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大国の第二王女と第二王子


「ディアナ、リンシャークの話を聞いたか?」


 一級授業が行われる大講堂に向かっていると、一緒に歩いていたハンカルがコソッと話しかけてきた。この前レンファイ様のことを聞かされたばかりなので内心ドキリとしながら、私はチラッとハンカルの方を見る。

 

「うん、レンファイ様のことでしょ?」

「ああ。やはり知っていたのだな。俺もリンシャークの知り合いから聞いて驚いたんだが」

「継承の儀式が延期になるくらいリンシャークの国内は大変なことになってるんだね」

「そうみたいだな。レンファイ様も大変だと思うが、ここにいるリンシャークの学生も気が気じゃないだろうな」

「え? なんで?」

 

 私がそう聞くと、ハンカルは周りに人がいないのを確かめて声を潜める。

 

「去年レンファイ様を傷つけようとした犯人はアト族というそうだが、その一族の領土を現王が攻め落とそうとしているという噂が流れてるんだ」

「え……それって国内で戦争になるってこと?」

「まだ確かな情報ではないがな。ただここにはそのアト族の学生も通っている。いつ自分の領土が攻め込まれるかもわからない状況の中でここに来ているってことだから、かなりピリピリしているようだ」


 それはそうだよね……自分がアルタカシークに行っている間に戦争になったら、家族がどうなるかわからないし、自分の立場も危ういものになる。

 

「あまり、悲しいことにはなってほしくないね……」

「そうだな。……ん? あれは……」

 

 ハンカルと話しながら歩いていると、大講堂の入り口のところで学生数人が固まっているのが見えた。その塊の中心から可愛らしい声が聞こえる。

 

「だから、貴女たちがいなくても大丈夫だと言っているじゃない。中には他のリンシャークの学生もいるのだから心配ないわよ」

「ですがジンリー様、ここにはアトの者もいます。先生がいらっしゃるまで我々が側に……」

「貴女たちは自分の授業に向かいなさい。大事な授業に遅刻なんてしたらリンシャークの評価が落ちるでしょう?」

「しかし……」

 

 その会話を聞きながら私はハンカルと目を合わす。噂をすればリンシャークの学生たちと出会ってしまった。大講堂の扉は広いのでその人たちを避けて中に入ることもできたが、私は話の内容から中心にいる人物が誰なのか見当がついたので、そちらに近づいた。

 

「あの、なにかお困りですか?」

 

 突然横から私が出てきたので、みんなギョッとしてこちらを向いた。

 

「貴女は……エ、エルフの……」

 

 周りのお付きの人たちが驚いていると、中心にいた女の子がその人たちの間から顔を出した。薄紫色のストレートの髪に水色の目をした利発そうな美少女だ。ジンリーと呼ばれたその子は大きな目をパチリと瞬いて「あ」と声を出した。

 

「クラブ紹介で見たわ。ディアナね、話はお姉様から聞いています」

「あの、もしかしてレンファイ様の……」

「ええ、私はリンシャークの第二王女のジンリーよ。ちょうどよかったわ、貴女と一緒に中に入っていいかしら? 側近がなかなか離してくれなくて困っていたのよ」

「ジンリー様⁉」

「まさかこの方と⁉」

「私が一人で入るよりいいでしょう? お姉様が信用した人なのだから危険はないわよ」

 

 危険って……。

 

「私でよければご一緒しますよ。こちらのハンカルはウヤト出身ですし、一人で入られるより安全かと」

「ウヤト……あの真面目な国ね。助かるわ。では貴女たちは授業に向かいなさい。ほら」

 

 ジンリーは側近たちに手を振ると私と一緒に大講堂の中へ歩き出した。側近たちは戸惑いながらその姿を見ていたが、そのあと諦めたように首を振って引き返していった。

 ルザとイシークもそんな彼女たちを見送ったのち、自分達の授業へと向かっていく。

 大講堂の中へ入ると見知った一級の人たちと、緊張した面持ちの新入生の姿が見えた。

 

「……貴女、意外と背が低いのね。私と同じくらいじゃない」

「エルフですからねぇ、しばらくこのままの背丈なのではないでしょうか」

「なんだか他人事みたいに言うのね」

 

 エルフの体を借りてる気分でいるので他人事というのは間違っていない。

 

「ジンリー様は目の色がレンファイ様と似ているのですね。そのスカーフもとっても素敵です」

「! これは……お姉様の物を参考にして作ってもらったの。お姉様のように立派な女性になれるように……」

「ジンリー様はレンファイ様のことをとても尊敬していらっしゃるのですね」

「ええ、お姉様は私の憧れであり目標よ。お姉様のお役に立つ人間になるのが私のゆ……あ、な、なんでもないわっ」

 

 そう言ってジンリー王女は目元を赤くしてフイッと横を向いた。

 

 か、可愛い……もしかしてジンリー様ってお姉様が大好きタイプ? うわぁ、なにそれ可愛すぎてヤバい。

 

 私がジンリー王女を見てニマニマしていると、ハツラツとした元気のいい声が聞こえた。グルチェ王女だ。私は早速二人の間に立って紹介する。

 

「わぉ、ジンリーは昔のレンファイそっくりだね! めちゃくちゃ可愛い」

「お、お姉様を呼び捨て……」

「私はグルチェ、わかんないことがあっても私には聞かないで、ディアナを頼ってね。よろしく!」

 

 戸惑うジンリー王女の手をとってグルチェ王女がニカッと笑う。王族同士の正式な挨拶の形式をぶっ飛ばして話しかけるその快活な人柄に、ジンリー王女は圧倒されていた。今まで大国の王女として大事に育てられてきた彼女にとって初めて会うタイプの人間に違いない。

 

「ハンカル、実はウヤトの国の人って変わった人が多いの? それともグルチェ様だけが特別なの?」

「アレをうちの基準として考えないでくれ……頭が痛くなる」

 

 王女をアレ呼ばわりしたハンカルはそう言って渋い顔になった。その表情がなんだかクィルガーに似ていて、ちょっと複雑な気持ちになる。

 

 私もお父様に同じような感じで見られてるのかな。うう、ちょっと居た堪れないね。

 

 そこへユラクル王子がやってきた。王子はいつもの柔らかい雰囲気だが、後ろのお付きの人はジンリー王女がいるからか少しピリッとした雰囲気を纏っている。

 

 王子には一級のお付きの人がいるんだなぁ。

 

「あ、ユラクルも久しぶりだね。元気してた?」

「お久しぶりですグルチェ様。元気ですよ。早く学院に戻りたくて夏休み中はずっとソワソワしていました」

「あはは、ユラクルは本当にこの学院が好きなんだねぇ。私もこんなに自由にできる時間ってないから、卒業するのが嫌なんだよね」

「わかります。ここは王族にとっては貴重な場所ですから」

 

 と、ユラクル王女とグルチェ王女が盛り上がっていると、

 

「……随分と呑気な人なのね、ザガルディの第二王子は」

 

 とジンリー王女が呟いた。それを聞いてユラクル王子がそちらに視線を向ける。

 

「あ、ユラクル、こっちはリンシャークの第二王女のジンリー。ジンリー、こっちはザガルディの第二王子のユラクルだよ」

 

 グルチェ王女のめちゃくちゃ簡単な紹介を受けて二人が向かい合う。なんというか、本人たちより見ている周りの人がすごい雰囲気になる。

 

 大国の王女と王子の初対面ってこんなに注目されるの? 怖っ。

 

「初めまして、ユラクルです。レンファイ様には去年とてもお世話になりました。これからよろしくお願いします」

「リンシャークの第二王女ジンリーです。お姉様からユラクル様はとても優秀な方だと伺いましたが、私も負けませんから」

 

 わお、ジンリー様それってライバル宣言?

 

 周りの人たちもそれを聞いてざわついている。しかしユラクル王子はジンリー王女に向かってふわりと笑った。

 

「はい、仲良くしてください」

「……仲良くしたいとは言ってないんだけど……」

 

 にこにこと笑うユラクル王子にジンリー王女は呆れた顔になる。

 

「あはははは、なんかイバンとレンファイと違っていいねぇ! 新鮮だわー」

 

 グルチェ王女がそんな空気をぶち壊して笑っていると、本鈴が鳴り、いつものように世界の不幸を全部背負ったみたいな顔のバイヌス先生が入ってきた。

 今年も新入生を雰囲気だけでビビらせると、バイヌス先生は授業の説明を始めた。毎年初回の授業は新入生のグループ分けと二年生の特性の測定が行われるので、それ以外の学年の人たちはグループに分かれてお互いの力の確認をするだけである。

 先生が新入生に大講堂の端に移動するように言い、残された学生たちの進行を任せる人を名指ししようとしてピタリと止まった。そう、今年からイバン王子がいないのだ。

 

「そうだ、使える者がいなくなったのだったな。では今年は……」

 

 そう言ってここにいる六年生たちの顔を順番に見ていった先生は、その中で一番力が強いグルチェ王女の方を見て……視線を戻した。先生が指名したのは第二グループにいる六年の男子生徒だった。

 

「はぁ……助かった。指名されたらどうしようかと思った」

「……適材適所という言葉があるからな」

「さすがバイヌス先生」

 

 ズバッと言い捨てるバイヌス先生に、グルチェ王女はそう言ってにっこりと笑う。そんな彼女を見て先生は眉間の皺をさらに深めてチラリと隣にいる私を見た。

 

「来年からはディアナ、おまえに担当してもらう。各グループの数値を覚えておくように」

「ええ⁉ 私ですか⁉」

「おまえがこの中で一番力が強いからな。適材適所だ」

 

 バイヌス先生はそう言うとスタスタと大講堂の隅へ歩いていく。新入生たちが慌ててそのあとを追った。

 

「来年から頑張ってね、ディアナ」

「……私がやっていいんでしょうかねぇ」

「バイヌス先生に認められてるってことはいいことだと思うぞ」

「ディアナは優れた魔石使いなのですから、一級の代表者に相応しいと思いますよ」

 

 ハンカルとユラクル王子にそう言われたので、まぁいいかと思うことにした。

 そのあとはグルチェ王女とユラクル王子と現在の力の強さの確認をしつつ、隣のグループにいる代表者の男子生徒のところへ行って各グループの数値について教えてもらった。バイヌス先生の力を基に決められたこの数値の中では、四十から六十の間の力を持った生徒が多いため、その辺りは細かくグループ分けされているようだ。

 それをメモに取っていると、ジンリー王女が戻ってきた。数値を聞くとユラクル王子と同じのようだった。

 

「ジンリー様も同じグループですね。よろしくお願いします」

 

 一番グループに振り分けられたことに、ジンリー王女は少しホッとしていたようだった。

 

 ここでユラクル様より下だったらアレだもんねぇ。これ、イバン様とレンファイ様の時も同じような緊張感があったんだろうな。

 

 しかもあっちは第一王子と第一王女だ。もしかしたらもっと凄まじい空気だったのかもしれない。

 それから第一グループに入ったジンリー王女も入れて力の測定を行う。ジンリー王女はまだ新入生なので音合わせはそこまで速くはないが、魔石術の力は問題なくあるようだ。

 王女は私と力の測定をしたあと、感心したように言う。

 

「貴女の力は本当にお姉様と同じなのね……正直驚いたわ」

「そうですか?」

「でもディアナって毎年、力が変わんないよね。レンファイやイバンは徐々に強くなっていってたけど」

「あのお二人のように魔石術の力を伸ばそうという気持ちはありませんからねぇ。私は力が強くなるより安定する方を伸ばしたいので」

「欲がないんですね、ディアナは」

 

 ユラクル王子はそう言って笑うが、これは結構注意しなければいけない問題だ。私は特級なのでここで徐々に力を成長している風に見せることはできるが、その力が大きくなればなるほど周りの警戒レベルは上がってしまう。

 新しいエルフである私があまりにも突出した力を持っていると判明すると、それはそれで危ないのだ。それにユラクル王子もジンリー王女もイバン王子やレンファイ王女と比べると力が弱い。その二人と力の差が開く状況は避けた方がいい。

 

「じゃあ次は私とやってみよっか。ジンリー」

「えっあ、はい」

 

 まだ呼び捨てにれないジンリー王女がグルチェ王女と対峙する。私はユラクル王子と一緒に端っこに寄ってその測定を見守った。

 

「……ディアナ、少しいいですか?」

 

 二人きりになったタイミングでユラクル王子が小声で話しかけてきた。ユラクル王子は前を向いて少し笑みを浮かべたまま続ける。

 

「この声の大きさでも聞こえますか?」

「ええ、大丈夫です。お話とは……」

 

 私も前を向いたままそれに応える。口元をあまり動かさないように喋るこのやり方は、よく貴族の間で行われる技だ。喋っている内容を知られたくない時に使うもので、私も貴族になる時に訓練を受けた。

 

「ディアナは、兄上からなにか聞いていますか? 今後について」

「……ユラクル様があれを引き受けられたことは聞きましたが、イバン様自身についてはなにも」

「どういう計画であるかも聞かされていませんか?」

「はい。そもそも私に話すのはまずいのではないですか? 極秘のものでしょうし」

「……もしかしたらディアナには話していたのかもしれないと思ったのですが。兄上は私にもなにも教えてくれなかったのです」

「……ユラクル様にもですか?」

「私が困るようなことにならないように、全て自分が整えるから心配いらない、と」

 

 跡継ぎをお願いしたユラクル王子にも言っていないとは……本当に徹底してる。

 

「兄上はザガルディに戻ってからアードルフ以外の側近を全て解任しました。そこからは二人だけで動いているようで……なにも情報が入ってこなくなったのです。今も一体どこでなにをしているのか、私にはわかりません」

「そうなんですか……。あ、じゃあケヴィン先輩もなにも知らないのですか?」

「ええ、そうでしょう。私は先日リンシャークのことを聞いたので少し心配になってしまって……」

 

 イバン様が行こうとしているリンシャークが中で揉めてるんだもんね、そりゃ心配になるよ。私も、アルスラン様の推測を聞かなかったら不安になってたと思うし。

 

「ユラクル様、私は心配してませんよ」

「え?」

「イバン様とレンファイ様は優秀な方です。きっと今の状況も予想して動いていらっしゃると思います。あのお二人は今まで多くの課題を乗り越えられてきたのです。ですから、大丈夫ですよ」

 

 私がそう言ってにこりと笑うと、ユラクル王子は口を開けたまま私を見つめる。

 

「私はあのお二人の力を信じます。そう決めたんです」

「ディアナ……」

 

 ユラクル王子は少し目を見張ったあと、ふわりと笑った。

 

「そうですね……私も、兄上とレンファイ様を信じます」

「ユラクル様は大丈夫ですか? もしかしたら一人で悩まれているのではないですか?」

 

 ザガルディの跡取りになることなんて、きっと誰にも言えないだろう。ここでそれを知っているのは私と、ケヴィンとシャオリーだけだ。

 私が心配そうに見つめると、ユラクル王子は意外そうな顔をした。

 

「ディアナは私を心配してくれるのですか?」

「え? 当たり前じゃないですか。あれ、もしかしてこれ、王族の方には失礼でしたか? それなら謝ります」

 

 最近アルスラン様の心配ばかりしていたので気づかなかったが、もしかしたら他国の王族の人にすることではなかったのかもしれない。

 

「いえ……その、少し驚いただけです。ありがとうディアナ、心配してくれて」

 

 ユラクル王子は首を振って、少しはにかむように笑った。可愛い。

 

「次はユラクルの番だよー」

 

 というグルチェ王女の声が聞こえて、王子との秘密の会話は終了した。「本当にありがとう」と王子はもう一度私にお礼を言ってニコリと笑った。

 

 ユラクル様は見るからに優しそうな人だから、あまり思い詰めないといいな……。

 

 ジンリー王女の方へ向かうユラクル王子を見つめながら、私は少し眉を下げた。

 

 

 

 

レンファイの妹が登場しました。ツンとしたお姉様第一主義です。

自分がユラクルの心にズンズン入っていっていることに全く気づいていないディアナ。


次は 太鼓と踊りのセッション、です。

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