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通し稽古


 王の間から戻ったその日はさすがに疲れて、私はベッドの上に倒れ込んだ。部屋のみんなには「王宮関係者と話したから疲れた」と説明したが、王の間であったこととそのあとお腹いっぱい夕食を食べたことでいろいろ限界が来ていたのだ。寝衣に着替える気力もなく、私はそのまま寝落ちした。

 しかしさすが体力のある健康エルフである、次の日に起きたら体はすっかり完全回復していた。

 

「健康な体ってすごいね……」

 

 ちょっとアルスラン様に分けてあげたいくらいだよ。

 

「ディアナ、よく休めたみたいだね」

「うん。よく寝た」

「ちゃんと着替えて寝なさいよ。淑女とあろう者が行儀の悪い」

 

 朝、順番に顔を洗いながら取り止めのない話をする。

 

 ああ、平和っていいなぁ。もう何事もなくこのまま時が過ぎて欲しい。

 

「今日から通し稽古をするんだよね?」

「うん、音出し隊の方はどう? ファリシュタ」

「結構揃ってきたと思うけど、通しでやるのは初めてだからどうかな。特にエルノが大変かも」

「毎回叩くリズムが変わるからね、エルノは大変だと思う」

 

 だが今回の劇で一番難易度が高いのはファリシュタだ。ラクスと作った踊りが速くて複雑なため、それに合わせてカスタネットを叩くのは至難の技なのだ。本人は「確かに難しいけど、楽しいから大丈夫だよ」と笑うが、かなりの集中力を要するのは見ているだけでわかる。

 

 それを笑顔でこなせるようになるなんて、ファリシュタの成長は素晴らしいね。

 

 初めて会った時のあのオロオロとしたファリシュタはどこかへ行ってしまったようだ。

 

「そういえば学年末テストが終わったらすぐに公演だったわね」

「そうだよ。ザリナも観に来てね」

「……別に私が行かなくても大国のお二人が出られるんだから、お客さんは一杯来るでしょう?」

「私はザリナに観にきて欲しいの! 私たちが一年間頑張った成果をその目で観てよ。ね?」

「……仕方ないわね」

 

 ザリナは少し照れながらそっぽを向いて返事をする。ザリナのこともずっと一緒にいてよくわかるようになってきた。言葉遣いはキツいけど、実は情に脆かったりする。約束はちゃんと守るし、家がそうだからか誠実で真面目なのだ。

 去年大喧嘩したファリシュタともなんだかんだ仲良くしている。私にとってはそれが一番嬉しい変化だった。

 

 

 放課後、大教室で通し稽古が始まった。

 天井の光虫を少しだけ剥がして、スポットライトの確認ができるようにする。音出しのメンバーは舞台の下手にあるアクハク石の壁の前にスタンバイした。音出し隊の前と舞台の前にそれぞれ拡声筒を設置する。

 

「じゃあ始めるよ」

 

 私の合図で冒頭の演技が始まる。

 シャハールとマリカが街中で出会うシーン、お互いが惹かれ合い踊り出すシーン、その二人を見つけて悪巧みを考えるティルバルのシーン。

 

 序盤は問題なさそうだね。

 

 それから演技と踊りの激しさが増してくる中盤でちょこちょことミスが出てくるが、とりあえず最後まで通していく。

 イバン王子とレンファイ王女のアドリブのシーンは前に練習した通りの台詞になっていた。

 

 本番はまた変わるかもしれないけど、今日はこれでいいか。

 

 終盤のティルバルとの戦いのシーン。ここは劇の中で一番激しいシーンなので照明や音出しがかなり大変だ。失敗を重ねながらもなんとか最後までやり切る。

 そしてラストのシャハールの求婚のシーン、ここは特にミスもなく進み、最後の台詞とともに舞台が暗転して終わった。

 

「うはぁ——、やっと終わったぁ」

 

 再びスポットライトが点灯した舞台の上でラクスがしゃがみ込む。

 

「わかっていたことだが全部をやり通すと結構長いな」

「そうね。集中力を持続させなくてはいけないから大変だわ」

 

 と全く疲れていない素振りで王子と王女が話している。

 

「お二人はやはり別格ですね……」

「さすがですわぁ」

 

 ホンファとシャオリーがふぅ、と息をついて感心していた。

 

「一度休憩にしましょう。二回目は私が客席からチェックしながら気になるところを指摘していきますので、頑張ってくださいね」

「げぇ、クラブ長厳しいー」

「ははは、ディアナは優しくも厳しい、いいクラブ長だね」

 

 チャーチがそう言って舞台を降りてお茶を取りに行く。大教室の一番前の席にはアードルフが用意してくれたお茶とお菓子が並んでいた。特に頼んでないのに持ってきてくれたのだ。「差し入れ代はお支払いします」と言ったのだが「イバン様からのご好意ですのでそのまま受け取ってください」と言われてしまった。

 

 ううむ、イバン様抜かりがない。

 

 休憩していると、練習室の方からイリーナが「やっとできましたわ」と言って小道具の誓いの布を持ってきてくれた。誓いの布を覆うガラスはガラス職人に作ってもらったが、中身の布はイリーナに任せていたのだ。

 

「本物よりかなり大きいんだな」

「これくらいないと客席から見えませんから」

「外側もただのガラスだし、パッと見で偽物とわかるのね」

 

 イリーナから渡された誓いの布をイバン王子が掲げて私と王女でそれを眺める。

 

「イリーナ、この布の色は元々の生地の色なのかしら?」

「いえ、レンファイ様、そちらはわたくしが自分で染めました。かなり派手な色にしないと客席から見にくいと思ったので」

「まぁ、イリーナは染色もできるの?」

「簡単なものなら、ですけれど。こちらの色はイバン様の瞳と同じ緑色ですけれど、かなり明るめでわかりやすい色になっていると思いますわ」

「うん、いいねイリーナ、遠くから見てもちゃんと誓いの布に見える。バッチリだよ」

 

 私は客席の方から確かめてそう答えると「よかったですわ」とイリーナはホッとした顔で笑った。

 

「これで小道具も大体揃ったかな」

「そうですわね。あとは舞台袖で衣装替えがちゃんとできるか確かめるくらいかしら」

「着替え場所は左右の舞台袖には作ったけど、そっちも実際にやってみないとね」

 

 クドラトたちに作ってもらった舞台袖の空間には着替えられる場所を(こしら)えた。下手の舞台袖が女性用、上手の舞台袖が男性用なので、舞台からはける時は男女で分かれてはけてもらうことになっている。

 女性側はイリーナが、男性側はアードルフがそれぞれ着替えを手伝ってくれることになった。

 

「実際に衣装を着ての練習はいつするんだい?」

「この通し稽古がもう少し形になったらやりますよチャーチ先輩」

「そうか。いよいよ本番が近づいてきたって感じがするね。楽しみだよ」

 

 それからもう一度通してやってみる。序盤は細かな修正だけで進むが、中盤になって指摘する場所が増えていく。特にエルノの間違いが目立った。序盤や終盤のリズムはかなり練習していたので問題ないが、中盤のいくつものリズムが出てくるところで混乱するようだ。

 

「す、すみません」

「大丈夫だよエルノ、焦らないで。一つ一つ確実にやっていけば大丈夫だから」

「はい……っ」

 

 その後も何度も演技を止めながら練習を重ねていった。

 

「では今日はこのくらいにしましょう。また明日もよろしくお願いします」

 

 寮に戻る時間になって大教室からメンバーが帰っていく。すると、エルノが俯きながら私に近づいてきて言った。

 

「あの、ディアナ。この太鼓、寮に持って帰ったらダメかな……もう少し練習したくて」

「今から部屋でも練習するの? 他の人の迷惑にならないかな」

「部屋の友達には説明して許してもらうよ。ダニエルもいるし」

 

 私はエルノの顔を見て腕を組み、うーん、と首を傾げる。

 

 ちょっとエルノは思い詰めすぎてる気がする。闇雲に練習してもドツボにハマりそうだな……。

 

「ねぇエルノ、明日のお昼休みに練習室に来てくれる? そこでお昼ご飯食べながらお喋りしよう」

「え?」

「太鼓の貸し出しについてはその時に話そう。ね?」

「う、うん……」

 

 私は笑顔でそう言ってエルノと一緒に大教室から出た。

 

 

 次の日のお昼休み、練習室の小上がりの上には私とファリシュタとエルノがいた。ルザは扉の前で控えている。

 

「ぼ、僕だけでよかったの? ダニエルやナミクは……」

「今日はエルノの話が聞きたかったからね」

「あの……それってやっぱり僕の出来が悪いからだよね」

「え? 全然違うけど?」

「え?」

 

 私とエルノは二人とも同じ顔をして目をパチクリとさせる。それを見てファリシュタがクスクスと笑った。

 

「エルノはとても頑張ってるのにいつも自己評価が低いんだよね。私も同じタイプだから気持ちはわかるけど」

「ファ、ファリシュタはすごいじゃないか、あんな複雑な踊りに音を合わせられるんだから。それに比べたら僕は全然ダメで……」

「エルノのレベルで全然ダメなんだったら、世の中の人は大体ダメになっちゃうね」


 私がそう言うとエルノはポカンと口を開けた。

 

「自覚がないかもしれないけどエルノはかなり上手だよ。楽譜を読むことができて、難しい太鼓が叩けて、しかも複数のリズムを覚えてるんだよ? これ、普通のことじゃないからね?」

「そ、そうなの?」

「実はそうなの。他に比べるものがないからわからないと思うけど、エルノがやってることはベテランの旅芸人の人もできないことなんだから。まぁ、平民と比べられても嬉しくないかもしれないけど」

「……ううん、そんなことない」

 

 エルノはふるふると首を振って戸惑うように下を向く。なんとなくあまり褒められ慣れてない感じがする。

 私たちはパンサンドを食べながら劇について話をする。

 

「エルノが引っかかってるところは中盤のところだよね? 主役の二人が両思いなるところ、二人が貴族の館で正体を知って引き裂かれたあとのティルバルの踊り、それから二人の失恋した時の踊りっていう三つの場面で鳴らすリズムが混ぜこぜになっちゃうって……」

「うん……三つとも同じような長さだからか、混ざっちゃうんだ」

「この中で一番叩きやすいのってどれ?」

「ええと、二人が両思いになるやつかな。明るい感じのリズムでわかりやすいから」

「じゃあティルバルの踊りと失恋の踊りの二つが混ざりやすいんじゃない?」

「あ、確かにそうかも。二つとも暗くて不気味な感じのリズムだから……」

 

 私はそれを聞いてその二つのシーンで使う楽譜を取り出した。よく見てみると二つの楽譜で似ている箇所がある。

 

 ああここか……確かにこれはややこしいね。作った時には気がつかなかったな。

 

「ここ、変えよっか」

「ええ⁉ 今から変えるの?」

「エルノが大変になるんじゃない? ディアナ」

「大丈夫、ここの部分を休符にするだけだから」

「え? それだけ?」

「うん、ここはダニエルの太鼓も鳴ってるし、エルノの音がなくなっても大丈夫……」

 

 私は説明しながらその楽譜に修正を加えていく。それから実際に陶器の太鼓を持ってきて叩いてみた。

 

「タンタンタン、ん、ん、ん、タンタン……。うん、これなら二つのリズムが混じることはないと思う」

 

 私がそう言って楽譜をエルノの方へスッと向けると、エルノもファリシュタも目を見開いたまま固まっている。

 

「ん? どうしたの二人とも」

「……ディアナってやっぱりすごいね」

「こんなに簡単に解決できるなんて……」

「まだちゃんとできるかはわかんないよ。エルノ、ちょっと叩いてみて」

「う、うん」

 

 そのあとエルノにも叩いてもらったが、問題なくいけそうでホッと胸を撫で下ろす。

 

「すごい。これなら間違えないよ」

「よかった」

「……ディアナって」

「ん?」

「どうしてこんなことができるの?」

 

 どうしてと言われても、前世の記憶があるからとは言えない。

 

「僕にはディアナが特別な存在に見えるよ。あ、エルフだからっていうわけじゃなくて、うまく言えないんだけど特別な才能を持っているというか、すごい存在というか」

「私は別にすごくないよ。ちょっと普通ではないかもしれないけど、エルノと同じ人間……ではないけど普通の生命体だと思う。少なくとも中身は」

「そ、そうは見えないけど」

「ふふ、確かにディアナは私とはかけ離れてた発想をするから、たまにすごく遠くの人に見えたりするよ」

「ええ?」

「そう。僕には絶対できないことをやってみせるから、びっくりするんだ」

 

 ファリシュタとエルノの言葉に私は少し口を引き攣らせる。

 

「それって私、結構引かれてるってこと?」

「ううん、むしろ逆だよ。僕は昔から自分に自信がなかったから、なにをやってもダメだろうって最初から諦める癖があったんだけど、ディアナを見ていたら僕でもなにかできるかもしれないって思うんだ」

 

 エルノがそう言うと横でファリシュタがうんうんと勢いよく頷く。

 

「じゃあ私はこのままでいいってこと?」

「うん。むしろディアナにはずっとそのままでいて欲しいよ」

「ふふ、ありがとうエルノ。じゃあそのままの私で言うけど、エルノは全然ダメじゃないよ。エルノは真面目で努力家で、今だってもっと上手くなりたいって頑張ろうとしてる。それは誰にでもできることじゃないし、エルノが演劇クラブに入ってくれてよかったって私は思ってる」

 

 私が真正面からそう言うと、エルノは驚いて固まったあと、戸惑いながら俯いた。

 

「……そんなこと今まで言われたことがないから、こういう時どんな顔すればいいか……」

「エルノ、褒め言葉は美味しくいただくに限るよ」

「え?」

「褒める側からすると、『そんなことないです』って否定されるのは悲しいんだ。だってこっちは本当にそう思ってるんだから。もしその言葉を嬉しいって思ってくれるなら、そのまま嬉しいって言って欲しいな」

「……」

 

 エルノはポカンと口を開けたまま私を見たあと少し俯いて、

 

「……嬉しい。ありがとう」

 

 と少し震える声で言った。

 

 

 

 それから数日後、内密部屋でソヤリと会った。この前の事件のその後を聞くためだ。

 

「執務館に入り込んでいた者には逃げられました」

「え? そうなんですか?」

「ええ、どうやら計画が失敗したとわかってすぐに消息を絶ったようです。相変わらず逃げ足の速いことです」

「王宮を見張っていた人たちもいなくなったんでしょうか」

「おそらくは。クィルガーが王宮の警備を見直して今までにない警備体制にしたようですから、見つかる前に逃げたと思われます。しかし念のため貴女を王の間に呼ぶのはもう少し時間を置いてからということになりました」

「ということは……演劇公演が終わってからですかね?」

「そうですね」

「私としてもその方がありがたいです、今は公演のことで頭がいっぱいなので。あ、そういえばアルスラン様の体の具合はいかがですか?」

「まだ全快ではありませんが、この前貴女と食事をとってから少しずつ食欲も戻り始めたようで、回復はしてきているようです」

 

 どうやらコモラが王の料理人にスープやラグメンの作り方を教えてくれたらしく、コモラがいない日でもアルスラン様の好きなメニューが出されるようになったらしい。コモラの味とは少し違うようだが、前より食は進むようだ。

 

 よかった。かなりホッとしたよ。

 

「そういえば目覚め唄の効果はその後も続いたのでしょうか? ソヤリさんのように眠れなくなったのではないですか?」

「いえ、アルスラン様はその日も眠気が来たようです。どうやら深く沈んだ意識を引き上げることに、目覚め唄の効果は全部使われたようですね。そう考えると本当に危ないところでした」

 

 本当にギリギリのところで目覚めたということなんだろうか。うへぇ、よかった、アルスラン様が無事に目覚めて。

 

 テルヴァについてはまだこれから調査を進めるようだ。彼らがどこから入ってきているのか、学院のどの貴族と繋がっているのか慎重に探っていくらしい。

 私は迂闊に動くとまずいので、今まで通りでいいとのことだった。

 

「公演の前の学年末テストも今まで通りベストを尽くしてください」

「わかってますよ」

「ああそれと、演劇の公演会を私も観に行くことにしたので、当日は生徒に紛れて大教室にいます」

「え、そうなんですか?」

「テルヴァの関係者が貴女の公演に来るかもしれませんから、その調査です」

「あ、仕事でですか……ソヤリさんが学生に紛れられるんですか?」

「もちろん、それがどちらかというと本業なので」

 

 隠密行動が本業か……やっぱりソヤリさんの部署の主な仕事ってスパイ業務とかなんだろうな。

 

「貴女は気にせず演劇に集中してください」

「わかりました。仕事中のソヤリさんを熱中させるくらいのものをお観せしますよ」

「それでは本末転倒ではないですか」

 

 よし、ソヤリさんも感動させられるように頑張るぞ。

 

 

 

 

小道具も出来上がり、通し稽古が始まりました。

そこでつまづいたエルノと話し合います。

似たリズムを修正してなんとかいけそう。

エルノからはディアナが超人に見えるようです。


次は 学年末テストと前日練習、です。

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