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主従の盃を交わす


「ディアナ……いえ、ディアナ様、私を側近にしてください」

 

 うちの内密部屋にやってきたルザは、開口一番そう言った。

 

「え、ええ?」

 

 今日はルザにイシークが側近になったことを伝えて、三年生からの護衛の仕方をどうするか話し合うつもりだったのだ。

 そこに突然の側近希望宣言である。私は目を丸くするが、ルザは至って大真面目だった。

 

「な、なんで? ルザは友達兼護衛ってことで去年はやってきたし、私はそれが心地よかったんだけど……」

「……昨年一年ディアナ様とご一緒してよくわかりました。ディアナ様はこの世界で唯一無二の存在なのだと。その方を守るのが私の使命だと思ったのです」

「ちょっと待ってルザ、なんか話が大きくなりすぎてない? そりゃ世界唯一のエルフだからそう感じるのかもしれないけど……っ」

「いえ、新しいエルフということを抜きにしてもディアナ様は類まれな存在です。お願いします、私を側近にしてください」

 

 キリッとした顔でそんなこと言われても困る。私としてはルザは友達のままでいて欲しいという気持ちが強いのだ。側近になったら今までと同じ態度は取れなくなってしまう。

 

「ルザは将来ソヤリさんの下で働くのが夢なんだよね? 私の側近になったらそういうこともできなくなるんじゃない?」

「そこはご心配には及びません。ソヤリ様がアルスラン様の側近であり監察長官をしていることからもわかるように、誰かの側近であっても監察官として働くことはできますし、ディアナ様の側近になることはソヤリ様にも後押ししていただいてます」

「えっソヤリさんに言ったんですか?」

「はい、側近になった方が他の生徒への牽制にもなるから励みなさい、と」


 待って! ソヤリさん勝手にルザを側近に確定しないで!

 

 私が眉を寄せてううーん、と唸っていると、ルザは少し姿勢を緩めて視線を下げた。

 

「その……正直に言いますと、夏休みに入るまでは迷っていたのです。ディアナ様は私が側近になることは望んでいないでしょうし、友達のままという方が気が楽なのだろうと。ただ……イシーク先輩がカラバッリ様に預けられたと聞いて、その……この辺りがざわついてしまって……」

 

 ルザはそう言って自分の胸の辺りを手で押さえる。

 

「ざ、ざわつく……?」

「はい、イシーク先輩がもしカラバッリ様の訓練に耐えてディアナ様の側近になったら、ディアナ様の一番近くに仕えるのはイシーク先輩になります。それを思ったら……なぜかざわざわと」

 

 胸を押さえながらルザは眉を寄せて下を向く。

 

 え、なに? なんでルザがこんな切なそうな顔するの? ざわざわってなに?

 

「いやでも、ルザはイシーク先輩が私に仕えることについては賛成だって言ってたじゃない」

「もちろん護衛の数が増えるのはいいことですから、あの時はそう言ったのですが……自分でもこんな気持ちになるとは思いませんでした。イシーク先輩が側近に決まったのなら、私も同じ立場でディアナ様を守りたいとそう思ったのです」

「ル、ルザ……?」

「ディアナ様、私を側近にしてください。イシーク先輩に負けないくらい努力をしてディアナ様を守ります」

 

 ルザは眉を下げ、潤んだ瞳で私を見つめてくる。

 

 ちょっと待って! なんかルザがおかしくなってるよ!

 こんなに感情的なルザは初めて見るし、その原因がなんでイシークなの⁉

 

「私は女性ですからイシーク先輩よりも近くで守ることができますし」

「ル、ルザ、もしかしてイシークに対して嫉妬してるの?」

「イシーク……ああ、もう呼び方も変わったのですね……」

 

 そう言ってスッと目を細めたルザからなんだか不穏な空気が漂っている。あれほど冷静に周りの状況を見てずっと穏やかさを保っていたルザが、なぜか嫉妬心を露わにしてるのだ。一体なにがどうしてこうなったのか、全くわからない。

 

「私はルザが友達の方がいいんだけど……」

「では私は……イシーク先輩の下なのですね」

「いや、そういうことじゃなくて……側近が上とかそんなこと思ってないし」

「しかし友達兼護衛という立場はどう見ても側近より下だと思います」

「はぅっそんなことないんだけど……うまく説明できないっ」

「ディアナ様はなにが一番気になるのですか?」

「それは……側近になっちゃったら寮の部屋にいても友達として接することができないでしょ? 相部屋の中で主従関係があるのは嫌だよ……」

「そこは諦めてください」

「ふぇ⁉︎」

「如何なる時でも側近という立場を崩さないということが、ディアナ様の身の安全に繋がりますから」

「ええー……」

 

 ルザの強い意志に私はちょっと押され気味になってしまう。

 

 ううー……どうしよう!

 

「こんな大事なことすぐには決められないから、ちょっとだけ時間もらってもいい?」

「もちろんです。いい返事をお待ちしております」

 

 ルザはニコリと笑って恭順の礼をとり、内密部屋から退出する。その際に廊下側の扉の前に控えていたイシークをチラリと見て、無言でその前を通っていった。

 

 

 その日の夜、内密部屋でルザのことをクィルガーとヴァレーリアに話したら、二人とも同時に笑い出した。

 

「笑い事じゃないですよ! 私は本当に困ってるんですから」

「なんで困るんだ。ルザも側近にしたら済む話だろ? 忠誠心も護衛としての力も問題ないんだ、イシークと一緒に仕えさせたらいい」

「ルザは今までそんなこと言ってなかったんですよ? どうして突然そうなったのかわからなくて混乱してるんです」

「要は一目惚れと、友達から好きになる、の違いよね」

 

 困っている私に、ヴァレーリアがクスクスと笑いながら言う。

 

「どういうことですか?」

「主従関係って恋愛関係と似てるのよ。イシークはディアナに一目惚れをして、ルザは友達期間を経て気がつけば好きになっていたっていうパターンなんじゃない? どちらも経緯は違うけれど、結果は同じ。ディアナに仕えたいって気持ちの強さは一緒だということよ」

「……自分に当てはめたら気持ち悪いが、まぁ間違ってはないな」

 

 クィルガーが渋い顔をしながら頷く。

 

「お父様はどっちのパターンだったんですか? 一目惚れですか? 友達からですか?」

「変な言い方するな! べ、別にいいだろ、どっちでも」

「ああ、お母様のことも一目惚れだったから、アルスラン様に対してもきっとそうなんですね」

「ゴフッ」

 

 私の言葉にクィルガーが思いっきりむせた。

 

「な……なんでその話が出るんだ!」

「アルスラン様のことは一目惚れじゃなかったのよね? クィルガー」

「お母様は知ってるんですか?」

「まぁね」

「頼むから一目惚れとかそういう言葉を使うな……」

「物の例えよ」

 

 ヴァレーリアが笑いながらクィルガーの背中をさすると、渋い顔のままクィルガーが側近入りの時の話をしてくれた。

 クィルガーが側近候補としてアルスラン様に会ったのは十二歳のころだったそうだ。先代王の王宮騎士団長だったカラバッリの息子としてすでに強さで一目置かれていたクィルガーは、当時四歳だったアルスラン様の護衛兼遊び相手として働くことになった。

 

「だがアルスラン様は虚弱で外に出ることもほとんどなかったからな。俺はなにもすることがなくて王子の部屋の扉の前でずっと控えてるだけだった」

 

 血気盛んな年頃だったクィルガーにとってその任務は苦痛だったそうだ。だがその後、王子の部屋が王の塔に移されると、アルスラン様はひたすら本を読み続けるようになり、その本の購入や運搬をクィルガーが担当することになった。

 体を動かしたかったクィルガーは喜んでその仕事を引き受けたらしい。

 

「しかしその仕事を始めて正直驚いた。アルスラン様が読まれる本の数は信じられない量だったんだ。普通の幼い子どもが読める量ではなかったし、難しい内容もすぐに理解されるんだ。俺は開いた口が塞がらなかった」

「すごい……アルスラン様ってそんな昔から賢かったんですね」

 

 いわゆる神童ってやつだね。

 

「その頭の良さにお父様は惚れたんですか?」

「いや、尊敬はしていたがまだ側近になりたいとは思ってなかった。頭が良すぎて俺はどう接したらいいかわからなかったしな。……アルスラン様に仕えたいと思ったのは、その信念を知ってからだ」

「信念?」

「ある時、アルスラン様にこう尋ねたんだ『こんなに本を読んでどうするんですか?』って。するとアルスラン様はこう答えた。『知識を学べば、この国を救う手段が見つかるはずだ』ってな」

 

 当時のアルタカシークは王都の半分が砂に埋もれ、土地はやせ細り、いつ滅んでもおかしくない状態だった。虚弱で、自分の命もいつどうなるかわからないのに、王子が考えていたのは国やそこで暮らす民のことだったのだ。

 

「虚弱で生きるだけでも必死な子どもが、国を救うことを一番に考えてた。俺はそれに衝撃を受けたんだ」

 

 自分のことよりまずは国のこと、民の生活を守ることをアルスラン様は最優先に考えてたらしい。

 

「……アルスラン様は極端に(わたくし)より(おおやけ)の人なのね。でもそうじゃなきゃこの国を救うことなんてできなかったでしょうね」

「ああ、特に当時はアルタカシークはもうダメなんだと国中に諦めた空気が漂っていた。そんな中、アルスラン様は諦めずに救う方法を探しておられた。その姿を見て、俺はアルスラン様の側近になりたいと思ったんだ」

 

 自分より国のこと……か。やっぱりすごいねアルスラン様って……自分の野望のために生きてる私とは正反対だよ。

 

「だからまぁさっきの話でいうと、時間をかけて気持ちが固まって側近入りを希望したっていう感じだ」

「なるほど、友達から好きになったパターンなんですね」

「その例えはやめろ」

「クィルガーの話を聞いたら、ルザがどうしてディアナに仕えたいと思ったのか少しは理解できたんじゃない? ディアナ」

「そうですね……確かに、私が知らないだけでルザの中では色々あったのかもとは思えるようになりました。その思いはイシークと同じなんだなって……」

 

 私はそう言って目の前に置いてあったお茶を飲む。

 

 あとはきっと私の気持ち次第なんだろうな……。要は友達が減るのが嫌なだけなんだよね、私は。ここは日本じゃないんだから、そういう甘い気持ちは捨てなきゃダメだね。

 私はもう本田恵麻じゃなく、ディアナなんだから。

 

「友達じゃなくなるのは寂しいけど、ルザも側近になってもらおうと思います」

 

 私が顔を上げてそう言うと、

 

「そうか、わかった」

「ルザの部屋も用意しなくちゃね」

 

 と、クィルガーとヴァレーリアは優しく笑った。

 

 

 後日、再びルザにうちまで来てもらった。今日は内密部屋ではなく、中庭にある屋根付きの小上がりで話をする。夏の盛りを過ぎた時期特有の生温い風が、小上がりの中を通っていく。

 

「ルザもイシークもそっちに座って」

 

 私の向かいの席に二人を座らせ、私はお茶セットを自分の方に引き寄せる。

 

「あの……ディアナ様……これは」

「これからお茶をするのですか?」

 

 戸惑いの声を上げるルザとイシークに私はニコリと微笑んだ。

 

「今日は、ここで主従の盃を交わそうと思います」

「!」

「し、主従の盃を……?」

 

 私の言葉に二人が目を見開く。

 

「ルザ、貴女を側近として受け入れます。立場も口調も変わっちゃうけど、よろしくね」

「ディアナ様……!」

 

 ルザはそれを聞くとすぐに自分のヤパンを横にずらして恭順の礼をとり、「ディアナ様のために、この身を捧げます!」と宣言した。私はそんなルザを見て一瞬複雑な気持ちになったけど、すぐにそれを打ち消して二人に側近としての注意事項を伝える。

 私が望んでること、嫌だと思うこと、学院での護衛の仕方……。

 

「寮にいる間はルザが主に護衛することになると思うけど、その他の場所については二人で話し合ってルールを決めてほしい」

「かしこまりました」

「仰せのままに」

 

 他にもクィルガーから教えられた側近の扱いについて二人とすり合わせを行った。口調については私も指導を受けた。これから二人に対しては敬語は使わない。それが主従関係のルールだからだ。

 カラバッリのような誇り高い生き方をこの二人は選んだ。私も二人の主として恥ずかしくない人間にならなくちゃいけない。

 

「伝えることはこれくらいかな……」

 

 私が言ったことをメモに書いている二人を見ながら、私は目の前にあるお茶セットに手を伸ばした。いつものお茶会で使うものとは違う、立派な朱塗りの茶器である。

 主従の盃というのは、側近入りを果たした臣下に主が自らお茶やお酒を注ぎ、それを同時に飲み干すという儀式だ。その儀式をもって正式に主従関係となる大事なものなんだそうだ。


「俺も、アルスラン様と主従の盃を交わした時は熱いものが込み上げた。特に騎士にとっては特別な儀式なんだ」

 

 と、昨夜クィルガーが懐かしそうに言っていた。

 私が丁寧にお茶を入れている動きを、ルザとイシークは固唾を飲んで見つめている。

 

「うん、いい香り」

 

 私が入れたのはアティルの花の香りがするお茶だ。普通主従の盃で使われるのはクセのない普通の茶葉らしいのだが、それだとなんだか重苦しい感じがしたので花の香りがするものにしたのだ。

 

「私が二人に望むのは、第一に二人の健康と幸せだからその思いを込めてこのお茶を入れたの」

 

 私はそう言って二人の前にお茶の入った盃を置く。ふわり、とそこから柔らかな香りが広がる。

 

「改めて言うけど、私は私のために誰かが傷つくのは嫌なの。私を狙っているテルヴァはどこから現れるかわからないし、この先怪我をすることもあるかもしれないけど、絶対に自分の体を大事にすること。それを約束してから、この盃を掲げてほしい」

「ディアナ様……」

「……」

 

 二人は私の言葉を聞いて少し黙ったあと、同時に盃を手に取った。

 

「お約束します。ディアナ様の望みのままに」

「ディアナ様との約束を違えぬことを誓います」

 

 二人の答えに私は笑顔で頷く。

 

「ルザとイシークに主従の契りを。ヤクシャイ」

「ヤクシャイ」

「ヤクシャイ」

 

 私たちはそう言って同時に盃を掲げ、中のお茶を一気に飲み干した。

 これで二人は正式に私の側近となった。

 

 

 そこからルザは大変だった。自分の家からうちに引っ越す作業と新学期に向けての準備、そして私の館での生活の流れの把握ということを一気にしなくてはいけなくなったからだ。ちなみにルザの部屋は本館ではなく女性館の中に作られた。その方が護衛がしやすいからである。


「女性館の中に貴族の側近がいるのは助かるわね。私も安心だわ」

 

 ルザの部屋を準備しながらヴァレーリアが微笑む。周りに平民の兵士しかいないというは心許なかったらしい。

 

「それにしても本当によかったの? ディアナ。側近費用を自分で出すことになって」

「当たり前じゃないですか、私の側近にかかる費用を親に出してもらうなんてできないですよ」

 

 側近の生活費やトカル、トレルたちにかかる費用はもちろん主が出すのが普通だ。それを親に肩代わりしてもらうなんて情けなさすぎる。

 

 そう思うと、お金を稼げるようになっててよかったって思うよね。自分を守るお金は貯めておいた方がいいって言ってたアルスラン様の言う通りだった。

 

「もっとお金稼がなきゃダメだね。今作ってるアレ……商品として売れるかな?」

 

 私はルザとイシークにかかる費用が書かれた書類を見ながらそう独りごちた。

 

 

 

 

ルザに直訴され悩みましたが、クィルガーの側近入りの話を聞いて受け入れることにしました。

主従間で盃を交わすってロマンですよね。

これでビシッと側近入りが決まりました。


次は 家族の時間、です。

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