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王の変化と特別な役目


「はぁぁぁぁ……おまえは……全く……」

「なんでそんなため息をつくんですか? お父様」

 

 演劇公演会を終え、本年度の演劇クラブ活動も終了して、私は諸々のことを報告するために王の間にやってきた。公演会のあれこれですっかり忘れてしまっていたが、私がなぜ王の間に入れるのか検証をするんだったってことをソヤリに言われて思い出した。

 そして王の塔にやってきてクィルガーに会った途端、盛大にため息を吐かれてしまったのだ。なんで?

 

「私ここ数日めちゃくちゃ頑張ったんですよ? 今日は褒めてもらえると思って来たのに」

「……公演会が上手くいったことは良かったと思ってるが……それ以上に大変なことになってるじゃねぇか」

「大変なことって……ああ、イバン様とレンファイ様のことですか? あれは私もびっくりしました。公演の最中どうなることかと思いましたよ。でもまぁ結果的に二人が幸せそうでよかったなとは思います」

「……ダメだ……全然わかってないな……」

「え?」

「いいからアルスラン様に挨拶してこい」

 

 もう一度ため息をつかれた私は、クィルガーに促されて王の間の出入り口前の段に上って跪く。許しが出たので顔を上げると、アルスラン様はいつもの場所から私のことをじっと見ていた。いつもは他の執務をしながら私と話すので、いきなり視線がぶつかって驚いてしまう。

 

 ん? な、なにかあったのかな……私なんかマズいことしちゃった?

 

 私がドギマギしながら緊張していると、横にいたソヤリが口を開いた。

 

「ディアナをそちらへ入れますか?」

「……そうだな」

 

 え? いきなりもう入るの? ていうかアルスラン様、嫌じゃないの?

 

「入る前に解毒をかけますので立ってください」

 

 ソヤリに言われて立ち上がると、「『マビー』ディアナに解毒を」と全身に解毒をかけられる。心の準備をしている暇はないようだ。

 

「あの……私どこまで行って跪けばいいんですか?」

「アルスラン様の座られているところに丸い絨毯が敷いてあると思いますが、あれは王しか踏むことの許されないものなので、その絨毯の手前まで行って控えてください」

「えっあの絨毯、前に踏んでしまいましたよ?」

「あの時は非常時だったので問題ありません」

 

 私はそう言われてそっと出入り口に近づく。

 

 この前は入れたけど今日はダメってことはないよね?

 

 急に弾かれても嫌なので、私は魔法陣の光の壁にまずは指先から入れてみる。

 

「……っ」

 

 恐々(こわごわ)と入れてみたけど、指先は弾かれずにスッと光を突き抜けていった。

 

「ふむ、大丈夫そうですね」

 

 ソヤリがそれを見て頷いている。なにかを企むように目が光ったと思ったのは気のせいだろうか。

 私は観念してえいやっと王の間に入った。

 

 おお、改めて見ると、やっぱりすごい本の数だね。

 

 この前は余裕がなかったので部屋の中をよく見ていなかったが、王の間の中は本当に本だらけだった。王の間をぐるっと囲っている壁には全面に本棚が備え付けられていて、その高さも相当あるが、その中に本がびっしりと隙間なく詰まっている。その上アルスラン様がいる執務机の周り以外の床も大小の本タワーで埋まっているのだ。

 

 あ、右側にだけ本棚じゃなくて部屋みたいなのがある。あっちにアルスラン様の部屋があるんだろうか。

 

 丸い王の間に不自然に作られた長方形の小部屋のようなものがある。その壁には隙間なく刺繍布が掛かっていてその一角だけ派手な雰囲気になっていた。

 私は本タワーにマントを引っ掛けないように気をつけながら丸い絨毯の手前まで進んで跪いた。近くまで来るとアルスラン様の顔色がよくわかる。どうやら前より体調はいいみたいだ。

 

「公演会は無事に終わったようだな。報告はソヤリから聞いている」

「はい、その一応無事に終わりました」

「……あの二人についてはあとで話そう。例のマイヤンはいるか?」

「あ、はい。パンムー、出てきて」

 

 今日はパンムーも連れてくるように言われていたのだ。私が呼ぶとパンムーは少し眠そうな顔をしてスカーフから出てきた。

 

「パムゥ?」

 

 目をごしごししながらパンムーが伸びをする。

 

「そのマイヤンになぜここに入れたのか聞けるか」

「パンムー、パンムーがなんで魔法陣に弾かれないでここに入れるのかわかる?」

「パム?」

 

 パンムーはよくわからないといった顔で首を傾げる。

 

「ええと、魔法陣ってわかる? この紫色に光ってるの」

「パム」

 

 魔法陣はわかるらしい。

 

「本当はアルスラン様しかここには入れないんだけど、私たちは入れたの。それがなんでかわかる?」

「ムー……」

 

 パンムーは首を傾げたまま腕を組んで考えるが、どうやらよくわからないらしい、考えすぎてそのまま後ろにひっくり返った。

 

「パムゥ、パムゥ、パム」

 

 首を傾げながらもパンムーは私と自分を交互に指差して、それから自分の左右の人差し指をぴっと合わせた。

 

「……私とパンムーが、指でピ……と、ええと繋がってるってことかな?」

「パムー」

 

 そうそう、とパンムーが頷く。詳しく聞くと、パンムーは私と強い繋がりがあるから入れたが、私がなぜ入れたのかはわからないということらしい。

 

「私とパンムーは同じ理由で入れたわけではないってことですかね……」

「ふむ……それはまた別のようだな。其方自身に心当たりは?」

「心当たりは……全くないです」

 

 ここに入れるとわかったのだってたまたま転けたからなのだ。自分が入れるなんて思ってなかったし、その理由に思い当たることなんてなにもなかった。

 

「ふぅ……其方には人とは違うところしかないからな、特級であること、透明の特性があること、エルフであること、前世の記憶があること……どれが原因なのか調べようにも絞りきれぬ。他に似た条件の人物がいないからな」

「……」

 

 確かに比較対象がいないと検証できないよね。せめて特級でエルフじゃない人がいれば少しはわかるんだろうけど。

 

「あれ、でもアルスラン様は同じ条件ではないですか。アルスラン様との共通点を探ればわかるのではないですか?」

「私と其方の共通点は特級であることだけだが、それが理由だとはまだ言い難い。……そもそもこの魔法陣は私を守るために発生したものだ。それを考えると私は最初から魔法陣に弾かれない対象であった可能性が高い」

「あ、なるほど」

 

 そりゃ守る対象の人はそういうことになるよね。その人が弾かれたら魔法陣の意味ないし……ていうか、この魔法陣ってやっぱり意図的に発現したんだね。アルスラン様を守るためにどうして出て来たんだろうか。それは魔女の意思なんだろうか。

 違う方向へ思考が向いたところでアルスラン様が口を開いた。

 

「其方がここへ入れる理由がはっきりとせぬ以上、本来ならばここへの立ち入りは禁じる方がよいのだが……ソヤリからは反対された」

「え?」

 

 私がその言葉に目を丸くして出入り口を振り返ると、ソヤリが少しだけ口の端を上げて言う。

 

「アルスラン様の身辺を整えられる者が現れたのです。そのチャンスを逃すわけにはまいりません」

「へ?」

 

 アルスラン様の身辺……ってなに?

 

 ソヤリの横ではクィルガーが呆れた顔になっている。

 

「貴女には我々が今までできなかったアルスラン様の補佐をしていただきたいと思っています」

「補佐ですか? それはどういう……」

「まずはその部屋の片付けですね」

「へ?」

「それからその部屋の掃除、アルスラン様のお召し物のチェック、体調のチェック、もちろん食事のチェックもあります。アルスラン様がこちらへ出さずに溜め込んでいる書類がないかも調べて欲しいところです」

「待ってください! それって使用人や側近がする仕事ですよね⁉」

「ええ、それが今まで誰にもできませんでしたからね。この十一年の間にできなかったことをやって欲しいのです」

「アルスラン様のトカルになれってことですか?」

「貴女は貴族ですからトカルではありませんよ。そうですね……王の特別補佐という役職にしましょうか。どうでしょう?」

「名前の問題ではありませんよ! そ、そもそもそんなことを私がするなんてアルスラン様はお嫌ですよね?」

 

 私は勝手に話を進めるソヤリから目を離してアルスラン様に訪ねる。するとアルスラン様はクッと眉を寄せて「……別に嫌ではない」とボソリと言った。

 

 台詞と表情が合ってませんけど……。

 

「それに私みたいなのがアルスラン様の側でウロチョロするのは心配じゃないんですか? ソヤリさん」

 

 ソヤリはアルスラン様のことを第一に考えている。その側に自分ではない者がいることはこの人が一番嫌がることではないのだろうか。私がアルスラン様に絶対に危害を加えないなんてきっとソヤリは思ってないと思う。

 

「前に言った通り貴女のことは信用に値すると判断しましたし、貴女がアルスラン様に危害を加えてもなんのメリットもありませんからね。アルスラン様に保護されていないと貴女はあっという間にテルヴァの手に落ちるでしょうし」

 

 それはそうだ。今私が無事に生きていられるのはここでアルスラン様に守られているからである。

 もちろん私はアルスラン様を傷つけようなんてこれっぽっちも思っていないし、どちらかというともっと健康になって長生きしてほしいと思っている。それがソヤリにはわかっているから私が魔法陣の中にいてもいいということらしい。

 

「ソヤリさんの気持ちは分かりましたけどやっぱり特別補佐というのはちょっと……」

 

 私はソヤリから視線を外してもにょもにょと言う。

 

「なにかご不満がございますか?」

「不満ということではなくて……その、アルスラン様のお手伝いをするというのが恐れ多くてですね、緊張すると言いますか、心臓に悪いと言いますか……」

「それをそこで口にできる時点で大丈夫だと思いますが」

「はっ」

 

 私は自分の口を両手で塞いでアルスラン様をチラリと見る。


「……別に嫌なら断ればよい」

 

 と、アルスラン様は眉を寄せたまま言う。

 

 なんでそういう言い方になるんですか! ていうかアルスラン様は私が側でウロチョロしていいって本当に思ってるの? なんで?

 

 この前目覚め唄を歌って意識が戻った時には確かに拒絶感を感じたのに、今はそれを全く感じない。顔は嫌そうなのに本気で嫌がってるようには見えないのだ。アルスラン様の変化についていけなくて、私の頭ははてなマークで一杯になった。

 

「仕方ありませんね……では、奥の手を出しましょう。ディアナ、私と交渉をしませんか?」

「へ? 交渉ですか? なにとなにを取り引きするんですか?」

「貴女がアルスラン様の特別補佐をしてくれるなら、私が持っている手札を貸しますよ」

「ソヤリさんの手札というのは?」

「私の部下のことです。彼らに頼めば敵対する人物の情報集めから暗殺までなんでもやってくれます」

「ああああ暗殺なんていりませんよ‼」

「他にもクィルガーに言えない男関係の問題にも利用できます」

「は? なんだそれは」

「別にクィルガーのことを持ち出さなくてもそれとなく諦めさせることもできますよ」

「ソソソソソヤリさんどこまで知ってるんですか⁉」

「おいディアナ、どういうことだ?」

「なんでもないですお父様!」

 

 慌てる私にクィルガーは尚も詳しく聞こうとするが「アルスラン様の前ですよ、クィルガー」とソヤリに(たしな)められている。

 

 うーむ、ソヤリさんの部下か……。

 

 ヤガさんやルザを見る限り、彼らのやることはスパイや忍者に近い。ソヤリさんの仕事内容を考えても私ができそうにないことをやってくれそうではある。

 

 ……もしかしたら今後必要になる時が来るかもしれないよね。

 

 それに、そういう隠密行動ができる仲間がいるっていうシチュエーションはちょっと漫画みたいで面白そうだ。

 

「……わかりました、そのお話お受けします」

「おや、あっさり決めましたね」

「今はなにに使えるかわかりませんが、そういう手札があるといざという時に助かるでしょうし、持っていないより持ってる方が絶対にお得ですから」

「では交渉成立ということで」

「わかりました」

 

 そう、こういうものは持っておくに限るのだ。いつかきっと役に立つ日が来るだろう。

 私はくるりとアルスラン様の方を振り返ってもう一度聞く。

 

「本当に私がこの部屋でいろいろしてもよろしいのですか?」

「其方こそ、使用人がやるようなことをさせられてもよいのか」

「私は生粋の貴族ではありませんし、前の世界では掃除も洗濯も料理も自分でやっていたことなので嫌ではありません。整理整頓は好きな方ですし」

「そうか……前の世界ではそうなのだったな」

 

 アルスラン様はそう言って少し遠い目をする。前に私が見せた日本の映像を思い出しているのかもしれない。

 

「あの……ちゃんと前持ってお聞きしますので触ってはいけないものがあれば仰ってくださいね」

「ああ」

 

 ……アルスラン様って自分の部屋にあるものは勝手に触られるのが嫌なタイプなのかと思ってたけど、意外とそうでもないのかな。

 


 それから私はそこでアルスラン様と一緒に昼食を食べた。昼食の乗ったテーブルはアルスラン様が入れてくれたが、その場でお茶を入れたりお皿を並べたりメニューの説明は私がする。

 

 なんかもうすでに特別補佐の仕事が始まっている気がする……。

 

 結局アルスラン様の側で補佐をしていると王しか踏んじゃいけない絨毯の上も乗らざるを得ない。最初は踏むのを躊躇したが、途中からはそんなこと気にしてられなかった。

 

 まぁ誰かの世話を焼くのは嫌いではないし、もう仕事だと割り切ってテキパキ働こう。うん。

 

 それにコモラの食事も食べられるのだ、職場としては待遇がいいのではないだろうか。そんなことを思いながらコモラの作った特製パンサンドをもぐもぐ食べていると、アルスラン様の手が止まっているのに気づいた。

 

「? どうかされましたか?」

 

 なにか苦手なものでもあったのだろうか。

 

「いや……其方が前に歌った目覚め唄のことを思い出していた」

「目覚め唄ですか?」

「あれは其方が作ったものなのか?」

「いえ、あの歌は前の世界にいた時に母が歌っていた曲です。母の田舎……ええと出身地に伝わっていた童謡……子どものための歌なので、私の周りの友達も知らない曲でした」

「有名な曲ではないのだな」

「そうですね。でも不思議と耳に残るメロディなのでよく口ずさんでました。私にとっては母とよく歌った思い出の曲です」

「そうか……母親の」

 

 アルスラン様はそう言って少し目を伏せた。表情だけではわかりにくいが、その声が少し優しい響きになっている。魔法陣の中で直に声を聞いているせいか、いつもよりアルスラン様の感情がわかりやすい。

 

「もしかして気に入っていただけましたか?」

「……悪くはない」

 

 悪くはないってことは、いいってことだよね。

 

「ふふ、嬉しいです。望んでいただければいつでも歌いますよ。歌の魔石術にならなければ怖くないですし」

「どうせ歌うのであれば歌の魔石術の実験をしたいのだがな」

「……今の話聞いてました?」

「言ってみただけだ」

 

 アルスラン様が初めて言った軽口にどう反応したらいいかわからず、私はパクリとパンサンドをかじった。

 

 

 

 

演劇クラブの活動が終わり王の間へ。

パンムーに聞いてもどうしてディアナが魔法陣の中に入れたのかは分かりませんでした。

そしてそのままアルスランの特別補佐をすることに。

王との距離が物理的に縮まりました。


次は 王子と王女の卒業式、です。

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