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透明魔石の役目


 バタバタとした九の月が終わり、吹いてくる風に秋の気配が混じるようになった。

 私はルザとイシークを引き連れて内密部屋にやってきた。ささっと扉を潜ると、中にはすでにソヤリとオリム先生がいて談笑している。


「お待たせしました」

「私も今来たところなので大丈夫ですよ」

 

 私が挨拶して席に座ると、オリム先生が目尻に皺を寄せて微笑む。

 

「ここで集まるのもなんだか久しぶりですね」

「一の月の繋がりの魔石術の実験のあと、アルスラン様が多忙になられて中断していましたからね。今年も研究をよろしくお願いしますよ、ディアナ」

「はい」

 

 今日は久しぶりの透明魔石術の研究の日だ。

 昨年中断したあと研究を再開した日にアルスラン様が毒に倒れたため、その日から研究は止まったまま終わっていたのだ。

 

「確か繋がりの魔石術でどれくらいの人と繋げられるのか実験するって話でしたよね」

「ええ、それと繋がりの魔石術と水流筒を使って相手の視界を映す、というのもやってみたいと思っています」

「え、あれをオリム先生で実験するんですか?」

「はい。こちら側からディアナの視界を見ることができるのかも知りたいですし」

「わかりました」

 

 前にテルヴァに捕まってアルスラン様と繋がった時に、水流筒で溜めた水面にアルスラン様の視界を映すことができた。それが原因で魔法陣を見てしまうことになったのだが、あれの実験をしたいらしい。

 

 確かにどこまで見れるのかとか、相手側からもこっちの視界が見えるのかとか知りたいよね。

 

 ちなみにオリム先生にはこの現象があったことは伝えているが、私の記憶の映像を映せることについては話していない。アルスラン様から私の前世の記憶については秘密にしておくように言われているからだ。

 

「では、アルスラン様に繋ぎます」

 

 ソヤリがそう言って通信の魔石装具を起動させる。繋がった先から聞こえてきたアルスラン様の声は今までで一番元気なものだった。私はそれに気づいて自然と口角が上がる。

 

 声だけ聞くのって久しぶりだから気づかなかったけど、アルスラン様の声かなりいい感じだよね。もしかして運動もしてくれてるのかな。

 

 そんなことを思いながら黙っていると、オリム先生がアルスラン様に今日やる実験について説明を始めた。

 

「以前やった繋がりの魔石術の実験から、おそらくこの魔石術は多くのマギアが溜まっているものと繋がることができるものではないかと考えました。わかりやすく言うと魔石と、マギアコアですね。この前ディアナはアルスラン様と魔石に繋げることができたでしょう?」

「そうですね。……あ、でもサモルとコモラにも繋げることができましたよ? マギアコアを持っていない平民とも繋がりましたが……」

 

 私の疑問にオリム先生がふふ、と微笑む。

 

「ディアナ、平民もマギアコアを持っていますよ」

「え⁉ そうなんですか?」

「ええ。魔石使いに比べるとかなり小さいものですが、ないことはないのです。魔石術を使える、使えないで分かれているだけで、人間はみなマギアコアを持っています」

 

 そ、そうだったのか。

 

「あ、だから平民からもたまに魔石術を使える人が生まれるんですか?」

「その通りです。たまたまマギアを溜めやすい子が平民にも生まれますからね、特殊貴族になる子どもたちは大体そういう経緯で誕生しているのです」

 

 ファリシュタもイシークもそういう体質だったから魔石使いになったってことか。

 

「それは知りませんでした……」

「繋げられる対象がわかったので、ディアナが一度で繋げられる数を測るやり方を考えたのです。その数が把握できれば、繋がりの魔石術の上限を知れると思いまして」

 

 オリム先生はそう言うと立ち上がり、横のワゴンから大きな袋を取り出した。重そうなその袋を椅子の上にどさっと置くと、袋の口を開けて中からたくさんの魔石を取って机に並べていく。

 

「これは……透明の魔石ですか?」

「そうです。平民のマギアコアと同じくらいの大きさの透明の魔石をたくさん用意しました。安いですからね。これ一つ一つを一人の人間と仮定して繋げてみるんです。最小の力でどれだけ繋げられるかがわかれば、最大の力でどれくらい繋げられるかも推測することができます」

「なるほど。人ではなく魔石で実験するんですね」

「これならディアナも怖くないでしょう?」

「はい、ありがとうございますオリム先生」

 

 人に対して実験するのが怖い私のことを思って、このやり方を考えてくれたらしい。


「まずはわかりやすく百個くらいから始めてみましょう」

「いきなり百個ですか?」

 

 オリム先生を手伝いながら私も魔石を並べていく。三級の魔石よりも小さい魔石なので簡単に机から落ちそうで怖い。

 

「九十九……百、はい。これで百個です。ディアナ、繋げてもらいますか?」

「はい。では、いきますね」

 

 私は小さな透明魔石を見つめつつ、服の下から自分の透明の魔石を取り出して握りしめる。

 

「『シャファフ』魔石に繋げて」

 

 そう命じると、透明の魔石が光ってそこから白い光が伸び、机の上に飛んでいく。力を最小に抑えているため、白い光は綱引きの太さくらいだ。その光は端っこの魔石に当たると、そこから順番にダーッと並んでいる魔石たちに繋がっていく。

 

 順番に電気が通っていくみたいで面白いね。

 

 そしてすぐに百個目の魔石に到達した。

 

「軽くいきましたねぇ。ディアナ、感覚的にはどうですか?」

「まだまだ余裕でいけそうです」

「では次は千個に増やしましょう」

「この机の上では無理ではないですか?」

 

 ソヤリに言われて私たちは机を端に寄せ、床の上に魔石を置いていくことにする。黄の魔石術でまとめて移動させたら早いんじゃないかと思ったが、細かい魔石を一つ一つ並べていくのはかなり難しい技術だったので断念した。

 これができるのはアルスラン様くらいらしい。

 

「王の間でやってもらえばよかったですかねぇ。ほほほ」

「そうするとオリム先生は見れないですよ?」

「それは悲しいので、今日はこちらでお願いしますよ」

 

 そんなことを言いながら千個の魔石を並び終える。そして再び繋がりの魔石術を使うと、これまた簡単に全部繋げることができた。その後、魔石の数を二千、五千と増やしても私の感覚は全く変わらなかった。

 

「まだまだ全然余裕があるんですが……」

「ほほほ、困りましたねぇ、魔石を広げる場所がなくなりそうです」

 

 私たちが途方にくれていると、アルスラン様の声が通信の腕輪から聞こえてきた。

 

「最小の力でもそうなるのだとしたら……もしかしたら数で測れるものではないのかもしれぬな」

「というと?」

「その繋がりの魔石術の力が届く範囲にあるものは全部繋げられるのかもしれぬということだ」

「広さで決まると……確かにその可能性もありますね」

 

 オリム先生はそう言って顎を撫でる。

 

「最小の力でどの範囲まで広げられるのかは、わかりませんよね? ディアナ」

「最小の力で使ったことがあまりないのでわかりません。一番最初に使った時は力の加減なんて考えてなかったですし、それに小さな祠の中でした。一年の時にテルヴァに捕まった際はアルスラン様から繋いでもらいましたし……」

「アルスラン様、ディアナと繋いだ時の力はどれくらいのものでしたか?」

「そうだな……比較的近い場所であったから、小さな力しかかけておらぬ。他の魔石術と同じと考えると、おそらく最大の力を出せばアルタカシーク全土まで広げることができるであろうな」

 

 えええええ⁉

 

「ぜ、全土ですか⁉ この国の⁉」

 

 アルスラン様の答えに私はギョッと目を見開く。

 

「そうだ。特級の力だからな」

「確かに、魔石術の力の及ぶ範囲は二級で大きな館一棟分、一級で王都全体だと言われていますからね。アルスラン様も国境の関所まで魔石術を飛ばされてますし、それと同じならディアナもこの国を覆うくらいの力を持っているかもしれません」

「え……わ、私そんなに大きな力を持っているのですか?」

 

 オリム先生の説明を聞いて血の気が引いてくる。自分の持っている力が思った以上に大きすぎて怖い。

 

「しかしさすがにこの国にいる全員と繋げることは不可能なのでは?」

 

 私が顔を青くしていると、ソヤリが腕を組んで冷静に問いかける。

 

「それはわからぬ……が、ディアナは透明の特性を持っている。私ではこの国の全員と繋がることは不可能だと思うが、ディアナにはもしかしたら可能なのかもしれぬ。実験はできないがな」

「そうですねぇ、どちらにしろ魔石の数の実験では測れないということがわかったので、そう仮定するしかないかも知れません。いやぁ、まさかこうなるとは……」

 

 オリム先生はそう言いながら黄の魔石術を使って床に並べた透明の魔石を集めていく。私が自分の力の大きさに呆然としている間に机が元の位置に戻され、その上に大きなお盆が乗せられた。

 

「ディアナ、次は映像の実験です」

「あ、はい」

 

 ソヤリに促されて、私は腰袋から水流筒を取り出し、お盆の中に水を溜めていく。オリム先生は初めてみる魔石術にワクワクした様子でその水を眺めていた。

 

「ではまず、私がオリム先生の視界が映せるかやってみますね」

「はい、お願いします」

 

 私は透明の魔石に命じてオリム先生と繋がる。そして透明の魔石をお盆の水に浸して「オリム先生の見ているものを映して」と言うと、ファンっと水面が光り、そこに机の上にあるお盆と向かいに立っている私の姿が映った。

 

「おおっ私の見ている光景です! 映っていますね」

「先生、視線を動かしてみてください」

「はいっ」

 

 先生が横を向くと、水面には壁際に立っているソヤリが映り、さらに天井が映ったり壁が映ったりする。

 

「ちゃんと映ってますね」

「ははぁー! これはすごい、ディアナ、次はソヤリともやってみてください」


 興奮気味のオリム先生に言われて、今度はソヤリに繋ぎ直して同じように命じてみる。

 

「おお! 映ってますね! ほおぉ、ソヤリからはこんな風に見えているのですね」

「ふふ、これを使えばソヤリさんが仕事でどこでなにをしているのかすぐにわかりますね」

「……このように光ったまま隠密の行動はできませんよ、ディアナ」

 

 少し呆れた声を出してソヤリが肩をすくめる。

 

 それはそうだよね。ちぇっソヤリさんの一日をこれで見てみたかったな。

 

「次は逆にディアナの視界を映せるか試してみましょう」

「はい」

 

 再びオリム先生に繋いで、今度はオリム先生が自分の透明の魔石を持って水に浸す。

 しかしいくら命じても、オリム先生が映像を映すことはできなかった。ソヤリにもやってもらったが、結果は同じだ。

 

「どうやら透明の魔石術を使える者でないと、映像を映すことはできないようですね」

 

 オリム先生はガックリと肩を落として残念そうに呟いた。

 

「ではあの時は私とアルスラン様、どちらも透明の魔石術を使えたので映すことができたということですか?」

「そのようですね。はぁ……私も透明の魔石術が使えるようになりたいですねぇ」

「あれ? オリム先生って一級ですよね?」

「そうですよ?」

「一級でも使えないんですか……」

 

 クィルガーやソヤリのように二級の人は使えなくても、一級の人は使えると思っていた。

 

「何回も試してみてるんですがねぇ、まだ成功していません」

「私もオリム先生ならば使えると思ったのですが、難しいようですね」

 

 どうやらオリム先生も自分の中の音を透明の魔石に移すということができないらしい。

 

「やはり特級の魔石使いにしか使えないものなのかもしれませんね。もし一級の者が使えるのだとしたら、今までの歴史の中で誰かが発見していたと思いますし」

「そうかもしれないですね……」

 

 確かに今は少なくなってしまったが、昔は一級の魔石使いがゴロゴロいたのだ。使えない魔石として扱われていたとしても、それを研究する人はいただろう。それでもその力を発見することはできなかった。それはそもそも使える人がいなかったからと考えるのが自然だろう。

 

「アルスラン様はどのような訓練をして使えるようになったのですか?」

 

 オリム先生がノートになにかを書きながら通信の腕輪に向かって問いかける。

 

「……ディアナが説明した通りに試しただけだ。自分の音を透明の魔石に押し出すようにと……。初めは上手くいかなかったが、そのうちマギアコアから魔石にマギアが流れていっている感覚を掴めるようになった。それに集中すると音合わせができたのだ」

「ディアナも同じような感じですか?」

「はい。私はその流れていっている感覚が初めからわかりました。私の場合はマギアという存在を知らなかったので、音がそのまま流れていくって感じでしたけど」

「なるほど……そう聞くとやはりディアナの特異性が際立ちますね。音として掴むというのがエルフらしいです」

 

 エルフだからなのか、前世の音楽を知っているからなのかはわかんないけどね。

 

「しかし透明の魔石術が『繋がる』力を持っているということだけははっきりしましたね。赤、青、黄、緑と同じように、なんらかの役目を負った魔石であることは間違いないようです」

「『活力』『還元』『引力』『守り』そして『繋がり』か……。他の四つと比べるとかなり毛色が違う魔石だな」

「そうですね……それになぜ特級にしか使えない魔石が存在しているのかも謎です。透明の魔石は魔女時代、奉納された形跡もないですしね」

「え……透明の魔石って奉納されなかったんですか?」

「ええ、主に赤、青、黄、緑の魔石が奉納されていたそうですよ。透明の魔石が奉納された記述は残っていません。ですから今でも大量の透明の魔石が地下に眠っているのです」

 

 今はハズレ魔石と呼ばれて、その前は魔女にも奉納されなかった魔石か……。

 

「なんかちょっと可哀想ですね……ちゃんと魔石術が使えるのに、今まで放って置かれたなんて」

「ふふ、魔石に同情するとはディアナらしいですね」

「この前魔石には意志があるかもって話をしたじゃないですか、だからなんとなくそう思ったんです」

 

 私は首にかかっている自分の透明の魔石を眺めた。

 

「今日もなにか言ってそうですか?」

「いえ……血の契約を解除してからあまり強く感じなくなったのでわかりません。パンムーに聞けばわかるかもしれないですけど」

 

 私はそう言ってスカーフの中にいるパンムーを呼んでみたけれど、どうやら爆睡しているらしく、反応はなかった。

 

「オリム先生、今後はどんなことをやっていくんですか?」

「そうですね、とりあえずどんな魔石術かはわかったので、次は他にどのような力が使えるか試してみるという方向でしょうか。赤の魔石術に衝撃や炎や旋風があるように、透明の魔石術にも繋げて使える術が他にあるかもしれません」

「なるほど」

「まぁこれは我々には使えない魔石術ですから、そんなに急いで調べなくてもいい気はしますが」

 

 確かに学生に教えることができない魔石術だから、そこまで力を入れる必要はないかもね。私も基本的な使い方がわかっていればそれでいいし……。

 

 と、思っていたらそれに異議をを唱える人がいた。

 

「いや、実験できる人材がいる間にきっちり調べた方がよい。ディアナはともかく、私が生きている間に透明の魔石術の力を解明したい。時間は有限だ」

 

 今までで聞いたことがないくらいはっきりした声でアルスラン様がそう言った。

 

 アルスラン様……声からちょっとウキウキした雰囲気が漏れてますよ。

 

「……アルスラン様、興味があるからただ研究したいだけなんじゃないですか?」

 

 私がボソリと呟くと、ソヤリとオリム先生も「でしょうね」という顔になる。

 少しの沈黙のあと、通信の腕輪から「ふむ」という声が聞こえた。

 

 ふむ、じゃないよ! ふむ、じゃ!

 

 心の中でツッコんで、その日の研究は終了した。

 

 

 

 

実験することでわかった「繋がり」の役目がある透明魔石。

奉納もされなかった魔石がなぜ存在しているのか。

謎は深まるばかりです。


次は 社交パーティでの変化、です。

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