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公演お疲れお茶会


 私が寮へ戻ると、意外なことが待っていた。

 

「ディアナ、その、素晴らしかったですわ!」

「あのようなものをこの目で見られるなんて思いませんでした」

「私まだあのお二人の姿が目に焼き付いているのですよ」

「劇とはいえイバン様とレンファイ様の恋愛物語が見れただなんて……まるで夢の中にいるようだわ」

 

 寮の玄関ホールで私の帰りを待っていたらしい女生徒たちに囲まれて、私は矢継ぎ早に感想を言われまくった。

 

「ああ……! 私はなぜ行かなかったのでしょう……っ」

「俺も恋愛物語かと敬遠せずに観に行けばよかった」

「ははは、残念だったな。あれはすごかったぞ」

 

 反対に劇を観なかった学生たちが周りで話を聞いて悔しがっている姿もあった。

 

 わお、思った以上に反響があったみたい。嬉しいな。

 

 よく見ると玄関ホールから続く談話室の方でラクスとハンカルも同じように囲まれていた。ラクスは私に気づくと学生をかき分けてこちらにやってくる。

 

「ディアナ」

「すごいことになってるね」

「もうここへ帰ってきてから俺らずっと捕まりっ放しなんだぜ。さっきイバン様がこっちへ戻ってきた時はもっとすごかったけど」

 

 イバン王子もすでに囲まれ済みだったようだ。それを聞いて苦笑していると、とある女生徒が目を潤ませて私の前に立った。

 

「わたくし、最終学年でもうすぐ卒業なのだけれど、最後の最後にこんな素敵なものを見られるなんて思わなかったわ。ありがとうディアナ、私に夢を見せてくれて」

 

 彼女はそう言って私の手を取って涙を流した。

 

「これからも頑張ってね」

「……はい、ありがとうございます」

 

 その女生徒の言葉にジンとしていると、周りにいた生徒たちも「私も応援するわ」「頑張ってね」「また面白いものを見せてちょうだい」と声をかけてくれる。

 

「よかったな、ディアナ」

「うん……」

 

 こんな反応は二年生が始まったころには考えられなかったことだ。今ここにいる人たちは、演劇のファンになってくれたのだろう。私がエルフであるとわかっていても、避けずに応援してくれる人がいる。その事実に私は胸がいっぱいになった。

 

「ラクス、来年もいい劇作ろうね」

「おう!」

 

 そう言ってラクスと笑い合っていると、ふと強い視線を感じて私は少し振り返った。注意深く見ると、人だかりの先に私をじっと見つめている女生徒がいる。金色から毛先にかけてピンクに変わる派手な髪を細かな三つ編みにしていて、黄色の刺繍が入っているマントを着ている。

 

 同じ寮の子だよね? なんだろう?

 

 敵意がある視線ではないが、その子は特徴のある吊り目でじっと私のことを見ていた。ルザがそれに気づいて「ディアナ、そろそろ部屋に戻りましょう。これ以上の騒ぎになると寮長が出てくるかもしれないので」と言って私を階段の方へ誘導した。

 私は階段を上りながらルザと小声でやりとりをする。

 

「なんだろうね? あの子」

「調べますか?」

「ううん、特に敵意を向けられたわけじゃないからいいよ」


 相部屋に戻ると、またもや意外なことになっていた。

 なんとザリナが寝込んでいたのだ。

 

「え、ど、どうしたのザリナ! 大丈夫?」

「……私はもうダメよ。なんてもの見せるのよディアナのお馬鹿……」

 

 ベッドの上で消え入りそうな声で悪態をつくザリナのおでこには水を絞ったタオルが乗せられている。ファリシュタがそれを交換しながらクスクスと笑った。

 

「実はザリナも劇の途中で興奮して倒れちゃったんだって」

「ええええ⁉」

「劇の中盤あたりで倒れて医務室に運ばれたんだけど、そのあとどうしても劇の続きが観たくなってよろけながら大教室に戻ったらしいの。そしたらちょうどあのラストシーンになってたみたいで、それを見てまた倒れたんだって」

「だって……あんな……イバン様とレンファイ様が……あんなことに……」

 

 赤い顔でハァハァ言いながらザリナが唸っている。実はザリナは恋愛物語にめちゃくちゃ弱かったらしい。それは知らなかった。

 

「……これ、鎮静をかけた方が早いんじゃない?」

「やめて! この興奮を消さないで! こんなの、新しい遺跡が見つかった時以来の感動なんだから……!」

 

 ザリナはそう捲し立てて「はぅ……」と熱い吐息を吐いて目を閉じてしまった。

 

「人によってはすごいことになるんだね……びっくりだよ」

「ふふふ、ザリナは真面目だから余計に信じられない光景に見えたんだろうね。倒れた他の人もそんな感じじゃないのかな」

 

 なるほど、恋愛に真面目な人ほどすごいダメージを喰らうのか。私は寝てしまったザリナを見ながらとあることに気づく。

 

 これ……実際にあの二人の婚約が発表されたらどうなるんだろ。倒れる人、もっと増えるんじゃない?

 

 私はいつか来るその日を思って少し心配になった。

 

 

 そして演劇クラブ今年最後の集まりの日、練習室にメンバー全員が集まった。反省会という名のお疲れお茶会だ。部屋にある小上がりを三つ並べてそのテーブルの上にお茶とお菓子が並べられている。

 

「それでは、改めましてみなさん、公演会お疲れ様でした! みなさんのおかげで公演は大成功で大好評ですごいことになりました! ありがとうございます! では『ヤクシャイ!』」

「ヤクシャイー!」

「ヤクシャイ!」

 

 ヤクシャイというのはこちらでいう乾杯のことだ。私たちはお茶の入っているカップを掲げてそれを飲み干す。

 

「はぁー、しっかし本当にすごい反響だよな。こんなことになるなんて思わなかったぞ」

「僕も寮に戻ったら麗しい女生徒たちに囲まれて大変だったよ」

「緑の寮も大変だった」

「あの日はなかなか部屋に戻れませんでしたねぇ」

 

 他のメンバーもそれぞれの寮で大変だったようだ。

 

「そういえば俺たちが着ていた衣装はどうしたんだ? 誰かが作ったのか? って結構聞かれたぞイリーナ」

「まぁそうなんですの⁉」

「ああ、僕も聞かれたよ。イリーナの作った衣装はとても注目を浴びたようだね」

「レンファイ様が着られていた平民衣装が特に興味を惹いていたようですよぉ。私たちもたくさんの人に聞かれたもの。すごいわイリーナ」

「そうなんですの……わたくし、嬉しいですわ……」

 

 イリーナは手をギュッと握って目を潤ませた。

 

「よかったね、イリーナ」

「……ええ。自分で作った服がこんなに褒められるなんて……ありがとうディアナ」

「私はなにもしてないよ。イリーナがこれまで努力してきた結果なんだから、全部イリーナが受け取っていいんだよ」

「! わたくしのこれまでの努力……?」

「初めて触った縫製機をあれだけ使いこなすのだって普通はすぐにはできないことなんだよ。ありがとうイリーナ、イリーナが作ってくれた衣装のおかげで劇は何倍も素晴らしいものになったよ」

 

 私がそう言ってニコッと笑うと、イリーナはみるみる表情を崩して、ハンカチに顔を埋めて肩を震わせた。隣のファリシュタがそのイリーナの肩を抱いてあげている。

 

「わたくし、来年からももっと素敵な衣装が作れるように頑張りますわ……!」

「うん、よろしくね」

 

 私はそのあと音出し隊のみんなにも声をかけて、褒めて褒めて褒めまくった。なんせ一回もミスなく終えたのだ、素晴らしいとしか言いようがない。音出し隊の四人は今回のことで一層結束が固まったようで、「来年も頑張ります!」と気合いを入れていた。縁の下の力持ちという言葉がよく似合う四人だ。

 

「あれ? ヤティリは?」

 

 最後に今回の劇の大元を作ったヤティリを褒めようと思ったのだが当の本人がいない。キョロキョロと見回すと、練習室の隅っこの小上がりにポツンと座っているのが見えた。

 

 乾杯の時には側にいたはずなのにいつの間にあんなところに……。

 

 私はこっそりと小上がりから降りてヤティリの方へ向かう。

 

「なんでこんなところにいるの? ヤティリ」

「ぶぇあ⁉ ああ、びっくりした……」

「やっぱりあっちは落ち着かない?」

「い、いやまぁそれもあるけど……ちょっと今落ち込んでて……」

「え? なんで? 劇は大成功だったんだよ? ヤティリの脚本がなかったらこの成功もなかったのに」

「あ、ああ、劇についてはよかったなって思ってるよ……そっちじゃなくて、その、前に書いてた小説が没になったからそれでガックリきてたというか」

「え? 前に書いてた小説ってイバン様とレンファイ様をモデルにしてたやつだよね? 没になっちゃったの? なんで?」

「……現実が物語を超えちゃったんだ……だったらこの作品は書いても無駄じゃないか……」

「へ?」

 

 私がよくわからないという顔をすると、ヤティリは私だけに聞こえる声でボソッと言った。

 

「……あの二人、くっついたんでしょ?」

「……え?」

「だからあの二人、あの公演会の最中にくっついたでしょ」

「な……なん……」

 

 なんでヤティリわかってんの⁉

 

 という言葉が出そうになって口をパクパクさせていると、ヤティリはフッと鼻を鳴らして呟く。

 

「客席の端から見てたからすぐにわかったよ。練習とは違う台詞になってるし、二人とも見せたことない演技するし。僕は途中から完全にシャハールとマリカじゃなくてイバン様とレンファイ様だと思って見てたんだ」

「そ、そうなんだ……」

 

 内情を全く知らないヤティリが正解に辿り着いていて私は視線をあちこちに彷徨わせる。

 

 だって正解だとも言えないし違うよとも言えないんだもん。

 

 ヤティリはそんな私を気にすることなくガクリと頭を下げる。

 

「あんな、あんなさぁ完璧な物語を現実で見せられたら僕の書いてるものってなんなんだろうって思うんだよ。僕は一体なにを書いていたんだ……僕の小説より現実の方がよっぽど面白いじゃないか。僕の存在価値って本当に『無』だよ、完全に『無』」

 

 はぁぁぁぁ……と長ーいため息をついてヤティリが小上がりのテーブルにペタリと頬をつけた。ヤティリにとってはあの二人がくっついたということより、それによって自分の小説の意味のなさに気づいたことがショックだったらしい。

 

「むぅ……そんなこと言わないでよ。ヤティリの脚本がなかったらこの劇は作れなかったし、この劇がなかったらあの二人もああなってなかったんだから。全てのきっかけはヤティリが作ったんだよ。だから存在価値がないなんて言わないでよ」

 

 ヤティリは私の言葉を聞いてテーブルに頬をくっつけたままチラリとこちらを見る。

 

「そ、そうかな……」

「そうだよ。それにヤティリには来年からもバンバン脚本を書いて欲しいんだから、こんなことで自信をなくしてもらっても困る。私のアイデアを形にできるのはヤティリしかいないんだから」

「そ、そそ、そうかな」

 

 ヤティリの声に力が戻ってくる。

 

「ちなみに来年の題材もすでにふんわりと決めてるんだけど聞く?」

「え⁉ な、なに⁉ なににするの? 聞きたい!」

 

 ガバッと勢いよく顔を上げてヤティリが前のめりになる。私はニヤリと笑って手を口に当ててヤティリにこっそりと耳打ちした。

 

「‼ ほ⁉」

 

 それを聞いたヤティリが目を見開いて固まる。

 

「本当に?」

「うん、それをやるつもり。まだ確定ではないけどね。だからそのテーマに合う脚本を考えといてほしいな」

「……な、なるほど……それはさすがに書いたことがないよ……わかった。考えてみる」

「ふふふ、頼んだよヤティリ。待ってるからね」

 

 私がそう言って笑うと、ヤティリはどこか一点を見つめながらコクリと頷いた。どうやらもう次の話を考え出しているようだ。

 私はそっと小上がりから降りてみんなのところへ戻っていった。

 

 

 

「えー、では最後に今回の主役を演じたお二人に一言もらいたいと思います」

 

 お茶会が終わりに近づいてきて、私はイバン王子とレンファイ王女に「お願いします」と話を振る。イバン王子は「困ったな」と全然困ってない笑顔で居住まいを正す。それに合わせてみんなもビシッと姿勢を正した。

 

「俺から言うことは、お礼しかないよ。一緒に練習を積んできた役者のメンバーたち、我々の演技を裏で支えてくれた衣装係や音出し隊、照明係、劇の元を作ってくれた脚本家、みなに礼を言いたい。君たちのおかげで俺は主役をやり切ることができた。感謝している」

 

 イバン王子の言葉に、みんな微笑みながら頷く。

 

「そして、なによりみんなをまとめ、ここまで導いてくれたディアナ。君のおかげで俺は今までに経験したことのない世界を見ることができた。新しいエルフである君がこれから作っていく新しい演劇の発展を心から祈っている。本当にありがとう」

 

 そう言ってイバン王子は私ににこりと笑った。王族が直接的にありがとうなんて普通は言わないのでメンバーみんなが驚いている。

 

「イバン様……」

「本当に来年からここに来れないのが残念だ……もう少し君たちと一緒に違う挑戦もしたかったな」

 

 名残惜しそうに王子がそう言うと、近くにいたケヴィンがズビッと鼻を啜る。

 

「レンファイ、次は君の番だ」

「ありがとうイバン。そうね……私から言いたいこともイバンと同じよ。本当にここにいるメンバーのおかげで私も主役を演じ切ることができたわ。こうやって少人数の人たちと濃い時間を過ごせたのは私にとってかけがえのない経験になったと思う。社交クラブでは出来なかったことだもの。……私は卒業したらすぐに王位につくから……最後に学生らしい思い出が作れて嬉しかった。感謝しているわ」

 

 そう言ってふわりと笑ったレンファイ王女は、次に私を見る。

 

「ディアナ」

「はい」

「貴女にはたくさんのものをもらったわ。私、どうやって返せばいいかしら」

「え……」

「いろいろ考えたのだけど、私はこれからも貴女がここでやりたいことがやれるように、微力ながら応援していこうと思うの、国に帰ってもね。それが恩返しになればいいけれど」

「それは……」

「レンファイ様、それはつまりリンシャークの王として……?」

 

 ホンファがハッとした顔でそう尋ねる。

 

「ホンファ、今の私は王位継承者の立場よ。まだ王ではないわ。ふふ、いずれはそうなるでしょうけど」

「ええと、それはつまり……」

 

 リンシャークは私の味方でいてくれる、と受け取ればいいのだろうか。

 

 え? ちょっと規模が大きすぎない? そんなこと言って大丈夫? レンファイ様。

 

「来年には私の妹がここへ入学するから、とりあえずその子にディアナのことを言っておくわ」

「まぁ! では来年もディアナにはリンシャークの王族の方の庇護があるということですの?」

 

 貴族の機微に敏いイリーナが驚きの声をあげる。

 

「もちろん俺の弟のユラクルにも言っておくよ。彼はシムディア・アインを作ったディアナを尊敬しているから、きっと力になってくれるだろう」

「おお、すごいなディアナ。来年からも強力な味方がいるぞ」

 

 ラクスは嬉しそうに私に笑いかけるが、私は実感がなさすぎて「あ、ありがとうございます」と戸惑いながら答えるしかなかった。

 そんな私を王子と王女は微笑みながら眺める。私のことを心から見守ってくれる暖かい眼差しがそこにあった。

 

 私……なんとなくこの光景をずっと忘れない気がする。

 

「最後はやはりディアナが締めないとね」

 

 とチャーチに言われたので私も最後の挨拶をする。

 

「ええと、みなさんに言いたいことはイバン様とレンファイ様が言ってしまったので、私からは一つだけ。この一年間、私がやりたいことに全力で答えてくださってありがとうございました! 私、本当に本当に嬉しいです! これからもよろしくお願いします‼」

「それだけかよ!」

「短いなディアナ」

 

 私のめちゃくちゃ短い一言にみんながツッコんでそれに笑って、最後のお茶会は終わった。

 

 

 

 

公演が終わって寮へ戻ると予想以上の反響が。

貴族からの好意的な反応に実はかなり感動しているディアナ。

メンバーとお疲れ会をして、今年の活動を締めました。


次は 王の変化と特別な役目、です。

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