約束の食事会
次の日、まず話を聞こうと呼び出したのはレンファイ王女のお付きであるホンファとシャオリーだ。イバンのお付きであるケヴィンとアードルフは異性なので私が単独で呼び出すのは難しい。なので先に呼び出しやすい二人のうちどちらかに練習室に来て欲しいと伝えた。
約束の時間に練習室にやってきたのはシャオリーだった。いつものふんわりオーラを纏ってにこりと笑いながら入ってくる。
「呼び出してすみません、シャオリー先輩」
「いいよぉ。ホンファがね、多分演劇クラブでのレンファイ様のことについてだろうから、ディアナの相談に乗ってやれって」
ホンファは護衛騎士としての役割もあるため、レンファイ王女から離れることはできないんだそうだ。私は昨日の二人の様子についてシャオリーと話をする。
「というわけで、お二人に直接ズバッと聞くことができないので、周りの人から話を聞こうと思ったんです」
「なるほどぉ。確かに、昨日はレンファイ様らしくなかったですねぇ」
「最近のレンファイ様に変わったところはないですか?」
「……」
私が質問すると、シャオリーは目だけを上に向けて思案する顔になる。どういう情報なら私に出してもいいか考えているようだ。そういうところはほんわかしていても王族の側近である。
「あの、この前の王女襲撃の件についてはなにも言わなくていいです。他国の私に言えないことはたくさんあるでしょうし。ただ、今レンファイ様に起こっている変化の原因が知りたいんです。このままでは練習もままなりませんから」
「そうよねぇ。んー……私が言えることは、あの事件のあとから、レンファイ様が物思いにふけられる回数が増えたってことかなぁ」
「物思いにふける? 今まではそういうことはなかったんですか?」
「とある課題や予定について思考されることはもちろんありましたけど、最近のレンファイ様はただぼんやりされている感じなのよね。もちろん外ではいつも毅然とした態度で過ごされてますけど、寮の部屋に戻ったあとにそんなご様子になることがあるの」
「シャオリー先輩もあまり見たことがない感じなのですか?」
「うん、そうだねぇ。レンファイ様は自分の部屋であっても、私たちがいる前で気を抜くということをされないから」
わぉ、すごいなぁ。それって寝る時くらいしかホッとできないってことじゃない? 私には耐えられない。
「あの事件のあとからぼんやりとする……なにか、悩みを抱えていらっしゃるんでしょうか」
「……これは私の勘だけど、この前の事件とは関係のないところで悩んでいらっしゃる気がします」
「関係のないところですか?」
「あれは……詳しくは言えませんが自国の中ですでに解決していますし、犯人にも処罰が下されました。卒業して国に帰ってから少しバタバタするでしょうけど、向こうには現王もいらっしゃいますし、レンファイ様が思い悩むことはありません。ですからそれ以外のことではないかと思うんだけど……」
シャオリーはそう言って「私も不思議なのよねぇ」と首を傾げた。
「あの、先輩から見て、レンファイ様とイバン様ってどんな風に見えてますか?」
「あのお二人ですか?」
「シャオリー先輩の勘が正しければ、レンファイ様の悩みはイバン様のことだと思うんです。そうじゃなきゃ演技の練習であんな感じにならないと思うので」
「そっかぁ」
「あのお二人って立場上張り合っているように見えますけど、実は仲がいいですよね? あれは前からなんですか?」
「私はまだレンファイ様に付いて三年ほどなのでその前についてはわからないけど、敵対していなかったのは確かよ。二人でよく喋られるようになったのは演劇クラブに入ってからだけど」
シャオリーが言うには、私が学院に入る前までは授業で会うときに少し話をするくらいで、特に距離が近いということはなかったんだそうだ。大国の王子と王女の動きはいつも周りから注目されるため、互いにいい距離を保っていたらしい。周りの学生には「どちらが優秀か実は裏で競い合っているんだろう」とか「笑顔の裏で相手の弱点を探っているのでは」とか言われていたんだって。
「レンファイ様はそんな噂を笑ってあしらっていたので、私はお二人のことは『いつも比べられるけど好きでも嫌いでもない相手』という風に見てたかな。将来は二人が国の代表になるから、特に敵対も親しくもしないのだと」
「そうなんですね……」
うーん、じゃああの二人の間に流れてる特別な雰囲気はなんだったのだろう? 私の勘違いだったんだろうか。
シャオリーからはそれ以上情報は出てこなかったので、次はケヴィンかアードルフに話を聞こうとしたのだが、そっちはうまくいかなかった。
ケヴィンもアードルフも二人揃って「イバン様について教えられることはない」と相手にしてくれなかったのだ。「演劇クラブのためだ」と言うとケヴィンは少し考え込んでくれたが、「すまない。俺からはなにも言えないんだ」と首を振った。
「困ったな……」
寮に戻る道すがら私は誰に話を聞いたらいいのか悩んでいた。王子側の話も聞かないとこの問題は解決しなさそうなのだ。誰か他に聞ける人はいないだろうか。
「イバン様とそこそこ仲が良くて、昔から知っていて、私の話を聞いてくれる、そんな都合のいい人は……」
あ。いたよ。
その人に思い当たった瞬間ブルっと肩が震えてしまったが、演劇クラブのためだ、仕方ない。私は隣を歩くルザに一つお願いをした。
「ルザ、お食事会の作法教えてくれる?」
大砂嵐がそろそろやってくるのではないかと言われ始めた二の月の下旬、私は黄の寮の一階にある学生用の内密部屋にいた。ここは学生同士で込み入った話ができる唯一の部屋で、各寮に一部屋ずつあるものらしい。ちょうど寮長の部屋の反対側にあって、部屋を利用するには寮長の許可がいる。学生用内密部屋と言えば真面目な印象を受けるが、要は「学生が異性と個人的な食事ができる場所」である。
「まさかこんな部屋が寮にあったとはね……」
「表立って男女が語らうのは貴族の間では非常識ですからね、こういう部屋が用意されるのです」
もちろんこういう場所が用意されているとはいえ、男女二人きりでは使えない。誰か友人を誘って寮長の許可を得てやっと使える「公認グループデート場所」なのだ。一般的には社交パーティでお互いの気持ちを確かめ合った人たちが使う場所のようだ。
私が今日ここに呼び出したのは、もちろんあの男である。
「おう、来たぜ」
私とルザがいる部屋に、ご機嫌のクドラトと複雑な顔をしたハンカルが入ってきた。ハンカルは扉を潜ると急いで扉を閉める。扉の向こうから何人かの生徒がこちらを覗いているのが見えた。
「もしかして野次馬すごい?」
「すごいってもんじゃないぞディアナ……自分が有名人であることをもう少し自覚してくれ」
どうやらクドラトと私がここで食事をするという噂が回って気になる学生が集まっているらしい。この前のシムディア大会での約束でクドラトの思い出作りとして食事をするだけだ、と説明はしたが、きっと自分の都合のいいように受け取っているに違いない。
もぅいいや、私は演劇クラブの問題が解決できればそれでいい。
連れてくる友人をラクスではなくハンカルに変更したのは口が堅そうなのと、ここにいるのが高位貴族ばかりなのでそのバランスを考えてのことだった。
私とクドラトが向かい合わせでヤパンに座り、ルザとハンカルが同じように座る。寮の使用人が食事を運んでくる間に、他愛もない話をする。
「そういえば言い損ねてましたが、シムディア大会優勝おめでとうございます」
「おう。俺の勇姿をちゃんと見たか?」
「あの新しい技は凄かったです」
「旋風斬か。あれは会得するのに苦労したんだ」
「あれは衝撃の魔石術の応用なんですか?」
「そうだ。あれの小さいものなら授業で習うから、おまえらもいつかは使えるようになるかもな」
あんな派手な剣術は出来そうにないけど。
「そういやおまえのとこにイシークが通ってるらしいな」
「イシーク先輩ですか? なんかその言い方は語弊がありますけど、演劇クラブの見学に来てますよ」
「あいつを臣下にするのか?」
「本人はそのつもりのようですけど、他国の人に仕えるなんて現実的に考えて不可能ではないですか?」
「まぁかなり特別な理由がない限りはな……ただ学生の間だけ仕えるっていうんなら可能性はあるだろ」
クドラトはそう言いつつ嫌な顔をする。イシークが私の側にいるのが気に入らないようだ。
「カタルーゴでは特殊貴族はかなり立場が弱いそうですね?」
「特殊貴族の立場が弱いのはどこの国でもそうだろ。俺は今まで特殊貴族のことを気にしたこともない。弱いやつに興味はないからな」
高位貴族のクドラトにとって、特殊貴族は視界にも入らない存在らしい。「もっと武力を上げないとイシークなんてなんの役にも立たんぞ」と突き放すように言った。
料理が全部ローテーブルに並べられて使用人が下がると、食事を始めながら私は早速本題に入った。
「あのー先輩、実は残念なお知らせがあるのですが」
「あん? なんだ?」
「今日は実は別の目的があって先輩に来てもらったんです」
「は?」
私はクドラトに今日来てもらった理由を話した。シムディア大会以降王子と王女の様子がおかしいこと、練習がうまくいっていないこと、その問題を解決するためにイバン王子について聞きたいこと。クドラトはそれを聞いて眉間に皺を寄せる。
「てめぇ……最初からその話をさせるつもりで俺を呼び出したのか」
「すみません。でもこの約束だって後出しだったわけですから、これでチャラってことにしてくださいよ。それに演劇クラブに困ったことがあったら助けてくれる約束ですよね?」
私がそう言って顔を傾けると、クドラトは渋い顔のまま「……仕方ねぇな」と言ってシャリクを口に放り込んだ。クドラトが怒り出さないかハラハラしていたルザとハンカルはそれを見てホッとしている。
「クドラト先輩は一年のころからイバン様とは仲が良かったんですよね?」
「別に仲が良かったわけじゃない。大国の王子様だとかいって注目されていて女にキャーキャー言われてるのが気に入らなかったから、俺から勝負を挑んだんだ」
「え」
「もちろん周りは止めたがイバンはあの笑顔で『いいよ、勝負しようクドラト』って言ってきやがった。俺はザガルディの王子としてもてはやされているイバンをボコボコにするつもりで勝負に挑んだんだが、逆にやり返されたんだ。手も足も出なかった。完全に敗北したんだ」
「待ってください、学生同士の私闘は禁止されているはずじゃ……」
「それまではそんな決まりなかったんだよ。俺とイバンのその一件があって新しく作られたんだ」
「……そんなことが」
ハンカルが目を見開いて驚いている。私はジトっとした目つきをクドラトに向けた。
「昔から変わってないですね先輩は」
「フンッ。俺の国ではこれが普通だったんだよ。今まで染み付いていたものをすぐに変えることなんてできるか」
私はイシークの顔を思い浮かべながら「そんなこともないよ」と心の中ツッコむ。
「イバンとの私闘で負けたから俺はあいつの言うことを聞いてシムディアクラブに入った。それからはずっとクラブで一緒だ」
「イバン様とレンファイ様のことはクドラト先輩にはどう映ってましたか?」
「あの二人は……似たもの同士だな。立場も考え方も努力の仕方もよく似ている。まぁイバンが陰で努力していることを知ったのはかなり後になってからだが……」
「レンファイ様も同じように努力されているって知っていたんですか?」
「イバンが言ってたからな『努力しているのは自分だけじゃない』って。そこからだ、あいつが王女のことをよく見ているなと気づいたのは。……ただ最近は少し見過ぎだとは思うが」
「そうなんですか?」
クドラトは少し口籠もったあと、「これは誰にも言うなよ」と言ってこの前のシムディア大会の決勝の話をし出した。
「試合の終盤、俺とイバンでバホディルを攻めていただろ? あの時イバンがバホディルの足に攻撃を仕掛けて倒したんだが、それと同時に観客席から爆発音と悲鳴が聞こえたんだ」
「ああ、あの時の音、そっちまで聞こえたんですね」
「俺は試合に集中していたからその音は無視したんだが、イバンは一瞬そっちに視線を動かした。そして固まった。おそらく王女に異変が起こったのを知ったんだろう。イバンに衝撃の魔石術が当たったのはその直後だった」
「……じゃあ、こちらに気を取られたからイバン様は衝撃の魔石術を避けることができなかったと?」
「そういうことだ。普段のあいつなら絶対に避けられたはずだ。全く、試合中に他に気を取られるとは……だから俺は今年に入ってずっと言っていたんだ。『いつもより反応が悪い』って」
「え……それってクドラト先輩の気のせいじゃなかったんですか?」
「そんなわけねぇだろ。あいつとはずっと一緒にやってきたんだ、少しの違いくらいすぐにわかる。その原因は演劇クラブとの掛け持ちのせいだと思っていたが……どうやらそうじゃなかったみたいだな」
「……レンファイ様が原因だと?」
「多分な。詳しくはわからんが、あいつが王女のことを気にしすぎているのは事実だ。その証拠にケヴィンやアードルフはイバンが王女に近づきすぎないようにずっと見張ってるだろ」
「え? そうなんですか?」
「なんでわかってないんだよおまえ……俺よりあの二人と一緒にいるだろうが」
「私はクドラト先輩みたいにイバン様のことをずっと見てるわけじゃありませんから」
「気持ちの悪い言い方をするな」
うえっと言う顔をしてクドラトは私を睨むが、ずっと見てるのは事実だと思う。
「去年はそんなことなかったですよね?」
「そうだな。今年になってからだ、酷くなったのは」
「去年と今年で変わったことってなにかありますかね?」
「さぁな。俺らが今年で卒業するってことくらいじゃないか?」
卒業……か。卒業すればあの二人の関係は微妙に変わるよね。王女はすぐに王位を継ぐし、イバン王子も将来王位につけば二人は牽制しあう大国の代表という関係になる。この先敵対することだってあるはずだ。
「そういえばイバン様はリンシャークの内輪揉めについても心配していたな」
ハンカルが思い出すようにそう呟く。
「あいつ他国のことにまで口出ししていたのか? らしくねぇな」
「それだけレンファイ様のことを心配していたんだと思いますけど……確かにイバン様らしくはないですね」
それからよく考えても、結局イバン王子がなにを感じて心を揺らしているのか、私にはわからなかった。
「あぁー……もぅ、もどかしいなぁ。二人が直接本音を話し合えたらすぐに解決できそうなのに。このままじゃ練習できないまま時間が過ぎちゃうよ」
二人について肝心なことがわからないということがわかって、私は貴族らしい態度を崩して思わず愚痴った。恵麻時代の学生同士のトラブルと違って立場が違い過ぎてどうすればいいのかわからない。
クドラトはそんな私の姿を見て「弱音を吐くおまえもいいな……」とワケのわからないこと言ったあと、
「あの二人に本音を話させる機会なんて、おまえだったら簡単に作れるだろ」
と言ってニヤッと笑った。
王子と王女について周りから聞くことにしたディアナ。
約束を利用してクドラトから二人のことを聞き出しました。
それでも肝心なことはわからず……しかし、
クドラトにはなにやらアイデアがあるようです。
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二人の本音を大砂嵐、です。