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演劇公演会 驚きと閉演


 救護班が倒れた女性の手当てを始め、それを見た観客たちがざわざわと話し出す。

 

「ああ、びっくりしたわね」

「でもわかるわ。シャハールの告白に私も意識を失うかと思いましたもの」

「まさかこんな展開になるとは……この先どうなるんだ」

「は、早く続きが見たい……いえ、待って。もう少し時間が欲しいわ」

 

 私は観客たちの声を聞きながら舞台上の二人に再開のタイミングを指示する。二人は私の小声を聞いて、コクリと頷いた。

 倒れた姿を他の人に見せないように布を被せられた学生が、担架に乗せられて大教室の後ろの扉から運ばれて行ったのを確かめて、ハンカルに合図を出す。

 再び舞台にスポットライトが当たったのを見て観客たちが静まり返った。その様子を確かめて王子と王女が演技を再開する。今の中断の間にマリカは落ち着いたということにしたらしい、二人の近すぎる距離も元に戻っていた。

 ハンカチで涙を拭う動きをしたマリカが、怪しい予言者が裏でいろいろと企んでいるかもしれない、ということをシャハールに告げた。

 

 うん、練習通りの演技に戻ったね。このまま進めて大丈夫そう。

 

 シャハールはその話を聞いて予言者の正体を突き止めようと動き出す。シャハールとモリスが舞台上で物語を進めている間に、マリカは舞台袖に戻ってきた。

 

「レンファイ様、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫よホンファ。目は腫れてないかしら?」

「……少し赤いですね。鎮静をかけますか」

「お願い」

 

 ホンファがレンファイ王女の目元に鎮静をかける。

 

「レンファイ様、素晴らしいアドリブでしたわ。わたくし、感動で震えてしまいました……っ」

「ありがとうイリーナ」

 

 そこでレンファイ王女は私をチラリと見た。なにか言いたいことがあるような表情だが、私はすぐ出番だ。結局なにも話せないまま、私は舞台に上がった。

 物語はモリスが街で見つけた予言者のあとをついていって、彼女の正体を確かめるというシーンに入っていた。予言者の格好をした私は街をうろついたあと、人気のない路地裏に入り、そのマントをバサリと脱いだ。

 

「‼ あれは……人間ではない?」

 

 私の姿を見たモリスはすぐにシャハールに報告する。やはり予言者が怪しい者だと確信を得たシャハールはマリカと自分の父親が集まる席を用意し、そこで予言者の正体を暴いて全てを明らかにする計画を立てた。

 お付きであるモリスとアンドレアが裏で動き、マリカにもその計画が伝えられ、そしていよいよ計画を実行する日がやってくる。

 ライバル同士、しかも先日喧嘩をしたばかりの両家が集まることに二人の父親は不満を示していたが、両家を揺るがす一大事が起こっているとシャハールとマリカが説得し、シャハールの家の一室で会うことになった。

 

「一体なにがあるというのだ? マリカ、其方は知っているのだろう?」

「お父様、ここにある人物を連れてきますのでお待ちください」

「ある者?」

「シャハール、どういうことだ。お前はマリカ様とどういう関係なのだ?」

「父上、それはあとで説明します。我々はとある者の企みに翻弄されていたのです。モリス、連れてきてくれ」

「はい」

 

 そこになにも知らない私がやってくる。いつものようになにかの相談かと思って部屋に入った私はそこにいるメンバーを見て動きを止めた。

 

「これは……どういうことでしょうか?」

「其方には真実を話して欲しいと思って来てもらった。私とマリカの婚約者を決めたのは其方の意見が大きかったようだ。だが、調べてみると其方が言った婚約者はどこを探してもいなかった。これはどういうことだ?」

「な!」

「いなかっただと⁉」


 ドレルとチャイルズが同時に驚いて私を見る。

 

「父上とドレル様は此奴に騙されていたのです。理由は知りませんが私とマリカを引き離すために架空の婚約者を作り上げたのですよ。モリス!」

 

 シャハールが命令すると、モリスが私のフードを後ろからバサリと剥がした。

 

「‼」

「なんだお前は……人間ではない⁉」

「……くっ」

 

 正体を見られた私はマントをバサッと脱いで扉から逃げようとするが、そこにアンドレアが立ち塞がってそれを阻止する。

 

 さあ、ここからは最後の戦闘だ。

 

 ダニエルの太鼓が早いテンポのリズムを刻み始め、そこにエルノの太鼓のリズムが重なる。戦いに相応しい緊迫感溢れるリズムに乗って、モリスとシャハールが私に襲いかかる。私はそれを回転して避けながら舞台の前の方へ移動する。

 

「正体がバレたのなら仕方ない。今回はこれくらいにしてあげる」

 

 と、私は笑いながらその部屋から逃げようとするが、それに気づいたドレルとチャイルズに逃げ場を塞がれてしまう。

 

「! 退け!」

「逃がさんぞ! お前は何者だ!」

「なぜ我らを騙そうとした!」

「フン! 自分の利益になりそうな話に簡単に乗ってきたお前たちが愚かなのだ。私はただこの二人の運命を翻弄したかっただけ。ただの遊びだったというのに。頭の悪い人間たちよ」

「ぐぬぬ……っ許さぬぞ!」

「ドレル様! ここは協力して此奴を捕まえますぞ!」

 

 ティルバルという共通の敵ができたチャイルズとドレルが一緒になって私を捕まえようと襲いかかるが、私はそれを軽く(かわ)す。

 その間にマリカとアンドレアは舞台の隅に寄って身構え、前方の左にチャイルズとドレル、右にシャハールとモリスがそれぞれ武器を構えて私を睨んだ。舞台の真ん中で挟まれる形になった私は周りを見回したあと、ふふふ、と不気味に笑い出した。

 

「人間如きが私を捕まえようというの。ふふふ、やれるものならやってみなさい」

 

 私はそう言って腰にぶら下げた棒をシャキンと伸ばして構えた。それを合図に太鼓のリズムが激しさを増していく。ここからは武術演技だ。

 

「やぁぁぁぁ!」

 

 と一番初めにモリスが突っ込んでくる。私は彼の剣を棒で受け止め、くるりと棒を回してその剣を下に向けると、モリスの腹に棒の先を突き出す。「ぐっ!」と言って後ろに倒れたモリスの向こう側からシャハールが剣を振るう。

 私はそれを回転して避け、その勢いのまま棒でシャハールに足払いをかけた。

 

「うわっ」

 

 私は続けてチャイルズとドレルの攻撃を避けて、それぞれ撃退する。

 

「まぁ!」

「なんて強いの」

「シャハール様! しっかり!」

 

 観客から応援の声がかけられる。それに答えるようにシャハールが立ち上がり、私と一対一の勝負を仕掛けてきた。

 彼と私の武器がぶつかり合う。

 

 カンカンカン!

 ダン! ヒュン! ザザッ

 カン! ダッ! カァン!

 

 武器がぶつかる度にカスタネットの強い音が響き渡る。

 

「ひゃあ!」

「危ない!」

「いけ!」

 

 私とシャハールの戦いに観客から声援が飛ぶ。

 

 カンカン! ブワッ

 ダン! カンカンカンッ

 

 初めは優勢だった私だが、時間が経つにつれて体力が削られていき、シャハールに力負けする場面が増えてきた。

 

 ガッ! 

 

「くっ」

 

 シャハールの一撃を棒で受け止めるがそのまま力で押され膝をつく。

 

「やぁぁぁ!」

 

 次の一撃をなんとか横へ回転して避け、バッと逃げようとするが退路がチャイルズによって塞がれていて動くことができない。

 少しずつシャハールに押され私は壁際に追い詰められていく。

 

「観念しろ!」

「こんなところで……やられてなるものか!」

 

 私は渾身の力でシャハールに攻撃を仕掛け、一瞬の隙をついてシャハールの腹に棒を突き出す。「ぐっ」とシャハールが後ろに倒れそうになったところで私はその脇を抜けようとするが、体制を崩しながらもシャハールが私の背中に剣を突き刺した。

 

「ああああ——‼」

 

 私がそのままバタリとその場に倒れると同時にダダダン! と音出しが鳴って止まった。

 

「おお、やったぞ」

「やっつけたわ」

 

 音が消えたので観客たちの声がダイレクトに伝わってくる。

 私が倒れたのを見てシャハールが後ろを振り返り、マリカや父親の無事を確かめる。と、私はその隙をついてよろけながらその場から逃げ出した。

 

「あっ」

「逃げたぞ!」

 

 チャイルズとドレルがそれを見て叫ぶが、シャハールはそのあとを追おうとはしなかった。

 

「あれだけの怪我をしているのです。そう遠くへは逃げられません。あとは兵士たちに任せましょう」

 

 舞台袖に倒れ込むようにしてはけてきた私は、息を整えてそのまま舞台を見守る。これで私の出番は終わりだ。あとはみんなに任せた。

 

「シャハール! 怪我は?」

 

 汗を拭うシャハールにマリカが駆け寄って心配そうに見つめる。

 

「大丈夫だよマリカ。君がいる前でもう怪我はしないと誓ったんだ」

「シャハール……」

 

 そんな二人の様子を見て、チャイルズとドレルはお互いの顔を見合わせ困惑していた。

 

「一体どういうことなのだ?」

「マリカ、ちゃんと説明してくれ」

「お父様……実は」

「マリカ、私から説明しよう」

 

 シャハールとマリカは並んで二人の父親の前に立った。

 

「父上、チャイルズ様、私とマリカは互いに想いあっています。どうか二人の仲を認めてもらえませんか」

「な……お前たち……」

「そ、そんなことができると思っているのか? 其方らはそれぞれの家の跡取りではないか」

「わかっています。しかし私たちはもう離れることはできません」

「お父様、私はシャハールとずっと一緒にいたいの。私たちのことを許してください」

「マリカ……」

 

 二人の告白に、チャイルズとドレルは難色を示すが、チャイルズが眉を寄せながら一つの条件を出した。

 

「其方らの間に生まれた子を、うちの跡継ぎにできるのなら、考えてやらなくもない」

「お父様……!」

「チャイルズ様、それはマリカ様をうちの嫁にしていいということですか? 敵対している家に自分の娘を入れると?」

「ドレル様、我々の関係も変わる時が来たのかもしれません。若い二人が新しい関係を作っていくというのなら、私は止めません。マリカが幸せになることが親としての一番の望みですから」

「お父様……っ」

「チャイルズ様……ありがとうございます!」

「……チャイルズ様がそう言うなら……こちらには損はないですし、否とは言えませんな」

「父上……!」

 

 そうして二人の結婚は許された。

 舞台袖からチラリと見ると、お客さんたちが涙ぐんでいるのがわかる。

 

「こんな奇跡のようなことが……」

「なんということですの」

 

 そしてラストシーン、暗い舞台の上で二人だけにスポットライトが当たる。

 

「私、まだ信じられないわ。これからも貴方と一緒にいられるなんて」

「そうかい? 私はこの前君に本心を打ち明けてから、絶対に君と一緒になると決めていたから特に驚かないよ」

「……シャハール」

 

 ん? あれ、シャハールの台詞が変わってる?

 

 アドリブではないところで脚本とは違う台詞が出てきたことに、私だけじゃなく舞台袖にいるイリーナやシャオリーが目を瞬く。

 

「そんなに驚かないでくれマリカ。言っただろう? これからは君のように素直で自分らしくあろうと思うって……だから君も、平民の格好をしていた時のように素直で明るい君でいてくれるかい?」

 

 シャハールの言葉に、マリカは戸惑いながらコクリと頷く。

 

「他に人がいる時はできないかもしれないけど、貴方と二人でいる時は……そうできるようにする……わ」

 

 マリカが恥ずかしそうに俯きながらそう言うのを聞いて、シャハールが今までにないくらい嬉しそうに笑った。

 

「——っ」

「……あ」

 

 そのシャハールの笑顔の眩しさにやられて何人かのお客さんが倒れてしまった。今度は演技を止めずに救護班に向かってもらう。

 

 しかしラストシーンでもアドリブを入れるなんて、なに考えてるんだろうイバン様……。

 

「マリカ、こっちを向いてくれ」

 

 シャハールの言葉にマリカが少しだけ顔を上げた。マリカの顔には戸惑いと恥ずかしさが浮かんでいる。それはまるで恋する少女のようで、女の私でさえ思わずゴクリと喉が鳴った。

 

 レンファイ様そんな顔できるんですか! っていうかそれここで見せて大丈夫⁉

 

 シャハールはその顔を見て一瞬目を見張ったが、すぐに眉を下げてフッと笑う。

 

 イバン様もそんな顔したことないですよね⁉ え? なに? なにが起こってるの今!

 

 横にいるイリーナやシャオリーもいつの間にか両手を組んで食い入るように舞台を見つめている。

 

「これからも私の側にいてくれるかい? マリカ」

「……シャハール……その言葉、後悔しない?」

「もちろんさ。私の心はもう揺るがないよ」

「……」

 

 そこでマリカはギュッと目を瞑って下を向く。それから絞り出すような声で、


「私も……貴方の側にいたい……これからもずっと」

 

 と言った。

 その時、暗い舞台の後ろ側に立っているホンファが口を押さえるのが見えた。

 シャハールはマリカを見つめたまま、優しく微笑んでいる。

 

「マリカ、君に捧げたいものがある」

「……え?」

 

 シャハールはそう言うと自分の首元に手をやってスルスルと服の中から一つのネックレスを取り出した。それをシャハールは右手に掲げ持つ。

 

「まぁ……! あれはもしかして」

「誓いの布ですの?」

「もちろん偽物ですわよね。ああ、でもこのような場面を見れるなんて私もう持ちません……っ」

 

 誓いの布の登場に観客席からざわめきが聞こえてくる。

 そう、シャハールが持っているのは用意していた偽物の誓いの布で……。

 

「ん⁉」

「え⁉」

 

 私とイリーナは同時に目を見開いた。イバン王子が掲げ持っている誓いの布は、よく見るとイリーナが作ったものより小ぶりに見える。

 

「イ、イリーナ……あれって」

「……わたくしの作ったものではありませんわ。も、もしかして……」

 

 イリーナがあまりの衝撃にプルプルと小刻みに震え出した。その横でシャオリーがぽつりと呟いた。

 

「まさかイバン様本人の……?」

 

 え?

 え……。

 ええええ——————‼ 

 ななななんで⁉

 

 あまりの展開に私の頭は大混乱に陥った。

 

 待って、待ってよなんでイバン様が自分の誓いの布を掲げてんの⁉ もしかして小道具忘れてきちゃったとか⁉ でもだからって自分のやつ出さないよね? そんなことしたらケヴィンやアードルフが止めるだろうし……ってあの二人はどうなってんの⁉

 

 反対側の舞台袖を見ると、アードルフの姿がうっすら見えるが、別段慌てている様子はない。だが舞台上のケヴィンは明らかに狼狽えていた。それを横にいるチャーチが押さえている。

 

 アードルフ先輩はなにか事情を知ってるってこと?

 

 そして驚いているのは私たちだけではない、それを目の前で掲げられたマリカ、いやレンファイ王女も完全に固まってしまっている。あれは多分、素だ。

 そんな私たちの状況に構わず、イバン王子は本物の誓いの布を掲げながら話し出した。

 

「君と一生ともに生きるということをこの布に誓おう。マリカ、私の思いを、受け取ってくれるかい?」

 

 あくまで演技だとわかりやすいように誓いの布を交換せずに掲げ持つという動作にしたのだが、持っているものが本物であれば全く意味は異なってくる。イバン王子が言っているのはきっとシャハールの台詞ではない、王子本人の気持ちだ。

 観客とは全く違う目線で私たちメンバーは二人のことを固唾を飲んで見つめる。

 

 ど、どうするの? レンファイ様……!

 

 レンファイ王女はイバン王子の誓いの布を見つめたまま固まっていたが、やがてフッと肩の力を抜いてふわりと笑った。

 

「貴方の思いを受け取ります。シャハール、ずっと一緒にいましょう」

 

 そしてマリカはそっとシャハールに寄り添い……静かに目を閉じた。

 ひゃぁぁぁという観客の悲鳴と同時にスポットライトがフッと消える。


「こうして、シャハールとマリカは困難を乗り越え、一緒になることができました。ティルバルの企みを退けた二人はこれからも幸せな物語を紡いでいくでしょう。おしまい」

 

 というナミクのナレーションが終わると、ざわついていたお客さんたちからパチパチと拍手が送られてくる。それはやがて大きな音となって大教室に響き渡った。

 私はその音を聞いてハッと我に返った。

 

 そうだ。劇は終わったんだ。

 

 二人の衝撃の展開に思考を止めている場合ではない。正直わからないことが多すぎて聞きたいことが山ほどあるが、このあとに役者のカーテンコールと最後の挨拶があるのだ。それを飛ばしてしまうわけにはいかない。私は音出し隊に予定通りに進めることを指示して、とりあえず舞台上にいたイバン王子とレンファイ王女をこちらの舞台袖にはけるように言う。

 王子を問い詰めようとケヴィンが追いかけてきたので、「ケヴィン先輩、そっちはあとで、とにかくちゃんと終わらせますよ!」と反対側にはけるように押し返した。

 舞台袖に入ってきた王子と王女は少しぼんやりしたように黙って突っ立っている。私はそんな二人の目の前に立って、パン! と手を叩いた。驚いたように二人が私を見る。

 

「お二人とも、ぼうっとしている場合ではありません。さっきのことはあとできちんと説明してもらいますから、このあとのカーテンコールまでしっかり役目を果たしてください。いいですね?」

「ディアナ……」

「ディアナ、少し時間をくれないか? レンファイ様も混乱していらっしゃる」

「ダメですよホンファ先輩。カーテンコールは主役のお二人が出てくることできちんと終われるんです。二人が出て来なかったらなにかあったのかと勘繰られてしまいますよ。それは今の段階ではまずいでしょう?」

「う……そうだな」

「大丈夫よディアナ。私は出れるわ」

「ああ、俺も大丈夫だ。すまないディアナ」

「わかりました。では行きますよ」

 

 私は音出し隊に合図を送る。ダニエルとエルノの軽やかなリズムが鳴り出した。それに合わせて再びスポットライトが舞台を明るく照らす。

 一番最初にチャーチとシャオリーが左右の舞台袖から真っ直ぐ出ていき、舞台の中央で二人が揃うとお客さんに向かってふわりと貴族の挨拶で使う軽めの恭順の礼をとる。お客さんがそれを見て拍手を送る。

 続いてケヴィンとホンファが同じように出ていって挨拶をして、舞台の後ろに並ぶチャーチとシャオリーの横に移動した。ケヴィンの顔にはまだ動揺が浮かんでいる。

 次にラクスが一人で出て行って舞台の中央で軽くジャンプをしてポーズを決めた。これにはお客さんも喜んで拍手を送ってくれる。

 ラクスが後ろに下がったところで、今度は私が舞台へ上がった。敵の役だったからかお客さんの反応は戸惑ったものだったが、私がいつもの感じで笑いながら恭順の礼をとるとなんとなくホッとしたように暖かい拍手を送ってくれた。

 そして最後はイバン王子とレンファイ王女だ。

 二人が揃って舞台袖から現れると、わぁっと会場が沸いた。

 

「きゃぁぁイバン様!」

「レンファイ様! 素敵でしたわ!」

 

 二人が出てきただけで割れんばかりの拍手が起こる。二人はその拍手に答えながら舞台の中央まで進み、恭順の礼ではなく王族の人たちが使う挨拶の形をとった。それは自分の胸に左手を添えるというだけの動作なのだが、王族の人たちがやるとそれだけで不思議と絵になる。

 二人の挨拶が終わったところで後ろに並んでいた私たちがもう一度舞台の前へ進み、役者が全員一列になって再び礼をした。

 

「面白かったですわ!」

「素晴らしい!」

「イバン様こっちを見てくださいませ!」

「レンファイ様!」

「あああ、もう、なんて言ったらいいか」

「わたくし涙が止まりませんっ」

 

 お客さんの中には泣いている人もちらほらいる。最後の方で予想外のことが起きたが、劇としては大成功のようだ。私はその光景を目に焼き付けるようにゆっくり眺めた。

 拍手が鳴り止まない中、ナミクが拡声筒を持ってきた。私はそれを受け取ってお客さんに向かって喋り出す。すると拍手が自然と収まった。

 

「みなさま、今日は演劇クラブの公演会を観に来てくださりありがとうございました。『シャハールとマリカ』はいかがでしたか?」

 

 私が問いかけると、再び拍手が沸き起こる。

 

「楽しんでいただけたようで嬉しいです。本日お見せしたものが私が作りたかった新しい演劇です。これからもこのような劇を作っていきたいと思っていますので、ぜひ来年からの演劇クラブにも期待してください。もちろん、演劇クラブのメンバーも随時募集中です。興味を持たれた方はどんどんいらしてくださいね」

「こんなところでも宣伝かよディアナ」

「さすが。ちゃっかりしてるね」

 

 横からラクスとチャーチの声が聞こえるが、こんなところで宣伝するのが一番効果的なのだ。このタイミングは逃せない。

 

「本日はありがとうございました。すぐに明かりを戻しますので、どうぞ気をつけてお帰りください」

 

 私がそう言って挨拶を終えると、前の扉からシムディアクラブのメンバーが出てきて光虫を天井に戻し始めた。暗かった教室内が徐々に明るくなる。私たち役者組はその間に舞台を降りて練習室へと一旦戻った。

 

 演劇公演会は無事に終わった。終わったけど……まずはなにが起こったのか確かめないと、わけがわからないよ。

 

 

 

 

劇の本番中、イバン王子が取り出したのは本物の誓いの布でした。

劇は大盛況のうちに閉幕しましたが、ディアナは大混乱中。

詳しい話を聞かなくてはいけません。


次は 二人の決意、です。

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