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王様健康同盟の初集会


「みなさま、中庭にもお席をご用意しておりますので、どうぞそちらへ足をお運びください」

 

 ジャシュのお披露目会も中盤になり、カリムクが招待客たちを中庭へ案内し始めた。中庭には咲き始めたアティルが並べられていて、それを見ながらお茶会ができるようになっているのだ。外で遊べると知った子どもたちが喜んで親のあとについていっている。

 私とカラバッリはその移動に紛れて内密部屋へ行くことにした。カラバッリは付いてこようとした自分のお付きたちに「其方らはターナに付いていろ」と命令して私と一緒に歩き出す。

 

「いいのですか? おじい様。あの中には護衛もいるのですよね?」

「この中で私に攻撃を仕掛けてこれる奴などおらぬ。クィルガーくらいだな、まともに相手になるのは」

「そうなんですか……」

 

 ということは一級のアサン先生よりも強いということなのだろうか……おじい様、凄すぎ。

 

 それにカラバッリの護衛に付いているのは平民の兵士だ。一応高位貴族という立場なので護衛をつけているが、きっと戦力とは思っていないのだろう。

 本館の内密部屋へ行くと、扉の前に兵士が二人控えていた。クィルガーに言われて待機していたようだ。その人たちに扉を開けてもらい、私とカラバッリが中へ入る。

 

「イシュラルたちは外で待ってて」

「かしこまりました」

 

 部屋の絨毯の上にはヤパンが七つ置かれていた。なぜか円陣の形に。

 

「……なんでしょうかこの形」

「……彼奴(あやつ)らが指示したのであろう。全く、このようなところで宴でも始めるつもりか」

 

 カラバッリによると、貴族たちは普段長方形になるようにヤパンを置いて会議などをするらしい。このように丸く輪になって座るのはかなり親しい人たちと飲む時くらいなんだそうだ。

 そうこうしている間に扉から五大老たちが入ってきた。

 

「いやぁお待たせしました」

「おや、まだ座ってなかったのですか」

 

 ご機嫌なおじさまたちをカラバッリがギロリと睨む。

 

「この形はなんなのだ?」

「もちろん王様健康同盟の集会のための形ですよ。仕事の会議ではないのですから、これが一番適していると思ったのです。輪になっている方がディアナも話しやすいでしょう?」

 

 ヤルギリがニカっと笑いながら答える。カラバッリは「其方らが楽しみたいだけであろう」とブツブツと言いながら一番奥のヤパンに座った。カラバッリに促されて私もその隣に座る。

 五大老と一緒に入ってきたうちの使用人たちがお茶とお菓子を私たちの前に出して部屋から出ていった。

 

「それでは王様健康同盟の初集会を始めますかな。ディアナ、始まりの挨拶を」

「え? 私がするのですか⁉︎」

「もちろんです。この同盟を作ったのはディアナなのですから」

 

 オリム先生にそう言われて私は戸惑いながらお茶のカップを持つ。

 

「ええと、では、王様健康同盟の集会を始めます。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますぞ!」

「ヤクシャイ!」

「ヤクシャイ」

 

 と、なぜか五大老たちは勝手に乾杯を始めてしまった。よく見れば私以外はみんなお酒を飲んでいる。

 

 集会の始まりっていうより宴会の始まりだね。

 

「はぁぁ、しかしようやく思いっきり話ができますなぁ」

「ああ、ここまで長かった。この日をどれだけ待っていたか」

「オリム様はいいですよな。学院でアルスラン様やディアナとご一緒できるのですから」

「貴方たちの愚痴を毎回聞く身にもなってほしいですが」

「……仕方なかろう。それがオリム殿の役目だ」

 

 集会が始まった途端、五大老たちが矢継ぎ早に話し始めた。

 

「それにしてもディアナがまさかこんな同盟を作ってくれるとは、私は嬉しいですぞ」

「アルスラン様が保護したということで特別な子だとは思っていたが」

「まさかアルスラン様の健康まで考えてくれるとは」

「私も初めて同盟の話をされた時は驚きましたよ」

「……ディアナはいい子だ」

 

 放っておいたらずっと喋り続けそうな勢いの五人にカラバッリがため息をつきながらつっこむ。

 

「其方ら、アルスラン様の話をするために集まったのではないのか」

 

 その言葉にヒシヤトが苦笑いをしながら答える。

 

「相変わらず厳しいですなぁカラバッリ様は。そういう顔をしていると現役時代を思い出して私は身が縮みますぞ」

「ヒシヤト様は王国騎士団長だったからな、王宮騎士団長であったカラバッリ様には今でも頭が上がらぬと見える」

「王宮騎士団長と王国騎士団長というのは上司と部下のような関係なのですか?」

 

 ヒシヤトとヤルギリの話に私が質問すると、二人は「そうですぞ」と頷く。

 

「王宮騎士団の下に王国騎士団が付いているという構図ですからな」

「では学院騎士団はどの辺に位置してるのですか?」

「学院騎士団は王宮騎士団の中の組織なのでまた違う立ち位置なのです。位的には王国騎士団より上ですが彼らは若手ですからね、実力的には王国騎士団長クラスには敵いません」

「なるほど……」

 

 オリム先生の説明にふむふむと頷く。そこで改めて話を聞くと、五大老は先代の王の時代に政治の中心にいたメンバーなんだそうだ。王宮騎士団長、王国騎士団長という武力をまとめる人たちと、総執務長をトップとする行政執務長官、魔石執務長官、地方執務長官という執務をまとめる人たちでこの国は成り立っているらしい。

 私はそこで五人の顔を見ながら情報を整理していく。

 

 ええと元王宮騎士団長がおじい様でしょ、で筋肉ムキムキの眉毛が赤くてぶっといのが元王国騎士団長のヒシヤト。

 いかにもまとめ役っぽい紳士な感じで、焦茶の髪を七三分けにして口髭を生やしてるのが元総執務長のクシュラサ。

 人当たりが良くて先がくりんと上を向いたオレンジ色の口髭をしてるのが元地方執務長官のヤルギリ。

 いつも口頭に「……」がつくちょっと神経質そうで、黒の長髪と顎髭があるのが元行政執務長官のアサビ。

 それからいつもニコニコしてるオリム先生が元魔石執務長官であり、現シェフルタシュ学院の副学院長、ってことか。

 

「あともう一つ、それら王国の組織を監視する監察長官という役職があるが、こちらは単独で動く部署なのでな、普段我らとはあまり絡みがないのだ」

「監察……ですか」

 

 元総執務長のクシュラサの説明に首を傾げていると、オリム先生がパチリと片目を瞑っておどけるように言う。

 

「今の監察長官はソヤリですよ、ディアナ」

「え! そうなんですか? あ、じゃああの隠密行動が仕事っていうのは……」

「アルタカシーク内の貴族たちの監視をするのが監察官の仕事ですからね。ただソヤリは今のアルスラン様を支えるために執務長官たちとの繋ぎ役や他の仕事もしていますが」

 

 そうなんだ……確か日本にもあったよね、監察って。組織を見張るために作られた部署、だったかな。そっかぁ……ソヤリさんて監察官だったんだ。そう思うとピッタリな感じだよね。

 

 日本と違って犯罪者の取り調べをするのも監察官の仕事なんだそうだ。それに加えて王の補佐をしなければいけないという。

 

「なんだかソヤリさんの仕事が多すぎる気がしますけど……」

「今の体制では仕方ありません。アルスラン様を守るためにはソヤリの負担はどうしても多くなります。ただクィルガーが常駐できるようになったので少しは負担は減っているのではないでしょうか」

「魔法陣を他の者に見られるわけにはいかんからな、仕方なかろう」

 

 オリム先生に頷きながらヤルギリがサラリと言った言葉に私は目を見開いた。

 

「え……あ、あの、もしかして五大老もご存知なんですか? 魔法陣のこと」

「それはそうですよディアナ。彼らの協力がなければ今の体制に移行することなどできませんでしたから」

 

 私が驚きながらそう言うとオリム先生がふふ、と笑う。

 

「彼らは直に魔法陣は見ていませんが、今の体制にするためにアルスラン様から彼らにも話すようにと指示があったのです。アルスラン様が王位に就かれてわずか二年ほどで学院が出来上がり、今の体制で安定するようになったのは彼らが貴族たちをまとめ、動いてくれたおかげです」

「オリム様も魔石執務長官として走り回っていたではないか」

「あの時はアルスラン様の指示の下、アルタカシークを支えようと必死でしたからな」

「あれで一気に老けましたぞ」

「……懐かしいものだ」

 

 五大老は今の体制が軌道に乗ったころに現役から引退し、若い人にあとを任せたんだそうだ。ちなみにカラバッリは彼らより早く引退して、今は王国騎士団の特別顧問としてたまに訓練を行っているらしい。

 彼らは王の秘密を知りつつも今は現場を退き、陰ながら国を見守っているという存在のようだ。

 

「……みなさんはアルスラン様からそれだけ信用されているってことなんですね」

 

 私がそう言うと、五大老が優しく笑って頷く。

 

「私たちはディアナが魔法陣を見たことも、その中に入れるようになったことも知っています。ですからアルスラン様の健康についても遠慮なく話ができるのですよ」

「そうなんですね。あ、ではおじい様も知っているんですか? 私が王の間に入れるようになったこと」

「……ああ、この前クィルガーから聞いた。……言うのが遅くなったが、ディアナ、よくやったな」

「え?」

「毒に倒れたアルスラン様を助けたのだろう? ディアナがいなければ危なかったとクィルガーが言っていた。よくやった。其方は私の誇りだ」

 

 カラバッリはそう言って私の頭をポンポンと叩く。

 

「おじい様……」

「我らからも礼を言いますぞ。よく助けてくれましたディアナ。その話をオリム様から聞いた時、私はすぐに学院に飛んでいきそうになりましたよ」

「……ああ、本当に」

「私は泣きましたぞ」

「私も」

 

 そう言いながらヒシヤトとヤルギリは本当に目に涙を浮かべている。こんな年上の人たちに泣かれるとどうしたらいいのかわからない。

 

「その歳で泣くな。みっともない」

「ですが、涙無くしてこの話はできませんぞカラバッリ様」

 

 うう、グスっと肩を震わせている二人にオリム先生がやれやれとした顔をして笑う。

 

「表では決してできない話ですからね、彼らは本当はもっと早くディアナにお礼が言いたかったのですよ。でもそれができなくて、ずっと我慢していたのです」

 

 本当にこの人たちはアルスラン様のことが大切なんだな……。

 

 私はアルスラン様のことを思って泣いている二人に「お役に立ててよかったです」と眉を下げて笑った。

 

「さて、そろそろ本題に参りましょう。ディアナ、これからアルスラン様に健康になっていただくためにはどうすればいいと思いますか?」

 

 お茶を一口飲んだオリム先生がそう切り出した。

 

「そうですね……コモラの料理のおかげで食事の量は増えてきたので次は運動をしてもらいたいなと思っているのですが、どうやらアルスラン様はあまり運動がお好きではないようで」

「ああ、確かに小さいころから運動が苦手でいらっしゃったからな」

「あれは体が虚弱であったから動けなかっただけではないのか?」

「今は年相応に成長されているのであろう?」

 

 クシュラサの言葉にみんなが私の方を向く。

 

 そっか、みんな成長したアルスラン様の姿を見たことがないのか。

 

「はい。背も高いですし、ぱっと見は標準的な成人男性に見えますよ。ちょっと痩せていて顔色が悪いですけど」

「なんと! 顔色が悪いのは変わっておられぬのか」

「……痩せ気味というのも気になりますな」

「確かにディアナの言う通り運動をした方が良さそうですぞ」

 

 元王国騎士団長のヒシヤトがその大きな体でムキムキのポーズをとってそうアピールする。

 

「でも運動嫌いの人に運動させる方法ってあるのでしょうか?」

「いきなり激しい運動は難しそうだな」

「初めは準備運動くらいの軽いものから始めて段々と負荷を増やしていけば良いのではないか?」

 

 クシュラサの言葉にヒシヤトがそう言うが、そもそも最初の軽い運動もしてくれるかわからない。

 

「普通にお勧めしてやってくれたらいいのですけど……」

「本を読むこと以外は頑なに拒んでいらしたからな……外へ散歩へ連れ出すのも使用人たちにはできなかった。ジャヒード様が言ってようやく重い腰を上げておられたのだ」

「さすが王宮執務長官を兼任していたクシュラサ様は詳しいですな。私は地方を飛び回っていたので普段のアルスラン様のことはあまり知らないのだ。しかし地方で面白い運動を見たことはあるぞ」

「面白い運動とはなんだ? ヤルギリ様」

「外でやるものでな、太陽に向かって様々なポーズをとって静止するという運動だ。呼吸を意識して体の隅々まで集中し、じっとするという変わったものなのだが、試しにやってみると意外とスッキリして気持ちがよかった。あれならアルスラン様でもできるのではないか?」

 

 呼吸をしながらポーズをとって静止するって……なんかヨガみたいだね。私はやったことないけど、確かにそういうものならしんどくないし、代謝も上がりそうだ。

 

「その運動を教えてくれる人っていますか?」

「いや、かなり辺鄙な田舎でやってたものだからな……ああ、でもそのやり方を記した本ならあるぞ。小部数だが本屋に売っているはずだ」

 

 おお、本ならアルスラン様も絶対読むよね。

 

「王都にある本屋のことならアサビ様が詳しいであろう? 探してくれませんか」

「……わかった。アルスラン様のためならすぐにでも」

「あ、あの他にも運動に関する本があれば買ってきてもらえませんか? 多分ですけどアルスラン様はそういう系の本はあまり読まれない気がするので」

「……そうであろうな。わかった、他にもあれば買っておこう」

「ありがとうございます!」

 

 私がそう言ってニコッと笑うと、アサビが口角を上げてクピッとお酒を飲んだ。なぜか隣のヤルギリが「提案したのは私ですぞ」と拗ねている。

 

 そのヨガっぽいのが良さそうなら、演劇クラブの準備運動に加えてもいいよね。

 

「王の間は王宮に比べたら狭いですが、あそこをぐるぐると歩くだけでも最初はいいのではないかと私は思いますけどね」

 

 オリム先生がそう言って顎をなでる。

 

「それは今の段階では無理ですよオリム先生」

「なぜですか?」

「今王の間は足の踏み場がないくらい本で埋め尽くされているからです」

「なんと」

「アルスラン様の本狂いは相変わらずか」

 

 私の言葉に五大老たちがああ……という顔をして頭に手をやる。

 

「しかしアルスラン様の蔵書は図書館に移されているはずですが……」

「それでもまだ王の間にはいっぱい本があるんですよ。まずあの本をどうにかしないと歩き回ることはできません」

「ディアナの仕事は本の整理からになりそうですな……」

「毒湧き病が現れなくなってから、さらに読まれる本の数を増やしたのであろうな……」

「全く……アルスラン様は」

 

 私は五大老たちが呆れる様子を見てふふ、と笑う。外から見れば「黄光の奇跡」を起こしたすごい王様で威厳もあり学生からも尊敬されているアルスラン様も、この人たちから見れば普通に心配される孫のようなものなのだ。そのギャップが面白い。

 そんなことを思いながら五大老たちを見ていると、カラバッリが口を開いた。

 

「健康といえば睡眠も大事なのではないか?」

「そうですね、睡眠も大事だと思いますが……そういえばアルスラン様ってちゃんと眠られているのでしょうか」

「病のこともあって昔からアルスラン様の眠りは浅かったと記憶しています。今もたくさん眠っていると聞いたことはありませんね」

 

 私の問いにオリム先生がそう答える。

 

「そうなんですか……うーん、睡眠は絶対にとった方がいいんですが……あ、私が飲んでるハーブティをお勧めしてみましょうか」

「ハーブティですか?」


 私は寝言で歌うのを防ぐためによく眠れるハーブティを飲んでいることをオリム先生に説明する。

 

「アルスラン様は薬が苦手ですから、ハーブティくらいなら飲んでくれるかもしれません。しかしそれならすでにソヤリが勧めてそうな気がしますけどね」

「確かにそうですね……うーん。よく眠れるために効果的なのは他にはリラックスする香りを置くとか、入浴ですかねぇ」

「あそこにお湯を入れるのは手間がかかりすぎますし、入浴を手伝う使用人もいませんから入浴は難しいですねぇ」

 

 王の間に浴室は作れないためアルスラン様はいつも洗浄の魔石術で済ませているらしい。

 私とオリム先生が腕を組んでうーむと唸っていると、カラバッリがぽつりと呟いた。

 

「気を失うツボならあるがな」

 

 おじい様、それは睡眠ではなく失神です!

 

 

 

 

王様健康同盟に初集会です。

五大老のアルスラン様愛が炸裂。

カラバッリに王を救ったことを褒められて結構嬉しいディアナ。

集会はもう少し続きます。


次は 集会の続きと革屋再訪、です。

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