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学年末テストと前日練習


「ザリナ先生、今回もよろしくお願いします」

「今回の報酬は?」

「うちの料理人に作ってもらったショコラドもどきをご用意しました」

「よろしい。では始めるわよ」

 

 寮の相部屋でザリナと私が芝居じみたやりとりを交わす。学年末テストを前に今回もザリナに歴史を教えてもらうことになったのだ。私たちの様子を見てファリシュタとルザがふふっと笑っている。

 

「ザリナは教師役が板についてきたね」

「そのまま劇で教師の役ができるのではないですか?」

「はっ本当だ。ザリナ、演劇クラブに入らない?」

「入らないわよ! あんな人前でなにかをするなんて恥ずかしすぎるじゃない。ほら、無駄口叩いてないでさっさと教科書を開きなさい」

「はいっザリナ先生」

 

 今回もまずテストに出そうなところを教えてもらう。実は今回は最初からザリナに教えてもらおうと思っていたので、歴史の授業はあまり真剣に聞いていなかったのだ。そしてそのことがすぐにバレた。

 

「ちょっと待って、貴女ちゃんと授業聞いていたの? なんでこんなこともわからないのよ」

「だってザリナに教えてもらった方がわかりやすいんだもん」

「お馬鹿! 変に手を抜く方法を覚えるんじゃないわよ。授業を上の空で受けるなんてあり得ないわ!」

「お馬鹿……」

 

 ザリナの口から新しい叱り言葉が出てきた。お馬鹿なんて言われたのは初めてである。ちょっと可愛い響きだ。

 授業を真面目に受けないのは学費を出してくれている親への冒涜だと言われてさすがに私も反省した。

 

「次も同じことをしたら勉強は見ないからね」

「すみません。次からは真面目に授業を受けます……って、次?」

 

 ザリナの言葉に私は首を傾げる。

 

「ザリナ、もしかして来年も私の勉強見てくれるの?」

「え? あ……」

「ありがとうザリナ! めちゃくちゃ頼もしいよ!」

「ももももし来年も同じ部屋になったら、ってことよ! 確定ではないから」

 

 慌てて否定するザリナにルザがぽつりと呟いた。

 

「ディアナの環境は特殊なのでしばらく相部屋のメンバーは固定な気もしますが」

「え……」

「そうなんだ。じゃあ安心だねディアナ」

「うん。よかったぁ。来年も安泰だぁ」

「ちょ、ちょっと……」

 

 唖然とするザリナをよそに、私とファリシュタとルザは「来年もよろしくね」と言って微笑み合った。

 

 

 それからすぐに学年末テストが始まった。

 テスト前はクラブ活動も休みにして勉強時間をとったので、そこで詰め込んだ内容をテスト用紙に吐き出していく。今回も教えてもらった歴史を含め、特に問題なく解けた。

 

 さすがザリナ先生。教えてもらったところがバッチリ出たよ。

 

 なんとか今回もいい成績が取れそうでホッとする。

 全科目のテストを終えて寮に戻ると、玄関ホールに人が集まっていた。その人たちは私を見ると遠慮がちに近づいてくる。

 

「あの、演劇クラブの公演って本当にイバン様とレンファイ様が出られるのよね?」

 

 一人の女生徒が玄関ホールの壁をチラチラと見ながら話しかけてきた。実は数日前から各寮の玄関ホールに演劇クラブ公演会のポスターを貼ってもらっていたのだ。

 今年はラクスと音出し隊のメンバーが一緒に作ってくれた。そこには劇のタイトルと王子と王女の名前、日時と開始時間、それからアピールポイントとして「運命に翻弄される二人の恋愛劇!」と書いてある。

 

「もちろんイバン様とレンファイ様が主役で出られますよ」

「ではお二人の恋愛劇が見られるということですの?」

「ふふ、そうです」

「んまぁ!」

「噂は本当だったのですね!」

「なんていうこと!」

 

 それだけで周りにいる女生徒たちが興奮して黄色い悲鳴をあげている。

 

 宣伝だけでこれなんだったら、本番はどうなるんだろう。お客さん、大丈夫かな……。

 

 二人が直接触れ合ったり、見つめ合って愛の言葉を言うシーンはなくしたけど、それでもすごい反応が返ってきそうだ。二人がラストの結婚の約束をする場面では倒れる人なんかもいるかもしれない。

 

「救護班……作った方がいいかな」

 

 私は集まっている人たちに「お二人の学生生活最後の大舞台をぜひ観にきてくださいね」と言って、ハンカルに相談すべく二階に上がった。男性区域には入れないので、踊り場で立ち話をしている男子生徒にハンカルの部屋番号を告げて呼んできてもらう。

 四の月の暖かな日差しが降り注ぐ踊り場の椅子に座ってしばらく待っていると、ハンカルとラクスがやってきた。

 

「どうした? ディアナ」

「テストやばかったのか?」

「ご心配なく、テストはバッチリだったよラクス。あのねハンカル、公演当日に救護班を入れた方がいいかなと思ったんだけど」

「救護班?」

 

 私はさっき玄関ホールで見た女生徒たちの反応を話す。

 

「確かに……普段そういう方面のことはおおっぴらに話さないのが貴族の常識だから、恋愛劇なんてものを直に観たら倒れる生徒が出るかもしれないな」

「でしょ? どうしようか。オリム先生に相談しようか」

「もちろん先生には報告した方がいいと思うが、救護班のメンバーについてはなんとかなるんじゃないか?」

「え?」

「ディアナには協力してくれる頼もしい人たちがいるだろ?」

 

 ハンカルはそう言ってフッと口の端を上げた。

 

「協力してくれる人たちって……え? あの人たちにまた頼むの?」

「主に倒れる可能性があるのが女生徒なんだったら、運び出すのも女性がいないと難しいだろ。シムディアクラブに入っている女性たちなら力もあるだろうし、適任じゃないか?」

「あ……それはそうかも」

「ディアナはシムディアクラブに新しい競技をもたらしたんだから、遠慮せずにバンバン使ったらいいさ」

 

 ハンカルの言い方はまるでソヤリのようだった。

 

「ふふ、そんなこと言うのハンカルだけだよ」

「そうか?」

 

 

 ハンカルの提案の通りにシムディアクラブの女性陣に公演当日の救護係をお願いした。彼女たちはどうやら今回の劇に興味があったらしく、「喜んでお手伝いします!」と顔を輝かせて引き受けてくれた。

 恋愛物語というジャンルが持つパワーに改めて驚かされる。

 

 そして公演前日、私たちは衣装を着て最後の通し稽古を行った。明日に本番を控えているからか、みんなの表情がいつもより硬い。

 演劇クラブの初めての劇、しかも長編で、踊りもある。それを考えると緊張しないわけないのだが、この硬さで本番を迎えてもらっては困る。

 私はティルバルの衣装のまま少し考えて、みんながいる前でケヴィンを呼んだ。ちなみに一番緊張してるのがこのケヴィンである。

 

「なんだ?」

「ケヴィン先輩、ちょっと緊張していますよね?」

「まぁ、多少は」

「そんな先輩に緊張がとけるおまじないを教えますよ」

「例の体をほぐす運動をするのか?」

「いえ、あれは本番前だけにするものなので違います。先輩、ちょっとだけしゃがんでください」

「む? こうか?」

「目を瞑ってもらえますか?」

「……? なにをするんだ?」

 

 怪訝な顔をしながらケヴィンが少し腰を落として目を瞑る。私はケヴィンの前に立って、その両頬を思いっきり引っ張った。


「いひゃひゃひゃひゃ! らりをふる!」

「緊張で顔が硬くなっているのでほぐしているんです」

「はやひやはい!」

「痛いですか? もう少し緩めます?」

「ひょんらほほをひっひぇうんあやい!」

「あははは! なにやってんだディアナ!」

「らふふ! わやっへやいでおーにかひろ!」

「なんて言ってるか全然わかんねぇ!」

 

 頬を引っ張られているケヴィンを見ながらラクスがお腹を抱えて笑っている。周りのメンバーもそれを見てくすくすと笑い出す。

 

「リアナ!」

「なんですか? 先輩。あ、結構解れてきましたね。もう少しですよ」

 

 と私は答えてみょんみょんとケヴィンの頬をさらに引っ張る。ケヴィンの頬は柔らかいようで、思ってた以上に伸びる。

 

「もうはらひぇ!」

「嫌なら無理矢理引き剥がせばいいじゃないですか」

「……よしぇいにひょんなほほふぁできあい」

 

 女性にそんなことはできない、と言っているらしい。こんなことされてもさすがザガルディの男性である、紳士だ。

 

「先輩はいい男ですね」

「ふえぁ⁉」

「ますます芸人にしたくなりました」

「らうあ!」

 

 なるか! とケヴィンが大声でツッコんだところでレンファイ王女をはじめ周りのメンバーが吹き出した。私はそれを見てパッと手を離す。

 

「ふふ、ありがとうございました先輩。おかげでみんなの緊張も取れたようです」

「! そ、其方はまた僕を使って……っ!」

 

 ケヴィンが少し赤くなった頬を手で押さえながらプルプルと怒っている。

 

「大体女性が男の頬を引っ張るなど……っ」

「はは、まあいいじゃないかケヴィン。ディアナの言った通り少し緊張が解れたよ。ケヴィンのおかげだ」

「確かに大笑いしたおかげで肩の力が抜けたぞ。ありがとな、ケヴィン」


 王子やラクスからお礼を言われてケヴィンは複雑な顔で口を結んだ。

 

 いやぁ、ほんとケヴィン先輩って面白いよね。反応が可愛いというか。こういう時にいるととても使いやす……頼もしいよ。

 

 と、ケヴィンを見ながらニマニマしていると、「しばらく其方に呼ばれても近寄らないからな!」と言われてしまった。しばらく、ということは時間が経てばまた来てくれるらしい。

 

 先輩、そういうところですよ。

 

 ケヴィンのおかげでいい感じに緊張がほぐれたからか、その後の通し稽古はかなり上手くいった。特に王子と王女の集中力はさすがだった。そしてみんな主役の二人に引っ張られるように、今までで一番いい演技を見せてくれる。

 心配していたエルノも、間違えることなく中盤を乗り切った。その顔に少しだけ自信が出てきたような気がする。

 

「ディアナ、そこの帯をとってくださる?」

「はいっ」

「シャオリー先輩はここを持っててください」

「はぁい」

 

 マリカとシャハールが着替えるところは大変だ。劇中で着替えのない私やシャオリーがイリーナの指示を受けて手伝う。

 

「できましたわ! いってらっしゃいませ!」

「ありがとうイリーナ」

 

 着替えが終わったレンファイ王女が終盤の衣装で舞台に上がる。

 それから最後のティルバルとの戦いのシーンを終え、ラストの誓いの布のシーンまでやり切った。

 最後のセリフが終わり、スポットライトが消えるとみんなが一斉にふぅ、と息を吐いた。

 

 最後の練習が終わったね。これ、結構良かったんじゃない?

 

 と思っていると、客席からパチパチパチと拍手が聞こえた。再び明かりが点くと、大教室の座席に座っていたオリム先生が満面の笑みで拍手を送ってくれているのが見えた。

 

「いやぁ、素晴らしかったですよ。これを観た学生たちは感動するでしょうね、明日が楽しみです」

 

 オリム先生の感想を受けて私たちはお互いに目を合わせて、ふふふと笑う。と、そこへ舞台の横から引くくらい泣いているイシークが現れた。いつの間に来ていたのだろうか。

 

「う……ふぐ、なんて素晴らしい劇なんだ……! 私は今猛烈に感動している……!」

 

 私は舞台を降りて、涙を流してふるふると震えている先輩の前に立つ。事情を聞くと、学年末テストの結果を私に報告しに来たところ、ルザがこっそり大教室に入れてくれたらしい。

 

「それで、どうだったんですか? テスト」

「いい成績なのかどうかは分からないが、順位は上がった。これなんだが……」

 

 とイシークが差し出してきたメモを見ると、なんと百位以上上がっていた。元々が低すぎるのもあるが、それでもびっくりの結果である。

 

「すごいじゃないですか! どうやったんですか?」

「とにかく頭のいい友達に教えてもらった。なぜかみんな協力的で、手を尽くして教えてくれたんだ」

 

 どうやら秋からイシークの変化を見守ってきた友達が「お前ならやれる! がんばれ!」と熱く応援してくれたらしい。中には「あんな野生児みたいだったイシークがこんな立派な人間になるなんて……」と泣いていた人もいたそうだ。

 

「いい友達に恵まれましたね、先輩」

「ああ、みんないい奴らだ。それで、どうだ? この課題は合格なのだろうか」

 

 イシークが例の柴犬みたいな目で見つめてくる。

 

「これだけ順位が上がってるのに不合格にはできませんよ。合格です」

「本当か⁉ やった……‼」

 

 イシークは喜びを噛み締めるようにガッツポーズをする。

 

 あ、ダメだ、やっぱり尻尾が見える。

 

「それで、次の課題はあるのか? ディアナ」

「いえ、もう明日が本番なのでそんな余裕はないですし、先輩の今後をお父様に聞かなくてはいけないので、とりあえずなにもすることはありません」

「そうなのか……クィルガー様に……」

 

 クィルガーの名前を出すだけでイシークは緊張した顔になり、ゴクリと唾を飲み込む。

 

「では明日は舞台袖で控えていていいだろうか。もしなにか助けが必要なら使ってくれ」

「そうですね……わかりました。もしかしたら男性陣の着替えの方で手伝えることが出てくるかもしれないのでそっちで待機してください」

「わかった」

 

 私はイシークにそう指示をすると、みんなが集まっている方へ戻る。

 

「今日の出来は素晴らしかったです。明日もこの調子で頑張りましょう!」

「ああ、楽しみだね」

「頑張るわ」

「やってやろうぜ!」

「麗しい女生徒たちの前で演じるのが楽しみだよ」

「お前は動機が不純すぎる……」

「最善を尽くそう」

「頑張りますぅ」

 

 そう言い合って私たちは頷いた。

 

 いよいよ明日は本番だ。

 

 

 

 

学年末テストも無事に終わり、公演が近づいてきました。

困った時に頼れる男ケヴィン。本当にいい男です。

テストを頑張った柴犬イシークに合格が出ました。

そして本番がやってきます。


次は 演劇公演会 開演、です。

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