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緞帳作り


 その日は授業が終わってからオリム先生とハンカルと一緒に平民相手用の談話室に向かった。緞帳作りをしてもらう王族御用達の木工房の親方と話をするためだ。廊下を歩いていると、オリム先生がこっそり報告をしてくれる。

 

「演劇クラブの新メンバーについてですが、全員問題ないそうです」

「そうなんですか。よかったです」

 

 どうやらソヤリさんの調査が終わったらしい。問題ある人はいないということでちょっとホッとする。

 

 怪しい人が入ってきたなんて思いたくないもんね……。

 

 談話室の扉をルザに開けてもらって中へ入ると、絨毯のヤパンの上に二人の男女が座っていた。明らかにカチコチに緊張している大柄な男性と、キリッとした黒い眉に褐色の肌の落ち着いた細身の女性だ。

 彼らの前にあるローテーブルの向かい側に、私たちは並んで座る。

 

「ディアナ、ハンカル、こちらが学院内の木製の建具や家具を担当しているベリシュと、その妻のリクです」

「初めまして、演劇クラブ長のディアナです。今日は来ていただいてありがとうございます」

「副クラブ長のハンカルです」

 

 私とハンカルが挨拶をすると、二人はヤパンの横へ跪き恭順の礼をとる。

 

「初めてお目にかかります、ベリシュ工房のリクと申します。ほら、あんたも」

「は、はは、初めましてっベリシュと申しまうっ」

 

 大きな声でベリシュが思いっきり噛んだ。それをリクが無言で睨む。

 

「ほほほ、ベリシュはいつ会っても変わりませんね」

「申し訳ありませんオリム様、何度来ても緊張するようで……」

「構いませんよ。ベリシュの腕は信用していますから」

 

 この学院を作った時にここにある木製の建具や家具作りを担当したベリシュ工房は、それから何度もここへ足を運んでオリム先生とやりとりしているらしいのだが、親方のベリシュはまだ緊張が解けないらしい。落ち着かない様子の親方に代わって、妻のリクが打ち合わせを担当しているようだ。

 私は早速二人に演劇の舞台に必要な緞帳の説明をする。

 

「舞台を仕切る扉のようなもの、ですか……オリム様から前もって伺っていましたが、今聞いてもすぐにはイメージできませんね……」

 

 リクがそう言ってメモを書き始める。まず緞帳というものがどんなものか説明しずらいため、私も「あー、えっと」と手を上げたり下げたりする。

 

「ディアナ、まず絵に描いてみたらいいのではないですか? 誰も見たことない物を作ろうとしているのですから、イメージの共有が大事だと思いますよ」

「あ、そうですね」

 

 オリム先生に言われて、私は鞄から大きめの紙と筆記具を取り出し、そこに舞台の全体図を描いていく。

 

 どうせだったらこの二人にも演劇に興味を持ってもらえるように、他の装置も描いちゃおう。

 

 恵麻時代の演劇のホールを思い出しながら、私は理想の舞台を描いていった。役者が演じる舞台があって、左右に役者が控える舞台袖があり、舞台の背景には劇の雰囲気を決める舞台美術がある。そして上には様々な照明が並んでいて、役者を輝かす光を当てるのだ。

 さらに舞台の前には音出し隊が控える場所があって、そこから観客席が並ぶ。

 

「ふっふっふん、できました!」

 

 理想の舞台を描き上げると、私は自信満々にその図をみんなに見せる。

 

「ほほう」

「……これは」

「これが、舞台というものですか?」

「はい! 私の理想の舞台です!」

 

 戸惑うハンカルとリクに私は胸を張って答え、それぞれがどういう役割をしているのか身振り手振りを加えて説明した。ここには私のやりたいことが全部詰まっているので自然と熱が入る。

 

「去年はこの舞台袖はアクハク石を積み上げて作りました。ただアクハク石は真っ白で大教室の中だと少し色が浮いてしまうのがもう一つだなと思ってたんです。あと照明の位置も高すぎるので、できればこれくらいの高さに天井が作れないかなとか思うんですけど」

「あの、作るのは緞帳という物なのですよね?」

「木の緞帳を作るにしても上にレールのようなものを渡さないといけないですよね? でしたらついでに天井を作ってもいいかな、なんて思ったんですけど」

「そ、それは……」

「ディアナ、天井はついでに作れるものではないと思いますよ」

 

 熱くなっている私をオリム先生が笑顔で止める。

 

「あ……すみません、つい理想が膨らんじゃって……と、とにかく私が今年欲しいのは、この舞台と観客席を隔てる扉のようなものです。ここが開いていると、役者の準備する姿が見えてしまいますし、劇への没入感も減ってしまうので」

「没入感……ですか」

「リクさんや親方は劇は見たことありますか? 旅芸人の」

 

 私が質問すると、二人はキョトンと目を開けて戸惑いながら頷く。

 

「ええ、祭りや大きな市が立つ時に観たことはありますが……」

「旅芸人の劇なら何度も観てますが……ディアナ様がいう劇はそのことで?」

「そうです。旅芸人が用意する舞台ってただ台があって、周りに壁とかはないですよね? で、次に出番がある人が台の横で待機していたりするでしょう? あれを見るとちょっと現実に戻りませんか?」

「……考えたこともなかったですが、言われてみると確かに」

 

 何かを思い出すかのように上を向きながらそう呟くベリシュの隣で、リクが目を見開いて問いかける。

 

「ディアナ様は旅芸人の劇をご覧になったことがあるのですか?」

「ええ、一度だけですけど。あの時にそこが気になったんですよ、観客は面白い劇に集中したいのに、周りで他の役者がウロウロしてると邪魔だなって。緞帳や舞台袖というものがあることで、そういう懸念が解消されるんです。それに、緞帳は場面転換する時にも使えるんです」

 

 私はそう言って紙に二つの舞台の絵を描く。一つは室内の場面で、もう一方は屋外の場面だ。

 

「今の段階ではこういう背景のセットは作れてないんですけど、あると想定して、こっちの屋内の場面から次は外の場面に移るとする。このセットからこっちのセットに移るために、一度緞帳で舞台を見えなくしてしまうんです」

「ああ、前を閉じている間に舞台の中を変えるのですね」

「そうです。セットの変換が終わったら緞帳を開ける。すると観客たちは一目で場面が変わったとわかるんです」

「なるほど……緞帳にはそういう役割があるのですね」

「本当は大きな布を使って作ろうと思ったんですけど開閉する方法が思いつかなくて……だったら木の扉のようなものを作ったらいいんじゃないかと思ったんです。開閉は魔石術で簡単にできますし」

「魔石術……ということは、緞帳の重さはあまり気にしなくていいのでしょうか? 例えばここの寮にある防砂窓は結構重い木材を使っているのですが」


 リクの質問に私は頷く。

 

「重くても問題ありません。ただ防砂窓と違って、舞台は公演会当日にしか作らないものなので、取り外しと移動ができる構造にして欲しいんです」

「取り外しと移動……それは難しそうですね。組み立てられるものを考えないと……」

 

 リクは手元の紙にダーっとなにかを書いていく。するとそれまで黙っていたベリシュが口を開いた。

 

「あの、もしよろしければ現場を見させていただけないでしょうか。正確な寸法を測らないときちんとした物ができないので……」

「あんた、大教室の寸法ならわかってるだろ?」

 

 ベリシュの言葉にリクがギョッとしてそう突っ込む。

 

「いや、初めて作るものなんだ。そこをおろそかにしたらいいもんにならねぇ。お前だってわかるだろ」

 

 さっきとは打って変わってキリッとした態度でそういうベリシュにリクが「そうだけど、貴族の方にお願いするなんて……」と眉を寄せる。

 

「オリム先生どうですか?」

「もちろん構いませんよ。大教室は今は誰も使っていませんし、見に行きましょうか」

「え! 今からですか?」

「こういうのはさっさとやるに限るんですディアナ。ちょうど時間もありますし」

 

 オリム先生はほほほ、と笑いながら立ち上がる。私はベリシュとリクに「あとは大教室で詰めましょう」と声をかけてハンカルとともにオリム先生のあとに続いた。二人も慌てて立ち上がり、ルザとイシークの後ろについてくる。

 

「オリム先生って意外と腰が軽いんですね」

「これくらい軽くないと魔石執務長官など務まりませんでしたからねぇ」

 

 懐かしい、と笑いながらオリム先生は顎をつるりと撫でた。

 大教室にやってきた私たちは実際の舞台の大きさや高さ、観客席との距離などを確かめながら詳細を詰めていく。ベリシュやリクは手際よくその寸法を測っていった。その途中でベリシュがなにやら思案顔になる。

 

「ディアナ様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「この舞台は……ずっとこの場所で固定なんでしょうか? 違う場所で舞台を組むこともありますか?」

「違う場所、ですか?」

 

 そういえば大教室以外で公演をやることは全く考えてなかった。

 

「オリム先生、この場所以外で公演をする可能性ってありますかね?」

「それは十分あり得るのではないですか? 去年も大教室に入りきらない生徒がいたくらいですから、演劇クラブが人気になればさらに観客は増えるでしょうし、そうなると大講堂で行う可能性も出てきますよ」

「え! 大講堂でですか?」

 

 あんなサッカースタジアムみたいなところで公演をやることがあるのだろうか。

 

 それって、まるでドーム公演みたいじゃない。すごすぎない?

 

「おや、ディアナの野望は大教室で満足できるものだったのですか?」

「……いえ、大きくなるのであればそんなに嬉しいことはないです」

「……」

 

 オリム先生の言葉にそう返すと、ハンカルが渋い顔になった。きっと「オリム先生、ディアナを煽らないでください」とでも思っているのだろう。

 そこでベリシュが手を挙げる。

 

「あの、でしたらある程度舞台の大きさに合わせて組み立てられる緞帳を作ろうと思うのですが」

「それは、どうするのですか?」

「大きさを変えられる緞帳を作るんです。組み立て方でひと回り大きくしたり、それに合わせて上下のレールも変更できるような作りにします。そうすれば大きな場所で舞台を作ることになっても、ある程度融通は効くようになるかと」

 

 大講堂で公演をやることになっても対応できる緞帳ってことか。

 

「いいですね! それでお願いしま……」

「ちょっと待てディアナ、先に費用を確かめてからだ」

 

 私が即決しようとするとハンカルに止められた。そしてそのままベリシュ夫妻と代金の話を始める。

 

「ほほほ、ハンカルが副クラブ長で良かったですねぇ、ディアナ」

「……そうですね」

 

 オリム先生とそんなことを言いながらしばらく待っていると、三人の中で話がまとまったようだ。

 

「ではその範囲内でお願いします」

「かしこまりました」

 

 ベリシュは恭順の礼を取ったあとリクの持っている紙になにかを書きつけていく。そしてふと顔を上げて教壇の方を見つめた。なにかを見ているようにその空間をじっと見据えている。

 

「ベリシュ?」

「……いや、なんでもない」

 

 リクにそう答えて、ベリシュは手元に視線を戻した。緞帳自体は複雑な構造でもないため、そんなに時間もかからずにできるらしい。二人は「完成前に一度お持ちします」と言って帰っていった。

 

 どんなものが出来上がるか楽しみだなぁ。

 

 それから練習室の方を覗くと、メンバーがそれぞれ基礎練習をしていた。今日はクラブの掛け持ちをしている人たちがそっちにいっているので、各自自主練の予定にしていたのだ。ふと端っこの小上がりを見ると、テーブルの上に顔を乗せてうんうん唸っているヤティリがいた。

 

 あんなに悩んでるヤティリは見たことがないね。

 

 私はそちらの小上がりに近づいて声をかける。

 

「ヤティリ、大丈夫?」

「……大丈夫、大丈夫……じゃ、ないかも」

「上手くいかないところがあるの?」

 

 私がそう言うと、ヤティリはもそもそと寝不足の顔を上げて、テーブルに広げてあった紙の束を差し出した。

 

「んー、途中までは流れるように書けたんだけど、なんか、マンネリというか……僕の中のお笑いパターンが尽きたというか……そんな感じで。進まなくなっちゃった……」

 

 ヤティリはそう言うと「ああー……僕って笑いの才能がないのかも? ピンチかも?」とまた顔をテーブルの上に乗せた。私は渡された脚本を読んでいく。

 まず初めに二人の若い男性貴族が出てきて、お互いにクセのある変な人物ということを描く。次に同じ女性を巡って対立することになり、それぞれ得意分野で相手を出し抜こうとするが、もちろん上手くいかない。ヤティリが詰まっているのはこの男性たちが対立する場面のようだ。

 

「……なるほど、確かに二人ともクセが強くて各々変なことをするから、なんか物語がしっちゃかめっちゃかになってる感じがするんだね」

「うう……そうなんだよ。片方が変なことをしたら、もう片方はさらに変なことするでしょ? そうすると、もうそれ以上なにをすればいいんだってなって……」

「うーん……そうだなぁ。……ヤティリ、これ全部決めなくていいよ」

「へぁ?」

 

 私は脚本を何枚かに分けてテーブルに置く。

 

「まずヤティリのプロット通り、脚本をこうやって場面で分けていくでしょ。初めの場面、対決が始まる場面、二人の対決が一、二、三、で最後のクライマックスがあって、オチの場面。で、ヤティリが詰まってるこの対決の一、二、三のところは大体の流れだけ書いちゃうの」

「流れだけ? 台詞とか笑いのところとか書かなくていいの?」

「そこはあとからでもいいし、なんなら全部役者に丸投げてもいいと思う」

「え⁉ 全部アドリブにするってこと?」

「流石に全部は無理だろうけど、ここがこうなって、ここでこんな笑いを入れる、とかそういうのでもいいんだよ。特に今回はケヴィン先輩にこの役やってもらおうと思ってるから、自由に作れるところがあってもいいと思う」

「……なるほど、ある程度役者の才能に任せるってことか。ケヴィン先輩は素晴らしい能力をもってるしね……デュヒヒ」

 

 ヤティリは不敵に笑うと顔を上げて紙を見つめる。

 

「じゃあここは外したらダメってところだけまず書いて、そこから細かいところを詰めていけばいいか」

「そうだね。私も今回の劇は元になる脚本があって、そこからどんどん面白い方に作り上げていければいいなと思ってるんだ。お笑いは相手との空気の読み合いが重要だったりするし、話を破綻させずにちゃんと落とすことができればそれなりにまとまると思う」

「なるほど……喜劇って奥が深いね……」

「どんなに練習してもウケる時とウケない時があるのが怖いけどね……」

 

 実は私は高校時代に友達と文化祭の出し物で漫才のようなものをしたことがある。練習して友達に見せた時はめちゃくちゃウケたのに、本番では全くウケなかったのだ。あんな居た堪れない思いをしたのは人生で初めてで、今でも思い出したくない黒歴史の一つだ。

 

 漫才は才能と鍛錬の賜物だ。素人が手を出しちゃいけないんだよ、うん。

 

 私はその時のことを思い出してぶるりと肩を揺らしたあと、ヤティリに言う。

 

「この主役の貴族二人の性格や特徴がしっかり固まっていれば、お笑いの部分はどうにかなると思うから」

「うん、わかったよ。もっと物語を全体的に見ながら書いてみる。あ、あと例の踊りで対決のところなんだけど、そこも笑えるようにした方がいいの?」

「そうだなぁ……できれば笑いのある踊りと、格好いい踊りどちらもあるといいかな」

「わかった。そっちは夏休みの間に考えてたアイデアがあるから、なんとかなると思う」

「本当に? さすがだねヤティリ」

「国に帰ってもやることがこれしかなかったから……」

 

 ヤティリはそう答えると紙を見つめながら固まってしまった。もう深い思考に入ってしまったようだ。

 私は邪魔をしないようにそっと小上がりから離れた。

 

 

 

 

木製の緞帳という新しいものを作ることになりました。

布製ではないので緞帳とは言わないかもしれませんが、そのまま緞帳と呼ぶことにします。


次は 喜劇の脚本と配役、です。

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