ジャシュのお披露目会
五の月の晴れた日、ジャシュのお披露目会がクィルガー邸で行われることになった。この日はアリム家の親戚やクィルガーと親しい人たちが呼ばれ、新生児の誕生を祝う。
私は朝からお風呂に入れられ、この日のためにあつらえられたお祝い用の服を着せられて髪も結われた。豪華さは去年の結婚式と比べると控えめだがそれでも十分派手な格好である。
「ここまでするんだね……」
「お祝いの席でございますから」
トカルのイシュラルが私のサイドの髪を細かな三つ編みに結っていくのを横目で見ながら、私は鏡に映っている自分を眺めた。
金の刺繍が入ったミントグリーンのワンピースの上に白色の薄布が重なっていて、それらはまとめて帯で締められて膝の下まで伸びていた。白い薄布には独特な赤色の刺繍が入っている。
「この白い布はこういう時にしか使わないの?」
「はい。白地に赤の刺繍というのは無垢なものに生命が宿るという意味がございます。赤子の誕生とその成長を祝う日に着るものなのです」
「なるほど」
髪を結い終えたイシュラルが最後に白い薄布とお揃いのスカーフを頭にセットしてようやく準備が終わった。
女性館から本館へ移動し、お披露目会が行われる中広間へ向かっていると、途中にある玄関ホールにカラバッリとターナがいるのが見えた。
「おじい様、おばあ様」
私は笑顔で二人に歩み寄る。ここで走るとターナから注意されてしまうので優雅に早足で歩いていく。
「まぁディアナ、よく似合っているわ」
「……うむ。よいのではないか」
「えへへ、ありがとうございます」
そのまま二人と一緒に中広間へ向かう。二人のお付きが結構いるので私のトカルと護衛を含めるとものすごい大所帯になる。
「トグリとチャプは一緒ではないのですね」
「あの二人は今日は仕事なのよ。夕食にはやってくるんじゃないかしら」
「そうなんですね。……あの、おじい様……イシーク先輩はどんな感じなんでしょうか?」
「……そろそろ砂漠の中で倒れている頃合いかもしれんな」
「え」
「ちゃんと見張らせているから死ぬことはない」
「そ、そうなんですか……」
私の頭の中で砂漠の真ん中でげっそり干からびて倒れているイシークの姿が浮かぶ。
が、がんばれイシーク先輩。
中広間に入ると、すでに招待客が揃っていた。
身内だけで祝うものと聞いていたがさすが高位貴族のアリム家だけあって、招待客は結構多い。ぐるりと見回すとエンギルやアサン先生、そして五大老のおじさま方の姿が見えた。
今回は新生児を祝う会なので、客の子どもたちもやってきている。結婚式と違って子どもたちのはしゃぐ声が中広間に響いていた。
「ディアナ、この度はおめでとう」
「ほら、あなたたちもおじい様とおばあ様とディアナに挨拶なさい」
クィルガーの弟であるサキム夫婦とその子どもたちや、妹の子どもたちが私たちの前にやってきて挨拶してくれるが、明らかにみんなカラバッリを見てカチンコチンになっている。
「こんにちは、おじい様、おばあ様」
と言って子どもたちが軽めの恭順の礼をとると、カラバッリは隻眼の目をフッと緩め子どもたちの頭をポンポンと叩いた。その仕草がクィルガーとそっくりだ。
子どもたちは二人への挨拶を終えたあと私の方を向いて、再び固まった。その目線は私の耳に釘付けになっている。
まぁそうなるよね……。
「こんにちは」
と私がにこりと笑ってそう言うと、子どもたちはハッとして「初めまして」と挨拶をする。そして恥ずかしそうにもじもじしたあと親の後ろに隠れてしまった。
「もう、なんで隠れるの」
「恥ずかしんじゃないか? ディアナが可愛いから」
サキム夫妻がそう言って笑っている。私は隠れている子どもたちの方を見てもう一度にこりと笑って手を振った。
「そろそろお席の方へ。クィルガー様がいらっしゃいます」
クィルガーのトレルのカリムクの案内があってみんなが席に着く。今回のお披露目会の準備もカリムクが張り切って行ったらしい、その顔が生き生きと輝いていた。
全員が席に着いてしばらくすると、中広間の入り口からクィルガーとヴァレーリア、それに続いて世話係に抱っこされたジャシュが入ってきた。ジャシュは私が贈ったおくるみに包まれてスヤスヤとよく寝ている。おくるみの上に重ねられた飾り布の上に、自分が刺した刺繍の首飾りがかかってるのが見えて口角が上がる。
作るときは気づかなかったけど、あのお守りってみんなに見られるんだよね。ちょっと恥ずかしいな。
せめてもう少し上達してから作りたかったな、と思いながら見ていると、三人は中広間の奥にあるヤパンに座って前を見た。ジャシュはクィルガーとヴァレーリアの間に用意されたゆりかごの上に寝かされている。
「本日は私たちの息子、ジャシュのために集まっていただき感謝します。この子が健康に育ち、アリム家の者として恥ずかしくない人間になるよう、見守っていただけたらと思います」
クィルガーが挨拶をして、そのあと来ている人たちにお酒やお茶が配られる。そしてヴァレーリアが妊娠中にお腹につけていた緑と透明の魔石がジャシュのお腹の上に置かれた。
「我々に魔石を与えてくれた神に感謝を。生まれてきた子に祝福を。ヤクシャイ」
「ヤクシャイ!」
「ヤクシャイ」
クィルガーの乾杯の挨拶とともにお酒の杯が掲げられ、みんなそれを一気に飲み干す。お披露目会の始まりだ。使用人たちによってローテーブルが用意されて食事が次々と運ばれてくる。少し緊張気味だった子どもたちも並べられる料理を見て一斉に嬉しそうな声をあげた。
平民の子と比べると飛び跳ねたりしないだけマシだけど、どこの子どもも反応は一緒だね。
なんてその子どもたちを見て思うけど、料理を見てテンションが上がっているのは私も同じだ。
あ! これ新作のシャリクじゃない? 見たことがないソースがかかってる!
カラバッリとターナの隣で私はごちそうをウキウキと頬張っていく。
「ああー美味しい……」
「相変わらず美味しそうに食べるわね、ディアナは」
「美味しいものを食べると幸せになるんです」
「まぁ……ふふふ」
私の食べっぷりに笑っているターナの向こうでカラバッリも酒を飲みながらフッと笑っているのが見えた。
食事が始まってしばらくすると、招待客の人たちがジャシュを見にクィルガーたちの方へ向かい出した。結婚式の時と違って嫌味を言う人たちはいないので、クィルガーやヴァレーリアの顔も和やかなものだ。みんな、ジャシュの顔を覗き込んで相好を崩している。
と、その途中でジャシュが起きてぐずり始めた。私はその泣き声を聞いてすぐに立ち上がる。
「ちょ、ちょっと行って来ます」
カラバッリとターナにそう言ってジャシュの方に向かう。
「まぁ、ディアナが食事の途中で席を立つなんて」
と、ターナの驚くような声を聞きながら私は奥の絨毯に上がり、ヴァレーリアの後ろからジャシュの様子を覗き込んだ。
「ディアナ」
「ジャシュ、どうしたの? お腹すいた?」
「アーウウー」
ジャシュはおくるみの中で手足をジタバタとさせている。
「おくるみが苦しいんでしょうか」
「普段と違う雰囲気だから落ち着かないんだと思うわ」
ヴァレーリアの言葉にジャシュの世話係が「どういたしましょうか」と聞いてくる。私はヴァレーリアに断ってジャシュを抱っこすると、胸にかかっている刺繍のお守りの上からトントンと手でリズムを叩く。
「ジャシュ、大丈夫だよ。みんなジャシュのことを見に来てくれてるの。みんな味方だよ」
胸をトントンしながらそう言うと、ジャシュは泣き止んで安心するようにスゥスゥと寝始めた。
「ふふ、本当にディアナはあやすのが上手ね」
「さすがでございます、お嬢様」
私は眠りについたジャシュをそっとゆりかごに戻す。するとそれを見ていたエンギルが声をかけてきた。
「へぇ、お嬢ちゃん大したものだね」
「エンギルさん、あ、アサン先生も」
エンギルの隣にはアサン先生とお腹の大きな女性が立っていた。
「こんにちはディアナ。この度はおめでとう。こっちは私の妻のナフィサだ」
「初めましてディアナ、アサンから貴女のことは聞いているわ。今日は会えるのを楽しみにしていたのよ」
そう言ってにこりと笑うナフィサは、ふわふわとしたミルクティ色の髪に緑色の目をした可愛い系の美人だった。
「初めまして、ディアナです。わぁ、綺麗な方ですね、さすがアサン先生」
「まぁ、ありがとう」
私が素直にそう言うとナフィサはクスクスと笑う。
「あの、そのお腹はもしかして……」
「ええ、私ももうすぐ生まれる予定なの。ジャシュとは同学年になれそうねヴァレーリア」
「嬉しいわ。ナフィサは三人目だから余裕そうだけど、体調はどう?」
え! 三人目⁉
「ええ、特に問題はなさそうだわ。ただ三人目ともなると体重がすぐに増えるからヴァレーリアも気をつけるのよ」
「ふふ、わかったわ」
ヴァレーリアとナフィサの微笑ましい会話を聞きながら私はアサン先生とエンギルに目を向ける。
「先生……三人もお子さんがいたんですか」
「あれ、言ってなかったかな? まぁ三人目はまだ生まれてないけど」
「女生徒が知ったら失神しちゃいますよ」
「……罪深い男だな、お前」
とエンギルに突っ込まれると、アサン先生は「この歳で子どもがいるのは当たり前だろう?」と肩をすくめた。
「エンギルさんは相変わらず独身を謳歌中ですか?」
「もちろんさ……と言いたいところだけど、どうやら俺も年貢の納め時が来たようだ」
「え……まさか」
「ようやくこいつも結婚することになったんだ」
クィルガーの言葉に私は目を見開いた。いつまでも結婚しないエンギルに両親が痺れを切らして嫁候補を勝手に連れてきたらしい。本当はそれも理由をつけて断るつもりだったが思った以上にいい人だったのと、クィルガーが結婚したこともあって独身を卒業することにしたようだ。
「おまえの相手にはもったいないくらい良い人なんだろ。ちゃんと大事にしてやれ」
「そうだよ。もっと嬉しそうにした方がいいよエンギル」
「……自分で結婚相手を連れてきた二人に言われたくないね」
エンギルはジトっとした目つきでクィルガーとアサン先生を睨む。そんな三人に私とヴァレーリアとナフィサはクスクスと笑った。
そのあとは席に戻っておばあ様とお喋りしながらごちそうの続きを食べる。メインが終わってデザートに手を伸ばしていると視線を感じたので私はふと顔を上げた。そこにはニコニコ顔のおじさま方が五人並んで立っていた。五大老だ。
「其方ら……また来たのか」
カラバッリが嫌そうな顔をして出迎える。
「冷たいですなカラバッリ様は。我らはちゃんとクィルガーから招待されて来たのですよ」
「そうですぞ。我々は正々堂々とディアナに会いにきたのです」
「……今日はジャシュのお披露目会だが?」
落ち着いた雰囲気のクシュラサと人当たりの良さそうなヤルギリの言葉にカラバッリが眉を寄せてつっこむ。オリム先生以外のおじさま方はそれを無視してソワソワとしながら私の前に順番に座った。
「本日はおめでとう。可愛い弟ができてよかったですな」
「ありがとうございます、ええと、ヒシヤト様」
「おおっ私の名前を覚えていてくれましたか! 嬉しいですなぁ」
「ディアナ、私のことは?」
「私のことも覚えてますかな?」
ヒシヤトがデレデレしていると、それを押し退けて他のおじさま方が顔を指差す。
「ヤルギリ様とクシュラサ様、ですよね?」
「おおお、これは嬉しい」
「孫に呼ばれるより嬉しいですなぁ」
結婚式で会った時の衝撃が大きかったので、おじさま方の顔と名前は珍しく覚えていたのだ。
名前を呼んだだけでデレてくれるおじさま方を見てふふ、と笑っていると、オリム先生がやってきてコッソリと呟いた。
「ディアナ、カラバッリ様、ひとつお願いがあるのですがよろしいですか?」
「お願いですか?」
「なんだ?」
オリム先生は周りの人に聞こえないように気を配りながら口を開く。
「もしお時間があればこのあと我々と内密部屋で会っていただけませんか。クィルガーには話を通してあります」
「……ここではできぬ話か」
「アルスラン様についてです」
「……」
オリム先生の言葉にカラバッリの目がスッと細まる。
アルスラン様の話ってなんだろう?
「私も行くのですか?」
「ディアナが行かなくては始まりませんよ。例の同盟の話ですから」
例の同盟、というとあれか、王様健康同盟。
私はチラリと前に座っている五大老を見る。
そういえばこの人たちも同盟に入ってるんだったね。
「おじい様も同盟に入っているのですか?」
「クィルガーから報告はいっているはずですよ。そうですよね? カラバッリ様」
「……それについては知っている」
「一度みなで話をする機会を持ちたいと思っていたのですよ。どうですか?」
ヤルギリがニヤリと笑って私とカラバッリを見る。どうやらアルスラン様の健康についてみんなで話したいことが溜まっているようだ。
ごちそうはあらかた食べ終わったし、お披露目会はこのまま夜まで続くからその間の時間潰しにもなるよね。このおじさまたち面白いし。
「私は大丈夫ですよ」
私がそう言うとカラバッリが眉を寄せたままため息をついた。
「……ディアナが行くのなら私も行くしかあるまい」
「ありがとうございます」
「やった」
「これでようやく……っ」
「楽しみですな」
「……ふふ」
一連の流れを見ていたターナが眉を下げながら私を見る。
「大丈夫なの? ディアナ」
「大丈夫ですよおばあ様。みなさん優しそうですし、おじい様もいますから」
「安心してくだされターナ様。我々の間で共有したい情報があるだけですから」
五大老は「ではまた後で」と言って自分たちの席へウキウキで戻っていった。
さて、一体どんな話があるのだろうか。
私は去っていくおじさま方の背中を見送りながら首を傾けた。
ジャシュのお披露目会が開かれました。
ごちそうよりも弟の様子が気になるディアナ。
姉馬鹿全開です。
面白いおじさま五人組とお話をすることになりました。
次は 王様健康同盟の初集会、です。