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赤の授業 旋風の魔石術


「パムゥ」

「そんな顔しないでパンムー。今日の授業はパンムーには危ないかもしれないんだから、部屋で待っててよ」

「ムー」

 

 寮の部屋で私は不機嫌なパンムーと向かい合っていた。今日はこれから赤の授業があるのだが、応用魔石術学になってから授業の危険度が上がるらしく、念のためパンムーにはお留守番してもらうことにしたのだ。

 

「ディアナの言うことを聞きなさい、パンムー。あなたがもし怪我をしたらみんな心配するんだから」

「ム……パム?」

 

 そう言うザリナに向かってパンムーは指を差して首を傾げる。

 

「? なに?」

「ザリナも心配してくれるのかって言ってるみたい」

 

 私が通訳をすると、ザリナは少し戸惑いながら「あ、当たり前でしょ!」と横を向いた。パンムーはそんなザリナを見て「パムゥーフフフ」とニヤニヤと笑い、仕方ないという顔をしてヤパンの上に転がった。

 

「……なんかムカつくわね」

「じゃあ行こっか」

 

 今回の赤の授業は魔石術の効果の範囲が広いものであるため、小教室ではなく大講堂で行われる。自分のクラスと他のクラスの合同でやるので今日はザリナやハンカルとラクスも一緒なのだ。みんなと合流して私たちは校舎へと向かう。

 

「ザリナと一緒に授業受けるなんて新鮮だねぇ」

「私も貴女の力が噂通りなのか見たかったから楽しみだわ」

「へ? 噂ってなに?」

「なんだディアナ知らないのか? 魔石術の授業でいつも一人だけ合格してるって有名だぞおまえ」

 

 私とザリナの会話にラクスが笑いながら入ってくる。

 

「え、そうなの?」

「一年の初めからそうだったじゃないか。あれがずっと続いているんだよ」

 

 ハンカルの説明に、そういえば一年の初めのころに噂されてたことを思い出す。

 

「なんかそう言われるとハードルが上がっちゃうな……」

「俺は一級で一緒だからディアナの力は見慣れてるけどな」

 

 そう苦笑するハンカルと一緒に大講堂の扉を潜る。そこには二クラス分の生徒たちが集まっていた。

 

「一級の時より多いね」

「三年生の半分がいるからな」

 

 それぞれ友人たちと固まっている生徒たちを見渡すと、ティエラルダ王女の一団が見えた。彼女たちは私の姿を見るとなにやらヒソヒソと顔を寄せ合って囁いている。

 それに気づいたハンカルが眉を寄せた。

 

「あまり気にするな、ディアナ」

「うん、大丈夫だよ。『ま、今日も珍妙な顔だこと』とか『あの者に付き従うなんてなにを考えているのかしら』とか言ってるけど気にしてないから」

 

 私が笑顔でそう言うとハンカルもラクスもギョッとした顔になった。

 

「そうか……あれも聞こえてるのか」

「この耳だからねぇ。陰口は全部聞こえてるよ」

「やっぱディアナの心臓って鋼でできてるよな……」

 

 ラクスが半笑いになりながら私の肩を叩く。

 

「俺はディアナの味方だからな! 安心しろよ」

「ふふ、ありがとラクス」

 

 私たちはティエラルダ王女の集団から離れたところに移動し、絨毯の上に置かれたヤパンに座って授業の開始を待つ。チラリと後ろのルザを見ると、なぜかティエラルダ王女の方をじっと見ていた。

 

「どうしたの? ルザ」

「いえ、去年はいなかった側近が増えているようなので確認していただけです」

「え、ティエラルダ王女の側近の顔まで覚えてるの?」

「人の顔を覚えるのは護衛の基本ですよ、ディアナ様」

 

 すごい。人の顔を覚えるのが苦手な私には絶対できない仕事だ。

 

 授業の本鈴が鳴ってしばらくすると、観客席の下の扉からアサン先生が出てきた。先生はいつもの爽やかな笑みをたたえて生徒たちの前にある台の上に立つ。

 

「やあ、揃ってるね。応用魔石術学の赤と黄の授業を担当するアサンだ。シムディアクラブの人たち以外は、一年生のオリエンテーション以来の人も多いかな。よろしくね」

 

 ニコリと笑うアサン先生の顔に何人もの女生徒たちがほわぁっと見惚れている。

 

 これで三人の子持ちパパなんだよねぇ。信じられないくらいの爽やかさだよ。

 

「応用魔石術学が基礎とは違って難易度が上がるのは知ってると思うけど、特に赤の魔石術に関しては使い方を間違えると怪我をすることもあるからね。一番頑丈な大講堂で行うとはいえ、十分気をつけるように」

 

 先生はそう言って生徒たちに教科書を配り出した。

 

「まずは今日やる魔石術の説明をしてから、敷いてある絨毯を全部片付けてみんなで実技を行う。今ちょうど絨毯が三つに分かれているから、そのグループごとにやっていくことにしよう。今日教えるのは衝撃の魔石術の応用の『旋風』の魔石術だ」

「え、旋風ってもしかして……」

「あっ去年クドラト先輩がやってたやつか?」

 

 私とラクスがそう言って目を合わせていると、ハンカルが「そういえば授業で習うことになるって先輩が言ってたな」と顎に手をやって呟いた。


「衝撃の魔石術は対象物に激しい打撃を与えることだが、その打撃の正体はなんだと思う? 君」

「え? えっと……力の塊、でしょうか」

 

 当てられた生徒が首を傾げながら答える。

 

「その力の塊というのはなんのことかな?」

「ええと……わかりません」

「ふふ、力の塊というのは惜しい答えだね。正解は『空気の塊』だよ。衝撃とは魔石術の力によって押し出された空気の塊が飛んでいって対象物に打撃を与えることなんだ。本を倒すくらいの威力なら大したことはないが、アクハク石を破壊するくらいの威力のものは空気が圧縮され、凝縮された力が一気に拡散して石を破壊する。そういう仕組みなんだよ」

 

 なるほど……衝撃の魔石術っていうのは空気を扱ったものなのか。頭の中でなんとなく「砕けろ!」って思いながら使ってたけど、圧縮された空気の塊だったんだ、あれ。

 

「つまり衝撃の魔石術というのは空気の流れを操るものだということだ。それを応用すれば、風を起こすこともできるということなんだ。こんな風に」

 

 アサン先生は教科書を閉じると右手を前へかざし「『キジル』風を起こせ」と命じる。すると先生のマントがふわりと舞い上がり、優しい風が先生の周りをぐるぐると回り出した。前の方に座っている生徒の髪やマントも風に靡いている。

 

「おおー風だ。送風筒がなくても風って起こせるんだね」

「持続できるのは少しの時間だけのようだがな」

 

 ハンカルの言う通りアサン先生の起こした風はすぐに収まった。長時間風を送り続けることはできないようだ。

 

「そう、さっきそこの生徒が言ったようにこれには持続性がない。で、なにができるのかと言うと、今の風をぎゅっと圧縮した力に変えて『旋風』というものにするんだ。これは一瞬で周りの物や人を弾き飛ばすことができる魔石術で、周りを敵に囲まれた時なんかに役に立つ。ただ、習得するまでにとても苦労する魔石術なんだ」

 

 アサン先生はそう言うと、台から降りて周りになにもない場所まで下がった。そして一つ深呼吸をしてから、さっきと同じように手を前にかざした。

 

「『キジル』旋風を!」

 

 先生がそう命じると先生を中心とした竜巻のようなものがゴオオオオ! と立ち上がった。渦の大きさは小さめだが、その風の流れは天井の近くまで続いている。

 

「わ!」

「ひゃあ!」

「おわ! すげえ!」

 

 結構離れているのにこっちにまで風がブワッとやってくる。風の壁によって完全に見えなくなっていた先生は、旋風が収まると同時に姿を現した。

 

「ふぅ、とまあこんな感じ。私は一級だからもう少し強い威力のものも使えるが、二級の子たちなら今くらいのものは出来ると思うよ。三級の子は自分の背丈ほどのものになるけど、周りを弾くことはできるから、身を守る魔石術として覚えるといい」

 

 ニコリと笑いながら戻ってくるアサン先生を見てラクスが唖然としながら呟く。

 

「飄々としてるけど、やっぱアサン先生ってすげぇな……さすが一級」

「俺とディアナは天井を突き抜けないようにしないとな」

「そうだね……でもクドラト先輩が会得するのにかなり苦労したって言ってたから、そう簡単にはできないんじゃない?」

「おまえらの会話には全然ついていけない!」

 

 ラクスの嘆きに周りの人たちがクスクスと笑った。

 そこからは実技の時間だ。さっき先生が初めにやった風を起こす魔石術からやっていき、徐々にその風をぎゅっと圧縮するように力をかけていくらしい。

 アサン先生がグループ分けをして、順番を決める。私たちがいるグループは最後に実技をすることになった。実技をする生徒以外は危ないので壁際に避難する。

 

「まず風を起こすってところから難しくないか? 衝撃の魔石術と同じって言われてもピンと来ないぞ」

「あまりそこは意識しない方がいいんじゃないか? ラクスは勘がいいからイメージさえ上手くいけばすぐにできると思うぞ」

 

 ラクスとハンカルの会話を聞きながら、この二人はいつもこんな風に授業を受けてるんだなと微笑ましい気持ちになる。

 

 いつもと違うメンバーで授業するのも結構楽しいね。

 

 そう思いながらニコニコしていると、ラクスに話を振られた。

 

「ディアナはもうイメージ出来てるのか?」

「私? いやまだだけど……うーん、そうだなぁ。さっきのアサン先生の旋風が竜巻みたいだったでしょ? だからそれと同じイメージでいいと思うんだけど」

 

 竜巻はこの世界でもある現象なのでみんなも想像できると思う。

 

「竜巻って……あれどんな仕組みでできるんだ? ディアナ知ってるのか?」

「詳しくは知らないけど、確か上に雨を降らせるような厚い雲があって、そこに向かって螺旋状に空気が吸い上げられてるんじゃなかったっけ?」

「そうなのか?」

「……多分。とにかく下から上へグルグルした風が昇っていくんだよ。そのイメージでいけるんじゃないかな」

「うーん……結構ふんわりしてるな」

 

 ラクスはそう言いながら腕を組んだ。その横でザリナが肩をすくませて言う。

 

「それより衝撃の魔石術は空気の塊を動かすものっていうことを理解した方がいいんじゃない? 空気の塊を自分の周りでグルグルと回すというイメージをすれば、風を起こすくらいのことはできそうな気がするけど」

「お、おお、なるほど……」

「確かにザリナのやり方の方が具体的だね。私もそれでいってみようかな」

 

 その時、実技をしていた生徒の方から甲高い声が聞こえた。

 

「このような野蛮な魔石術は私には必要ありませんわ!」

「ティエラルダ、簡単に諦めてはダメだよ。風を起こすくらい君ならできるはずだ、さ、やってごらん?」

「……っそこまで言うのでしたら、仕方ありませんわねっ」

 

 上手くいかなくて癇癪を起こしているティエラルダ王女にアサン先生が優しく指導している。

 

「……先生も大変だな」

「しかしどんな女性に対しても優しいんだなアサン先生は。余裕があるというか」

「大人だよねぇ、どういう人が相手でも上手く指導できそう」

 

 ラクスとハンカルとそんな話をしているうちに私たちのグループの番になった。他の二つのグループの中で風を起こせる生徒は結構いたが、旋風までいけた生徒はいなかったようだ。

 私たちは距離をあけてフィールドの中に移動する。なんとなく私とハンカルとルザが近くに、ラクスやザリナ、ファリシュタは遠くに移動した。

 

「じゃあまずは風を起こす魔石術からやってみよう」

 

 先生がそう声をかけると、周りの生徒たちが魔石の名を呼び出す。私もさっきのザリナの言っていたイメージを頭の中でしつつ、魔石の名を呼んだ。

 

「『キジル』風を起こして」

 

 威力をほぼ最小にしてそう命じると、マントがふわりと浮かび、下から弱い風が吹いてくる。それを自分を中心にグルグルと回るようイメージする。

 

 空気の塊が、自分の周りを回るように……。

 

 すると風が横方向に流れ出し、私の周りを回り出す。髪やマントがぶわりと舞い上がった。

 

 おお、できた。風が吹いてるよ。

 

 横を見るとハンカルも出来たみたいだ。その風の大きさを見て同じくらいになるように魔石術の威力を上げていく。

 

「おおっさすがだなあの二人は!」

「なぜ一発でできるの⁉」

「ザリナがアドバイスしたんじゃない」

「だからって普通一回でできないわよ!」

 

 後ろの方でラクスやザリナ、ファリシュタが話しているのが聞こえる。私たちの様子を見ていたアサン先生がフッと笑いながらやってくる。

 

「さすが成績トップの二人は早いね。じゃあ二人は続けて旋風の練習もしてみよう。君たちは一級だから最初は威力は抑え気味で」

「はい」

「やってみます」

 

 風の魔石術を解いた私は再び威力を最小にして旋風の魔石術を使ってみる。

 

「『キジル』旋風を」

 

 さっきの風の勢いを強めるイメージでそう命じると、ギュゥゥゥンと自分の周りで風が高速で回り始めた。その風は私の背丈と同じくらいまでゴォォォッと上がってくると、その辺りでふわりと解けてしまった。

 

「あらら、解けちゃいましたね」

「いいところまで行ってたけどね。もしかしたら力を抑えすぎたのかな……」

 

 特級の魔石で訓練したおかげで最小は三級の子と同じくらいまで下げられるようになっている。

 

 二級くらいの力まで上げてみようかな……。

 

 と考えていると、隣のハンカルが旋風の魔石術に包まれた。

 

 お、ハンカル成功したかな? 

 

 と思ってみていると、天井と床のちょうど真ん中辺りまで伸びたところで旋風が私と同じように解けた。

 

「……俺も途中で解けたな。力加減は二級と同じくらいにしたんだが」

「力を上げるだけではダメだってこと?」

「そうかもしれない」

 

 ハンカルの言葉を聞いて私はアサン先生に質問する。

 

「旋風ってさっきの風の魔石術の感じをもっと強くしたらいいんですよね?」

「ああ、空気の流れを速く、そして上に吸い上げられるイメージにすると成功しやすいよ」

 

 アサン先生のその言葉を聞いてピンときた。

 

 上に吸い上げるってことはやっぱり竜巻と同じイメージでいいってことだよね。グルグルと竜巻のように吸い上げる……ううん、もう少し具体的なイメージが欲しいな。

 

 吸い上げる、引き上げる……という言葉を口の中でぶつぶつ言っているとふと思い出した。

 

 そうだ、引き寄せの魔石術で使ってた掃除機のイメージ、あれ使えるんじゃない?

 

 私の頭の中に某掃除機の宣伝文句がまた浮かぶ。そう、サイクロンなアレだ。

 

「『キジル』旋風を!」

 

 威力を少しだけ上げて、私は赤の魔石に命じる。天井から掃除機で吸い上げるイメージをすると、さっきより威力の増した風が渦を巻いてゴォォォォォ‼ と勢いよく上へと伸びた。

 

「ひゃあ!」

「うわ! すげえ!」

 

 耳が痛くなるほどの風の音の合間に周りの生徒たちの声が聞こえる。風の渦の中にいる私には風の壁しか見えない。上を見上げると天井近くまで旋風の風が伸びていた。

 

 さすが吸引力の変わらない掃除機だね。威力も安定してるよ。

 

 私はその感覚を忘れないように頭に刻み込んで旋風の魔石術を止めた。

 目の前にはアサン先生が驚いたような呆れたような顔をして立っていた。

 

「できてましたか?」

「ああ、完璧だ。本当に優秀だなディアナは。ああ、一級の力で旋風を使うと大変なことになるから、屋内では使ってはダメだよ」

「わかりました」

「ハンカルももうできると思うから、やってみて」

 

 アサン先生に言われてハンカルも挑戦を再開する。私が上に吸い上げられるように、というイメージを伝えると、ハンカルも旋風ができた。「なるほど、そういうことか」と彼は一人で納得している。

 私とハンカルができたことに周りの生徒は驚いていたが、なぜかラクスやザリナまであんぐりと口を開けて固まっていた。

 

「おまえら、規格外すぎるだろ!」

「信じられない!」

 

 その二人とは対照的に、ファリシュタとルザは落ち着いた様子で笑っていた。

 

「ディアナもすごいけど、ハンカルもやっぱりすごいね」

「慣れたつもりでしたが、やはり驚きますね」

「いや慣れちゃダメだろ! あんなの普通じゃないぞ⁉」

 

 大講堂の中にラクスのツッコミが響き渡った。

 

 

 

 

いつもと違うメンバーで授業をしました。

こうなるとディアナとハンカルの優秀さが目立ちますね。

さすが学年一位と二位です。


次は 緞帳作り、です。

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