太鼓と踊りのセッション
演劇の練習は脚本の後半の読み合わせに入った。今回の演目は主にケヴィンとチャーチの会話や、対決の進行役のラクスとのやりとりが多いので、その人たちの台詞が上手くいけばスムーズに進む。たまに野次を飛ばしたり仲間同士での会話で新メンバーたちの出番があるくらいだ。
最後まで読み切ったところで私はメンバーたちに改善点を話す。
「カッタ先輩は野次の声にしては真面目に聞こえるのでもっと揶揄した感じを出してください。イッキ先輩はいい感じです。ウギル先輩は少し優しすぎますね。もっときつい声で大丈夫です。タルティンは調子に乗ってる感じでとってもいいよ」
私の話に四兄弟たちがそれぞれ脚本に注意点を書き込む。
「クベストはちょっと硬すぎるかな。声量はいいけどもっと感情を乗せてほしい。エガーリクはタイミングはバッチリだけどもう少しお腹から声出して。チェシルとマーラは問題ないよ、シャオリー先輩との会話が多いから三人で練習してね」
「精進致す!」
「……お腹から、か」
「わかりました!」
「はい!」
新メンバーへの注意点を話すと、私はケヴィンとチャーチとラクスを呼んだ。
「ここの主要メンバーの台詞のやりとりはこの演目のメインですし、かなり練習を重ねないとハマるものができないと思うので、これからかなり大変だと思います」
「ハマるものというのはどういうことだい?」
「んー、こう、このメンバーならではの間というがあると思うんです。観ていて思わずお客さんが笑ってしまうような、ノリの良さというか。……説明しづらいんですけど」
「あ、あれか? 去年ディアナとケヴィンがやった寸劇見たいなあの感じ?」
ラクスの言葉にケヴィンの眉がピクリと動く。
「そうだね、あれは私とケヴィン先輩の間ができてたから面白かったんだと思う。それの三人バージョンを作りたいってこと」
「……脚本にある通りに喋っているだけではダメなのか? これですでに形になっている気はするが」
渋い顔でそう言うケヴィンに私は首を振る。
「これをそのまま喋ってるだけでは観てる人はクスクスっとしか笑わないと思います。私はそれでは満足できません。貴族の学生が思わず爆笑してしまうような劇にしたいんです」
「ば、爆笑……だと」
「それくらいの感情の揺れがお客さんの中に起こらないと、去年の劇を超えることはできませんよ、ケヴィン先輩」
「うぐ……」
前に私から今年の劇の重要性を聞いたケヴィンは眉を寄せて黙ってしまった。それを見て隣のチャーチが顎に手を当てる。
「その、間を作るというのはどうやってやるんだい?」
「それは台詞を言い合って改善していくしかないですね。やっている本人だけではわからないことだと思うので、私ももちろん参加しますよ」
「ディアナがいてくれたら心強いね。今までなかったものを作り上げていくなんて、面白そうじゃないか。なぁケヴィン?」
「……想像がつかなさすぎて不安しかないな」
「大丈夫だって! ケヴィンにはお笑いの神様がついてるってディアナが言ってるし!」
「ラクスのいう通りです。何の心配もありません先輩」
「そんなこと言われても嬉しくないぞ!」
プリプリと怒るケヴィンを無視してチャーチが「じゃあ早速僕たちの間を探そうか」と言って物語の前半の練習を始めた。「勝手に始めるなよ!」と言いつつケヴィンがそれに応えている。
主役の二人が読み合わせを始めたので、私はその間にラクスと今回の劇の踊りについて話すことにした。
「後半の対決の時に派手な踊りをバーっと見せたいから、前半は軽い踊りでいいと思うんだよね」
「そっか……じゃあ前半はあの二人が滑稽に見えるような踊りにすればいいのか?」
「うーん……あの二人の台詞のやりとりだけで結構面白いから、それ以上笑える踊りを入れるのは悩むところだね。あまりお客さんに笑われるものは作りたくないし……」
「ディアナ、笑われると笑わせるって違うのか?」
「それは違うよ。笑われるっていうのはどちらかというと馬鹿にしてる笑いだから、そういうのは嫌だなってこと。ケヴィン先輩やチャーチ先輩が侮られるような笑いはダメだよ。私が許せない」
私がそう言って目を吊り上げると、ラクスは「難しいこと言うなぁ……」と苦笑した。
「じゃあ、あの二人の演技を見て前半の踊りは作ってみるよ。問題は後半の踊りだな……」
「ん? ラクスもう後半の踊り考えてくれてるの?」
「そりゃ今回のメインになる踊りだもん。脚本読んだ時からこんなのがいいかな、あんなのどうかなって考えてた」
「すごい、さすがラクス!」
「へへ、だけどさ、いまいちグループで踊るっていうのがピンと来なくて……なんかこう、刺激が欲しいっていうか……」
ラクスはそう言いながら私の方から視線をチラチラと練習室の奥へと動かした。そっちには、音出し隊の練習場所がある。
ははーん……そういうこと。
実はラクスは演劇クラブの活動初日以来、ずっとツァイナの太鼓が気になっているらしく、事あるごとに音出し隊の方へ顔を出していたのだが完全にツァイナから警戒されてしまっていた。ラクスは基本的に優しいので嫌がっている女の子に無理にお願いはしない。そのため未だにツァイナの太鼓を聴けずにいるのだ。
私が初めてツァイナに会った時もめちゃくちゃ警戒されて、太鼓聴かせてもらえなかったもんね。気持ちはわかるよラクス。
自分のしでかしたことを思い出してフフッと笑うと、ラクスが不思議そうな顔で私を見る。
「どうかしたのか?」
「ねぇラクス、私の経験から一つアドバイスがあるんだけど、ツァイナは自分の好きなもののためならお願いを聞いてくれるから、その条件を考えて交渉してみたら?」
「へ? 俺が交渉? そんな難しいことできないぞ」
「難しく考えなくていいよ。私がツァイナに出した条件は『私が知っている音を知りたいなら、あなたの太鼓を聞かせて』だもん。ラクスが彼女が知りたいと思う条件を考えられれば、聞いてくれると思うよ?」
「ツァイナが知りたいこと……か」
ラクスはそう呟いて珍しく深い思考に入っていった。
翌日、ラクスにツァイナと話がしたいから付いてきてくれと言われたので、二人で練習している音出し隊の方へ歩いて行く。
なにかいい案が浮かんだのかな?
音出し隊はちょうど休憩に入ったところのようだ。ツァイナは近づいてきた私を見て少し顔を綻ばせたが、横にラクスがいるのに気づいて固まってしまった。
おおう、これは相当警戒されてるね、ラクス。
「ツァイナ、ちょっといいかな?」
「は、はい」
私が声をかけると、ツァイナは顔を青くしてこちらへとやってくる。その様子を後ろから音出し隊の他のメンバーが心配そうに見つめていた。
「急にごめんね、なんかラクスがツァイナにお願いがあるらしくて」
「お、お願いですか?」
ツァイナの顔にはすでに「無理です」と書いてあるのだが、ラクスは気にせず笑顔で話しかける。
「俺、どうしてもツァイナの太鼓が聴きたいんだ。それを聴いて、新しい踊りを生み出したい。えっと、だから条件を考えてみたんだ」
「条件……ですか?」
ラクス……条件って言わなくていいよ。提案とか、いいこと思いついたとか、そういう言葉にしようよ。
「交換条件ってやつだ。ディアナに聞いたんだけど、前にツァイナはディアナと太鼓のセ、セ……なんだっけ?」
「セッション?」
「ああ、それ、そのセッションってやつをやったんだろ?」
「あの即興で太鼓のリズムを合わせるやつだよツァイナ」
「ああ……あの」
私の説明にツァイナは少しだけ表情を緩めて頷く。
「それ、楽しかったんだろ?」
「はい、すごく」
「じゃあそれを俺とやってみないか? リズムと、踊りで」
「は?」
ラクスの言葉に私とツァイナは目を見開く。
「どういうこと? ラクス」
「だから、ツァイナの叩くリズムに合わせて俺が即興で踊るってことだよ。太鼓同士で合わせて楽しいなら、踊りと合わせても楽しいはずだろ?」
「即興でリズムに合わせ踊る……か、それは確かに面白そうだね」
即興ダンスは恵麻時代によくあったやつだ。ダンスバトルとかでも頻繁に行われていた。
「だろ? ツァイナは踊りと合わせたことってあるのか?」
「いえ、ないです……」
「じゃあ一回やってみようぜ! 絶対楽しいから! 俺が保証する!」
拳を握ってブンブンと上下に振り、興奮気味に話すラクスに私は思わず笑ってしまう。
「つまり、太鼓を叩いてくれたら、ラクスがそれに合わせて面白いことをやってくれるよ、ってことらしいよ。ツァイナ、どうする?」
「え、えっと……」
ツァイナは戸惑い気味に私を見て、眉を下げる。
「音に合わせて即興で踊るっていうのは結構難しいことなんだよ。ここではラクスしかできないと思う。きっと今までにない体験ができるんじゃないかな」
私が笑顔でそう言うと、ツァイナは「……わかりました」と頷いた。
「本当か! やった! ありがとうディアナ!」
「お礼はツァイナに言ってよ」
「ありがとうツァイナ!」
目を輝かせてお礼を言うラクスに、ツァイナはビクッと肩を揺らせて目を逸らした。
ヤティリのように悲鳴をあげて小上がりの陰に隠れないだけマシだけど、人付き合いが苦手な人たちがする反応もいろいろだよね。
私がそんなことを思っている間に太鼓が扇状に並べられ、その前に置かれた椅子にツァイナが座る。それに向かい合うように前の広い空間の真ん中にラクスが立って、マントを脱いだ。
「ハンカル、ちょっと持っててくれ」
「馬鹿、大事なマントを放り投げるな」
いつの間にか私たちの周りにはメンバーが集まっていた。みんな「なにが始まるんだ?」と興味深そうに眺めている。
その状況を見て体をこわばらせたツァイナに向かって、私は「大丈夫だよ。私も入れたら入るから。ツァイナはいつも通り好きなように叩いて」と言って太鼓を一つ手に持った。私がいるとわかって安心したのか、ツァイナは私を見上げて頷く。
「この前みたいに、楽しんで」
「はい」
準備が整ったのを確認して、ツァイナの太鼓の演奏が始まる。ゆっくりとしたリズムから始まり、徐々にスピードと音の数を増やしていく。
あ、前よりもリズムが安定してるね。基礎練習のおかげかな。
以前は思いついた通りにリズムを変えながら叩いていたのが、基礎的なリズムからいろんな変化を加えていくというものに変わっている。ツァイナなりに基礎練習を自分の中に取り入れ、それを上手く活用しているようだ。
こんな短期間で吸収するとは思っていなかったので、私は心の中でガッツポーズをする。
いいよいいよ、ツァイナの才能は思った以上かもしれない!
ある程度太鼓を叩いて、そのリズムが初めの方に戻ってきたところで、それまで目を瞑って突っ立っていたラクスがふわりと飛んだ。
「!」
「わっ」
ダン! と着地したラクスは、ツァイナの叩くリズムに合わせて踊り出した。足で複雑なリズムをとりながら上半身を素早く動かす。
え、待って。ラクスってこんな踊りできた? もしかして新しい踊り覚えてきたんじゃない?
去年の跳躍の踊りではそこまで複雑な上半身の動きはなかった。主に足を使った踊りだったからだ。
ツァイナの音が複雑になっていくにつれて、ラクスの踊りも激しいものになっていく。スタイリッシュな踊りに見えて、原始的な踊りにも見える。激しくて、格好いい、そんな踊りだった。
「うわぁ……すごい」
「なんだこれ……!」
「……っ速すぎてメモできないっ」
周りで見ていたメンバーも絶句したり、感心したり、興奮したりいろいろだ。
本当にすごいよ二人とも。私の想像以上だよ。
チラリと横を見ると、ツァイナは太鼓を叩きながら笑っていた。目がキラキラと輝いている。ラクスの踊りを見てかなり楽しくなっているようだ。
「ツァイナ、もっと変化つけていいよ」
と私が言うと、ツァイナはコクリと頷いてさらに新しいリズムを叩き出した。ラクスはそれを一瞬で理解してその音に合わせていく。
うわぁ、いいなぁ! これにメロディつけたらもっと楽しくなるのに!
いつの間にか見ている私もリズムに乗って体を動かしていた。合いの手を入れるように私も踊りながら太鼓を叩く。それを見てラクスも弾ける笑顔で踊り始めた。
楽しい。本当に。
これがエンターテイメントだよ!
太鼓のリズムがクライマックスを迎え、私たち二人がダーン! と大きな音を出すと同時に、ラクスもフィニッシュのポーズを決めた。
その瞬間、メンバー全員から拍手が沸き起こった。
「おおおお! すごいぞラクス!」
「わたくし、体が震えましたわ!」
「ツァイナもすごいよ! こんなの聴いたことない!」
「体の中がまだビリビリしてる」
歓声と拍手が響く中でラクスは「だぁー! もう無理!」と床に寝転がった。そのままハァハァと胸を大きく上下させて息を整えている。ツァイナも太鼓に手をついたまま、ふぅっと息をついていた。
「ツァイナ、どうだった?」
「え? あ……」
まだ興奮が残る顔でツァイナは私を見てから、前の床に転がっているラクスに視線を移した。
「すごかったです。こんなの、初めて……」
「ふふ、こんな体験するのは、ここにいる全員初めてだよ。ありがとうツァイナ」
「え?」
「こんなに楽しい気持ちになれたのは二人のおかげだもん。私いま、めちゃくちゃ嬉しい」
そう言ってへへへっと笑うと、ツァイナは今までに見たことがないくらい嬉しそうに笑った。
と、その場で飛び起きたラクスが突然こっちを向いて叫んだ。
「ディアナ! 俺いますげえビビッときたぞ! なんかこう、できそうな気がする!」
「劇の踊り、思いついたの?」
「そう! ああっこれどうすればいい? 今から踊らないと忘れそう!」
「待って! メモするから、インクの準備するまで待って!」
私は慌てて荷物を置いている小上がりに向かう。と、途中でヤティリに「このインクとペン、どうぞ」と筆記用具を差し出された。私がそれを借りてメモを広げている間に、ラクスはツァイナに近づいて話しかける。
「ありがとな、ツァイナ。おまえの太鼓はやっぱりすげぇよ!」
「あ、いえ……その、ラクス先輩の踊りもすごかったです」
「ラクスでいいよ! なぁ、たまにでいいからさ、俺が行き詰まった時とかまた叩いてくれないかな?」
「……たまになら」
「本当か? やった! ありがとうー!」
ラクスがそう言ってまたツァイナの両手をガッツリと掴んだ。
次の瞬間、サァッと顔色を変えて「やっぱり無理です!」と叫び、ツァイナはファリシュタの方へ逃げていってしまった。
ラクス、ちょっとは学ぼうよ。
アーティスティックな二人のセッションでした。
ツァイナは太鼓を叩き出すと性格が変わるタイプです。
次は 透明魔石の役目、です。