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家族の時間


 ルザが側近になったということで父親のヤガがうちに挨拶にやってきた。イシークは特殊貴族なので必要なかったが、未成年が未成年の側近に入る時にはその親同士が顔合わせをするのが普通らしい。

 本館の客用談話室でクィルガーとヴァレーリアと私、向かいにヤガとその妻とルザが向かい合って座り、挨拶を受けた。学院以外でヤガに会うのは初めてなので不思議な感じがする。

 

「お久しぶりです」

「敬語はやめてください。クィルガー様は王宮騎士団の副団長ではありませんか。私は今ソヤリ様の部下ですよ」

「いえ、ケチャ様は先代を支えておられた方ですから」

 

 ヤガって今はケチャって名前なの? いやそれより……。

 

 私はクィルガーの口調に驚いた。なんとヤガことケチャは元々、前の監察長官だったソヤリの父親の側近だったんだそうだ。先代から国に仕えている人で同じ高位貴族のため、クィルガーから見れば上の人らしい。

 

 ていうかソヤリさんの父親も監察長官だったの⁉︎

 

「ルザは末の娘でまだ甘いところがありますが、ディアナ様のお役に立てるよう教育はしてまいりました。私の目が見えていればもう少し厳しくできたのですが……」

「え! 目が見えてないのですか⁉︎」

 

 次から次へと驚くことが出てきて私は目を丸くする。ケチャは昔毒を受けた影響で目が見えなくなったそうだ。そう言われてよく見ればケチャの瞳は少しだけ白く濁っている。

 

「全然気がつきませんでした……。確か初めて会ったのは入学試験の時だったと思いますが、あの時も見えてなかったのですよね? なぜ私がわかったのでしょう?」

「目が見えなくなってから聴覚を鍛えたので、足音を聞けば誰かわかるのです。ディアナ様の場合は念のためお名前を聞いたでしょう?」

「あ、そういえばそうでしたね。でも見えないのに普通に生活できるんですね……びっくりです」

「誰でもできることじゃないぞディアナ。ケチャ様はかなり優秀な監察官だったからな」

「恐れ入ります」

 

 ケチャとその妻はそれから少しお茶をしたあと帰っていった。ルザは今日からうちで生活を始めるので、早速イシークと打ち合わせを始めている。

 

「ディアナ、このあと時間あるか?」

「はい、新学期の準備は大体終わったので大丈夫ですけど……」

「ちょっと内密部屋で話がある」

「わかりました」

 

 クィルガーについて行ってそのまま二人だけで内密部屋に入る。

 

「話ってなんですか?」

「ジャシュはまだ生まれたばかりだから、こういう話は普通はもっとあとにするんだが、おまえには先に言っておいた方がいいと思ってな。うちの跡継ぎの話だ」

「跡継ぎですか?」

「アリム家の跡継ぎの決め方は知っているな?」

「ええと、確か一番力が強い子どもが跡を継ぐんですよね?」

 

 アリム家は他の家と違って長子とか長男とか末っ子とか生まれた順番では決めず、単純に力の強さで跡継ぎを決める。力というのはもちろん魔石使いとしての強さも含まれる。

 

「その決め方でいくと、俺の次にアリム家を継ぐのは間違いなくおまえになる」

「ええ⁉︎ そうなんですか?」

「あのな……おまえは特級なんだぞ? おまえ以上に強い魔石使いの子どもなんて今後生まれるわけないだろ」

「いやでも……剣術とか、そっちの強さは全然ですよ?」

「騎士に比べれば弱いが全然ってことはない。魔石使いとしての力を合わせたらおまえに勝てる者はうちにはいない」

 

 そうかな……お父様やおじい様に勝てる気なんて全然しないけど。

 

「そうなんですか……養子として入ったので跡継ぎになるとか考えたことがありませんでした……」

「そんなこと言ったら俺だって養子じゃねぇか」

「あ、本当だ」

 

 トグリとチャプは一級だが総合的にまだクィルガーには勝てないんだそうだ。その上、歳もかなり離れているので跡継ぎはクィルガーに決定している。

 

「だが、おまえを跡継ぎにすると色々と問題が起こってくる」

「私がエルフだからですか?」

「別にエルフだろうが人間だろうがうちの子どもになった時点でそこはどっちでもいい。問題はおまえが子どもを産んで跡継ぎを作るまでに時間がかかりすぎるってところだ。正直先が見えなさすぎる」

「ま、まぁ確かに……」

 

 いきなり自分の子どもの話をされてビビるけど、確かに私が子どもを産めるのはかなり先だ……もしかしたら百年先とかになるかもしれない。っていうか、そもそも相手を見つけられるか謎である。

 

「俺たちがいなくなったあと、おまえを支えるのはジャシュや他の兄弟になるが、そいつらも長く当主として生きているおまえをずっと守ってはいられない。その子ども、さらにその子どもたちへとおまえを任せなくてはいけなくなる」

「……なんだか可哀想ですね……その子たち」

 

 力が強すぎる私が当主としている限り、他の兄弟から跡継ぎは出ないし、その状態が私が老いる何百年先まで続くのだ。そして私の子どももどういう能力を持って生まれるか予想がつかない。もしかしたらその間に私や子どもに愛想を尽かす人たちだっているかもしれない。

 

「それにこれが一番重要なんだが、おまえはアリム家の跡を継ぎたいと思ってるか?」

「それは……正直、積極的に継ぎたいとは思ってないです」

「だろうな。おまえの性格から考えても、家を継ぐとかそういうことには向かない気がする。商売っ気はあるから財産の運営はできるだろうが……」

 

 クィルガーの言う通り、私の頭の中は大体演劇クラブや歌のことでいっぱいだ。それをどう発展させていこうかということについては喜んで考えるけど、家の運営に関しては全く興味がない。

 

「だから父上と母上にも相談したんだが、うちの跡継ぎはジャシュかその下に生まれるかもしれない兄弟のうち一番強い者にした方がいいんじゃないかという結論になった。おまえにはその跡継ぎの支えになってほしいと思ってるんだが……どうだ?」

「支えって、なにをすればいいんですか?」

「まぁ困ったことになっていたら手を貸すとか、相談に乗ってやるとか……おまえなりに助けてやってくれたらいい」

「なるほど……それくらいなら私でもできそうです」

「それでいいのか?」

「はい。こんな大きな家の跡継ぎというのは私には荷が重すぎる気がしますし、自分でも何百年も先のことなんて想像できないのでその方がいいです。私は兄弟をベロベロに甘やかして世話をする方が向いてますし」

「ベロベロ……あのな、甘やかさなくていい。一歩引いた立場で見てやってくれ」

「えっ無理ですよ。あんな可愛い存在を可愛がらない選択肢はありません」

 

 私がなにを言ってるんだという顔でそう言い切ると、クィルガーは半眼になってため息をついた。

 こうして、私はアリム家の跡継ぎからは外れることになった。それが決まったことでジャシュの教育の仕方もちゃんと定まるんだそうだ。

 私としては今まで通りの生活ができそうなのでちょっとホッとした。学院と演劇クラブのことですでに頭がいっぱいなのだ。

 

 これに加えて跡取り教育が入ってきたら頭が爆発しちゃうよ……。

 

 

 そして夏休みが終わる日、私はヴァレーリアと庭でお茶会をすることにした。もちろんジャシュも一緒である。そこで私はとあるものをいそいそとローテーブルの上に置く。

 

「これは?」

「ふっふっふん、ジャシュのおもちゃ用に新しく作った音出しです! やっと納得のいくものができたんですよ」

 

 私が作ったのはおもちゃの木琴だった。木の長さを変えるだけで違う音が出せるし、必要な材料も木材だけだったのでトカルたちと一緒にこの夏作っていたのだ。似たような音出しが昔の音出しを紹介した本に載っていたので、それをアルスラン様にも報告して、作る許可はもらっている。

 

「これはですね、この撥を使って叩くんです」

 

 私が小さな撥で板の長い方から短い方へ順番に叩いていくと、ドレミファソラシドの音が鳴る。そう、今回苦労したのはこの音階作りだった。木琴はわずかな板の厚さや木の種類で音が変わってしまうので、納得のいく出来になるまで時間がかかったのだ。

 

 まだ音階を教えることはできないけど、その音に馴染めるようにドレミの音階で作りたかったんだよね。

 

「可愛い音ね。木を叩くだけなのにこんな音が鳴るのねぇ」

「多分作られたのは太鼓の音出しよりも昔だと思います。本当はもっと大きなものを作りたかったんですが、そっちはまだ許可が出ないのでとりあえず子ども用のものを作りました」

 

 私から渡された撥を持ってヴァレーリアが楽しそうにコンコンと叩いていると、それを見たジャシュが木琴に手を伸ばす。


「アアーアウー」

「ジャシュもやってみる?」

 

 ヴァレーリアが自分の膝の上にジャシュを乗せてその手に撥を握らせてコンコン、コンコン、と木琴を叩くと「ダァ」とジャシュが笑った。

 

「音が鳴るのが面白いみたいね」

「うふふ、気に入ってもらえて嬉しいです」

 

 その後もジャシュは夢中で木琴をガンガンと叩く。見本を見せてあげようと思って撥を取り上げると、途端に泣き出してしまうくらい木琴を気に入ってくれた。そして夢中になるあまり、前のめりになったままお腹をテーブルの端に押し付けてそのままスクっと立ってしまったのだ。

 

「あ! ジャシュが立った!」

「あら、本当ね」

「まぁ! ジャシュ様、さすがでございます!」

 

 私やトカルたちが感動して手を叩くと、その様子を見たジャシュがポカンと口を開けて固まった。夏休み最後の日はジャシュの初立ち記念日になった。

 ちなみにこのおもちゃの木琴もサモルに頼んで売り出してもらう予定だ。たくさん売ってこれから生まれる子どもたちには音出しに慣れてもらい、いつか音出しを鳴らすことが普通な世の中になればいいなと思う。私の野望はまだまだこれからである。

 ジャシュがお昼寝に入ったので、その寝顔を見ながらヴァレーリアと改めてお菓子を摘んだ。

 

「そうそう、イシュラルの後任探しは進んでるの?」

「まだ始めたばかりみたいですけど……どこまで進んだの? イシュラル」

「……私はまだ先でいいと思っているのですが」

 

 イシュラルはそう言ってなんともいえない顔になる。

 実はこの夏の間にサモルとイシュラルの結婚がまとまった。式は来年の春までお預けだが、私とヴァレーリアがノリノリで二人の間を取り持ったこともあって、あっという間に決まったのだ。サモルも前からイシュラルのことは気になっていたらしい。イシュラルを取られるのは寂しいが、二人が思い合っているのなら応援しないわけにはいかない。

 結婚を申し込まれるイシュラルはそれはもう可愛いらしい乙女の顔になっていた。

 

 もぅぅ! うちのイシュラルが可愛すぎる! この映像を永久保存したいよ!

 

 結婚となれば次は子ども、ということで結婚後イシュラルはしばらく私のトカルから外れることになったのだが、どうやら本人は私のそばにずっと居たいらしく、後任となるトカル探しを渋っている。

 

「気持ちはわかるけど、ディアナは特殊な立場にいるから後任の教育には時間をかけなくてはいけないわ。ディアナが気にいる人でないといけないし」

「はい……」

「私も寂しいよイシュラル。でもいつかは戻ってきてくれるんでしょ?」

「もちろんでございます! 私は生涯ディアナ様のトカルでいたいと思っています!」

 

 イシュラルが気迫のこもった目でそう宣言する。

 

「あ、ありがとイシュラル。ちゃんと待ってるから、後任の選別と教育をお願いね」

「……っ。かしこまりました」

 

 グッとなにかを堪えるような顔をしてイシュラルは恭順の礼をとった。そんなイシュラルを見てなぜかイシークとルザが「離れたくない気持ちはわかる」「ディアナ様に待ってると言われるなんて……羨ましいですね」と私の後ろで囁き合っていた。

 

 聞こえてるよ二人とも……。

 

 後ろの二人に心の中でつっこんでいると、お菓子を摘んでいたヴァレーリアがため息をついた。

 

「ああ、でもまたディアナとしばらく離れるのね、寂しいわ」

「私も寂しいですよぅ。お母様とも、もちろんジャシュとも離れたくないですし」

「でもこの夏はディアナと一緒に出かけられてよかったわ。武器屋にもいけたし、美味しいものも食べられたし」

「また来年の夏休みに行きましょうね」

「そうね、ディアナに側近がついたから、今までより出かけられる範囲も広がるでしょうし」

「え、そうなんですか?」

「それはそうよ、平民の護衛と貴族の護衛では強さが段違いだから」

「じゃあ北西街じゃないところにも行けるってことですか?」

「それどころか王都の外にも出れるんじゃない? 詳しくはクィルガーに聞かないとわからないけど」

 

 なんと、そんなに行動範囲が広がるのか。

 別に王都の外に用事はないけど、そう言われるとなんかワクワクするね!

 

「来年だったらジャシュも連れて歩けますかね」

「そうね」

「わぁ! 私とても楽しみです!」

 

 来年は家族四人で屋台に行くなんてこともできるんだろうか、と興奮していると、ヴァレーリアのトカルのティンカがお茶を入れ替えてくれた。出されたお茶は例の気持ちを落ち着かせるお茶である。

 

 これ以上興奮しないように、ってことね……。

 

 その意図を汲み取って私は姿勢を正してお貴族様らしくお茶を飲んだ。爽やかな味が喉を潤していく。と、その時同じようにお茶を飲もうとしていたヴァレーリアが口を抑えてガシャンとカップを戻した。彼女がこんなに乱暴にカップを置くのは見たことがない。

 

「お母様?」

「……」

「ヴァレーリア様? どうかなさいましたか? お茶に問題でも?」

「いえ、大丈夫よ。ちょっとお茶の香りに気持ちが悪くなっただけ……」

「え、大丈夫ですかお母様」

 

 ヴァレーリアの具合が悪くなることは滅多にないので、私の体に緊張が走る。

 私が眉と耳を下げて心配そうに見つめると、ヴァレーリアは口元に手を当てたままお茶を見つめて「まさか……」と呟いた。

 

「ヴァレーリア様、確か以前にもこのお茶が受け付けなくなった時が……」

「……」

「え、そうなんですか? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫よディアナ。心配させてごめんね、本当に大丈夫だから」

 

 ヴァレーリアはお茶の入ったカップを自分の前からススっとずらすと、ティンカが素早くそれを下げる。それからヴァレーリアは上を向いて外の空気を深く吸い込んだ。

 

「ふぅ……多分、これつわりだわ」

 

 …………は?

 

「…………え?」

「ジャシュの妊娠がわかった時もこれ、飲めなくなったのよ」

「ヴァレーリア様、すぐに女性医師をお呼びいたします」

「お願いティンカ」

 

 ヴァレーリアの言葉にティンカが他のトカルに指示を出し始めた。

 

「え、ちょっと待ってください。あの……はい?」

 

 私は状況に全くついていけなくて口をパクパクさせる。

 

「まぁ、確かにそろそろかなとは思ってたのよね。ごめんねディアナ、来年の夏休みは私は一緒に行けないかも」

 

 申し訳なさそうに笑うヴァレーリアを見ながら、私の思考は完全に停止した。

 

 つわり? 

 妊娠?

 え? ええ……。

 ええええええ——————————⁉

 

 こうして私の夏休みは終わりを告げた。

 

 

 

 

最後に衝撃的なことが起こって夏休みが終わりました。

次からは三年生へ。日〜木の週五更新に戻ります。


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