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二年生の終わり


 卒業式の後日終業式が行われ、私の二年生のカリキュラムは全部終わった。いろいろとあったけど、無事に終えることができてホッとする。

 大講堂から寮に戻ると、談話室でオール五を取った学生に表彰状が手渡された。オール五を取った生徒は全学年合わせるとそこそこの数がいて終業式で表彰するのは時間がかかるということで、こうやって寮に戻ってから渡されるのだ。

 各寮の談話室にわざわざ先生が来て手渡ししてくれるので、もらえる生徒たちは誇らしそうだ。

 

「今年もすごい活躍だったね、ディアナ、おめでとう」

「ありがとうございますアサン先生」

 

 黄の寮は去年に続いてアサン先生が担当するらしい。最後にイケメン先生から表彰してもらえて女生徒たちは特に喜んでいる。

 同じく表彰状をもらったハンカルと談話室で喋っていると、ガラーブがやってきた。

 

「今年は無事に終えられたようだな。命があってなによりだ」

「物騒なことを言わないでくださいよ寮長さん」

「君に関してはどういうことが起きるのか予想できないからな。ああそうだ、クィルガーに会ったら子のお披露目会に行けなくてすまないと伝えておいてくれ」

「お披露目会って……ジャシュのですか? 寮長さんも招待されていたんですね」

「ああ、私はカラバッリ様の部下でもあったし、ディアナの寮の寮長でもあるからな」

「私の最高に可愛い弟を見て欲しかったですけど……」

「クィルガーの子どもには興味はあるが久しぶりに家に帰るから少しゆっくりしたいんだ。それに行くとなったらテクナも一緒だし、あいつはそういうの苦手だから」

 

 確かにテクナ先生は貴族の集まりとか嫌がりそうだよね。

 

「じゃあ来年もよろしくお願いします、寮長さん」

 

 私がそう言ってえへへと笑うとガラーブは眉間に皺を寄せた。

 

「相変わらず緊張感がないな、君は。来年も問題を起こさないでいてくれたらそれでいい」

 

 と、呆れたように言って談話室から出て行った。

 

「私、自分から問題を起こそうなんて思ったことないけど……」

「ディアナの場合はそこに居るだけでなにか起こりそうだからな。寮長さんの気持ちはちょっとわかるよ」

「ひどいよ! ハンカル!」

「ははは」

 

 

 それから国が遠い人から順番に寮を去っていく日になる。今年はハンカルやラクスに加え同じ寮のイリーナとヤティリとチャーチのお見送りもすることにした。この中で一番遠いのは北連合国のレスト国のイリーナと、ジムリア国のヤティリだ。

 寮の玄関の前にやってきた二人の顔はどんよりと沈んでいた。北連合国はアルタカシークの北に隣接しているサマリー国を抜けたさらに北側にあるうえに、雪深くて足元が悪いため、帰るのにかなり時間がかかるらしい。

 

「ジムリア国にまで帰ればいいというのは助かるのですけれど、あの雪の山を越えなくてはいけないと思うと気が重いですわ……」

 

 イリーナの国に帰るにはかなりの日数がかかるため、国まで帰っていたら九の月にこっちに戻るのが不可能になるんだそうだ。だからレスト国や他の北連合国の国の学生たちはサマリー国のすぐ北にあるジムリア国に用意された館で夏は過ごすらしい。

 

「イリーナのレスト国は本当に遠いんだね」

「ええ、ジムリア国のさらに奥にある国なんですの。一年のほとんどが雪に閉ざされた国ですから、ここと違って静かすぎて寂しいのですよ」

「……わかる。アルタカシークに慣れちゃうと国に帰った時にどんよりしちゃうんだよね。ほら、向こうって曇り空ばかりだから」

 

 イリーナの言葉にヤティリもつまらなさそうに呟く。

 

「しかもサマリー国を通るには通行料がかかるし……国に帰るメリットってあんまりないんだよね」

「そうなんだ」

 

 国に帰るにはお金もかかるし時間もかかる、それなのに帰った先は雪で覆われてて遊ぶこともできないっていうのは、確かにテンション下がるよね。

 

「でも二人の家の人は帰りを待ってるんじゃない?」

「親がジムリア国の館に来てはくれますけれど……そこでここ以上に服作りの時間は取れませんし……両親の顔色を伺って過ごすのも憂鬱ですわ」

「ぼ、僕も会いたい人は叔父さんくらいだし……」

 

 おおう、励ますつもりが余計にどんよりさせてしまった。

 

「まぁ確かに、ここに家がある私は夏休みが四ヶ月たっぷりあるけど、移動が長い人はそうはいかないもんね。もういっそのこと夏休みの間中アルタカシークの各国の館に居られればいいのにね」

「!」

「ああー! それだ!」

 

 私がポロッとこぼした言葉にイリーナとヤティリが大きく目を見開いた。

 

 え? あれ?

 

「そそそそれだよディアナ! その手があった‼」

「なんて素晴らしいアイデアですの! さすがですわディアナ!」

「え? え? あの……」

 

 二人の反応に戸惑っていると、イリーナにガシッと手を握られた。

 

「わたくし、国の偉い方にお願いしてみますわ!」

「ぼぼ、僕も要望書を出してみる!」

「えええええ」

 

 二人は私が言った言葉にパッと顔を輝かせて、そのまま上機嫌で寮から去っていった。残された私や他のみんなは呆然としている。

 

「ディアナ……あの二人きっと本気だぞ」

「オリム先生に言っておいた方がいいんじゃないか?」

 

 ラクスとハンカルに呆れられながらそう言われる。

 

 オリム先生というか……これアルスラン様に言わなくちゃいけない案件だよね……アルタカシークの館を使うって話だし。

 ああっ私ってばなんて迂闊なことを……!

 

 私が青い顔をして頭を抱えていると、「俺は来年からもこれに振り回されるのか」とハンカルがため息をついた。

 

 うう……わざとじゃないんだよハンカル。

 

 と言いそうになったけど、そもそもこうやってうっかり言ってしまうことが問題なのだ。思ったことをすぐ口にしてしまうこの癖をまず治さないといけない。

 私が反省している間に、チャーチも去っていく時間になった。チャーチの出身国であるカリム国はリンシャークの南と、ジャヌビ国の東とくっついている。アルタカシークから直通の道はないため、リンシャーク経由で自国に帰るらしい。

 

「カリム国は温暖な気候なんですよね」

「ああ、すでに向こうは夏になってるだろうね。僕はさっきの二人と違って帰るのが楽しみだよ」

「会いたい人でもいるんですか?」

「ふふ、それは秘密さ、ディアナ」

 

 チャーチはそう言ってバチコーンとウィンクをする。

 

「来年も演劇クラブを楽しみにしているよ。今度はぜひ僕に主役をやらせてほしいな」

「ふふ、考えておきます」

 

 

 チャーチの次の日にはラクスとハンカルを見送る。

 

「今年も楽しかったぜ。来年もよろしくな」

「うん、ラクスの覚えてきた踊りのおかげですごくいい劇になったよ。もし他にも踊りがあったら覚えてきてほしいな」

「おう、いいぜ!」

 

 ラクスは笑顔で「じゃあな!」と手を振って去っていく。

 

「ハンカル……その、いろいろとありがとう。本当に。迷惑かけてばかりだったかもしれないけど」

「いいさ、こうなることは予想していたし、ディアナは見ていて飽きないから面白くもある。ただ、事前に報告する癖というのはちゃんと身につけてほしいが」

「はい、頑張ります……」

 

 ハンカルは目の前でしおしおと項垂れる私にフッと笑うと、「また来年も楽しみにしている」と言って去っていった。

 

 

 その日はそれから王の間に向かった。今年最後の報告をするためだ。王の塔に着いて私の顔を見たクィルガーが途端に険しい表情になる。

 

「ディアナ、なにかあったな?」

「ふへ⁉」

「顔に『まずいことになった』って書いてある」

 

 私は咄嗟に顔を両手で隠すが、クィルガーは腰に手を当ててニコリと笑った。

 

「なにがあった? 正直に言ってみろ」

 

 そんな怖い笑顔で言われて素直に言えるわけがない。

 

「あ、アルスラン様に……言います……」

 

 私は顔にダラダラと汗をかきながらささっと王の間の出入り口前に跪き、許可が出るとそそくさと王の間の中に入った。

 

 ふぅ、ここまで来ればお父様のぐわしを食らうことはない。

 

 私は少し胸を撫で下ろして王の絨毯の外側に跪く。アルスラン様は執務机から少し顔を上げて私の方を見た。

 

「私に報告することとは?」

 

 さっきのクィルガーとの会話が聞こえていたらしい。私はアルスラン様にヤティリとイリーナに言ってしまった件について正直に報告する。それを聞いたクィルガーが出入り口の向こうで「おまえは……本当に」と呆れ返っていた。

 

「ふむ、夏の間中ここの館で過ごす……か。移動距離を考えると確かに帰りたくないと言い出す学生はある程度いるであろうな」

「そういえば以前にもそういう要望はありましたね」

 

 ソヤリの言葉に私は振り返って目を瞬かせる。

 

「そうなんですか?」

「魔石装具クラブの生徒から『夏の間中も寮に残りたい』と要望が出たことがあります。彼らは研究熱心ですから、帰国して中断するくらいならずっと学院で魔石装具作りをしたいと思ったようです」

「……うちのメンバーもそれに近いかもしれません」

 

 イリーナもヤティリも帰ることに時間を取られるくらいなら、ずっとここで服を作ったり小説を書いたりしたいんだと思う。

 

「しかし北連合国の生徒たちが帰らないとなると、それで通行料を取っているサマリーが黙っていないでしょうね」

「そうだな……自国の魔石採掘場が無くなった今、サマリーを支えているのは通行料と関税だからな。もし滞在の許可を出せば必ず文句を言ってくるであろう。以前もそれを理由に却下したはずだ」

「そうなんですか……」

 

 学生がここにいたいという理由だけで国が揉めるようなことはしちゃダメだよね……。

 

「わかりました。二人には私の方から謝っておきます……勝手に希望を持たせてしまったわけですし」

「……ただ抜け道がないことはない」

「え?」

「サマリーが気にするのはあくまで金だけだ。サマリー国内を他国の学生が人数分通ろうが通らまいが気になどしないであろう。あの国の人間は予定していた通行料さえもらえれば、文句を言うこともないからな」

「それは……つまりお金さえ払っておけばアルタカシークに学生が残っても問題ないということですか?」

「そうだな、あとは学生が親とどう話を付けるかということくらいだ。アルタカシークの館を使うとなるとさらにお金もかかる」

 

 あ、そっかこっちの滞在費も考えなくちゃいけないのか。うーん……滞在費かぁ。

 

「……自分で稼ぐことができれば親を説得できるかもしれないですよね」

「自分で稼ぐだと?」

「はい、ヤティリは小説を書くことができますし、イリーナは服を作ることができます。それらを売ることができれば滞在費を稼ぐこともできるのではないかと。私も実際に今商品や権利を売って稼いでるわけですし、不可能ではないと思います」

 

 そう、お金が必要なら自分で稼げばいいのだ。

 

「自分で稼ぐ……か。其方らしい考え方だな。よかろう、どういった手段であれ通行料と滞在費が工面できるのであれば学生が滞在する許可は出そう」

「本当ですか⁉ ありがとうございます!」

 

 ヤティリとイリーナは王都の館からまだ出発したばかりのはずだ。早便でそのことを知らせてあげよう。

 それからはこの一年の報告をした。

 

「成績は問題ないようだな」

「はい。今年は相部屋になった子に歴史を教えてもらえたのでなんとかなりました」

「そうか。では来年も相部屋は同じ者たちでよいのだな」

「はい!」

 

 そこであっさりと来年度のザリナの同室が決まる。ザリナは嫌がるかもしれないけど、私としてはまた新しい子になるよりザリナにいてくれた方が有難い。ごめんねザリナ。

 

「来年の演劇はなにをするつもりだ?」


 演劇クラブのこの一年間の報告を終えるとアルスラン様がそう尋ねてきた。

 

「今年は恋愛物語がテーマだったので、来年は男女ともに楽しめる話にしようかなと思ってます。英雄物語か、建国物語か、友情物語かその辺になるかと。脚本家にはどの話になっても踊りで対決する場面は入れたいから、そういう要素の入った話を作ってほしいとすでに頼んでいます」

「踊りで対決……とは」

「今年やってみてわかったのですが、意外とみんな踊りにすぐに慣れてくれましたし、お客さんの反応も悪くなかったので、来年はもっと踊りの部分を増やしたいんです。一つ一つのレベルを上げたり、もしくは大人数での迫力のある踊りを作ったりして今年より派手な舞台にしたいなと。それで、踊りで対決するシーンを入れたら面白そうだなと思ったんです」

「ふむ……それはあちらの世界にあった文化か?」

「そうです。映像でご覧になりますか?」

「……そうだな」

 

 アルスラン様がそう言うと、ソヤリが大きなお盆が乗った机を用意し出した。ここでアルスラン様にだけ見せようと思ったのだが、どうやらソヤリもクィルガーも私が出す前世の映像を見たいらしい。「情報の共有は必要ですから」とソヤリに言われ、私とアルスラン様は王の間の出入り口ギリギリまで行って、そこにお盆の乗った机を入れた。出入り口の外側からソヤリとクィルガーがお盆を覗き込む。

 

「では映しますね」

 

 お盆に水流筒で水を張ってそこに透明魔石を浸ける。「私の記憶を映して」と命じると水面にパッと映像が映った。

 

「これは世界的に有名なダンスコンテストの映像です。外国で行われていたので実際に見たわけではありませんが、その様子を映した映像を見た時のものです」

 

 それはとあるヒップホップダンスコンテストの決勝の様子だった。そこで日本チームが決勝まで進んで素晴らしいパフォーマンスを見せて、見事に優勝を果たしたのだ。

 

「すごいな……集団でこんなに動きを揃えて踊れるのか」

「統率の取れた軍隊のようですね」

「最初は全員で揃った動きをしていますが、途中からそれぞれ違う動きもしますよ。ほら」

 

 ダンサーたちは舞台いっぱいに広がりながらそれぞれのパートを踊っていく。

 

「……其方が踊った踊りとはまた違うように見えるのだが」

「あれはバレエという踊りを元にしていますから。この映像の踊りはヒップホップといってまた種類が違う踊りになります」

「踊りにも種類があるのか」

「もちろん。音楽に種類があるように、踊りにもたくさんのものがありますよ。この映像には音がついてないので伝えるのが難しいですけど」

 

 もう一つとある有名な女子高生のダンスグループの映像を見せようかと思ったけど、そっちはミニスカートでバリバリ踊るものなのでやめておいた。こっちの世界の人に見せるには刺激が強すぎる。

 

「こういう集団での踊りを交互にやって、どっちが上か、というのを競うシーンを入れたいなと」

「……踊りで対決という意味は分かったが、その意味が観客に伝わるのか?」

「それは脚本次第でどうにかできるかと。それに観た人が意味まで分からなくても、これはすごいぞって空気は伝わると思います。『なにかわからないけど、観ていて楽しい』って思ってもらうのもエンタメですから」

「空気が伝わる……か」

「はい、歌も踊りも他のエンタメも、それを観てる人たちと感情を共有するというのが醍醐味なんですよ」

「……感情を共有する……」

 

 アルスラン様は私の言葉を聞いて、なにかを思い出すかのように目を伏せた。

 

「だがディアナ、これをするにはもっとメンバーを増やさないといけないんじゃないか?」

 

 クィルガーが腕を組みながら首を捻る。

 

「そうなんです。こういうのはある程度人数がほしいので来年はもっとメンバーが増えてほしいんですけどね。音出しも数が要りますし」

 

 こればっかりは来年になってみないとわからない。本当は今年の劇が終わったカーテンコールのあとにもっと強く募集をかける予定だったのだが、王子と王女のことがあって気が動転していたのであっさりとしか言えなかったのだ。

 

「ですからまだ未定といえば未定です。メンバーが少ないままだったら他のものに変えるかもしれません」

「そうか、わかった」

 

 それからはコモラの作った昼食をアルスラン様と食べながら、ソヤリから夏休みの間のスケジュールの話を聞かされた。アルスラン様に定期的にコモラの料理を食べてもらうために、私もそれに合わせてここへ来ることになっているらしい。

 

「こちらへはどうやって来るんですか? 学院は閉まってるんですよね?」

「コモラの助手という形で王宮の厨房まで来てもらおうと思います。そこからは私が箱に入れて連れて行きますよ」

 

 なるほど、料理人としてここに忍び込むってわけか。

 

「そのように無理をして来なくてもよいのだが……」

「そういうわけには参りません、アルスラン様。先日のように体が弱っていると少ない毒にも負けてしまうのです。アルスラン様の健康については最優先の案件ですよ。それにディアナもアルスラン様が健康になるためなら喜んできてくれると思います」

 

 ソヤリに胡散臭そうな笑顔でそう言われて、アルスラン様が私のことをチラリと見た。

 

「……アルスラン様の健康は確かに最優先事項ですよ」

「……」

「食事の量が安定したら、次は運動をやってほしいくらいです。こんなところに一日中じっとしていたら代謝も筋力も上がりませんよ」

 

 私が運動を勧めると、アルスラン様の顔から表情がなくなった。

 

 この顔は、ものすごい面倒臭いという顔だ。

 

「そんな顔しないでください。アルスラン様の健康はみんなが望んでることなんですから」

「……」

 

 アルスラン様は眉を少し寄せて黙り込んだ。本当に運動が嫌いなようだ。

 

 

 

 そしてアルタカシークの学生たちが家へ帰る日がやってきた。私はジャシュに会えるのが嬉しくてスキップをしながらみんなと校舎内を歩く。

 

「浮かれてるわねぇ」

「ふふ、やっと可愛い弟に会えるんだから仕方ないよね」

 

 ザリナとファリシュタが喋っているのを聞きながら私は心の中で鼻歌を歌う。

 

 ああージャシュに早く会いたいな。ぎゅーって抱きしめてぶちゅーっとほっぺにキスしたい。

 

 頭から花が飛ぶ勢いで上機嫌だった私は、校舎の正面玄関を出たところでピタリと動きを止めた。私の進路を遮るように、目の前で一人の女生徒が仁王立ちしていたのだ。

 

 あ、この子……。

 

 その特徴的な吊り目と派手な髪色に見覚えがあった。公演会が終わって寮に戻ってきた時に、玄関ホールで私のことをじっと見ていた子だ。

 ルザがサッと私の前に立って「ディアナになにか用ですか?」と鋭い視線を向けると、その子はギュッと眉を寄せたかと思うと、「んっ」と一枚のメモ用紙を前に突き出した。

 私の代わりにルザがそれを受け取る。

 

「これは……日付?」

 

 そこには五の月から八の月までの日付がいくつか書いてあった。私が首を傾げながらその子を見ると、

 

「そ、そこに書いてある日に、あなたと初めて会った場所にいます。……いつでもいいから、来てください」

 

 と緊張した声で言ってきた。

 

「へ? 初めて会った場所って?」

 

 私、この子とどっかで会ったっけ?

 

 私が覚えてない素振りを見せると、その子はグッと息を飲んだあと、鋭い視線を向ける。

 

「あの革屋の、地下の部屋。あなたは、もっといろんな音を知ってるんですよね? 私それが知りたいんです」

 

 その子はそう言い放つと、バッと踵を返して行ってしまった。

 私は呆然とその後ろ姿を見送る。

 

 え……革屋の地下って……あの、太鼓がいっぱいあった……え?

 

 そこで私の頭に革屋の地下で太鼓を叩いていた少女の姿がブワッと浮かんだ。

 

「あの子! 貴族だったの⁉」

 

 あまりの衝撃に私が思わず叫ぶと、ルザが「知り合いですか?」と聞いてくる。

 

「知り合いというか……出会ってはいたというか」

「調べなくてもよろしいですか?」

「あ、うん大丈夫だよルザ。お父様に相談してみるから」

「わかりました」

 

 それからアリム家の馬車に乗ってみんなとバイバイと手を振り合う。馬車の中でさっきの子から渡されたメモを見つめた。

 

 とにかく、お父様に相談しなきゃ……。

 

 そう思って馬車が正門を超えたところで窓を開けると、そこにはまた驚くべきことが待っていた。

 

「なんでイシーク先輩がいるんですか⁉」

 

 ジャスルに乗ったクィルガーとともに、茶色い馬に乗ったイシークがいたのだ。クィルガーは馬車の横につけながらチラリと後ろのイシークを見る。

 

「おい、おまえは反対側につけ。周りにどんな人や馬がいるのか見ておけよ」

「はいっ」

 

 イシークはクィルガーとは反対側に回り、真剣な顔で護衛をしている。

 

「お父様……どういうことですか?」

「おまえに言うのをすっかり忘れていたが、イシークをうちで預かることになった」

「ええ⁉ なんでですか⁉」

「いろいろ考えた上で決めたことだ。まぁうちといってもイシークを預けるのは父上にだが」

「えええええ⁉ おじい様に⁉」

 

 急に衝撃的なことをポンポンと言われて頭が混乱する。

 

「まぁ詳しいことはあとで説明する。それよりなんだ? またなんかあったのか?」

 

 クィルガーは私の様子がいつもと違うことに気づいてそう尋ねてくる。

 

「その……私の方もあとで言います。イシーク先輩に聞かれていいものかわかりませんから」

「そうか、わかった」

 

 イシークはかなり真剣に護衛に集中しているらしく、それから家に着くまで一言も喋らなかった。だが、馬車がクィルガー邸のロータリーに入ると、明らかに目が泳ぎ始めた。クィルガー邸の大きさに本気でビビっているようだ。

 私が馬車から降りてイシュラルたちの出迎えを受け、クィルガーとともに正面玄関前の階段を上っている様子を、イシークは馬の側から呆然と見ている。

 

「イシーク先輩はあそこで待機ですか?」

「ああ、このあとすぐに父上のところへ連れて行くからな」

「……あとでちゃんと説明してくださいよ」

「わかってる」

 

 クィルガーとそんなことを言い合いながら玄関を潜ると、いつものようにヴァレーリアが待っててくれていた。彼女は私を見るとにこりと笑う。

 

「おかえり、ディアナ」

「お母様ぁ」

 

 私はよろよろとヴァレーリアの方へ歩いていって、その胸にぼすりと頭を預けた。ヴァレーリアがクスクスと笑いながら私の背中に腕を回す。

 

「どうしたの? とても疲れているようだけど」

「もう、最後にいろいろありすぎて頭が爆発しそうです」

「そう。あとでちゃんと聞いてあげるわ。ジャシュも待ってるわよ」


 私はその言葉にガバッと顔を上げる。

 

「そういえばジャシュは⁉ ここにはいないんですか⁉」

「談話室で待たせてるわよ。だから早く着替えてらっしゃい」

「はい!」

 

 そう返事をして、私はまたヴァレーリアにギュッと抱きついた。

 

「全然行く気ねぇじゃねぇか」

「ふふ、もう仕方ないわね」

 

 ヴァレーリアはクィルガーに目で合図すると、私をくっつけたまま女性館の方へと歩き出した。

 

 

 

 

終業式を終え、帰国組を見送り、王の間で最終報告をしました。

三年生では踊りをグレードアップさせた劇をするようです。

二年生もいろいろありましたが無事に終わることができてホッとしていたら、最後に衝撃の出来事が。

とりあえず気持ちを落ち着かせるためにヴァレーリアの胸に飛び込みました。


次は エピローグ、です。アルスラン視点になります。

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