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特別補佐のお仕事


 ツァイナとの話し合いが終わったあと、私はアイタから太鼓をいくつか購入した。三年生の劇は踊りを中心とする予定なので様々な種類の音出しが必要なのだ。

 

「あの、ディアナ様、実は以前レプリカを作らせていただいた音出しを元に、新たな音出しを作ってみたのですが……」

「へぇ、これはあの笛よりひと回り大きいですね」

 

 アイタが作ったのはちょうどソプラノリコーダーと同じくらいの大きさの笛だった。


「去年作ってもらった笛と合わせたらいい感じになりそうです。これも買います」

「買っていただけるのですか?」

「ええもちろん。これからも面白い音出しが出来たら教えてください。劇に使えそうなら買い取りますから」

「ディアナ、ちゃんと予算が頭に入ってるんだろうな」

「大丈夫ですよ、お父様。前もって副クラブ長のハンカルから使っていい額を教えてもらってますから」

「……あの黒髪の男か。苦労するな、あいつも」

「も、ってなんですか、も、って!」

 

 家に帰った私は早速ファリシュタとナミクに手紙を書いた。高位貴族からのお茶会のお誘いの手紙は相手と予定を擦り合わせるというものではなく、一方的に「この日にお茶会をするので来てね」と伝えるものだ。

 

 かなり横柄な招待状だけど、これが決まりなんだよねぇ。高位貴族らしいっちゃらしいけど、なんだか気がひけるなぁ。

 

 ツァイナの貴族の家の方にも手紙を書いた。私が作った演劇クラブのメンバーと親睦を深めるお茶会をするので、そのクラブに興味があると言ってくれたツァイナにも招待の手紙を送ったという内容だ。

 

 ツァイナ大丈夫かな……ちゃんと貴族の方の父親に自分がやりたいこと、お茶会に行きたいこと言えるかな。

 

 私はツァイナの健闘を祈って手紙に封をし、上からアリム家の紋章のスタンプを押した。

 

「イシュラル、これ出しておいてくれる?」

「かしこまりました。ディアナ様、コモラがあとで相談があると言っていますが……」

「あ、ラグメンの件だね。わかった、あとで本館に行くからその時に聞くよ」

「承知しました」

 

 

 そんなやりとりがあった数日後、久しぶりに王の間に行くことになった。アルスラン様と食事をともにするのは昼食なので、コモラは朝からその準備をして材料を馬車に運び込んでいる。私は厨房の裏で平民の下っ端料理人の格好をしてその様子を眺めていた。

 

「いつもこんなに準備して来てくれてたんだねぇ。ありがとうコモラ」

「美味しいものを食べてもらうためだったら、これくらい全然平気だよぉ」

「コモラ、言葉遣い」

「はっ申し訳ありませんお嬢様」

 

 私の後ろに立っているイシュラルから注意されてコモラが慌てて口調を直す。

 

「いいよイシュラル。私もう平民の格好してるんだから」

「そういう問題ではありません。コモラは料理長の娘と結婚して昇格もしたのですから、こういうことはきちっとしなくてはいけないのです」

 

 そう、コモラはこの春うちの料理長の娘と結婚した。クィルガーやヴァレーリアへの忠誠心も申し分なく、腕もいいということでとんとん拍子に話が進んだらしい。結婚相手の娘さんも食べることが大好きな明るい人のようで、コモラとはお似合いなんだとか。

 コモラの幸せそうな顔を見て、サモルが「俺もそろそろ考えないとな」と苦笑していたそうだ。

 

「お嬢様、準備が整いました」

「ではいってきます、イシュラル」

「いってらっしゃいませ、ディアナ様」

 

 私はコモラと一緒に大型の馬車に乗り込み、クィルガー邸から出発した。

 

「そういえばお嬢様、護衛はいいのですか? 誰もいませんけど」

「大丈夫だよ。ほら、前にいるでしょ?」

 

 クィルガー邸の使用人入り口から出ると、馬に乗った兵士が数人馬車を先導し始めた。実はそのうちの一人は兵士の格好をしたイシークだ。馬車が平民用なのに貴族の護衛を付けると目立ってしまうため、イシークに平民の兵士の格好をさせている。

 クィルガー曰くあれも訓練の一環なんだそうだ。

 

 とりあえず生きててよかったよイシーク先輩……。

 

 馬車はガラガラと城の坂を登り、頂上へと到着すると左に曲がった。しばらく進むと正面に四角い頑丈そうな建物と、その右側に巨大な建物が見えた。

 

 あれが執務館か……。あの屋上に王宮と王の塔ミナラがあるんだよね。

 

 執務館の周りには高い城壁がぐるりとあるので執務館の全貌は見えないが、そこへ近づけば近づくほどその大きさに圧倒されてしまう。

 

「左の頑丈そうな建物は騎士棟らしいですよ」

「あ、これがそうなんだ……」

 

 コモラと小声でコソコソと話す。一年の時にテルヴァに攫われたあと療養していた建物だ。

 

 へぇ、外側から見るとこうなってたんだ……。あの時は外に出れなかったし、箱に入って出た時は夜だったもんね。

 

 私たちの馬車は騎士棟と執務館の間の側道を進んでいく。

 騎士棟の周りにも執務館の周りにも見張りや見回りの騎士がたくさん立っていた。馬車は執務館の城壁の途中にある円筒型の塔の前で止まり、その塔の扉を守る騎士に御者が用件を伝えにいく。

 

「ここからは歩きになりますお嬢様」

「わかった」

 

 私はコモラとともに自分の荷物を背負って馬車を降り、塔の出入り口へと向かう。事前にもらっていた許可証を騎士に見せて中へ入った。他の荷物は当番の騎士たちが運んでくれるらしい。と、そこへ見知った顔が現れた。

 

 あ、トグリとチャプ。

 

 荷物運びとして出てきたトグリとチャプが料理の材料が入った木箱を持って私たちの方に歩いてくる。そして私と目が合うとパチンとウィンクした。どうやら私の安全を確保するためにクィルガーが手配したらしい。

 

 抜かりがないね、お父様。

 

 ここまで護衛してきたイシークは馬車とともに指定の場所で待機になる。

 塔の中を通り抜けてもう一つの扉を潜ると城壁の内側に出た。目の前にそびえ立っている執務館を見上げて私は目を見開く。

 

 うわぁ……おっきい。これがアルタカシークの政治の中心かぁ。

 

 アクハク石で作られたその白い建物は基本的に学院や王都の建物と造りは似ている。四角い形をしていて四隅に円筒型の大きな塔がくっついていて、たくさん並んでいる窓はアーチ型だ。ただその規模が今まで見た建物の中で一番大きい。

 そして基本的に執務館の上へ上がるにはその塔の中にある階段を使うしかない。

 

 ……ソヤリさんっていつもこの長さの階段上ってたの? うへぇ。

 

 軽くしてもらったとはいえ荷物を背負って階段を上るのは思った以上に骨が折れた。

 

 ああ、しんど……。これ毎回上っていくのかぁ。

 

 一番上まで上って塔の外へ出ると少し開けたところに出て、その階に建っている四角い建物の端の塔からさらに上へと上がる。途中で前を行くコモラが「痩せちゃう……」と呟くのが聞こえた。その気持ちはよくわかる。

 ようやく王宮のある場所まで辿り着き、厨房のある別棟に入ると、コモラや騎士たちは運んできた荷物を指定の場所に置いていく。その様子を見ていると、トグリが近づいてきて小声で私に言った。

 

「待機する部屋を用意してあるから、そこへ行って着替えてて。そのうち兄上が来るから」

 

 私はトグリに向かって頷くとコソッとその場を抜け出し、言われた通り廊下を進んだ先の一つの部屋に入る。使われていないのかそこは衝立と椅子と棚が置いてあるだけの簡素な小部屋だった。窓もない。私は部屋の鍵を閉めて扉の前に衝立を立てて荷物を下ろし、その中に入っている着替えを取り出す。

 平民の格好で王の前に出るわけにはいかないため、ここで着替えるのだ。

 

 寮の生活で自分の着替えに慣れてると、こういう時に役立つよね。

 

 と上機嫌に着替え出したが、考えてみれば普通の貴族はこんな潜入みたいなことはしないのだ。

 

「ソヤリさんの部署の人くらいかな……こんなことするの」

 

 家でいつも着ている服に着替えた私は最後にスカーフを取り替える。長い耳を出して首の後ろでスカーフを結んだら着替え完了だ。

 脱いだ平民用の服を畳んでいたら厨房の方から話し声が聞こえてきた。どうやらアルスラン様の専属料理人のおばあちゃんが到着したらしい。二人の弾むような声と何かを洗ったり切ったりする音が響いてきた。

 

 考えてみたらたった二人であの料理作ってるんだよね……。

 

 量は少ないとはいえアルスラン様に出すメニューは手の込んだものも多い。

 

 おばあちゃん料理人さんは今までたった一人で作ってたのか。大変だったろうなぁ。コモラと話してる声を聞くと仲良くやっているみたいだけど、協力的な人でよかった。

 

 私の存在を知られるとまずいため会うことはできないが、いつかお礼を伝えられたらなと思う。

 しばらくその部屋で待っていると、コツコツと廊下を歩いてくる足音が聞こえ、私の部屋の前で止まった。コンコンと小さなノック音のあとに「俺だ」というクィルガーの声が聞こえた。

 

 ……俺だ、って……なんかオレオレ詐欺みたいだね。

 

 私が扉の鍵を外すとクィルガーがスッと素早く入ってきて扉を閉めた。背中にはいつもの木箱を背負っている。

 

「……なんか合図を決めた方がいいかもしれませんね」

「合図?」

「俺だ、だけではお父様が本物であるかわからないじゃないですか。合言葉を決めるとか」

「合言葉か……例えば?」

「あなたの愛する妻の名前は? とか」

「それは合言葉じゃねぇだろっ」

 

 顔を赤くしたクィルガーに思いっきりぐわしを食らう。

 

「いだだだだ」

「そもそも声を出すこと自体しない方がいいんだ。そうだな……俺がノックを二回やるから、おまえは一回返せ。そのあと俺が三回ノックを返したら鍵を開けろ」

「わかりました」

 

 私は頭をさすりながら箱の中へ入り、クィルガーに背負われて厨房の棟を出る。王の塔はそこから比較的近いようで、すでに塔の外壁が箱の中から見えていた。

 ザッザッとクィルガーが歩いていくと、塔を守る騎士から声をかけられる。クィルガーはそれに応えると塔の扉の鍵を解除して中へ入った。いつものように浮く石に乗って王の間へ向かう。

 

「アルスラン様、ディアナを連れて参りました」

「……ああ、もうそんな時間か」

 

 王の間の出入り口前で許しを得て顔を上げると、アルスラン様は相変わらず執務机に向かって仕事をしていた。

 

 あれ? なんか王の間の本タワーが増えてない?

 

 私は前に見た光景との違和感に気づいて王の間の中をよく見る。アルスラン様の横に今までなかった本の塊ができていた。

 

 ……また増えてるよ。

 

「今日はソヤリから話があるそうだ」

 

 アルスラン様に言われて私は出入り口横に立っているソヤリを見る。

 

「例の補佐の内容についてお伝えします。昼食が出来上がる前にこちらで確認しましょう」

 

 ソヤリはクィルガーと警備を代わり、廊下に設置されている棚に向かう。なんだろう? と思いながらそこへ向かうと一枚の紙を渡された。

 

「特別補佐の仕事内容です。全部する必要はないですが、優先順位の高いものから書いてありますので確認してください」

「はい……ええと、まずは本の整理、部屋の掃除、飾り布の交換、食事の準備、その他雑務、それからアルスラン様の着付け……って、え? アルスラン様の着付けをするんですか? 私が?」

「着付けについては貴女が嫌でなければ、という条件付きです。アルスラン様の許可は得ています」

「え……」

 

 アルスラン様の着付けって私がアルスラン様に服を着せるってことだよね? 本当にそんなことしていいの?

 

「私他人の着付けなんてしたことないですけど……しかもアルスラン様の着付けなんて恐れ多すぎませんか?」

「王族の方の着付けに関しては資料もありますし、まずは人型の人形を使って練習してもらおうと思ってます。恐れ多いかもしれませんがこれも一つの仕事だと思って割り切ってください」

 

 チラリとクィルガーの方を見ると、仕方ないといった表情で頷いている。

 

「……本当に着付けが必要なんですか? アルスラン様、ちゃんと服は着ていらっしゃるようですが」

「貴女にはどう映っているかわかりませんが、今のアルスラン様の着方は王族としては有り得ません」

「え」

「ただ順番に服を羽織って適当に帯で留めているだけなのです。誰とも会わないとはいえ、一国の王があのように適当に服を着るなどあってはなりません。家族でもなく同性でもない貴女に着付けを頼まなければならないほど酷いのですよ」

「そうなんですか……」

 

 パッと見いい生地の服だし特別乱れているわけでもないのでわからなかったが、ソヤリやクィルガーから見れば有り得ない格好らしい。

 

「アルスラン様がいいのであればやりますけど……私の背丈でできますかね?」

「貴女の手の届かない襟元などはアルスラン様ご自身にやってもらいます。ではこの資料に目を通してください」

 

 そう言ってソヤリは棚の横の机の上にドサっといくつもの本を置いた。表紙には「アルタカシーク国、王族衣装資料」「着付け指南書」「王宮使用人控え」など王族の衣装に関するタイトルが書かれている。

 ペラペラと捲ると、かなり豪華な服を着た人の絵がたくさん出てきた。中には肖像画と思わしき国王の絵もある。確かにこの人たちが着ているものと比べるとアルスラン様が今着ている服は飾り気がなさすぎるというか、質素である。

 

「昔の人ってこんなに豪華な服を着てたんですか? アルタカシークは貧しかったんですよね?」

「いくら国が貧しくても王族の衣装の質を落とすわけにはいかなかったのではないですか? それか代々良い服を受け継いでいたか」

「ああ、なるほど」

「私が知っている王族の方の着方についてもこちらにまとめてありますので」

「……これは、アルスラン様のお父様の?」

「そうです。先代が着ていた着方を思い出しながら書き出しました」

「ソヤリさん、絵が上手いんですね」

 

 ソヤリのまとめた資料には服の着方がわかりやすく図になっていた。

 

「これが一番参考になるかもしれません」

「本当は持って帰って覚えて欲しいところですが、王族の資料を外に持ち出すわけにはいかないので……」


 ソヤリの説明を受けたあと、私はその机の前に座ってその本たちを読み込んでいった。

 

 ふーん、なるほど……本当に王族ってたくさんの服を重ね着してるんだなぁ。

 

 この世界の男性の服は一番下に女性と同じような長細いズボン型の下着を履いて、その上に脛丈の長袖ワンピースを着る。これが肌着のようなものだ。そしてその上に薄手の柄の入ったワンピースを重ねるのだが、ここまでが全部下着という概念だ。

 

 前の世界だったらこれで十分外に出れる格好なのに、これで下着って……。

 

 下着を着ると、その上に襟付きで長さがくるぶしまである薄手のワンピースを着る。袖や裾は下着の服より広いので重ね着してもそんなに気にならないようだ。そしてその上に柄物の上着を着るのだが、どうやらこれがオシャレに着るポイントらしく、この上着に飾り布や飾り紐をたくさん付けてジャラジャラさせるのが王族らしい着方のようだ。

 

 アルスラン様は確かにシンプルな上着しか着てなかったね。

 

 その派手な上着をこれまた派手な帯できっちり留めたら、最後にさらに大きな上着を羽織るのだが、これは時としてマントになったり毛皮付きの防寒具になったりシーンによって変わるんだそうだ。

 

「アルスラン様は外には出ないから、この室内用のマントくらいかな……」

 

 確かにマントがあるのとないのとでは格好良さが全然違う。これはぜひともマントを着てもらいたい。

 王族の衣装の資料は劇の衣装の参考にもなるので私は夢中でその資料を読み込んでいった。

 

「ディアナ、そろそろこっちに来てくれ」

 

 クィルガーの声にハッと気がついて後ろを見ると、ソヤリが昼食を運んできてローテーブルに並べ始めていた。

 知らない間にかなり集中していたようだ。

 

「今日の昼食は小鉢が多いのですね」

「あ、そうなんです。今日のメニューはちょっと趣向を変えようかと思ってコモラと相談してとある企画を考えたんですよ」

「とある企画、とは?」

 

 首を傾げるソヤリに私はふっふっふん、と胸を張って答えた。

 

「アルスラン様の好きな味はどれだ? 選手権! です」

 

 

 

 

王の特別補佐をするために王の間へ。

執務館のイメージは大きい豆腐の上に小さい豆腐が乗っていて小さい豆腐の一番上に王宮や塔が立っている感じです。王宮の形はクィルガーの館とさほど変わりません。まだ出てきてませんが。

さて、ディアナがとあることを企画しました。


次は 王様の好きな味はどれだ、です。

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