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演劇公演会 開演


 ざわざわとした空気が大教室の中に漂っている。すでに光虫が剥がされて薄暗くなった座席に学生たちが次々とやってきていた。スポットライトが点いてなくて真っ暗な舞台の袖から私はその様子を確かめる。

 

「ディアナ、どうだ? お客さん入ってるか?」

「うん。ちょっと入りすぎてるくらい。席、足りるかな」

 

 大教室には一番前と階段を上った一番後ろに出入り口の扉があるが、お客さんの入場は後ろからのみにしてある。前の出入り口は地下二階、後ろの出入り口は地下一階と階層が分かれているので、二箇所からの入場にすると人数の把握ができなくなるからだ。

 それに前の出入り口は私たち演劇メンバーも使うので、お客さんと鉢合わせしないためというのもある。

 すでに役の衣装を来た私とラクスが客席を覗き込みながら喋っていると、学生の誘導をしていたハンカルがやってきた。

 

「ディアナ、席が全部埋まりそうだがどうする? 入場を締め切るか?」

「なるべくたくさんの人に見てもらいたいから、立見でもいいって人がいたら一番後ろに入れてあげてほしい」

「わかった。……まさかこんなに集まるとはな」

「イバン様とレンファイ様の人気を甘く見てたね」

「それだけじゃないと思うぞ。さっきから王族の人たちも何人か来てるんだ。その人たちに釣られてやってきてる学生もいるみたいだ」

 

 なんとグルチェ王女やユラクル王子、それにマリアーラ王女まで来てくれているらしい。その他にも社交パーティで紹介してもらった王族の人たちがチラホラといるようだ。

 

 暗くてよく見えないけど、どこかにソヤリさんもいるんだよね……。

 

 なんとなく保護者が見にきてる発表会みたいな変な気分になる。

 

 いや、保護者なんて言ったら怒られそうだけど。

 

 私はラクスと一緒にコソコソと教室の扉を出て練習室に戻った。

 練習室にはすでにメンバー全員がそれぞれの衣装に着替えてスタンバイしている。昨日の練習がうまくいったからか、緊張はしているが笑顔も見える。王子と王女はさすがに余裕そうだった。

 私は裏方を含めたメンバー全員に集まってもらって円陣を組み、いつものようにストレッチを始めた。首を左右に傾けて、肩を上げて下げて深呼吸をする。それが終わると円陣の中心に向かって腕を伸ばしてもらった。

 

「みなさんの頑張りのおかげでここまで来れました。この劇は素晴らしいものになってます。あとはそれをお客さんに観てもらうだけです。自信を持って前を向いて、あとは全力で楽しみましょう‼」

「おお——‼」

 

 主に男性陣が大声を上げてみんなで手を上にあげた。

 

 あ、ハンカル呼ぶの忘れてた。ごめんハンカル。

 

 そのハンカルからお客さんが全員入ったという報告を受けたので、みんなで大教室に移動して、お客さんに気づかれないように前方の扉からささっと舞台横のアクハク石で作った部屋に入る。そこから女性陣は舞台の上を通って反対側の舞台袖に移動した。人が舞台の上を通る音がして一番前にいるお客さんたちが少しざわざわしている。

 

 暗いからお客さんからは見えないけど、やっぱり緞帳(どんちょう)っているかも。来年は作ろうかな。

 

 音出し隊が舞台の前を通ってお客さんから見て左側のアクハク石の部屋の前に行き、そこに準備されていた音出しを持って座った。ちなみに舞台袖の壁の一部を空けているので、私が舞台袖から目の前にいる音出し隊に指示できるようになっている。

 全ての準備が整ったのを確認して、私はナミクに合図した。

 

「ただいまより演劇クラブの第一回公演会を開演いたします。演目は『シャハールとマリカ』です」

 

 ナミクのアナウンスが聞こえてざわついていた会場内が静かになる。

 今回、意外と度胸が据わっているということでナミクにナレーションをお願いしたのだ。ナミクの声は震えることなく、落ち着いた響きで会場内に広がる。

 

「あるところに、平民の町にこっそりと出かけるのが好きな貴族がいました」

 

 ナミクのナレーションが終わると舞台の上手にスポットライトがパッと当たった。そこにシャハールの平民衣装を着たイバン王子とお付きのモリス役のラクスが出てくる。その時点ですでに女生徒たちから黄色い声が上がる。

 

「ああ、やはり平民の町はいつ来ても賑やかだな。貴族の館と違って肩の力を抜けるのがいい」

「シャハール様は真面目なので心配していませんが、あまりハメを外さないでください」

「わかっているよモリス。さて、今日は市場から見て回ろうかな。行くぞ」

「はい」

 

 二人の台詞が終わるとスッとスポットライトが消え、今度は下手の方にスポットライトが当たる。そこへマリカの平民衣装を着たレンファイ王女とお付きのアンドレア役のホンファが出てきた。

 

「まぁ……っレンファイ様だわ。なんて素敵な」

「イバン様もそうだったけど変わった衣装とスカーフなのね」

 

 レンファイ王女は今回衣装もだが頭のスカーフもいつものとは形が全く違う。普段は複雑な刺繍が入った帽子に上から白いスカーフを被せて首の後ろで結んでいるのだが、マリカのスカーフはイリーナ渾身の作でレースを使ったヘアバンドのような形のものなのだ。

 髪型はいつもと一緒なのだが、スカーフが変わるだけで全然印象が違う。正直言って、めちゃくちゃ可愛い。雰囲気の違うレンファイ王女の姿に見惚れている男子生徒がたくさんいた。

 

「見てアンドレア、今日の街も賑やかだわ。ああ、ここへ来ると伸び伸びできるわね」

「マリカ様、市場を見て回ったらすぐに帰りますよ」

「嫌よ、せっかく堅苦しい貴族街から抜けてきたというのに。今日は見たいお店があるの、行くわよアンドレア」

「ああ、お待ちくださいマリカ様!」

 

 下手にいたマリカが周りを見回しながら舞台の中央へ歩いていく。と、そこで上手から現れたシャハールとぶつかりそうになる。その瞬間舞台全体が明るく照らされた。

 

「きゃっ」

「ああすまない、よそ見をしてしまって。大丈夫かい?」

「ええ、私も前を見ていなくて、ごめんなさいね」

「この市場には魅力的なものがたくさんあるからね」

「そうなの、つい楽しくって色々見てしまうのよ」

「ぶつからなくてよかった、じゃあ」

「ええ」

 

 二人はそのまま違う方向へ歩いていく。それからお互い違う場所で市場を楽しんでいたが、とあるお店の前で再び出会った。

 

「あら、貴方また会ったわね」

「ああ、本当に奇遇だね。君、名前は?」

「私はマリカよ。貴方は?」

「僕はシャハール。よかったら少し話さないかい? そこに、美味しいタルトを売っている店があるんだ」

「まぁ、私タルトは大好きなの。アンドレア、少しだけ行ってもいいかしら?」

「お嬢様……少しだけですよ」

 

 そう言って二人はお付きを伴ってデートをする。素直で明るい性格のマリカに、シャハールはどんどんと惹かれていく。

 客席の様子を見ると、みんなすでに物語に入り込んでいるのか「ほぅ……」といった顔で二人の演技に夢中になっていた。

 デートが終わった帰り道、二人はそれぞれ相手のことを考えている。スポットライトが左右の端に立っている二人をそれぞれ照らした。

 

「ああ、今日はとても楽しかった。あの人と出会えたからかしら」

 

 そこでマリカは自分の胸を押さえる。

 

「こんな気持ちになったのは初めてだわ……もしかして私、あの人のことを?」

 

 マリカがそう言うと、音出し隊のダニエルが小太鼓を鳴らし始めた。突然聞こえてきた定期的なリズムにお客さんがびっくりしている。

 タンタンタンタン、というリズムが鳴る中、マリカが台詞を言いながら踊り始めた。

 

「不思議だわ。まるで体が軽くなって羽が生えたよう」

 

 そこでふわりとマリカが舞う。

 

「マリカ様?」

「アンドレアも一緒にこっちにきて」

 

 マリカはアンドレアの手を取って一緒に踊り出す。そこにエルノの変化のあるリズムが加わり、二人は楽しそうにそのリズムに乗る。

 

「どうしたのですかマリカ様」

「私今こんな気分なのよ」

 

 二人は楽しそうに軽やかにステップを踏んでいく。二人が足をつくタイミングでファリシュタが軽くカスタネットを鳴らした。

 

「これは……」

「なんて楽しそうなの」

 

 観ていたお客さんたちが呆気に取られながらも、二人に釘付けになっている。マリカが繋いだアンドレアの手を高く上げてその下でクルクルと回ってふわりとポーズを決めた。

 踊りが終わって二人が舞台の端に下がると、次はシャハールの番だ。

 

「あんなに素直で素敵な女性に出会ったのは初めてだ……胸がドキドキして落ち着かない。もしかして僕は彼女のことを……」

「シャハール様? どうされたのです?」

「モリス、君はこんな気分になったことがあるかい?」

 

 シャハールがそう言うと再びダニエルとエルノの音出しが鳴り出す。シャハールはそのリズムに乗って軽やかにジャンプし、ラクスと私が作った跳躍の踊りを踊り始めた。

 

「まぁ……!」

「これは……っ」

 

 モリスを巻き込んで踊り続けるシャハールの姿を観てお客さんが言葉を失った。初めてまともな踊りを見た学生にとっては信じられない動きだろう。

 踊りの場面になってラクスが水を得た魚のように躍動する。シャハールとのコンビの踊りはとても見応えのある仕上がりになっていた。

 

 いいよラクス! 完全にお客さんを掴んでる!

 

 私は舞台袖から二人の踊りを見て思わずガッツポーズをした。

 

 踊りを終えたシャハールとマリカはそれぞれ「この街に来たらまた彼女に会えるだろうか」「あの人にまた会いたいわ」と言って左右に分かれて舞台からはけた。

 お客さんはさっきの踊りの衝撃から戻ってこれてないようで、会場はシーンと静まり返っている。

 そこに、ナミクの吹く縦笛の音色が響いた。

 

 ピロリロリロリロリン

 

 という高くて不思議な音が鳴り、そのあとダニエルの小太鼓がダラララララ……と低い音を鳴らす。その音を聞きながら私は舞台へ上がった。

 私の衣装はイリーナが工夫してくれたおかげでとても妖精チックな仕上がりになっていた。緑と紫という変わった色の組み合わせで、スカートの部分がふわっと丸く膨らんでいる。さらにその上から白いヴェールが羽の様に重なっていた。

 その服の下には裾が広がったパンツと少し先がとんがり気味のブーツを履いている。肌の露出がほとんどない妖精といった感じだった。

 

「! あれは……」

「あ、あの子」

 

 私が独特のステップを踏みながら舞台の前までやってくると、客席からざわめきが起こる。私はその人たちにフフッと笑いかけると、さっき主役の二人がはけていった場所を見ながら言った。

 

「いいものを見たわ。ふふ。私はティルバル、人の絆を引っ掻き回すのがだーいすきな、人ならざる者」

 

 そこでナミクの縦笛が再び怪しく鳴り響く。

 

「私は自分の悪戯で慌てる人の顔を見るのが大好きなの。うふふ、面白そうな絆を見つけたわ。あの二人にどんな悪戯をしてやろうかしら。うふふ、うふふふふ」

 

 私はターンッと軽く跳躍をしてポーズを決めると、くるりと回転して下手の方へはけていった。

 

「な、なに……今の」

「人ならざる者って言っていたわ」

 

 エルフの私が人ではない役で出てきてきたので、お客さんたちはかなり戸惑っている。

 それからシャハールとマリカは街へ出る回数を増やして、密かにデートを重ねた。だがいつもいい雰囲気のところへ邪魔が入り、二人の距離はなかなか縮まらない。

 実は裏でティルバルが糸を引いているのだが、もちろん二人はそれに気づかないでいた。

 

「まぁ、なんて意地悪なの」

「ティルバルさえいなければお二人は気持ちを通わすことができますのに……っ」

 

 観ているお客さんが焦ったい展開にヤキモキしているのがわかる。

 それでも二人は時間を見つけて逢瀬を重ねるが、やがて二人の変化に気づく者が現れた。二人の両親だ。シャハールの父母とマリカの父母がそれぞれ出てきて二人について話をするシーンになる。

 ここで二人が実はライバル関係にある貴族の跡取りであることがお客さんに伝わる。

 

「そ、そんな……それでは二人は」

「絶対に結ばれない運命ではないですか」

 

 その新事実に観ている人たちが息を呑んだ。実際の貴族である彼らには決して超えられない家の壁があるということがわかっている。だからこそ二人が結ばれるのは有り得ない状況だと身に染みてわかるのだ。

 そんなある日、例によってティルバルの悪戯により、二人が一緒にいるところへ暴れ牛が飛び込んできた。ちなみこの暴れ牛は実際に舞台には登場していない。

 

「暴れ牛だ!」

「避けろ!」

「危ないぞ!」

 

 と舞台袖からケヴィンやチャーチが声を出し、

 

「危ないマリカ!」

 

 とシャハールがマリカを引き寄せた瞬間にファリシュタのカスタネットがカァァァン! と鳴って、二人一緒に倒れ込んだ。

 

「シャハール……シャハール!」

 

 その拍子に怪我をしたシャハールをとある宿屋へ連れて行き、マリカが介抱をする。ティルバルの悪戯が逆に二人の距離を縮めることになったのだ。

 介抱している二人の雰囲気にすでに顔を赤くするお客さんたちが出始めた。

 

「シャハール……」

「そんな顔しないでマリカ。僕は大丈夫だよ」

「……私、倒れている貴方をみてわかったの。やっぱり私は貴方のことが……」

 

 マリカはそう言いかけたあと、ハッとしてベッドに横たわるシャハールから目を逸らす。

 

「マリカ……」

 

 シャハールはそんなマリカに手を伸ばそうとするが、そのまま引っ込めた。二人に沈黙が訪れる。

 

「……っ」

「もぅこれ以上見ていられないですわ……っ」

 

 お客さんのドキドキも最高潮だ。

 

 なにも言えなくなって俯いたマリカに、シャハールは自分の懐から一枚の布を出した。それはただのハンカチだったが、シャハールはそれをマリカの前にそっと差し出す。

 

「シャハール……これは」

「これは僕がいつも身に付けているものだ。これを……君に捧げたい。この意味、わかってくれるかい?」

 

 シャハールのこの台詞は平民流の告白だ。その意味がわかった観客たちが声にならない悲鳴をあげている。

 マリカは一瞬目を見開くと、シャハールを見つめ、そしてそっとそのハンカチを握りしめた。二人の間に一枚の布が渡されている。

 

「シャハール……」

「マリカ……」

 

 お互いの気持ちを確かめ合い、見つめ合っている二人の姿はスッと暗闇の中に消えた。これで前半が終了だ。

 

 ……あれ、ちょっと待って?

 

「……告白のあとって見つめ合うんだったっけ? 見つめ合うのは貴族的にアウトじゃなかった?」

 

 昨日の練習でもそんなにがっつり見つめ合ってなかったはずだけど、いいのかな。

 首を捻りながらそっとお客さんの反応を確かめると、もうほとんどの女生徒の顔が赤く染まっていた。薄暗くてもわかるくらいなので相当だろう。よく見ると男子生徒も赤くなっているのがわかる。

 

 おおう、やっぱり貴族ってウブだよね。

 

 そして劇は中盤に突入していく。

 

 

 

 

ついに演劇クラブの初めての公演が始まりました。

王子と王女が主役ということでお客さんもいっぱいに。

ちなみにソヤリは学生ではなく職員の格好をして紛れ込んでます。

序盤は順調にいったようですがちょっと首を傾げたディアナ。


次は 演劇公演会 迫真のアドリブ、です。

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