王子と王女の卒業式
イバン王子とレンファイ王女が出席する卒業式の日がやってきた。去年は特に卒業する知り合いがいなかったため寮にいたが、今年は王子と王女、ホンファやアードルフを見に行くために卒業式に参列することにした。
演劇クラブのメンバーと一緒に大講堂に向かうと、すでに在校生の参列者たちで観覧席が結構埋まっている。
「今年はイバン様とレンファイ様が卒業されるから参列者もいっぱいだね」
チャーチがその様子を見上げながら笑う。卒業式は大体卒業生と近しい人たちや同じクラブのメンバーたちが参列するくらいなのでいつもはもっと少ないんだそうだ。
「チャーチ先輩は何回か卒業式に来たことがあるんですか?」
「ああ。今まで仲良くしてくれた麗しい女性たちの卒業を見届けにね」
「マメですねぇ」
「素敵な女性たちに誠意を尽くすのは当たり前のことさ」
その対象が一人なんだったら誠意って言ってもいいけどね……。
「メインの場所は大国の学生たちが取っているだろうから、僕たちは横の方から見ようか」
チャーチに言われて見てみると、入り口を入って正面の観覧席は真ん中に先生たちが並ぶ場所があり、その左右にみっちりと学生たちが詰まっている。同じマントを着ているから分かりにくいが、明らかに服装や顔立ちが左右で違っていた。
「左側に座っているのがザガルディの学生で、右側にいるのがリンシャークの学生だな」
ハンカルがそれを見ながら説明してくれる。ザガルディとリンシャークの一番前の方にケヴィンとシャオリーが座っているのが見えた。あの二人は王子と王女の側近なので同じ国の人たちと一緒の席で見ることになっている。
大国の学生たちの横には各クラブの塊があるようだ。その塊の横からは中国、小国の人たちが並んでいるらしい。その比率を見ても大国の人たちの力の大きさがよくわかる。
私たちが観覧席に上がる階段の下でどちらの端に向かおうか迷っていると、左側の階段からシムディアクラブの人たちが声を掛けてきた。
「ディアナ! 君はこっちに来てくれ!」
「へ?」
「君たちの席は取ってあるから、早く早く」
と、顔見知りの先輩に呼ばれて左側の階段を上る。そのままゾロゾロとシムディアクラブの人たちがいる左側の方へ連れて行かれた。ザガルディの学生の前を通る時にチラリと見ると、ケヴィンが少し呆れたような顔で頷いた。
イバン様が用意してくれてたのかな?
ケヴィンの近くにはユラクル王子が座っているのも見えた。彼は私と目が合うとふわりと笑う。
ユラクル様、いつも通りに見えるけど急に跡取りを頼まれたこと、心の中ではどう思ってるんだろうね……。
誘導された先はシムディアクラブの塊のすぐ横だった。そこにみんなで固まって座る。
「ふぅ、よし、これで任務完了だ」
「ここってもしかしてイバン様の指示で?」
「それもあるが、主に強く言ってきたのはクドラト先輩だ」
「ふぇ⁉」
「君をここへ連れて来なかったらあとでなにされるかわからんからな。いやぁ無事に連れて来れてよかった」
その人はそう言ってやれやれと胸を撫で下ろしてシムディアクラブの席に戻っていった。私は眉間に手を当てて俯く。ラクスが横で肩を震わせて笑っていた。
ああもう……今すぐソヤリさんの手下を使いたいよ……。いや、でもクドラト先輩と会うのも今日で終わりなのだ、最後くらいちゃんと笑顔で見送ってあげよう。うん、私優しい。
しばらくすると、在校生たちの出入りが締め切られ、一旦大講堂の扉が閉められる。そして再び扉が開かれ、そこから卒業生たちが並んで入場してきた。最初は黄の寮だ。
「きゃぁぁぁイバン様!」
「おめでとうございます!」
「こちらを向いてくださいませっ」
「うおおおおイバン様!」
黄の寮の先頭を歩くイバン王子に参列者やシムディアクラブから声が掛けられる。イバン王子は緩く笑顔を作りながら三等分されたフィールドのこちらから見て右の方へ歩いていく。イバン王子の横にはもちろんアードルフがいて、並べられた長細い絨毯で隣同士で並んでいる。
黄の寮の次は青の寮の卒業生が続き、最後に緑の寮の卒業生が入ってきた。
「レンファイ様!」
「まぁ今日のお衣装も素敵ですわ!」
「凛という美しさの中に威厳もあって……」
「さすが我らリンシャークの次期王だ」
先頭を歩くレンファイ王女にも様々な声が掛けられる。先程のイバン王子への声援に負けないようにリンシャークの学生たちが盛り上がっているようだ。どちらへの声援もなかなか収まらなくて、会場は異様な雰囲気になっていた。
「やっぱりすごいんだね大国って……」
「そりゃそうだろ。今さらなに言ってんだ? ディアナ」
ラクスが呆れたように言うが、こうして目に見える形で両国の大きさを知ることは今までなかったのだ。それぞれの先頭に立っているイバン王子とレンファイ王女はいつもと変わらない王族らしい表情を浮かべている。それを見て、私はこの前、王の間で言われたことを思い出した。
「イバンとレンファイから連名の手紙が届いた」
アルスラン様と二人で食事をとっていると、王子と王女の婚約の話になった。二人からは「アルスラン様にはご迷惑にならないようにしますが、万が一親からなにか連絡があった場合は『なにも知らない』ということで押し通してください」と書面でお願いされたそうだ。
「二人とも、無茶な願いをする。そのようなことを言い出す二人ではないと思っていたが……其方の影響か?」
「へ? 私ですか⁉ 私はなにもしてませんよ?」
二人の婚約は二人が、というかイバン王子が勝手に決めて動いたことだ。私は二人が納得しているのなら別にそのままでもいいと思っていたし、ましてや婚約を勧めてもいない。
「そうか? 二人の手紙には其方に感謝しているという一文があったが」
「え⁉」
「演劇クラブに入って其方と過ごすうちに一番大事なものに気づいたのだそうだ。だから其方に感謝しているし、今後も遠い地から其方のことを応援している、と書いてあった」
「ディアナ……あのお二人になにをしたんだ」
アルスラン様の言葉にクィルガーが不機嫌そうな声で尋ねてくる。
「べ、別になにもしてませんよ。私は演劇クラブの成功だけを考えていましたし、その中でお二人に演劇の楽しさを知ってもらえたらいいなって思って……それだけ、ですよ?」
「それだけ……ですか」
ソヤリが意味ありげな顔でフッと笑う。
「ディアナは自分が他人にどれくらい影響を与えているのか、もう少し自覚した方がいいのではないですか? そのうち世界中で争いが起こりそうです」
「えええ⁉ なんでですか?」
ソヤリの言葉に目を剥いて驚いていると、ソヤリがスッと目を細めた。
「……ディアナはあの二人がすんなりと結婚までいけると思いますか?」
「……いえ、まぁそれは、大変だろうなとは思います」
「大変どころの騒ぎではありません。あのお二人のことですからなにか対策は立てているのでしょうが、それでもうまくいくとは私は思えません」
「え……あのお二人が結婚するのは無理だということですか?」
「私はそう思いますよ。考えても見てください、二人の結婚はリンシャークはともかくザガルディからしてみればメリットが一つもありません。今まで次の国王として大事に育ててきた王子を、犬猿の仲であるリンシャークに渡すのですよ? それを現王が許すはずがありません」
「でもイバン様は跡継ぎはユラクル様にお願いしたと……」
「ユラクル様が次期国王として相応しい人物になるかどうかは現時点では分かりません。もちろん今から跡継ぎ教育を行えば間に合わないことはないでしょう、問題はそこではありません。ザガルディからイバン様を出すにはそれ相応の見返りが必要だということです」
この世界での貴族の結婚は政略結婚が主流だ。お互いの家に利益があることが前提で、例えばお嫁さんをもらった家は、お嫁さんの実家になんらかの見返りを与える。それはお金であったり財産の一部であったり人材であったり色々だ。お嫁さんはお嫁さんで嫁いだ先で役に立つことが望まれる。
そうやって持ちつ持たれつなバランスで行われるのが結婚なのだ。ちなみにクィルガーのように自分が連れてきた恋人との結婚は例外である。
大国の王子を婿入りさせるためには、ザガルディにかなりの見返りがないとそもそも結婚という形にならないということだよね。
「それに、そのような膨大な見返りを送らなければならないリンシャークにとっても嬉しい話ではないでしょう。あの国は自国の多民族を抑えるのにかなりの労力を使っていますからね、敵対しているザガルディにそのようなものを送る必要はないと考えるのが普通でしょう」
ソヤリの話を聞いているととてつもなく不安になってきた。二人が結婚するのは本当に難しそうだ。
「……でも、きっと大丈夫ですよ。あのお二人は今まで努力して得た能力を全部使って結婚するって言ってましたから」
「確かにあのお二人は優秀ですからね……上手くいけばいいですが、そうでなかった場合こちらも対策を考えねばならなくなります」
「え?」
「上手く行かなかった場合、レンファイ様はそのまま王位に就いて他の方との縁談を進めるでしょうが、イバン様は自国で力を失うかもしれません。レンファイ様に対して特別な思いがある人に国の王は任せられないでしょうから。国を混乱に招く可能性がありますからね」
「……自国で力を失うとどうなるのですか?」
「王族にとっては非常に厄介な存在になるでしょう。国民には支持されているのに王にしないとなれば王族への求心力は下がるでしょうし、今までイバン様を支持していた貴族の派閥からも逆恨みされる確率も上がります。もし国がそういったことで混乱すれば、あの大国は必ず戦争を始めます。私はそれが心配なのですよ」
「せ……戦争、ですか?」
思ってもみない言葉を言われて頭が一瞬真っ白になる。
「ソヤリ、それくらいにしてくれ。ディアナが思い悩む」
「お父様……私……」
「ソヤリが言ったことはあくまで可能性の話だ。ソヤリは悪い方向へ話が進んだ時のことを考えるのが仕事だからな。おまえはそれ以上考えなくていい。ただ、あのお二人が上手くいくかどうかは今の時点では全くわからない。それだけはわかっておいてくれ」
「……はい」
王の間での話からして、王子と王女が結婚できる可能性は私が考えてるよりとても低いことがわかった。私は大講堂に先生たちが入ってくるのを視界の端に捉えながら、フィールドにいるイバン王子とレンファイ王女を見る。
「ディアナ? どうかしたの?」
「え?」
「すごく悲しい顔になってるよ」
隣のファリシュタに言われて私は自分の頬に手を当てる。
「大丈夫……卒業されてしまうのが寂しいなって思っただけだよ」
そう眉を下げて笑ってから、私は手首にあるヴァレーリアのお守りをそっと握りしめた。
どうかあの二人がうまくいきますように。悲しいことになりませんように。
卒業式が始まり、まず最優秀の学生の表彰が行われた。これは毎年ある成績でオール五をとった生徒の表彰とは違い、六年間の成績の総合評価で最優秀者が決まる。学問のテストや魔石術学の実技だけでなく、各クラブや学院内での活躍も加味されるため、ここで最優秀賞を取れば各国に戻ってからも就職の面で有利になるらしい。
「まぁ、今年は間違いなくあの二人だろうけど」
ラクスが言った通り、今年の卒業生の中で最優秀を取ったのはイバン王子とレンファイ王女だった。入学当時から成績トップを取り続け、各クラブでもクラブ長を務めた。文句なしの受賞だ。
二人は名前を呼ばれると、オリム先生がいる観覧席へ上っていき、一番前にある台に向かう。
「最優秀おめでとう、あなた方はこの六年間、非常に優れた成績を取り続け、他の学生の手本となってくれました。これからもあなた方の活躍を期待しています」
「ありがとうございます、オリム先生」
「国に帰ってもこの学院で学んだことは忘れません」
王子と王女はそれぞれオリム先生に言葉をかけ、最優秀の証明書と記念品のようなものをもらう。会場からは大きな拍手が鳴り響いた。
「ハンカル、あの記念品みたいなものってなに?」
「質のいい魔石と、まだ売りに出されてない魔石装具だ。魔石はかなりの高級品だし、魔石装具はその年によって品は変わるが貴重なものだからな。あの記念品欲しさに勉強を頑張ってる者も多い」
「へぇ……そうなんだ」
王子と王女は質のいい魔石は自分で持ってそうだけど、魔石装具は珍しいからいいよね。
「今年は二人分必要だったから大変だな」
「でもたった二人分でしょ?」
「いや表彰されるのは最優秀者だけじゃないぞ。このあとクラブ優秀者と成績優秀者もいる。彼らに渡される記念品は魔石だけだが、それでも結構な値段になるはずだ」
ハンカルの言う通り、そのあとクラブと成績の優秀者が発表された。各クラブから何名かの名前が呼ばれる。
「シムディアクラブからはバホディルとクドラト」
「お、クドラト先輩優秀者だって。すげぇじゃん」
名前を呼ばれたクドラトが緑の寮の場所から出てきた。呼ばれた人たちは同じように観覧席のオリム先生の前に並び、それぞれ証明書と記念品をもらっていた。その時にクドラトがこちらを見てニヤリと笑った。私は仕方なく笑顔でそれに答え、拍手を送る。
国に帰ってもほどほどに頑張ってください、クドラト先輩。
表彰が終わり、オリム先生のスピーチが始まった。先生の話は六年間を振り返ることから始まり、卒業生一人一人に語りかけるように、その人たちの積み重ねを褒める。
「貴方たちが国を離れ、慣れない土地で努力した全てのことは今後、貴方たちが生きていく中で困難に直面した時に必ず役に立つでしょう。この学院で学んだことを誇りに思い、これからの国を、世界を支える人物になってください」
オリム先生のスピーチに在校生や卒業生から拍手が送られる。それが鳴り止むと、オリム先生は懐から白い紙を取り出した。
「ではこれから学院長のお言葉を述べます」
オリム先生がそう言うと、生徒たちがざわざわと喋り出す。
「学院長からのお言葉なんて初めてのことだね」
私の後ろでチャーチがそう呟いた。
「そうなんですか?」
「ああ、去年まではなかったよ。イバン様とレンファイ様がいるからかな?」
「それでは学生たちはみな平等であるという学院の理念が崩れるのでは?」
イリーナがその隣で首を傾げている。不思議に思っているとオリム先生がフッと表情を緩めて口を開いた。
「シェフルタシュ学院が設立されて十年が過ぎました、そこで今年から学院長であるアルスラン様のお言葉をいただくことになったのです。これはこれからも毎年続きますよ。んん、ではお言葉を述べます」
オリム先生が咳払いをしてそう言うと、学生たちがシンと静まり返った。
「『シェフルタシュ学院で六年間学んだ其方たちが、無事に卒業を迎えて嬉しく思う。だがこれまでの学院生活で学んだことは世の真理の一部分にしか過ぎない。これからも己の力を過信することなく、学び続ける姿勢を持って生きていくことを願う』」
……うん、とても知識欲満載のアルスラン様らしい言葉だね。
「『己が国を作る一つ一つの構成員であることを忘れずに、これからも励みなさい。そして、周りの思惑に踊らされず、己が信じる道を進める力を持ちなさい。この学院で学んできた其方たちならできるはずだ。期待している』」
「……」
私はアルスラン様の言葉を聞きながら、王子と王女を見た。なんとなく、二人に対して言っているようにも聞こえたからだ。二人はその言葉を聞いて、少しだけ頷いたように見えた。
アルスラン様のお言葉が終わり会場に再び拍手が巻き起こる。
「やっぱり学院長のお言葉があると締まるな」
「ここの王様だもんな。重みが違うぜ」
「ラクス……もうちょっと言い方というのが……」
「これだけ威厳があるのに、僕たちと少ししか歳が変わらないなんて信じられないよね」
チャーチがふいに言った言葉に私はピタッと固まる。
そうだ、アルスラン様ってまだ二十歳そこそこなんだっけ? 考えてみたらイバン様とレンファイ様とそんなに変わらないんだ。
いつも落ち着いているし、王様特有の喋り方なのでかなり年上だと思いながら喋っていたが、まだ全然若いんだった。
でもまぁ、引きこもってるせいかその性格のせいか全然若々しさがないんだよね……。
と私が失礼なことを思っている間に卒業式は終わった。卒業生たちが退場する時にみんなで王子や王女、ホンファやアードルフの名前を呼ぶ。王子と王女は私たちの方を見てにこやかに手を振ってくれた。
ああ、本当に二人がちゃんと幸せになりますように!
王子と王女の卒業式が終わりました。
この二人が一緒になるのは簡単なことではありません。
ディアナは彼らの幸せを祈ります。
次は 二年生の終わり、です。