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国境の関所


 気持ちのいい晴れの日。大きな街道に初夏のような爽やかな風が吹いている。私の視界には、なだらかな坂を超えた先にある巨大な石造りの四角い建物が映っていた。

 

「あれが国境の門ですか?」

「そうだ」

 

 ジャスルの上で背筋を伸ばしてよく見ると、巨大な建物は門の形になっているのがわかった。門の両側からは高い城壁が左右に伸びて森の中へ消えているのだが、あの城壁はこの先の山の中腹まで続いているんだそうだ。

 

 

 私たちはあれから、私が攫われた街で荷物を受け取りアルタカシークとの国境に向かって歩を進めた。警戒はしていたがテルヴァが現れることはなく、比較的平和に進んでこれた。

 国境に近付くにしたがって広くなっていく街道はいかにも西洋ファンタジーという感じの光景で、ケルト音楽やゲームのフィールド音楽が合いそうな雰囲気に私は思わず鼻歌を歌い出しそうになってしまい、慌てて止める。

 

 おっと危ない危ない。ここでは鼻歌も禁止なんだよ。

 

 途中魔物みたいなのに襲われたりもしたが、クィルガーとヴァレーリアがあっという間に倒してしまって、その夜はその魔物の肉を食べながら野営をした。なんというか、それがものすごく冒険者っぽい生活で、本当に異世界転生しちゃったんだなぁ……と私はそこでまじまじと実感した。

 そして数日かけて、ようやく国境に辿り着いた。

 

 

 国境門の手前に国境を越える人の申請を受け付ける建物が建っていて、こちらも門と同じ石造りの大きな建物で門に向かってコの字型に建っている。

 街道から見える正面の棟には真ん中に受付の扉、左に出国する人の扉、右に入国する人の扉と出入り口が三つ付いていた。

 出国側の扉の前には通過許可待ちの人や荷物を積んだ動物たちが待つ、簡素な屋根がついた待合所みたいなところがあったので、クィルガーが出国申請書を出しに建物の中へ向かう間、私たちはその待合所のようなところで待機することになった。

 

「出国は比較的簡単だからあまり時間はかからないと思うよ」

「そうなんですか? サモルさん」

「よほど悪いことして手配書が回ってきてる人とかじゃない限り、国境で止められることはないからね。それより入国する人を警戒しないといけないから、そっちに人も時間もかけるんだ」

 

 国から出ていく人に対しては甘いが他国から入ってくる人には厳しいということらしい。

 

「そっちの国にとって都合の悪い人はそっちの国で精査してくれ。こっちは知らん。って感じだと思うよ」

「なるほど……」


 そういえば私のことはどんな風に書いて申請したのだろうと気になった私は、受付から戻ってきたクィルガーにそれについて聞いてみた。

 

「おまえはサモルの年の離れた妹ってことにしてある。平民の未成年は身分証明書もいらないからな」

「えっそんなこと書いちゃって大丈夫なんですか? サモルさんの家族にも連絡がいくんですよね? みなさんびっくりしちゃうんじゃ……」

「平民には連絡は行かないから大丈夫だ」

 

 国境を越える連絡が行くのは貴族だけだそうだ。国にとって重要な魔石使いの移動だけがチェックされる仕組みらしい。

 なんだ、そうだったのかとホッとすると、サモルが表情を作って芝居じみた口調で私に話しかける。

 

「俺とディアナにはもう他の家族がいないから、主である姐さんの結婚におまえもついていくんだ。大丈夫、心配するな。兄ちゃんに任せておけ!」

 

 その下手な芝居に私も半笑いで乗っかる。

 

「ふふ。わかったよお兄ちゃん!」

「そんなわざとらしい会話はしなくていい。余計怪しまれる」

「冗談ですよクィルガーさん」

 

 その後、許可が出た人が順番に呼ばれていき、私たちにも無事許可が出た。案内されるまま受付の建物の中をぞろぞろと通り、また外へ出る。

 すると目の前には立派な国境門がそびえ立っていた。

 

 高さは五階建てのビルくらい? ううーん、大きすぎてよくわかんないね。

 

 人物の彫刻などはないが草木らしい彫りはある、凱旋門っぽい形の門だった。

 動物に乗って国境を越えるのは禁止されているため、みんな馬やトヤマクから降りて徒歩で門へ向かう。

 私はその大きな門に近付くにつれて兵士がたくさんいることにそこでようやく気付く。

 

 それはそうか、国境の門なんて一番警戒しないといけない場所だもんね。スカーフはきっちり結んでるけど大丈夫かな。

 うう、エルフってバレないよね?

 

 そう不安に思ってるとサモルが手を繋いでくれた。


「大丈夫だよ、ディアナ」

 

 あ、そうだった。私は今サモルの妹なのだ。私はサモルの妹ですよ、という気持ちで歩くと緊張も溶けてきた。さすが仮のお兄ちゃん。

 大きな門の雰囲気に圧倒されつつ私たちは二十メートルほどある内部の通路をカツンカツンと歩いていく。通路の中はひんやりとしていて、歩く人の足音が響いてきた。反響する色んな音を拾ってしまって耳がムズムズするので耳を塞ぎたいが、兵士が等間隔に並んでいるので塞げない。

 その兵士の格好が途中から変わった。どうやらアルタカシーク側に入ったみたいだ。そのうちの数人の兵士が私の前のクィルガーとジャスルを見て、あ、という顔になる。

 

 知り合いかな?

 

 クィルガーが特にそれに反応しなかったためそのまま進み、門を抜けた。そこにはザガルディ側と同じようなコの字型の受付の建物がある。正面の建物の左側の手前にさっきの倍の大きさはある待合所が設けられていて、人もかなり多くいた。

 

 入国するときの方が時間がかかるって本当なんだな。

 

 その待合所の方へ行こうとすると、クィルガーが「いやこっちに来い」と門にくっついてる城壁に沿って左側へ歩き出した。

 不思議に思いながらついていくと、城壁とコの字型の建物の端がぶつかる位置に兵士が立っている扉が見えた。

 そこへ着いてクィルガーが兵士になにか言うと、兵士がその扉を開ける。

 促されるままクィルガーに続いて入っていくと中は広くて美しいホールのような部屋になっていた。雰囲気的には高級ホテルのロビーのような感じだ。部屋の端に馬やトヤマクを留める場所があってジャスルたちがそこへ連れていかれる。

 するとそこの受付にいた兵士がクィルガーに挨拶してきた。

 

「お帰りなさいませ、クィルガー様」

「これが入国申請書だ。王に話は通してある」

「かしこまりました」

 

 受付の兵士はそれを持って奥へ行ってしまい、私たちは部屋にいくつかあるソファコーナーの一つに通される。

 高級そうなソファにサモルとコモラが緊張しながら座り、私も一人用のふかふかソファに腰掛けた。

 

 ここは、国のお偉いさんとかが利用する特別な部屋なのかな?

 

 さっきの兵士や今の受付の様子を見ても、クィルガーがかなり顔の知れた人物ということがわかる。本当にクィルガーは何者なんだろう。

 

「すぐに許可が出ると思うから、ここで少し待っててくれ」

「クィルガーはどこかにいくんですか?」

「……ちょっと、個人的な連絡をしてくる」

 

 とすごーく嫌そうな顔をして彼は別の奥の扉から出て行った。

 そして残された私たちが大人しく座っていると白い清潔そうな服を着た執事のような人が来て、お茶とお菓子を出してくれる。なんかこう、自分まで偉くなった気分になっちゃうね、なんて思っているとサモルとコモラも同じことを言った。

 クィルガーがいない間に迂闊なことも喋れないので黙って部屋の様子を眺めていると、さっき受付の兵士が出て行った扉から女性の兵士が勢いよく部屋に入ってきた。若くて利発そうなその子は受付の席に座って仕事をしている風を装いながら、じっとこっちを見ている。こっちというか、ヴァレーリアをガン見している。

 ヴァレーリアもその視線に気付いたのかチラリと女性兵士を見る。すると女性兵士は慌てて目線を下に移した。

 

 なんだろう?

 

 そのあと思ったより早くクィルガーが部屋に戻ってくると、その女性兵士はバッと顔を上げてクィルガーを見つめ始めた。その目が明らかにキラキラと輝いている。

 

 ははーん、あの子ひょっとして……。

 

 私が女性兵士を観察してる間にクィルガーが私たちの方にやってきて、ヴァレーリアの右隣に座る。ちなみにこの二人は婚約してからかなり距離が近くなった。当たり前だけど。

 

「もう終わったの? 手紙かなにか書いてくるのかと思ったけど」

「ああ。まあ連絡手段はいろいろあるからな」

 

 疲れたといった感じでドサリと背もたれに寄りかかったクィルガーは、ヴァレーリアの後ろ側の背もたれの上に自分の左腕を乗せた。別に肩を抱いてるわけではないが、どう見たってラブラブの距離感だ。

 チラッと女性兵士の方を見ると、明らかにショックを受けた顔になっていた。目を見開いて口を開けっ放しにしている。

 

 ああー、これは……完全に失恋したね。きっと入国申請書のヴァレーリアの項目にクィルガーの婚約者と書かれてたのを見て飛んできたんだろうな。

 

 ガックリと肩を落とす女の子を見てなんとも言えない気持ちになっていると、ヴァレーリアがその女性兵士をチラリと見て、

 

「ねぇクィルガー、私がこの国でどう振る舞えばいいのかわからないから、そろそろあなたの正体を教えてもらわないと困るんだけど」

 

 そう小声で彼に問う。そう言われてクィルガーが目だけ動かして周りを見回した。

 受付の女性兵士だけでなく、この部屋で警備についてる兵士がみんな遠巻きに彼を見てソワソワしている。憧れの眼差しというか、喋りかけたいのに出来ないという雰囲気を醸し出していた。

 

 ザガルディにいた間は多分口には出せなかっただろうけど、アルタカシークにきたんだし、確かにもう教えて欲しいよね。

 

「こちらの騎士さんたちの様子からして、クィルガーさんって絶対有名人ですよね」

「……別に国中で有名なわけじゃない。この辺は騎士が多いからな。俺を知ってる人間がちょっといるだけだ」

 

 サモルの言葉にクィルガーが仏頂面で答える。

 

 ちょっとかなぁ。ここに来るまでの間で結構な数の兵士、あ、騎士だっけ、その人たちがクィルガーのこと知ってるみたいだったけど。

 

 私たちがじとーっと見つめると、クィルガーは観念したように口を開いた。

 

「……俺の所属は王宮騎士団だ。父親が元王宮騎士団長だったから、家柄としては有名ではある」

「お……王宮騎士団長の息子ですって?」

「おわぁ……王宮騎士団長ですか……っ」

 

 それを聞いてヴァレーリアとサモルが息を呑んで驚いているが、私とコモラはさっぱりわかってない顔をしてそれを眺めた。


「あのぅ……全然わからないんですけど……」

 

 そう呟くと仕方なさそうにクィルガーが説明してくれる。

 

 国を守る騎士団には二種類ある。

 王が住む王宮及びそれを含む城の全域を守るのが王宮騎士団。

 城以外の王都やその他の街、そしてこの国境を守るのが王国騎士団。

 数は王国騎士団の方が多いが、位としては王宮騎士団の方が上なんだそうだ。

 

「王国騎士団の中のエリートが昇進して王宮騎士団に入るって聞いたことがあるよ」

「サモル、よく知ってるな」

「こう見えて一応商人ですから」

 

 ということは、エリート集団である王宮騎士団の団長をクィルガーのお父さんがしてたってことか。国の軍事の一番トップってことだよね。そりゃすごい家柄だ……。

 

「あのぅ、階級って世襲制なんですか?」

「いや基本的には実力で選ばれる」

「じゃあクィルガーが王宮騎士団長になるってことは?」

「それは大いにあり得るよお嬢ちゃん」

 

 突然横から知らない声がして驚いてそっちを見上げると、白いマントをつけた快活そうな男性騎士がそこにいた。

 明るいオレンジのふわふわした髪にシンプルなバンダナをしていて、少し垂れた青い目をしている。いかにもプレイボーイという感じのイケメンだ。

 

「エンギル、なぜここにいる」

「クィルガー、もういい加減自分が有名なのを自覚しろ。外の騎士たちがさっきから浮ついているから理由を聞けば、おまえが帰ってきたからだと言ったんだ。全く、騎士たちの集中を切らさないでくれ」

 

 そう言ってエンギルと呼ばれた騎士が受付の方を見ると、さっきの女性騎士や他の騎士たちが一斉にピッと姿勢を正した。

 

「それは俺の責任じゃない。王国騎士団を鍛えるのはおまえの仕事だろ」

「俺はまだ副団長だから」

「十分責任ある立場じゃねぇか」


 随分クィルガーと気さくに話す人だなあ、と思っていたらエンギルは私の方を見て言った。

 

「お嬢ちゃん、実力から見てもクィルガーの強さは本物だ。だから俺はこいつが王宮騎士団長になる日は近いと思ってる」

「そ、そうなんですか……」

 

 私がそう答えると、エンギルはヴァレーリアの方に視線を向ける。

 

「それにしても婚約者と書いてあったからまさかとは思ったが……クィルガー、ずるいぞ。いつの間にこんな美女と」

「エンギル、おまえの相手をする気はない。さっさと職場に戻れ」

 

 うるさそうにクィルガーがしっしと手を振る。あっちへ行けと言われたエンギルが肩をすくめて「相変わらずつれないねぇ」と言いながら離れていった。

 彼が扉の向こうへ行ったのを確認するとクィルガーがハァッとため息をつく。

 

「あの方はお知り合いですか?」

「ただの腐れ縁だ」

「仲がいいんですねぇ」

「よくない。変なこと言うな」


 とりあえずクィルガーは王宮騎士団長に最も近いすごい人ということがわかった。親の代から王宮を守っているのだから、王様とも繋がっているのも当たり前なのかも知れない。

 その後、無事に入国許可が下りて国境の関所を出発した。目指すは王都だ。

 

 

 

 

国境の門を越えてアルタカシーク入り。

クィルガーの正体がわかりました。

旅は続きます。


次は 砂漠の夜空、です。

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