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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
夏休みⅡの章 主従の風

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護衛試験での騒ぎ


 夏真っ盛りの季節は特に何事もなく進み、私はオリム先生に木工房のベリシュ親方に繋いでもらうよう手紙で頼んだり、王の特別補佐の仕事をしたり、演劇で使えそうなリズムを作って楽譜に書き起こしたりしていた。

 そして八の月も半ばを過ぎ、そろそろ新学期の準備を始めようというところで、クィルガーから一つのお願いをされた。

 

「イシーク先輩の最終試験ですか?」

「ああ、父上から最低限の訓練は終了したから、最後に実際にディアナの護衛をする試験をしたいと言われたんだ。イシークに護衛してもらいながら指定の場所へ行って帰ってくるというだけのものだが、どうする?」

「それだけでしたら私は別にいいですけど、行く場所って王都の中なんですか?」

「人の数が多い場所でやるから……どこかの市場とかだろうな。もちろん少し離れた場所に俺もついているし、父上や他の兵士も遠くから見ているからディアナは安心してていい」

「そうなんですね、よかった……」

 

 しかしイシーク先輩、ちゃんと訓練についていけてたんだね。城に上がる時に護衛に付いてたから生きてることは知ってたけど、順調にいってたんだ。

 

「ああ、それとその試験にルザも違う目的で参加することになった」

「ルザもですか?」

 

 なんとルザはソヤリや父親からイシークのことを聞いて「自分も最終試験に参加したい」と言い出したんだそうだ。ルザの任務はイシークの護衛能力の見極めと、もしもなにかがあった時の予備の護衛だ。

 

「どうやらルザもただの護衛という立場じゃなく、イシークとともに側近としておまえに仕えたいと思ってるみたいだな」

「えっそうなんですか?」

「詳しくは本人から聞けばいいが、おまえもそのつもりで二人と接してこい。臣下と友達は違うからな」

「ええー……ルザは友達だからいいのに……」

 

 臣下というとどうしても距離が空いたように感じるのだ。ルザとは友達兼護衛という関係が私としてはしっくりきていたのに、ちょっと悲しくなってしまう。

 

「おまえは特殊な立場にいるんだ、そろそろその自覚を持っておけ。主が曖昧な態度だと仕える者が動きづらくなる」

「……そんな簡単に割り切れませんよ」

 

 私が口を尖らせてそう言うと、クィルガーはなにかを言おうと口を開いたが、結局なにも言わずに「まぁ、試験が終わってからでいいか」と頭をボリボリと掻いた。

 

 

 

 イシークの最終試験は翌日の朝一に行われることになった。朝の方が市場が活気付いていて人が多いからだ。

 向かう場所は貴族たちも訪れる大きな馬市場だ。北西街の農業区域で開かれている市場で、馬だけでなく他にもトヤマクや愛玩動物、それから魔石獣の市場もあるらしい。

 

「魔石獣の市場はちょっと興味あるよね……あ、でもパンムーはあまり見たくないかな?」

「パム?」

 

 アリム家の紋章入りの馬車の中で私は肩に乗っているパンムーと目を合わす。今回は予想外のことが起こった方が試験の質が上がるということで、パンムーも一緒に連れていくことになった。

 

「いい? パンムー、今から行くところにはたくさんのお馬さんや他の動物もいるけど、勝手に飛び出していっちゃダメだからね?」

「パム!」

 

 予想外のことが起こった方がいいと言うが、面倒ごとになるのはごめんだ。今回は普段の私の護衛をするということで貴族の格好だし、耳も出している。そんな中騒ぎになるのは嫌なのだ。

 

 クィルガーとアリム家の馬車というだけで、もう注目浴びてるしね……。

 

 馬車の前にはクィルガーとイシークの馬が先導して通りを進んでいるので、すでに他の貴族の注目はガッツリ集めてしまっている。平民区域に入ってからも、お貴族様の一行ということでザアッと人が左右に避けていた。

 

 お貴族様パワー恐るべし……。

 

 農業区域に出ると、大通りを外れて少し細い通りに入っていく。夏も盛りを過ぎてそこまで気温がすぐに上がらなくなったため、人の数もそこそこ多い。馬市場へは貴族もやって来るので道は舗装されて掃除も行き届いていた。

 しばらくすると、小麦畑の間に白い建物と大きなテントが並んでいる場所が見えた。

 

 あそこが馬市場かぁ。おっきいな。

 

 馬やトヤマクや他の使役動物はアルタカシークの全ての人たちにとって必要不可欠なものなので、その市場の規模も相当なものだ。

 先導していたクィルガーが貴族用の入り口へ入っていく。ちなみにカラバッリの方はすでに会場入りしていて、どこかからかイシークを見ているんだそうだ。

 

 おじい様がこっそり様子を窺うなんてできるのかな……すごいオーラだと思うけど。

 

 市場の出入り口前に着いたので馬車を降りる。これからクィルガーとイシークと私の護衛兵士数人と一緒に馬を買いに行き、その用事が済んだら私はクィルガーと離れてその辺をぐるぐると見学するという流れだ。

 ちなみに買う馬とは私の馬である。

 

「自分の馬が持てるなんて思ってませんでしたね……」

「うちにいる馬でもいいんだが、どうせならおまえが気に入った馬を買った方がいいだろう。パンムーが気にいるやつの方がいいだろうしな」

「パム!」

 

 クィルガーと話しながら歩いていると、私の斜め後ろにイシークがスッとついた。そちらをチラリと見て、私は驚きのあまり目を見開く。

 

 え⁉︎ イシーク先輩ってこんなにデカかったっけ?

 

 今まで至近距離で会うことはなかったので気づかなかったが、イシークは夏休みに入ったころに比べると段違いに大きくなっていた。

 背丈だけでなく胸板も厚くなってるし、顔も日焼けで真っ黒になっている。鋭くなった眼光で辺りを見回して怪しいものがいないかチェックしているようだ。その外見の変貌ぶりに、カラバッリの訓練がいかに厳しいものであったのかが窺い知れた。

 

「ディアナ、これが地図だ」

「はい」

 

 クィルガーから市場の地図を手渡されて説明を受ける。今日巡るのはメイン会場だけで、他の会場にいる魔石獣や愛玩動物は見に行かない。

 

「ここで馬を見るから、終わったらこの辺を一周してこい」

「わかりました」

 

 地図を指差して指示するクィルガーにふんふんと頷いて市場の中を歩く。周りには貴族用の馬がずらりと並んでいて、商人たちが忙しなく動いていたが、クィルガーや私の姿を見てギョッとしていた。「あれはアリム家の……するとあのお嬢様が」「耳が長い……本当にエルフですね……」とヒソヒソと話す声が聞こえる。

 私たちは活気があるその中を奥へと歩いていって、とあるテント前で止まった。

 

「久しぶりだな、オット」

「お久しぶりでございます、クィルガー様。お待ちしておりました」

 

 クィルガーが声をかけたのはアリム家に馬を売っている馬商人のオットだ。今日私の馬を探しに行くと事前に知らせていたらしい。

 オットは私に挨拶をして、早速馬がいる場所へと連れていってくれた。

 

「お嬢様用の馬ということで落ち着いた性格の雌馬を選んでおります」

「わぁ……」

 

 そこにいたのはいろんな色の美しい馬たちだった。白、栗色、黒、赤色と様々な色をしているが、みんな優しそうな綺麗な目をしている。「パムゥ……」と横でパンムーが見惚れたような声を出した。

 

「綺麗な馬ですねぇ」

 

 オットの説明を受けながら私は一頭ずつ挨拶をしていく。私が顔や体を触っても嫌がる素振りを見せない。ある程度調教されているからだろうが、みんな穏やかな性格のようだ。

 最後の赤い馬はクィルガーの愛馬であるジャスルと同じ品種で、光沢のある毛と長い耳、アーモンド型の美しい目をしていた。

 

「アハールでこんなに小型のやつが生まれるのか?」

「通常は生まれませんが、ごく稀にこのような大きさのものが生まれることがあるのです。アハール自体が貴重なのでさらに値段は上がってしまいますが、能力は普通のアハールと変わりません。とても優秀な馬です」

 

 私はその赤い馬に近づいて「初めまして」と声をかける。私と目が合うと、その馬はアーモンド型の目をフッと細めた。その神秘的な瞳に吸い込まれそうになる。

 

 この子だ……。

 

 なんとなくピンときて、私はその子の首や体を撫でた。すると首を曲げて鼻先をコチラに近づけてきたので、私はその大きな顔に手を添えてすべすべと撫でる。

 

 えへへ……可愛いな。

 

「お父様、私この子がいいです」

「ジャスルと同じだからか?」

「なんかこう、ビビッときたんです」

「パムゥー」

 

 私の肩の上で大きく頷いたパンムーは、そのままその赤い馬に飛び乗り、頭の上にペタリとくっついてしまった。

 

「パンムーも気に入ったようだな……ま、馬は相性だからおまえが気に入ったんならそいつにすればいい」

「ありがとうございます!」

「オット、会計のあと、この馬をアリム家の馬車の方へ連れて行ってくれ」

「かしこまりました」

「あの、この子の名前はなんですか?」

「こちらでは管理番号をつけているだけですから、お嬢様がお決めになってください」

 

 ううーん、どうしようかな。

 

「じゃあ『赤い花』って意味のクイグルってどうですか?」

「いいんじゃないか? 呼びやすいのが一番だ」

「では、あなたの名前はクイグルです。これからよろしくね」

 

 私がそう声をかけると、クイグルはその美しい目を瞑って私の顔に鼻先をスリスリした。

 

 

 そのあとは予定通りクィルガーから離れて、イシークと護衛の兵士を引き連れてウロウロする。貴族用の馬は各家で決まった馬商人がいるので他のところの馬をチェックすることはできない。なので平民用の馬が売っている場所へ向かい、そこにいる馬や羊やトヤマクたちを眺めた。

 

「こっちのトヤマクとあっちのトヤマクはなにが違うんですか?」

「えーっと、こっちは……ってうわ! し、失礼しました。こちらは砂漠用に特化したもので、あちらはザガルディで人気の品種になります、お嬢様」

「なるほど。砂漠用ということは水が少なくても大丈夫な体なんでしょうか?」

「は、はい」

 

 平民用の場所に貴族でエルフの私がいることに商人たちはみんな驚いていたが、商品に関しては懇切丁寧に教えてくれた。商人たちは私の後ろのイシークを見るたびにビクリと肩を揺らすので、護衛としての任務は遂行できているようだ。

 イシークはそのあとも私の護衛をするだけでなく、私が喉が渇いたなと思っていたら用意していた水を渡してくれたり、そろそろ休憩をと思っていると「あちらに休む場所があります」と見つけてくれたり、いろいろと気を回してくれる。

 

 なるほど、臣下を持つとこういう感じになるのか。

 

 と、私はイシークの行動を見ながら実感した。別に無理しているようにも見えないし、自然に動いてくれるので意外と心地はよかった。

 そしてそろそろ予定していた指定場所を回り終えるな、というところで、突然離れたところから爆発音のようなものが聞こえた。

 

「うわっ」

「なんだ?」

 

 驚く商人たちとともに音のした方を見ると、こことは違う会場から煙のようなものが上がってるのが見えた。そちらの方から人々の叫び声が聞こえてくる。

 異変を察してイシークがサッと私の前に出る。

 

「なにかあったんでしょうか。火事?」

「ただの火事にしては様子がおかしいです。ディアナはクィルガー様のところへ……」

「うわ! あれはなんだ⁉︎」

「黒くて大きな鳥……いや、あれは魔獣じゃないか⁉︎」

 

 え? 魔獣⁉︎

 

 周りの人たちが叫んで指差す方向を見ると、隣の会場の上に黒い塊がバサバサと飛んでいるのが見えた。よく見るとたくさんの赤い目が光っている。

 

「隣は確か魔石獣の市場でしたよね? 魔獣も扱ってるんですか?」

「いえ、そんなことはないはずです。もしかしたら魔石獣に紛れて魔獣が捕まっていたのかもしれません」

「え、そんなことあるんですか?」

 

 鳥型の魔獣はギャアギャアと鳴き声を上げながら下のテントに向かって炎を吐いている。魔石獣の市場は火を消したり、逃げた魔石獣を追いかけたりと大混乱に陥っているようだ。

 

「は、早くあの魔獣をなんとかしないと……」

 

 と、言っているうちにその魔獣の動きがピタリと止まり、そのまま下へ落下した。それを見てイシークが冷静な声で教えてくれる。

 

「この市場には王国騎士団が常駐しているので大丈夫です」

「あ、そうなんだ」

 

 どうやら騎士が魔石術を使って仕留めたようだ。それにホッとしていると、魔石獣の市場から複数の小さな影が飛んできた。その黒い影は集団となり、風を切りながらこちらに向かって飛んでくる。

 

「わっなんだ⁉」

「刃付きコウモリだ! 気をつけろ!」

「きゃあぁぁ!」

 

 刃付きコウモリは翼に鋭い刃をつけていて、それで攻撃する獣だ。普段はペットとして飼えるくらい大人しいが、一度興奮すると手当たり次第切り刻んでくる厄介な獣なのだ。

 

「こいつら魔石獣か! 普通のものより体がでかい!」

 

 イシークはこちらに向かってくる刃付きコウモリたちを剣で薙ぎ払っていく。

 

「パムー!」

 

 パンムーが悲鳴をあげてスカーフの中に退避する。よく見るとコウモリたちは無差別に周りのものを襲っていた。

 

「このままじゃ馬やトヤマクまで傷ついちゃうよ!」

 

 ええと、衝撃の魔石術だと周りの人も吹き飛んじゃうし、炎も危ない……。

 

「そうだ!『マビー』沈静を!」

 

 私がそう命じると、胸元の青い魔石がカッと光り、辺りを青いキラキラで包む。その範囲に入っていた刃付きコウモリたちが一斉に翼を閉じ、地面にボトボトと落ちた。その余波で興奮していた馬たちも、スッと落ち着いた顔になる。

 

「鎮静を使うとは、さすがです!」

「まだ暴れてるのが残ってるからそっちに……」

「ディアナ、手を貸しましょうか」

 

 遠くで暴れている刃付きコウモリたちの方へ向かおうとすると、横からスッとルザが現れた。予定外のことが起きたので来てくれたようだ。

 

「ありがとう、ル……」

「誰だ、お前は」

 

 その時、私とルザの間にイシークが割り込み、ルザに剣先を向けた。

 

「イシーク先輩、私の護衛をしているルザですよ!」

「いえ、この者が本物のルザであるかはわかりません」

「え?」

「ディアナ、本物しか知り得ないことをこの者に質問してください」

「ええ!」

 

 ルザはイシークの動きになにも言わずじっと様子を窺っている。

 

 ええと、ルザしか知らないことってなんかあったっけ?

 

「……私が寮の部屋で寝る前に飲んでいるものは?」

「よく眠れるハーブティです」

 

 私の質問にルザが即答する。

 

「もう一つ」

「え? じゃあ、ルザが目標にしている人は?」

「……ソヤリ様です」

「本物ですよイシーク先輩!」

「わかりました」

 

 イシークはそう言うとようやく剣を下げた。なぜかルザが居た堪れない顔をしているが、疑惑が解けてホッとする。

 そんなことをしているうちに、他の刃付きコウモリたちは捕まえられたらしい、あちこちから安堵の声が上がっていた。

 

「お嬢様、ありがとうございました。おかげでうちの馬たちが傷つきませんでした」

「ありがとう存じます」

「感謝いたします」

 

 周りの商人たちから跪かれてお礼を言われながら、私はクィルガーが待つ指定の場所まで歩いていく。

 

「ディアナ、無事だったか」

「もしかしてあっちのコウモリはお父様が?」

「ああ。おまえのことは父上が見てるから俺が向かった。よくやった」

 

 クィルガーはそう言って私の頭をポンポンと叩く。

 

「刃付きコウモリはともかく、魔獣が出るなんてびっくりしました」

「たまにあるんだ。魔石獣の中には途中で魔獣に変化するやつもいるからな」

「そうなんですか」

「とにかくこれで予定は終了だ。家に帰るぞ」

「はい」

 

 こうして帰りもクィルガーとイシークに護衛されつつ家へ戻った。イシークの試験の合否は後日わかるらしい。

 

 さて、一体どうなるのだろうか……。

 

 

 

 

イシークの護衛試験でした。

ついでに自分の馬を買ってもらったディアナ。

この赤い馬アハールは古代の名馬、汗血馬がモデルです。

魔獣が現れたりと予想外のことがありましたが、試験の結果はいかに?


次は 思いに応える、です。

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