表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/570

ヴァレーリアとお買い物


 今日はヴァレーリアと一緒に商業区域に行く日だ。昼に出歩けなくなる真夏になる前にみんなで行こうということで、思っていたより早めに行くことになったのだ。

 今回の同行者はクィルガー、ヴァレーリア、サモル、コモラだ。そう、この世界に来たころに旅をしていたメンバーである。こんなの、テンションが上がらないわけがない。

 

「フンフンフーン、フンフンフーン」

 

 と本館の談話室でご機嫌で鼻歌を歌っていると、そこに平民の服を着たクィルガーとヴァレーリアが苦笑しながら入ってきた。

 

「鼻歌が外まで漏れてるぞディアナ」

「もう、ディアナったら」

「だってめちゃくちゃ嬉しいんですもん。今日が来るのをずっと楽しみにしてたんですから」

 

 ヴァレーリアの後ろから世話係に抱っこされて入ってきたジャシュに近づいて、私はその頭を撫でる。

 

「ジャシュごめんね、お留守番になっちゃって。お土産たくさん買ってくるからね」

「アウー」

 

 ジャシュはよくわかっていないようで手足をバタバタとさせている。すると私の肩からパンムーがジャシュの頭に飛び乗って「パムーパムー」と胸を張った。今回はジャシュのことをパンムーに任せることにしたのだ。パンムーはジャシュの言いたいことがわかるので、世話係の人も助かるらしい。

 

「じゃあ行ってきます」

 

 私たちはイシュラルや他のトカルやトレルたちに手を振って館の使用人用の出入り口から外へ出て、大通りの馬車停に来ていた乗合馬車に乗り込んだ。

 

「ああー……本当に久しぶりの街だわ」

 

 馬車の席に座った途端、ヴァレーリアが体を伸ばしてフゥ、と息をついた。ヴァレーリアは妊娠してから一回も商業区域には出ていなかったので本当に嬉しそうだ。行きたいお店を順番に並べ立ててクィルガーから呆れられていた。

 

「むぅ……そんなに馴染みのお店ができるほど二人で出かけてたんですね」

 

 ここへきて一年目に私が学院に行ってる間に、思ってた以上に二人で街へ出ていたことがわかって私は頬を膨らます。

 

「自分が住む街のことを知るのは大事なことでしょ?」

「そうですけど……ずるいです。私も一緒に行きたかったのに」

「じゃあ今まで行けなかった分、今日楽しみましょ」

 

 ヴァレーリアはそう言って隣の私をむぎゅっと抱き寄せる。

 

 うむむ……なんだか上手く誤魔化されている気がするけど、お母様が楽しそうだからいっか。

 

「でもこんなに平民の街へ行きたがる貴族なんていないですよね」

「いないだろうな」

「しかも家族みんなで行くなんてね」

 

 私たちは小声でそう言って顔を見合わせ、ふふっと笑い合った。

 

 乗合馬車はそのまま貴族区域を抜け、商業区域の乗り換え場までやってきた。

 私たちはそこで一旦馬車を降り、大通りから小さな通りに向かう乗合馬車に乗って街の奥へと進む。比較的綺麗な布通りから、煤に汚れた建物が多い鍛治通りに入って馬車を降りた。

 独特な臭いがする表通りから細い路地に入り、いくつかの角を曲がると、前に来た武器屋が見えてきた。クィルガーが扉をノックして中へ入ると、つるりとした頭のマッチョな主人が奥から出てきてパッと顔を輝かせる。

 

「おお、若旦那。おや、お嬢様も一緒ですかい?」

 

 ニコニコしてやって来たムルチは私の後ろにいるヴァレーリアを見て目を見開いた。

 

「そ、そちらの美人さんは? まさか……」

「俺の妻のヴァレーリアだ。前に言ったろ? 結婚したって」

「おおおおおお! なんと! 奥様ですかい⁉ うはぁーさすが若旦那! 可愛いお嬢様だけでなく、こんな美人な奥さんまで!」

 

 ムルチはわかりやすく鼻の下を伸ばしてヴァレーリアを褒めまくる。

 

「ふふ、よろしくねムルチさん。今日は新しい弓を見にきたのだけど、面白いものあるかしら?」

「え! 奥様が買われるので?」

「ええ、私今は貴族に戻ったけど前は冒険者だったの。弓の腕は落としたくないから鍛錬は続けているんだけど、こちらに変わった武器を扱う店があるって聞いてずっと来たいと思ってたのよ」

「なんと! 元冒険者ですかい? ははぁ、するってぇと若旦那とはそこでお知り合いに?」

「まぁそんなところね」

「はぁー! そりゃいいですなぁ。旅する先で出会った二人の美男美女、なんだかどこかの小説になりそうな展開じゃありませんか」

「ムルチ、そんなことはどうでもいいから武器を見せてくれ。あ、あとディアナも用があるんだよな?」

「はい。ムルチさん、去年買った棒なんですけど、使っていくうちに調整したいところが出てきたのでお願いしていいですか?」

「あの、俺も去年買ったナイフについて聞きたいことが」

「僕も獣をさばく用のナイフを見たいんですけどぉ」

「ちょ、ちょっといっぺんに全部言わないでくださいよ!」

 

 私たちに次々とお願いされたムルチは慌てて奥から従業員を呼んでくる。その人にサモルとコモラを任せ、ヴァレーリアがクィルガーと弓を見ている間に私の棒の調整をしてくれた。

 

「ここに滑り止めをつけるんですかい?」

「そうです、初めは気にならなかったんですけど、棒を振り回してると持ち手のところが滑りやすくなるんですよ。できれば先端の方にも滑り止めが欲しいです」

「そうすると先端部分が全部収納されませんが」

「少しくらい出ても大丈夫です」

「わかりました。ちょいといじってくるんでお待ちください」

 

 ムルチはそう言って私の折りたたみ棒を持って奥へと行ってしまったので、私は弓を見ている二人に近寄って声をかけた。

 

「なんかいいのありましたか?」

「ええ、魔獣の毛を織り込んだ弦があったわ」

「魔獣の毛ですか?」

「普通の弓の弦は植物から作った糸を使うんだけど、そこに魔獣の毛を織り込むと弓を強く引くことができるのよ」

「へぇ……弦に強化をかけた感じになるんでしょうか」

「そうね。魔石術を使わなくても弓の威力が上がるから、結構重宝するのよ」

 

 ヴァレーリアから渡された弓を引いてみると、普通の弓よりグンっと弓がしなる。私は子どもなので大きく引けないけど、大人がやればとても威力の高い矢が放てるだろう。

 

「これ買うんですか?」

「そうね。これと……あとジャシュ用の弓矢セットも買っておこうかしら」

「え! もう買うんですか? ジャシュが持つには早いんじゃ……」

「今すぐじゃないわよ。練習は三歳くらいからしようかと思ってるから」

「三歳でも早いと思いますけど……」

「俺は三歳から剣を持たされたぞ」

「えええ!」

 

 三歳で武器を持つとか危なくない? え? ここではそれが普通なの?

 

 そこへちょうどムルチが戻ってきたので私がそのことを質問すると、ものすごく呆れた顔でムルチが言った。

 

「お嬢様、アリム家のやり方は普通じゃありません。他の家の子どもが武器の練習をしだすのはもっと大きくなってからです。全く、カラバッリの旦那の影響ですね、そりゃ」

 

 その言葉を聞いて今度は逆にクィルガーが驚いていた。どうやらカラバッリからそれが普通だと教えられてきたらしい。

 

 おじい様……。教育の仕方がおかしいよ……。

 

 一瞬砂漠にいるであろうイシークのことが頭をよぎったが、私にはどうすることもできないのですぐに消し去った。

 ムルチがしてくれた棒の調整はバッチリだったので、今回の調整代は自分のお金でさっさと支払ってしまう。

 

「俺がまとめて払うのに」

「去年から自分のお金で買いたいと思ってたんです。自分の分くらい払わせてください」

 

 私が会計の時にそう言うとムルチは涙を流して「お嬢様、なんて立派な……!」と感動していた。そしておまけと言って予備の矢を何本か付けてくれた。自分の買い物のお金を自分で払っただけでおまけがもらえるとは、子どもは得である。

 それからみんなそれぞれ欲しいものを買って武器屋をあとにした。

 

「これからどこに行くんですか?」

「一旦サモルの店に荷物を置いてからその辺をぶらぶらしましょう。そこにディアナと行きたかったお店があるの」

 

 ヴァレーリアにそう言われて大通りへ戻り、サモルの店に荷物を預けて周りの店をいろいろと見て回る。雑貨屋や服屋を見たあとに連れて行かれたのは装飾品店、いわゆるアクセサリー屋さんだった。

 

「わぁ、綺麗ですねぇ」

 

 お店には金銀、宝石で作られたネックレスやブレスレット、指輪、それからスカーフや帯につける装飾品がたくさん並んでいた。平民向けなのでそんなに高い宝石がついたものはないが、アルタカシークの人たちは平民でもジャラジャラ装飾品をつけたりするので種類も多い。

 ヴァレーリアがそこの店主に声をかけて奥へ案内してもらう。

 

「奥へ行くんですか?」

「貴族向けの商品は奥で取引するのよ」

 

 通された部屋はさっきの店内とは全く違う豪華な作りになっていた。たまにこっそりやってくる貴族向けに作られた特別な部屋のようだ。

 

 恵麻時代のジュエリー屋さんで見たことがあるね、こういうの。入ったことはないけど。

 

 そこの主人はクィルガーとヴァレーリアとすでに顔見知りらしく、最初から高位貴族向けの高そうな装飾品を出してきた。その中からヴァレーリアが「ああ、これこれ」とセットになった指輪を手に取る。

 

「ディアナ、これ小指につけてみて」

「?」

 

 ヴァレーリアに渡されたのは細い金の指輪で真ん中に小さな赤色の石がついている。小指に通してみるとピッタリとはまった。

 

「これは……赤の魔石ではないんですよね?」

「ええ、それは奇石の一種で『命中石』といって、攻撃の命中率を少しだけあげてくれる石なの」

「命中率ですか?」

 

 おお、命中率プラス一の指輪ってやつだろうか。ゲームとかでよくあるよね。

 

「この石は魔石が使えない平民でも使えるものだから、どちらかというと平民や冒険者に馴染みがある石なんだけどね。ディアナも弓を使うから、ないよりあった方がいいかと思って」

「どれくらい効果があるんですか?」

「そうねぇ、大体二十パーセントくらい命中率が上がる感じかしら」

「結構すごいじゃないですか! これ、もらっていいんですか?」

「ええ、今回はこれと同じやつを家族分作ったの。どちらかというと、私たち家族を繋ぐお守りみたいなものなのよ。命中率はおまけってわけ」

「普通はそんなに気軽に買うものじゃないんだけどね……」

 

 サモルがヴァレーリアの言葉に苦笑している。どうやら結構お高めの指輪を、私たち家族の揃いのお守りとして用意してくれたらしい。ヴァレーリアも私と同じように自分の指輪を小指にはめている。クィルガーとジャシュはネックレスにして持っておくんだそうだ。

 

「これをみんなが持ってるって思ったら安心するでしょ?」

「えへへ……はい、安心します」

「ヴァレーリアがどうしてもそういうのが欲しいって言うからな」

「あら、クィルガーだっていいなって言ってたじゃない」

「……」

 

 ヴァレーリアの言葉にクィルガーがポリポリと照れくさそうに頬を掻いた。

 

「ありがとうございます、お父様、お母様」

 

 二人が私を守ろうとしてくれている思いが伝わってきて胸がジンッと熱くなる。

 

「ディアナとお揃いのものをつけたかったからちょうどよかったのよ」

「これなら学院にもつけていけるからな。少しは安心できる」

 

 クィルガーが笑って私の頭をわしわしと撫でる。

 

「ただ命中率を上げる指輪を贈るところはお二人らしいよね」

「普通は守りとか回避の指輪だよねぇ」

 

 サモルとコモラが私たちを見ながらそう言って笑った。

 

 

 装飾品店を出たあとは屋台街へ入って、みんなで屋台の料理を食べた。こうしてみんなでご飯を食べているとザガルディで旅していた時のことを思い出す。クィルガーもヴァレーリアもいつもの貴族らしい態度を崩して、かなりリラックスして過ごしていた。

 サモルとコモラの話にみんなで笑って、たくさん美味しいものを食べて私の心はめちゃくちゃ満たされた。貴族の館で過ごしているだけじゃ絶対に味わえない幸せだ。

 

「そういえばサモルはいい人は見つかったんですか?」

「いきなり現実に戻さないでよディアナちゃん」

「結婚はいいよぉサモル」

「その自慢は聞き飽きたよコモラ……」

 

 幸せそうにデザートを頬張るコモラをサモルが睨む。

 

「でもサモルならすぐにいい人が見つかるんじゃない? お店も順調なんでしょう?」

「姐さん、それが店が順調すぎて忙しくてお嫁さんを見つける時間がないんですよ」

「従業員にいい子はいないの?」

「残念ながら……」

 

 サモルの言葉にコモラがポンと手を打つ。

 

「そうだ、イシュラルちゃんとかいいんじゃない? 元々商家の娘さんだったよね」

 

 その言葉に私は目を見開く。

 

「え⁉ イシュラル?」

「まぁ確かに年齢的には釣り合うけど……今サモルと結婚したらディアナが困るんじゃない?」

「わわわ私のイシュラルを取られるのは困ります! イシュラルは仕事ができて、頼りになって、可愛い大事なトカルなんですから!」

「可愛いは入れなくていいだろ」

「大事なポイントですよお父様」

 

 私たちのやりとりにサモルが「ディアナちゃんの大事なトカルを取るようなことはしないよ」と苦笑する。

 

「まぁ今は仕事が楽しいのでもう少し落ち着くまで保留にしますよ」

「そんなこと言ってたらクィルガーや私みたいになるわよ」

「でも結果的にお二人は幸せな結婚してるんですから、いいじゃないですか。俺もそうなるように祈っててください」

「頑張ってサモル」

「頑張れぇサモル」

「……直接励まされるとなんか嫌だな」

 

 私とコモラの激励にサモルは虚ろな目になった。

 

 それから市場へ行ってお土産をたくさん買って私たちは帰路に着いた。家に帰ってジャシュにお土産のおもちゃを渡し、夕食を食べてお風呂に入る。

 

「よほど楽しかったのですね、ディアナ様。顔がずっと綻んでらっしゃいますよ」

「うん、すごく楽しかったよ。美味しいものも食べれたし、お母様とお出かけできたし」

 

 石でできた四角い湯船に浸かり、イシュラルに髪の毛を洗ってもらいながら今日の話をする。イシュラルにとっては馴染みのある商業区域に、貴族の私たちが嬉々として出かけていくのが不思議で仕方ないらしい。

 

「サモルのお店もね、前より商品が増えてて繁盛してるみたいだったよ」

「そうなんですか。やはりやり手なんですねサモルは」

「あ、そういえばサモルのお嫁さんにイシュラルはどう? って話になったんだよ。私はイシュラルを取られると困るからすぐに断ったんだけど」

「え?」

「……ん?」

 

 髪を洗う手がピタリと止まったので振り向くと、イシュラルが顔を真っ赤にしてフリーズしていた。

 

「……イシュラル?」

「はっはい! いえ、なんでもありませんディアナ様」

「ねぇもしかして……」

「なんでもありませんから!」

 

 イシュラルは私の頭をくいっと前へ向けると、そのまますごい勢いで髪を洗い始めた。

 

 え……もしかして、もしかするの? これ。

 

 

 

 

五人揃ってのお出かけは二年ぶりで、一日中ご機嫌なディアナでした。

お揃いの指輪は防御より攻撃の効果のあるものです。さすが攻撃型夫婦。


次は お茶会と新しいメンバー、です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ