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今年の演目と脚本作り


 新メンバーが十人入ったことを確認して、私は今年の演目について話を始めた。

 

「昨年はレンファイ様とイバン様がいらっしゃったので恋愛劇にしましたが、今年は男女問わず興味のある題材にしようと思ってます。具体的な内容は今からヤティリと決めますが、ジャンルとしては喜劇を予定しています」

 

 私がその場で立って説明を始めると、ほとんどのメンバーが首を横に傾けた。

 

「喜劇というのはどういうものなんだい?」

「簡単に言えばお客さんを笑わせる劇ですよチャーチ先輩。旅芸人がやる劇にも変な動きをしたり冗談を言ったりして笑わせる出し物というのはあるのですが、貴族向きではありません。ですのでこちらではもっとユニークな笑いにしようと思ってます」

「ユニークな笑い?」

 

 怪訝な顔をしながらそう問いかけるケヴィンに私はニヤリと笑う。

 

「詳しくは脚本ができてから説明しますが、貴族の人が思わず笑ってしまうものを作ろうと思ってますよ。それから、今年は踊りをたくさん入れます。新メンバーの人たちは主にそちらを担当してほしいと思ってます。これだけ人数がいれば迫力のある華やかな踊りができると思うので、頑張って覚えてくださいね」

「踊りが増えるのか、それはいいな!」

「ラクスは結構大変になると思うよ」

「へ?」

「ただ踊るだけじゃなく、グループの踊りには隊列を考えたり流れを考えたり、やることがたくさんあるから。ラクスにはその踊りのパートを監督する役をやって欲しいんだ」

「俺が監督⁉」

「この中で一番踊れるのはラクスだからね。私は他のこともしなくちゃいけないし、できれば踊りはラクスに任せたいんだよ」


 私が笑顔でそう言うと、ラクスはむむ、と腕を組んで顔を傾ける。

 

「……俺、頭良くないけど大丈夫か?」

「頭を使うところは私かハンカルがフォローするからさ。それに先輩たちを頼ったっていいんだし」

「わかった、じゃあやる」

 

 私がそうお願いするとラクスはあっさりと監督を引き受けた。

 

「……あっさり決めたな」

「はは、そういう決断力の速さは嫌いじゃないよ」

 

 そう言ってケヴィンとチャーチが苦笑している。

 

「では今日はまず役者組は基礎練習をしましょう。ケヴィン先輩、チャーチ先輩、シャオリー先輩、ラクス、新しいメンバーの人たちへの指導をお願いします」

「わかった」

「はぁい」

「ツァイナは音出し隊で基礎練習を教えてもらって。ファリシュタ、そっちのまとめ役お願いできる?」

「うん、わかった。そういえば新しい音出しが届いてるんだよね?」

「あ、そうそう。それもあとで紹介するね。イリーナはメイユウにいろいろ教えてあげて」

「わかりましたわ。ディアナ、あとで相談したことがあるのですけれど、よろしくて?」

「もちろん。脚本作りがひと段落したらそっちにいくね」

 

 やることが決まってみんなが一斉に動き出した。私は新メンバーのことを気にしつつ、音出し隊が集まってる方へと向かう。ちなみに私が練習室にいる間はイシークは扉の前で待機して、ルザが常に私の側にいるという配置らしい。

 

「二人がずっと近くにいるのも邪魔ですし、ディアナ様の周りにいる人物の情報収集には私の方が向いてますから」

 

 というルザの説明になるほど、と納得する。

 

 そういえばイバン様やレンファイ様の側近も常にべったりくっついてるわけじゃなかったもんね。

 

 イリーナたちがいる縫製機の反対側の壁際に収納棚があり、その前に音出し隊と私とハンカルが集まった。棚の前にはいくつかの大きな箱が置いてある。

 

「その箱の中に新しい太鼓や笛が入ってるから出してみて」

 

 私が指示するとハンカルやダニエル、エルノが蓋を開けて中からいろんな音出しを取り出した。

 

「! 大きいな」

「これは、椅子に座らないと叩けないのでは?」

「あ、こっちは去年より大きな笛ですね」

 

 新しい音出しを見てみんなが驚く。

 

「そっちの背の高い音出しは主にツァイナが叩く用なの」

「え⁉︎」

 

 私の言葉に男性陣が一斉にツァイナの方を向く。それにビクッと肩を揺らしてツァイナがナミクの後ろにささっと隠れた。

 

「あの、すみません……」

「謝らなくていいよツァイナ。ええとね、実はツァイナは私がスカウトしたんだ。彼女はすごい太鼓を叩くのが上手いから、演劇クラブに必要だと思ってお願いして入ってもらったの」

「そうなのか。ディアナから見てもかなり上手いのか?」

「そうなんだよハンカル。……そうだな、じゃあ一回叩いてもらおっか。その方がみんなわかると思うし」

 

 私がそう言ってツァイナを見ると、彼女は「ええ⁉︎」とまた肩を揺らした。いきなりメンバーの前で太鼓を叩くことになるとは思っていなかったようだ。

 

「どうせ音出しはすぐ使うことになるんだから、今でもあとでも同じだよツァイナ。それにこの数の太鼓を叩く資格があるんだってところを見せないと、みんな納得できないでしょ?」

「……はい」

「大丈夫だよツァイナ。私、貴女の太鼓が聞けるの楽しみにしてたから、いつものように叩いてみて」

 

 ナミクとファリシュタが微笑むのを見て、ツァイナはコクリと頷いて太鼓を移動し始めた。

 

 ファリシュタとナミクに前もって会ってもらったのは正解だったね……。

 

 太鼓と一緒に置かれていた簡易の椅子をセッティングして、そこへツァイナが座る。

 

「へぇ、扇型に太鼓を置くのか」

「これ、全部叩くの?」

 

 ハンカルとファリシュタがその配置を見て目を丸くしている。

 

「で、では叩きます」

 

 ツァイナは袖を少し捲り、一度深呼吸をするとスッと目を開けた。その一瞬でツァイナの纏う空気が変わる。

 

 トントントントン トコトコトコトコ

 トントンタンタン トントンタン

 トントントントン トコトコトコトコ

 トントンタンタン トントンタン

 

「!」

「な……っこれは」

 

 ツァイナの奏でるリズムに音出し隊のメンバーが目を見開く。

 

 トント トトト トント トトト

 トトント トンタン トトント トンタン

 ト トトトット 

 ト トトトット 

 トトント トンタン トトント トンタン

 

 革屋で会った時に叩いたリズムが終わると、ツァイナは次に違うリズムを叩き出した。

 

 あ、これ私が叩いたリズムだ。すごい、あの一回で覚えたんだ。

 

 私はそのリズムに体を揺らしながらツァイナを見守る。太鼓を叩いていくうちにツァイナの顔がどんどん輝き出した。本当に夢中になると周りが見えなくなるようだ。

 気がつくと私の後ろにラクスが立っていた。驚きに目を見開いて、口をあんぐりと開けてツァイナに見入っている。

 

 これは、どちらかというと魅入ってるの方かな?

 

 そんなラクスの表情にふふ、と笑っていると、ツァイナの演奏が終わった。私はすかさず拍手をして褒め称える。

 

「よかったよツァイナ! あのリズム覚えてるなんてさすがだよ」

「あの時とても感動したので、あのあとたくさん練習したんです」

「すごいツァイナ、私感動しちゃった」

「本当にすごいですっ。あんなに速く叩けるなんて!」

 

 ファリシュタとナミクも拍手を送る。

 

「なんだ……今の」

「僕たちが叩いていたのとは全然違うね……」

 

 ダニエルとエルノはまだショックから立ち直れていない様子でそう呟く。そこに、興奮したラクスが入ってきてツァイナの手をパッととった。

 

「おまえすごいな! あんなリズム聞いたことないぞ! なぁ他にも叩けるか? 俺それに合わせて踊ってみたい!」

「……⁉」

 

 目をキラキラとさせて迫ってくるラクスに、ツァイナの顔が一気に青ざめた。初対面の男性の貴族にいきなり手を握られてかなり動揺しているようだ。

 

「こらラクス! いきなり女性になんてことするんだ。怖がっているじゃないか」

「ラクス、ストップストップ! ツァイナはそういうのに慣れてないからダメだよ!」

「え? あ、そうなのか? ごめんごめん」

 

 私とハンカルに怒られたラクスがパッと手を離す。ツァイナはいきなりのことで口をパクパクさせて固まってしまった。

 

「ラクス、踊りのリズムについてはまた話すから、今は基礎練習に戻って」

「俺、怖がらせるつもりはなかったんだけど……」

「いいから、さっさと戻れ。全く」

 

 ラクスはハンカルに背中を押されながら「ごめんな?」とツァイナに謝って戻っていった。ラクスが遠くに離れたことでツァイナは明らかにホッとしている。

 

「というわけで、どうだった? ツァイナの太鼓」

「今のを聴くと、俺たちがやってきたものとはレベルが違うというのはわかった」

「うん、太鼓ってこんなにいろんな音が出るんだね」

 

 ダニエルとエルノは実際にツァイナの演奏を聴いて、ツァイナが複数の太鼓を使うことに納得してくれたようだ。

 

「他の新しい音出しについてはまた説明するから、今日はみんなでリズムの基礎練習をしてほしい。ツァイナも基礎についてはこれからだから、みんなと一緒に練習してね」

「はい、わかりました」

「俺も今のところやることがないからこっちの練習をするよ」

「そうだね、ハンカルは照明のところが決まるまでこっちのフォローをお願い。今年は踊りのレベルも上がるから、音出しも去年より難しくなると思うけどみんななら出来ると思う。がんばってね」

 

 私はそう言って音出し隊のところからヤティリがいる小上がりへと向かう。さて、次は肝心要の脚本だ。ヤティリのいる場所の近くにはオリム先生もいて、ニコニコしながらお茶を飲んでいた。

 

 ……あのお茶、誰が入れたんだろう?

 

 そんなことに気を取られながら、ヤティリの小上がりに上がる。

 

「ヤティリ、お待たせ」

「……」

「ヤティリ!」

「ぶぉわ! ああ、ディアナいつの間に……びっくりした」

「毎回びっくりしすぎだよ……それ、なに書いてたの?」

「えと、新メンバーの特徴をまとめてた。みんな大体どんなタイプなのかは把握できたよ」

「え! もう⁉ 早すぎない?」

「結構わかりやすいタイプが多かったから。こんな感じ」

 

 ヤティリがそう言って差し出した紙を覗くと、そこにズラッとメンバーの名前と特徴、得意そうなものや苦手そうな動きが書いてある。

 

「ええと、ジャヌビ四兄弟は高位貴族なだけあって平均能力はみんな高い、なんでもこなせそう。クベストは頭脳派だからか明らかに運動音痴、踊りに難あり。エガーリクはぼんやりしているようで勘がいい、演技の才能あるかも。チェシルとマーラは特に得意なことはなさそうだけど、やる気はあるようなので今後に期待……か、すごいね。基礎練習見るだけでこれだけわかったの?」

「器用かそうじゃないかは基礎練習だけでもすぐにわかるよ。特にクベストはひどいね。あれ、役者としてやっていけるのかなって思うよ。まぁ僕が言うのもなんだけど」

 

 クベストはあの侍みたいな男子だ。魔石装具クラブにいるだけあって頭はいいが、そっちに能力が全振りしているタイプのようだ。でも侍のように熱く真っ直ぐやる気に溢れている。

 頭脳派のヤティリと似ているのかと思ったのだが、どうやらヤティリは文系の秀才、クベストは理系の秀才のようだ。

 

「まとめてくれてありがとうヤティリ。演技についてはこれから上手くなっていけばいいから大丈夫だと思う。で、肝心の脚本についてなんだけど……」

 

 私はそう言って懐から前にヤティリからもらった脚本のプロットを出して、ローテーブルの上に置いた。

 

「ど、どうだった?」

「うん、使いたいなって思うネタはいくつかあったよ。特に私がいいなと思ったのは、このライバルの男貴族二人が一人の女性を巡って張り合っていく話かな。去年の『シャハールとマリカ』もそうだけど対立関係がはっきりしてる話はわかりやすいしね」

「僕もそれが一番喜劇っぽくできると思うんだけど……その、ディアナ根本的なこと聞いていい?」

「うん、なに?」

「ディアナが言う喜劇ってどういう感じのものなの? 小説では喜劇っていうジャンルはなくて、実在する人物を風刺した話とか、登場人物が滑稽でそれに振り回される話とかしかないから、それを思いながら考えたんだけど、劇となるとちょっと違うのかなって思って」


 確かに図書館にある小説にはコメディとか面白エッセイみたいなものはない。読者を笑わせようと思って作られているものがないのだ。平民や子ども向けの本にはあるのかもしれないが。

 

「ううーんと、私が考えてる喜劇っていうのはいろいろあるんだけど、ヤティリの言った面白い登場人物が出てきてその特殊さを描く人物喜劇とか、振る舞いや言葉遣いが面白い人たちの群像劇とか、とある条件の中でいろんな登場人物が自分勝手な思惑で動きまくって変なことになる話とか……」

「い、いっぱいあるんだね……」

 

 ヤティリが戸惑いながらメモしていく。

 喜劇といえばシェイクスピアが有名だが、私はどちらかというと現代っぽいわかりやすい話が好きだ。新喜劇とかシチュエーションコメディも好きだし、お笑いも大好きでよく芸人さんのライブにも行っていた。

 

「あまり種類に関しては気にしなくていいと思う。とにかく私が思う喜劇って、『これがしたい!』って強く思う主人公がいて、一生懸命頑張るんだけどそのやり方がまずくって失敗を繰り返すっていうものなんだよね。がんばってるのに報われない、っていうのが好きなんだ」

「……それって最後まで報われないの?」

「主人公が少々強引なやり方で周りに反感を買っていたら報われないで終わっていいと思う。根がいい人で周りが応援したいと思う人なら報われて終わった方がいいかな」

「なるほど……そっか、そういう作り方をしたらいいのか。そんな風に筋道があるなら書きやすいかも」

「ただ貴族向けの喜劇と考えると難しいんだよね。どういうものが受けるのかわからないし、素直に笑ってくれるかもわからないし。その辺をヤティリに聞きたかったんだ」

 

 私が顎に手を当てて質問すると、ヤティリも腕を組んでうーんと唸る。

 

「確かに貴族が人前で大口を開けて笑うのは難しいだろうね。そういう社会で育ってるし。滑稽な貴族の劇を観せてもクスクスっと笑うくらいじゃないかな」

「だよねぇ。私としてはドッと笑ってほしいんだけどな。ほら、去年私とケヴィン先輩が寸劇をやった時みたいに」

「ブフフっあれは確かに面白かったね。イバン様までお腹抱えて笑ってたし、あれは絶対に他人に見せたことない姿だよ」

 

 私もその時のことを思い出してついつい笑ってしまう。

 

「イバン様やレンファイ様があそこまで笑うことができるんだから、他の学生もできると思うんだけどなぁ」

「逆になんでディアナはそこまで学生に笑ってほしいの?」

「そんなの、その方が楽しいからに決まってるじゃない」

 

 私が胸を張ってそう答えると、ヤティリがまた吹き出した。

 

「いいね、やっぱり面白いよディアナは。君を観てると創作意欲が高まってくるよ、ンフフ」

「……私のことは題材にしなくていいからね」

 

 ヤティリは私の言葉を右から左に流してメモになにかを書き込んでいく。

 

「貴族に受ける話だったらやっぱり貴族社会を舞台にした方がいいだろうね。学生には身近だし、そこでよく見るムカつく人物の見本みたいな人もいるし。どちらかというと嫌われてる人が多い世界だから、そういう登場人物が痛い目を見た方が受けはいいかもしれない」

「なるほど、じゃあさっき言ったヤティリのプロットでいうと、女性を巡って張り合う二人の貴族のどちらも感じの悪い人物にするとか?」

「ああ、なるほど、で、結局二人とも上手くいかないって結末にするんだね」

「そうそう、女性が二人とも振ってしまうとか、他の誰かに取られちゃうとか」

「あ、取られるのっていいね。残念感が増して笑える、デュヒヒ」

 

 私とヤティリはニマニマ笑いながら脚本を詰めていく。他にも私が好きなお笑いのシチュエーションやボケやツッコミの話もする。

 

「へぇ、あのケヴィン先輩との寸劇はそうなってたのか。面白いね」

 

 お笑いのパターンをいくつか伝えると、ヤティリはニヤリと笑ってメモにペンを走らせる。

 彼の中で喜劇の物語が固まってきたようだ。私は集中モードに入ったヤティリからスッと離れ、イリーナのところへ向かった。

 

 

 

 

新メンバーが入ってクラブ活動がスタートしました。


次は 学生の商売についての一案、です。

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