでしょう? 貴女たちだって同じじゃない!」

 

 この世界の人たちは十五歳で婚約が可能になる。学院に通っている学生たちは三年生が終わって国に帰った時に、自分の誓いの布を親から贈ってもらう決まりらしい。

 

「私はエルフだから、そういうこと考えるのはまだまだ先でいいもん。ルザとファリシュタはどう?」

「私も考えていません。ディアナ様を守ることが第一ですから」

「んー……私も正直まだよくわからないなぁ。去年ザリナと参加してわかったけど、あの独特な雰囲気にちょっとついていけない感じ……」

 

 ファリシュタが困ったように眉を下げて笑うのを見て、私は首を傾げる。

 

「独特な雰囲気なんてあったっけ?」

「貴女、カタルーゴの高位貴族から告白されておいて、よくそんなこと言えるわね⁉」

「あ! ああ、あれかぁ……すっかり忘れてた。そういえばそういう話が出る場所だったね」

 

 私がクドラトのことを思い出しながらそう言うと、他の三人は完全に呆れた顔になった。私と同じ部屋で過ごすようになって、この三人が一番私に対して素直な感情を見せてくれる。嬉しいけど、たまにちょっとひどい。

 

「はぁ……貴女と話していると自分が緊張してるのが馬鹿らしくなってくるわ」

 

 ザリナは大袈裟に首を振ったあと、私をキリッと見据える。

 

「演劇クラブ長としてこれからも毎年参加するのなら、そういう空気もちゃんと見ていなくてはいけないわよ? 貴女のクラブメンバーに好意を寄せる人だって訪れるかもしれないのだから」

「え、そういう人が出てきたらなんかしないといけないの? 私」

「それはそうよ。メンバーが乗り気なら二人の時間を作るようにしてあげるとか、嫌な人が来たらそれとなく断ってあげるとか、することはたくさんあるわよ」

「ええっそんなのもクラブ長の仕事なの?」

 

 演劇関係ないじゃん……。

 

「クラブ長としてどこまで面倒を見るかはその人によるでしょうけど、少なくとも守ってもらえるとわかればメンバーも嬉しいんじゃない? 演劇クラブには可愛い子もいるんでしょう?」

「そりゃうちの女性メンバーは可愛い子しかいないけど」

 

 私が胸を張っていうと、ザリナは「あ、そう……」と半眼になる。

 

「コホン、とにかく男性メンバーは放っておいてもいいけど、女性メンバーを社交パーティに連れていくなら、そういうことも気にしてあげた方がいいわよ」

「そっか……わかった。ありがとうザリナ。私全然そういうこと考えてなかったよ」

「全く……貴女はもう」

 

 ザリナがそう言ってため息をつくと、隣のファリシュタがクスクスと笑った。

 

「去年のディアナはそれどころじゃなかったもんね。イバン様とクドラト先輩に挟まれて大変そうだったもん」

「本当にどうしようかと思ったんだよアレ……他の学生はイバン様との関係を否定しても勝手に盛り上がっちゃうし、クドラト先輩は突然あんなこと言うし。ハンカルがいてくれて助かったよ」

「ハンカルがなにかしてくれたの?」

 

 私が眉を寄せながらそう言うと、ザリナが小首を傾げる。

 

「クドラト先輩にズバッと断っていいか聞いたんだよ。ハンカルは貴族のやり方に詳しいから、そう言う時にアドバイスが貰えてすごく助かるんだ」

「ああ、だからあの時すぐに断っていたのね。確かに相手が不躾だったからそう返しても問題ないけど、私たちは離れたところから見てて驚いたわよ。ね? ファリシュタ」

「え? ああ、うん。あんなに人がいるところで断っちゃったのはびっくりしたよ」

「だってその場で言わないとクドラト先輩はわかってくれそうになかったし、周りの人も誤解したままになりそうだったし……はぁ、思い出しただけで頭が痛いよ。まぁでも、お父様のことを持ち出して断ったんだし、今年からそういうことはないでしょ」

「そうだといいけどねぇ」

 

 私がそう言うとザリナはニヤニヤと笑いながらこちらを見てくる。

 

「ザリナ、私になにか起こったらいいと思ってるでしょ」

「思ってないわよ。ただ貴女は自分がこの学院でどれだけ目立っているのか、もっと自覚した方がいいと思うわよ」

「それはわかってるつもりだけど……新しいエルフだし、変わってると思われるのは仕方ないかなって」

「……ダメだわ。全然わかってないわね」

「へ?」

「……ルザ、ディアナのことは貴女が見ているしかなさそうね」

「心得ています。すでに対策は考えていますので」

「さすがね。側近の鏡だわ」

「ちょっと二人で勝手にわかり合わないでよ! なに? 私なにがわかってないの?」

 

 私が焦りながら聞いても、二人は答えてくれなかった。

 

 え、ちょっと、社交パーティでなんか起こるの? 教えてよ!

 

 

 

 そしてあっという間に社交パーティ当日になった。

 相部屋の大きなクローゼットの中で着替え終わると、私はクルリと振り返る。

 

「どう? イリーナ。ちゃんと着れてる?」

「ええ、バッチリですわ! ディアナ、着付けをするのが上手くなっているのではなくて?」

「え? そ、そうかな……」

 

 ははは、と曖昧に笑いながら私は自分の服を見下ろす。実はイリーナが今年も新しい服を作ってきてプレゼントしてくれたのだ。とても綺麗で華やかな服だったので、それを今年も社交パーティで着ることにした。

 

「なんか、毎年もらっちゃって悪いね。ありがとうイリーナ」

「いいえ! ディアナの服を作ることはわたくしの使命ですもの! むしろお礼を言いたいのはこちらですわ。ああ、やはり思った通りディアナが着ると綺麗ですわね。服も喜んでいます!」

「そ、そうかな……」

 

 イリーナは私に自分の服を着てもらうのが本当に嬉しいらしく、着替えた私をずっとうっとりとした顔で眺めている。それを見て苦笑しつつスカーフを整えてリビングに向かうと、ファリシュタとザリナが目を輝かせた。

 

「わぁ! すごく綺麗だよディアナ!」

「今年も素晴らしい服ね。よく似合っているわ」

「ふっふっふん、さすがイリーナだよね」

「ふふ、ありがとう。みなさんに喜んでもらえて嬉しいですわ」

 

 私はイリーナの服を見せびらかすようにくるりとその場で回って、この模様がいい、このラインがいいと一通り感想を言い合った。

 

「じゃあそろそろ行こうか、イリーナ」

「あ……ディアナ、その、わたくしは今年は遠慮しようかと思います」

「え? イリーナ行かないの?」

「ええ。あの、メイユウに課題を与える約束をしていますの。それに今年の服は崩れにくい形にしましたし、ディアナの側についていなくても大丈夫だと思いますわ」

「そっかぁ……残念だな。みんながこの服見てどんな反応をするか見て欲しかったけど」

「ふふ、ファリシュタとザリナから感想をいただいたので十分ですわ。自信作ですもの。今年の社交パーティの中ではディアナが一番輝いてるともうわかっていますから」

 

 イリーナはそう言って笑顔で頷いた。

 

「わかった。じゃあ行ってくるね」

「ええ、楽しんで来てくださいませ」

「土産話を待ってるわ」

「パンムーもほら、バイバイって」

「パムー」

 

 ファリシュタの膝の上で果物を食べていたパンムーがこちらを見ずに手を振る。パンムーはすっかり部屋のメンバーと馴染んでいて、私がいなくても随分と楽しそうだ。優しいファリシュタとからかい甲斐のあるザリナのことをとても気に入っている。

 

 私の側から離れようとしなかったころが懐かしいね……。

 

 マントを羽織ってルザと部屋の扉を潜り、階段の踊り場でイシークとハンカルとラクスと合流して校舎へと向かう。

 

「おお、今年も可愛いなディアナ」

「イリーナが作ってくれたんだよ」

「綺麗だな。よく似合っている」

「ありがとハンカル」

「よくお似合いです、ディアナ様」

 

 イシークはキリッとした顔でそういうと、サッと私の後ろに控える。

 

「ハンカルとラクスもいつもよりいい服だね。去年より気合い入ってない?」

「演劇クラブの手伝いで社交パーティに行くって話をしたら、親が慌てて用意したんだよ。『宴に行くなら派手にしろ!』って言ってさぁ」

 

 ラクスが恥ずかしそうに服を摘みながら言う。ジャヌビ国ではパーティに行く時は派手にするのが決まりのようだ。さすがお祭り好きの国である。

 

「俺はまた背が伸びたから、服を作り替えるついでにきちんとした場所に行く服も作ってもらったんだ。背が伸びると似合う服も変わるからな」

「いいよなぁハンカルは背が高くて」

「ラクスだって今から伸びるだろ」

「それでも一生ハンカルには追いつけない気がする」

 

 そんなことを言いながら校舎に向かって歩いていると、その道すがら去年と同じように他の学生から見られていることに気づいた。

 

 やっぱりイリーナの服ってすごいよね。みんな見惚れてるもん。

 

 うちのイリーナはすごいでしょう、ふっふっふん、という気持ちで歩いていたら、私たちの方を見ていた学生のうち何人かが「ヒッ」という声をあげてササッとどこかへ行ってしまった。

 

「?」

 

 その動きが気になってふと後ろを振り返ると、イシークとルザがあり得ないほどの殺気を放って歩いていた。イシークは睨みを効かせて、ルザはめちゃくちゃ笑顔で。

 

 ひぃぃぃぃ! なにやってるの二人とも!

 

「そ、そんなに警戒しなくていいよ!」

「いえ、これは必要なことですので」

「ディアナ様は気になさらないでください」

 

 いやいやいや、気になるよ! 

 

「二人がそんな感じだったら演劇クラブのブースに来てくれる人がいなくなっちゃうでしょ!」

「まぁディアナはブースにいるよりいろんな学生と話してきてほしいから、いいんじゃないか?」

「ディアナには頼もしい番犬がいて安心だな」

 

 ハンカルとラクスはそう言って笑い、イシークとルザはそれを聞いて神妙に頷いた。

 

「はぁ……全然安心できないんだけど……。そういえば今日は誰がブースに来てくれるの?」

 

 演劇クラブのブースについてはハンカルに任せていたので詳しく知らないのだ。

 

「チャーチ先輩は来ているがいつも通り忙しいらしく、ブースにはチラッと顔を出すだけらしい。ケヴィン先輩はシムディアクラブに行ったのち来てくれるみたいだ。シャオリー先輩も同じように社交クラブに寄ってからこっちに来てくれる」

「チャーチ先輩は相変わらず女性に忙しいんだね。他には?」

「ジャヌビの四兄弟は高位貴族だし会場には来るようだ。そのついでにこちらに顔を出すと言っていた。クベストとエガーリクは不参加でダニエルとナミクとチェシルとマーラはブースに来る予定だ」

 

 見事に社交が得意そうな人たちばかりだね。

 

 チェシルとマーラは下位貴族だが参加するくらい社交パーティに興味があるようだ。去年のファリシュタとザリナのようで微笑ましい。

 

「今年も演劇クラブの見学会はするのか?」

「ううん、今年は人数が足りてるからするつもりはないけど、ただこれから宣伝は考えなきゃね」

 

 今は十の月なのでここで宣伝するのはまだ早い。公演会が行われる四の月に向かうにつれて盛り上がるように宣伝を打っていかなければならない。

 

 去年はイバン様とレンファイ様の恋愛物語ってだけで人を呼べたけど、今年はそうもいかないもんね。なにかいい宣伝方法を考えないと。

 

 そんなことを考えながら大講堂に入ると、中は今年も華やかな会場に仕上がっていた。なんとなく去年より派手な色合いの飾りが多い気がする。

 

「派手だねぇ」

「……グルチェの指示かもしれないな。派手好きだから」

 

 ハンカルが肩をすくめて会場を見回す。どうやらその年のクラブ長の好みによって飾りは変わっていくらしい。

 演劇クラブのブースの方へ歩いていると、「まぁ……素敵だわ」「美しい……」とこちらを見て囁く学生の声が聞こえる。私がその声がした方を向くと、新入生らしき女の子や、同級生くらいの男の子が顔を赤らめて横を向いた。

 

 なんか、去年はなかった反応だね……。

 

 去年はもっと好奇な目で見るとか、様子を窺う視線とか、あるいは忌避感とか、そういう感じだったのに、今年はそれとは違う反応になっている気がする。

 

 シムディア対決をしたりとか、そういう変なことしてないからかな?

 

 心の中で首を傾げながら進んでいると、演劇ブースの手前でちょうどグルチェ王女に出会った。

 

「ディアナ、来てくれたんだね! あ、クラブ長なんだから当たり前か。へぇ! 今日は一段と可愛いじゃない!」

「ありがとうございますグルチェ様。この服は演劇クラブで衣装を担当しているメンバーに作ってもらったんです。私の自慢です」

 

 そう言って私が胸を張ると、グルチェ王女は一瞬目を丸くして、次の瞬間笑い出した。

 

「あはははは! 違うよ、もちろん服も可愛いけど、私が言ってるのはディアナが可愛いてこと!」

「へ? 私ですか?」

「えっうっそ! 気づいてないのディアナ? もしかして誰からも可愛いって言われてない⁉」

 

 本気で驚いた顔をしたグルチェ王女が隣にいるハンカルとラクスを見る。

 

「俺はちゃんと伝えたよ」

「俺も」

「え? あれってイリーナの服を褒めてたんじゃないの?」

「違うよ」

「それもあるけどそれ込みでディアナが可愛いって言ったんじゃないか。気づいてなかったのか?」

 

 ラクスに呆れた声で言われて「え、う……そうなの?」と私は言葉に詰まる。勝手に顔がボワッと熱くなるのがわかった。そんなにストレートに自分が褒められているなんて思わなかったので、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 

「ここへ来る途中だってたくさんの学生たちに見られてただろ? あれってみんなディアナの姿に見惚れてたんだぞ? 話しかけようとしていた男子だっていたじゃないか」

「うへ⁉」

 

 そ、そうだったの⁉

 

「ラクスの言う通りだよ。だからルザとイシークが睨みを効かせてたんだぞ……」

 

 ハンカルの説明に後ろを振り向くと、ルザとイシークが真面目な顔で頷いた。そんな様子を見てグルチェ王女が爆笑している。

 

「ディアナって意外と鈍いのねぇ! あ、そんなディアナと話がしたいっていう王族の人たちがいるから、またあとで紹介するね! じゃ!」

 

 ご機嫌で去っていくグルチェ王女を見送りながら、私は自分の頬を両手で覆って固まった。

 

 じゃ、じゃあさっきここに入ってきた時の学生たちの反応もそういうことなの? え?

 

 思ってもみなかったことを告げられて動揺している私に、ルザが静かな声で話しかけてきた。

 

「ディアナ様、向こうで一旦落ち着きましょう。今の状況を説明しますので」

「あ、あう……はい」

 

 苦笑するみんなに囲まれながら、私は演劇クラブのブースの中へ歩いていった。

 

 

 

 

自分がそういう目で見られていることにびっくりのディアナ。

黙っていると美少女なのでエルフということを気にしなければ

一目惚れされる確率は結構高いのです。


次は ディアナの味方、です。

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