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太鼓のセッション


「……わ、私があなたに?」

「そう、ツァイナからも私になにかくれなきゃ公平じゃないでしょ?」

 

 私がそう言って片目を瞑ると、ツァイナはわかりやすく狼狽え始めた。

 

「え、えっと……私から……なにを」

「ツァイナは私が欲しいものをすでに知ってるはずだよ」

「え?」

「初めて会った時に、私がなんて言ったか覚えてる?」

「……あ、あの時……もう一度太鼓を叩いてくれって……」

「そう。私はツァイナの太鼓を叩く音が聴きたい」

「……そんなのでいいんですか?」

「むしろ全力でそれを聴きたい!」

 

 私が目に力を入れて前のめりになると、ツァイナはびっくりして体を引いた。

 

「太鼓の音だったらあなたの方がいろいろ知ってるんじゃ……」

「そんなの聴いてみなくちゃわからないじゃない。初めて会った時に叩いてたリズムの他にもツァイナが考えたもの、あるでしょ?」

 

 私がグイグイと迫ると、ツァイナはコクリと頷いた。

 

「ツァイナが作ったものを全部聴かせてくれたら、私の知ってるリズムも教えてあげる」

「……わかりました。本当に叩いていいんですよね?」

 

 ツァイナは部屋の端にいるクィルガーとその横で縮こまっているアイタを見ながら言う。

 

「大丈夫だよ」

 

 この際お父様にも音楽の素晴らしさを体感してもらおう。うん。

 

 私に促されて、ツァイナが座っている椅子の周りに太鼓を並べ始めた。種類の違う太鼓が四つ、扇型に設置される。ツァイナは長い袖をくるくると巻き上げて、椅子に座り深呼吸をした。

 

「じゃあ、始めます」


 ツァイナがそう言って太鼓を叩き出す。

 

 トントントントン トコトコトコトコ

 トントンタンタン トントンタン

 トントントントン トコトコトコトコ

 トントンタンタン トントンタン

 

 わぁ、すでにこの前聴いたリズムと違う!

 

 トント トトト トント トトト

 トトント トンタン トトント トンタン

 ト トトトット 

 ト トトトット 

 トトント トンタン トトント トンタン

 

 うはぁ、いいね。独特なリズムで面白いよ。

 

 ツァイナが叩く音は、まるで子どもが太鼓を叩くのが楽しくて仕方ない! と夢中で叩いてるような楽しい音だった。

 私はそのリズムに乗りながら体を揺らしてそのパターンを体に覚えさせる。今ツァイナが叩いているのは本当にいつも叩いてるリズムなのだろう、間違えることなくどんどん続く。そしてある程度叩いたところで最初のリズムに戻ってきた。

 

 ふんふん、なるほどね。

 

 私はツァイナにそのまま叩き続けるように目で合図して、近くにある太鼓を持ってきて両膝で挟んだ。

 ツァイナの叩いているリズムを聴きながら、その音に合わせて自分の太鼓を叩き出す。

 

「!」

 

 ツァイナは太鼓を叩きながら目を見開く。私は笑顔で頷いてさらに音を重ねた。

 地下の部屋に複雑な太鼓の音が響き渡る。自分のリズムに私の音が入ってくるのが心地いいと感じたツァイナも、段々と表情が変わってきた。

 

 ううーいいね! 音楽だよ! 音楽がここにある!

 

 楽しくなってきた私はキリのいいところでメインのリズムを刻み出した。その音にびっくりして手を止めたツァイナに、私は入ってくるように促す。

 

「……っ」

 

 ツァイナは真剣に私の音のパターンを聞いたあと、思い切って入ってきた。「こう?」「そうそう!」とアイコンタクトでお互いのリズムを合わす。

 

「……!」

 

 後ろの方でクィルガーとアイタが息を飲むのがわかった。

 私は徐々にリズムの速さを上げていく。ツァイナは戸惑いながらもそれについてきた。

 

 ああ、楽しい。楽しいな。

 

 気がつけばツァイナは見たことのない笑顔で太鼓を叩いていた。これが本来のツァイナらしい。

 私はフィニッシュとばかりに音量と速さを上げていって盛り上げる。そして二人で息を合わせて最後にダーン! と大きな音を出して止まった。

 

「ふぅ」

 

 体の中にまだ太鼓の振動が残っている。久しぶりに心に響いた音楽にジンっとしながら顔を上げると、ツァイナも興奮した面持ちでこちらを見ていた。

 

「へへ、楽しかったね」

「……うん。すごい……こんなの初めて」

 

 ツァイナがそう言ってふと私の後ろに目をやって、ギョッと目を剥いた。後ろ振り向くと、アイタが号泣している。

 

「こ、こんな素晴らしいものが聞けるなんて……信じられません……っ」

 

 古い音出しのファンであるアイタにとってかなり感動的なものだったらしい。私はその隣に座っているクィルガーに声をかける。

 

「どうでしたか? お父様」

「……正直驚いたな。これがリズムか? こんなに体に響いてくるものとは思わなかった」

「太鼓は振動も伝わりやすい音出しですからね」

「そうなのか。……今のようなことはすぐにできるものなのか?」

「いえ、すぐには無理ですよ。見本も教科書もないのにこれだけ叩けるのは、ツァイナがきっと長い間ずっと太鼓を叩いてきたからです」

 

 私は体を戻してツァイナに笑顔を向ける。

 

「ねぇ、今のどうだった?」

「た、楽しかった……です」

「だよね? こういうこと、もっともっとやってみたいって思わない?」

「……できるんですか?」

「ふっふっふん、演劇クラブに入ったらできるよ!」

 

 私が胸を張ってババーン! と言うと、「え?」という顔でツァイナが固まった。そんなに驚いてもらっても困る。私の今日の本題はここからなのだ。

 

「演劇クラブに? 私が?」

「そうだよ。演劇クラブに入れば練習日に太鼓が叩けるし、他の音出しだって触れる。さらに他のメンバーとリズムを合わせて演奏することもできるよ!」

「学院で……太鼓が叩ける……」

 

 ツァイナの目にきらりと光が灯る。

 

「そうだ、ツァイナはもっと太鼓が上手くなりたいって思う?」

「思います」

「これから私は演劇の中でもっとたくさんの曲を作るし、楽譜っていう音の教科書もどんどん増やしていくつもりなんだ。それを勉強してこなせるようになれば、太鼓のレベルも上がると思うよ」

 

 私がそう言ってニヤリと笑うと、ツァイナの顔がわかりやすく「やってみたい」というものに変わった。

 

「で、でも私、他の貴族の人たちと仲良くできる自信、ないです」

「そうだねぇ……確かに他の人とコミニュケーションが取れないと難しいかもしれない」

 

 クラブは一つのチームだ。いくら太鼓が上手くても、他のメンバーと連携が取れないようなら上手くやっていくのは難しい。

 

「……」

「ねぇツァイナ、その問題が解決できたら、演劇クラブに入ってくれる?」

「え?」

「ツァイナは貴族になってまだ浅いから、生粋の貴族の人たちと話すことができないんだよね? でもこれからも貴族として生きていくなら、ずっとそのままでいることはできないでしょ?」

 

 私の言葉にツァイナは俯いてキュッと口を結ぶ。

 

「ツァイナが今の状況を変えたいと思うのなら私は協力するけど、どうしたい?」

 

 私が微笑みながらそう言うと、ツァイナは少し考えたあとつっと顔を上げた。

 

「……私、今はここに来て太鼓を叩くのを許してもらってるけど、いつかはダメになるんだろうなって、思ってたんです。だから、貴族として堂々と太鼓を叩くことができるのなら、演劇クラブに入りたい。そのために必要なことなら、なんでもやります」

「そっか、わかった。じゃあまずはツァイナの事情を聞こうかな」

 

 

 

 今いる部屋にアイタがヤパンを運び込んできた。この店で一番厚さのあるヤパンに私とクィルガーが、中くらいの厚さのものにツァイナ、そしてペラペラの平民用のヤパンにアイタが座る。

 

「申し訳ありません、このようなところで……」

「この話は内密なものだから構わない」

「お父様はツァイナの事情を全部知ってるんですか?」

「ああ、おおよそはな。俺がいると話しにくいかもしれないが、ディアナを一人にはできないから諦めてくれ」

「お気遣い感謝いたします」

 

 立場的には中位貴族であるツァイナから話した方がいいのだが、できそうにないのでアイタに説明をお願いする。

 

「ツァイナの母親は元々とある中位貴族様の館の使用人だったのですが、そこでその……その家の主人の子を身籠ったのです。妊娠したとわかった時点で彼女は使用人を辞めさせられ、実家に戻されました。そこで生まれたのがツァイナです」

 

 おお、いきなり俗な話になってびっくりした。金持ちの家の主人が使用人に手を出すとか物語の中だけの話かと思ってたけど、実際にあるものなんだね。

 

 母親はツァイナを産んだあと、アイタと出会い結婚したらしい。ツァイナはアイタとは血は繋がっていないが、本当の父と思って育ったそうだ。ツァイナは小さい頃からアイタの太鼓を叩くのが好きで、外に聞こえないようにここでこっそり叩いてたんだって。

 

「けれど二年半前に急にツァイナの実の父である中位貴族様から使いがきたのです。跡継ぎがいなくなったから、ツァイナをうちに入れたい、と」

「え……それはまた急ですね」

「ええ、私は知りませんでしたが、ツァイナに魔石使いの力があることを、母親が向こうの家に報告していたみたいです」

「平民との間にできた子が魔石使いかどうかは報告する義務があるんだ。魔石使いの数の把握は貴族にとっては大事なことだからな」

 

 クィルガーの補足になるほど、と頷く。

 アイタが事情を聞くと、その中位貴族の妻たちとその子どもたちが病気や事故で次々と亡くなり、当主である本人も長い間病に臥せっているらしく、後妻を迎えることもできない状況なのだと説明されたそうだ。そこで当主の血を引いているツァイナに話がいったらしい。

 

「貴族様の要望を断ることなどこちらにはできません。ツァイナには悪いと思いましたが、彼女には行ってもらうしかありませんでした……」

「……」

 

 その時のことを思い出したのか、アイタとツァイナが辛そうな顔で俯く。

 

 今まで普通の平民の女の子として暮らしていたのに、いきなり家族と引き離されて中位貴族にさせられたのか……それは確かに辛いね。

 

 しかし学院に入るための貴族教育をたった一年でしなくてはならなかったツァイナは、その教育の途中でストレスのあまり暴れて倒れてしまったんだそうだ。

 

「今までは辛いことがあっても太鼓を叩いていれば気持ちを立て直すことができたんです。でも、貴族の家ではそれができなかったから……」

 

 その状況を見た貴族の父親は、同じ様なことがあったら困る、と月に何度かこの店に来て太鼓を叩くことを許してくれたんだそうだ。そうして、ツァイナはこの家と貴族の館を行ったり来たりすることができるようになった。

 

「貴族になってからも平民の家に出入りできるなんて普通は考えられないことだ。よく許してくれたな」

 

 クィルガーの言葉にツァイナは悲しい顔をして目を伏せる。


「お父様は……私がいなくなると困るから……それだけです」

「……本当にそれだけか?」

「え?」

「家の跡継ぎなら、親戚から養子をもらってくれば解決できる問題だ。今まで平民として暮らしていて教育にも手がかかる娘を、急に貴族にしなければいけなかった理由が他にあると思うが」

「そうなんですか? お父様」

「ただの憶測だがな。ツァイナに対するその父親の対応は中位貴族にしては甘いと俺は思う。普通は音出しを叩くなんてことを貴族は許さない。それが立場が安定しない中位貴族なら尚更だ」

 

 その言葉にアイタがビクリと肩を揺らした。

 うちのように高位貴族なら音出しを叩こうがなにしようが立場が強いのであまりなにも言われないが、中位貴族や下位貴族はそれが弱みになったりする。他の貴族に知られてはマズいことにはまず手を出さないのがセオリーなのだ。

 

 そういえば同じ中位貴族のナミクも家で音出しを鳴らしたら怒られたって言ってたもんね。

 

「ま、ただの憶測だからここで言っても仕方ないが、お前はもう少しその父親とちゃんと話をして、なぜ自分を貴族にしたのか聞いた方がいいと思うぞ」

 

 クィルガーにそう言われたツァイナはビクリと身を縮め、消えいるような声で「……はい」と答えた。

 

「ツァイナ、お父様は怒ってるんじゃないからね、心配してるだけだから怖がらなくて大丈夫だよ」

 

 私がツァイナを慰めるようにそう笑顔で話しかけると、クィルガーが片眉を上げた。

 

「そんなに怖かったか?」

「怖いですよお父様。そもそもその顔はおじい様そっくりなんですから」

「あんなに酷くはないだろ」

「自分ではわからないんですねぇ……」

 

 大袈裟に呆れながら私がそう言うと思いっきりぐわしを食らった。久しぶりで痛い。私とクィルガーのそのやりとりを見ていた二人がポカンとしている。

 

「で、事情がわかったところでどうするんだ? ディアナ」

「そうですねぇ、まずはツァイナが中位貴族としての自覚を持つところからではないでしょうか。ここ二年、ツァイナにとっては辛いことの連続だったかもしれないですけど、学院に一年通ったことですし、そろそろ意識の切り替えが必要な時期なのかなと思います。自覚ができれば自信もつきますし、普通に貴族と喋ることだってできると思いますよ」

「ふむ……確かにそうだな。おまえも俺の娘になると決まって貴族教育を受けるようになって、かなり貴族らしくなったからな」

「私はまぁ、貴族になる気満々でしたからね。家族になるお父様やおじい様に迷惑はかけられないと思ってましたから」

「貴族になる気満々……」

 

 ツァイナが信じられない、という顔をする。

 

「私の場合はちょっと特殊だけど、自分が貴族だと自覚することは大事だと思うよツァイナ。どんな事情があるにしろ、もう平民には戻れないんだから」

「! ……はい」

「あとはやっぱり孤独なのが気になるかな。一人だとどうしても行き詰まるし、新しい一歩が踏み出せなくなるから……うーん……よし、ここはひとつ頼れるメンバーにお願いしようか」

「頼れるメンバーって誰だ? ディアナ」

「ふっふっふん。お父様、うちのクラブメンバーには頼れる人材がいるんですよ」

 

 そこで私はファリシュタとナミクとツァイナをうちに呼んでお茶会を開くことを提案する。ファリシュタは平民から貴族になった先輩としてその心構えを、ナミクには中位貴族としての振る舞いをツァイナに教えるという目的だ。

 

「わ、私が高位貴族のお家に……?」

「ディアナ、中位貴族の教育ならツァイナの家でしてるはずだろ?」

「家で生粋の貴族に見られながら教育されるのと、同じ年代の女の子たちに教わるのとでは全然効果が違いますよお父様。あとこれはファリシュタの経験談ですけど、一度うちくらいの規模の大きさの家を体験すると、自分の家が小さく見えて余裕が生まれるらしいです」

「……そんなことがあるのか」

「ツァイナの家はアリム家とは懇意にしている家なのですよね? でしたらうちに呼ぶのも問題ないかと思うのですが」

「まぁ、それは別に構わないが」

 

 クィルガーははぁっとため息を吐いたあと「おまえは本当に突拍子もないことを言うな」と言って私の頭をポンポンと叩いた。

 

「じゃあそういうことでいいかな? ツァイナ」

「は、はい」

「ツァイナ、こいつのやることはうちだから許されているが、おまえがやると死活問題に発展する。決して真似はするな」

「はいっ」

「え! そうなんですか?」

 

 私が驚いてクィルガーを見ると、クィルガーはそのまま無言で私の頭を締めた。

 

 

 

 

自発的に太鼓を叩いていたツァイナとの初セッション。

この世界に来て初めてのことにディアナは内心大興奮しています。

そしてツァイナを演劇クラブに引き入れるためにお茶会を企画しました。


次は 特別補佐のお仕事、です。

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