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生まれた違和感


 シムディア大会を観にきていた学生たちがざわざわしながら大講堂から出ていき、私たちの席の近くで爆発を目撃した人たちも学院騎士団の事情聴取が終わるとそれに続いて帰らされた。

 今残っているのはレンファイ様とその側近たち、そして私とルザである。私は最初に異変に気づいたということで残されたのだ。

 私たちの元へ学院騎士団長のエルベクが到着し、レンファイ様から事情を聞いている。エルベクはクィルガーと同じくらいの年齢に見える男性で、茶色い髪に優しそうな焦茶色の目をしている。思ってたより若い。

 

 学院騎士団は王宮騎士団の若手が配属される部署だから団長も若いんだろうけど、こんな優しそうな人が学院騎士団をまとめられるのかな?

 

 私がエルベクを見てそんなことを思っていると、レンファイ様がチラチラと大講堂の入り口を見ているのに気がついた。担架で運ばれていったイバン王子のことが気になるのだろう。私も気になるが、今はこちらの原因を知るのが先だ。

 

「レンファイ様、やはりキスラが使われたようです」

 

 エルベクとレンファイ王女の元へ、騎士たちと一緒に爆発した食器を調べていたシャオリーがやってきてそう報告する。

 

「やっぱりね……ホンファ、本当に体にダメージはない?」

「はい。幸い肌には少量しか到達しなかったようで、火傷もしていません」

「レンファイ様、キスラというのはなんですか?」

 

 私は王女の方へ近づいてそう質問する。

 

「リンシャークによくいる小さな魔物よ。体内に強酸を蓄える器官があって、命の危機を感じると自爆してその酸を撒き散らすの。その性質を利用して武器として使われたりもするわ」

「え……武器ですか?」

「水の入った小袋にキスラを放り込んで敵に投げるのよ。息ができなくなったキスラが溺死する直前に爆発する仕組みなの」

 

 うへぇ……酸爆弾ってことか。結構えげつない。

 

 私が聞いた変な音はそのキスラが死ぬ直前に発する鳴き声なんだそうだ。

 

「ではさっき運ばれてきた食事の中にそのキスラが仕込まれていて、時間差で爆発したってことですか?」

「そのようね。シャオリーはこう見えて鑑識眼があってね、事件の痕跡を調べるのが得意なの」

 

 なんと、いつものほほんとしているシャオリー先輩にそんな特技があったとは。

 

「爆発した周辺にキスラの破片がいくつか飛んでいましたし、酸の種類もキスラのものと一致しましたから」

 

 シャオリーはいつものふんわりした笑顔でグロテスクなことを言う。言っている内容と顔が合ってない。それを聞いたエルベクが一緒に調べていた騎士たちにも確認を取る。犯行に使われた手段はキスラで間違いないようだ。

 

「レンファイ様、犯人に心当たりは……」

「……ありますが、ここでお話しすることはできません」

 

 レンファイ王女はエルベクにそう言って私をチラリと見る。

 

 ああ、私には聞かせたくない話、つまり自国の問題なんだろうな。

 

 そこへ、食事を運んだという学院の使用人が連れてこられた。レンファイ王女の側近たちに手首と肩を押さえられ、顔は青ざめている。その女性は私たちの近くまで連れてこられると、膝をつきガックリと項垂れた。恐怖で肩が震えている。

 

「レンファイ様、この女です」

「事情は聞いたの?」

「はっこの女がレンファイ様の元へ食事を運ぶ途中で、そのワゴンに『レンファイ様への料理の追加だ。これを必ず王女の前へ出してくれ』とスープの入った食器を乗せた男がいたそうです」

「それは、学生ね?」

「はい。マントを羽織っていたので学生だと思ったとこの女は言っています」

「寮の色はわかって?」

「黄色だそうです」

 

 レンファイ王女がそれを聞いて目を細める。

 

 黄の寮に酸爆弾を仕込んだ犯人がいるんだ……。

 

「直接質問してもいいかしら」

 

 王女がそう言うと、側近は使用人の女性の頭をぐっと手で押し下げて一緒に跪く。

 

「レンファイ様からの質問だ。答えを偽ればその首が飛ぶ」

「はっ……はいっ」

 

 使用人は可哀想なくらい震える声で床に額をつけながら返事をした。レンファイ王女はその女性を見下ろしながら口を開く。

 

「そのスープを置いた学生について覚えていることがあったら教えなさい。髪型、顔の形、目の色、服装、装飾品、なんでもいいわ」

「か、髪や顔は青いターバンで覆われていました、ので、わ、わかりません。目の色は緑色だったと思います。ガッチリとした体型で……ふ、服は……地味な灰色でした。装飾品……は、あ、そういえばスープの食器を持っていた手に指輪がありました」

「指輪……」

 

 その答えにレンファイ王女がピクリと眉を寄せる。

 

「その指輪は銀の指輪?」

「は、はいっ銀色に光っていました。上の部分が平らになっていて……模様のようなものがありました」

「どんな模様かまでは覚えてないわね?」

「……さ、三角の形をした模様が入っていたように思います……っ」

 

 絞り出すようにして女性が答えた言葉に王女の側近たちが息を呑むのがわかった。

 

「団長殿、私の国の人間であっても、その者を捕らえるのは騎士団にお願いしなくてはいけないのかしら?」

「はい。学生の捕縛は学院騎士団、寮の探索については寮長の協力が必要です」

「では黄の寮の寮長に許可をもらって私の側近とともに、ある学生の確保をお願いします。もうすでに証拠隠滅を図っているでしょうから急いで欲しいのですけれど」

「おい、第一班、レンファイ様の側近を連れてすぐに行け! 先に寮長のガラーブに話を通せよ!」

 

 エルベクが王女の要請を受けてすぐに命じる。レンファイ王女も側近に「キンバ家の息子を捕らえなさい、他のアト族も見張るように学生たちに通達を」と命令した。それを受けて騎士や側近たちが走り出す。

 レンファイ王女の顔は次期国王に相応しい威厳に満ちていた。

 

 これが国の代表者となる人のオーラか……すごいね。

 

 爆発の原因もわかり、犯人の目星もついたということで私はここで帰された。私と入れ替わるように大講堂にオリム先生が到着する。あとはオリム先生と学院騎士団とレンファイ王女で進めていくようだ。

 大講堂から一階へ上る階段を進みながらルザと話をする。

 

「大変なことに巻き込まれましたね、ディアナ」

「そうだね。でも自国の人に狙われるなんてレンファイ様も大変だね……」

「リンシャークの内輪揉めは収まったと思っていましたが……。しかしディアナに怪我がなくて良かったです」

「みんな無事でよかったよ。あ……そういえばイバン様は大丈夫かな」

 

 イバン王子が倒れた時の状況を見ていなかったので、あっちのことは全然わからない。

 

「ラクスが医務室を見てくると言っていたので、あとで報告してくれるのではないでしょうか」

 

 同じクラブの仲間であっても、男性が休んでいる部屋に女性が訪れるのは貴族的にはアウトなので私たちは見にいけないのだ。

 

「とりあえず寮に戻ろっか」

「はい」

 

 

 寮に戻る途中で学院騎士団とレンファイ王女の側近によって連行される学生とすれ違った。手にはすでに錠がかけられている。

 

 ……ん? どこかで見たことある顔だね……。

 

「あ」

 

 思い出した。先週末にハンカルに自分の郵便物がないか詰め寄っていた人だ。

 

 確かそのあとで手紙を無事に受け取って『間に合った』とか言ってたよね。あとでレンファイ様に報告した方がいいかな?

 

 悔しそうな顔をして俯くその学生を見送って、私は寮へ戻った。寮の中は捕縛を目撃した学生たちが廊下や玄関ホールに出てきていて騒然としている。現場に最後まで残された私に何人かが話しかけてこようとしたので、私はルザと急いで部屋へ戻った。喋られることなんてなにもないのだ。

 そのあと夕食時に食堂でラクスからイバン王子の様子を教えてもらう。

 

「俺が医務室に行った時にはすでに意識は戻ってたよ。頭部に攻撃を受けたことで気を失っていたらしい。癒しで傷は塞がったから大丈夫だ、とイバン様は笑っていたけど、クドラト先輩は『なにが大丈夫だ! 心配させやがって』って怒ってた」

 

 イバン王子が大好きだもんねクドラト先輩、そりゃ怒るよ。

 

「試合の最後になんでイバン様が怪我をしたのかわかった? 私、その時の様子全然見てなくて」

「俺もレンファイ様の方を見てたからわかんなかったんだけど、知り合いのシムディアクラブのやつに教えてもらった。クドラト先輩とイバン様がバホディル先輩と戦っていて、イバン様の攻撃がバホディル先輩の足に当たった。それでバホディル先輩が倒れて、イバン様がその首に剣を突き付けようとしたところ、水色チームの選手から放たれた衝撃の魔石術がイバン様の頭部に直撃したらしい」

「うわ……」

 

 その時の映像が頭に浮かんで私は思わず顔を顰める。

 

「水色チームよりクドラト先輩がバホディルに剣を突きつけるのが早かったから勝てたけど、結構危なかったみたいだ」

「それよりその衝撃の魔石術はかなりの不意打ちだったのかな? バホディル先輩もいるのに衝撃を放つのは危ないと思うから予想していなかった?」

「俺もその辺が気になったから聞いたんだけど、放った選手は倒れたバホディル先輩から二人を引き離そうと牽制のつもりで衝撃を放ったらしい。それが運悪くイバン様に当たったんだって」

「そうなんだ……じゃあたまたま怪我しちゃったってことなんだね」

 

 誰かに故意に狙われたとかではないようで、少しホッとする。

 

「イバン様は『あれを避けれなかったなんて我ながら情けないよ』って笑ってたけどクドラト先輩はムスってしてた」

「イバン様、体は大丈夫なのかな? 演劇クラブの練習に来れそうだった?」

「おう。医務室で少し休んだら寮に戻るって言ってたし、こっちの練習にも行くからって言ってたぞ」

「そっか、よかった」

 

 

 

 それから数日後、演劇クラブの練習日になった。

 イバン王子はあれからすぐに授業にも復帰していたようだし、レンファイ王女の件も一応決着がついたらしい。私は詳細は教えてもらえなかったけど、内密部屋でソヤリにその件を報告した際に「リンシャークの国の中で解決したそうです」と言われたのだ。

 レンファイ王女は他国の私や周りの学生に被害が及ぶかも知れなかったと、アルスラン様に謝罪の手紙を送ったんだそうだ。今回は被害が限定的で犯人もすぐに捕まったことから、アルスラン様も大事にはしなかったらしい。

 

 思わぬことが起こったけど、まぁ演劇クラブの練習に支障がないんだったらいっか。

 

 と私は気楽に考えて練習室に向かったのだが、その日の練習で予想外のことが起きた。

 イバン王子とレンファイ王女の様子がなんか変なのだ。最初に挨拶をした時も、基礎練習の間も特に変わった様子はなかったのに、立ち稽古になって二人が演技を始めると、どうにもおかしな雰囲気になる。

 

 なんか、二人の間の空気が固い? それに二人ともお互いに目を合わせてないよね?

 なんだろう? なにかあったのかな。

 

 周りのメンバーも違和感を感じているようだが、演技自体はできているのでなにも言わない。たまにチラチラと私を見て「あれ、大丈夫なのか?」というような顔を向けてくる。私はもう少し様子を見るためになにも言わずに稽古を続けた。

 だがその違和感は踊りの場面になって酷くなった。主人公の二人が出会ってお互いに惹かれ合い、昂る気持ちを表すために踊る踊りがちっとも楽しく見えないのだ。

 

「ストップ、止めてください」

 

 あまりの酷さに私は思わず踊りを止めた。そしていつも休憩する小上がりにきてもらうよう二人に言う。さすがにみんなの前でズバズバと注意はできない。

 他のメンバーには踊りの練習を続けてもらうように言って、私は二人と小上がりに上った。

 

「で、なにがあったんですか? 今日のお二人はなんか変ですよ」

 

 座った途端私がズバッと聞くと、二人はチラリとお互いに目をやって黙り込んでしまった。

 

「今日の演技も踊りも酷い出来になっているの、気づいてます?」

「……そんなに酷かったかな」

「いつも通りにやったつもりなのだけど」

 

 と、王子と王女らしからぬ言葉が出てきた。いつもならこんな言い訳みたいなこと言わないはずだ。

 

 おかしい、本当になにか起こってる。

 

「イバン様、もしかして体のどこかが悪いんじゃないですか? 本当にシムディアの怪我は治ったんですか?」

「え? あ、ああ……もちろん、体は大丈夫だよディアナ。すまない、心配させてしまって」

「本当に大丈夫なの? イバン」

 

 イバン王子の向かいに座るレンファイ王女がそう言ってじっとイバン王子を見る。なにか言いたいけど、我慢しているような、そんな目だ。

 

「大丈夫だって。それより君はどうなんだ? 無理をしているんじゃないのか?」

 

 今度はイバン王子がそう言ってレンファイ王女を見つめる。お互いに心の中の真意を探ろうとしているような雰囲気になって間にいる私は落ち着かない。

 二人はお互いに言いたいことを言えない立場にいる。それでも今までは二人の間に分かり合えているような特別な空気が流れていたのだ。それが今は揺らいでいるように見えた。

 

 なんかお互いに不信感を抱いてる? ううん……不信感っていうより戸惑い……なのかな。

 

 さっきの演技を見ていても嫌悪感を持っているようには見えなかった。どちらかというと距離を計りかねている感じだ。

 

 あーもぅ、もどかしいなぁ。大国の王子と王女じゃなかったらズバッと聞いちゃうのに。二人が本音で話ができたら一番いいけど、二人が密室で会うなんてことは不可能だもんなぁ。

 

 だがこのままでは練習ができない。困った。

 私はチラリと踊りの練習しているメンバーを見た。王子と王女のお付きのメンバーはこちらを気にしつつ、練習に励んでいる。

 

 こういう時は、周りに聞くしかないか。

 

 私はそう決めて、その日の二人のメニューを個別の演技指導に変えた。

 

 

 

 

レンファイ王女の指示によって爆発事件の犯人は捕まりました。

イバン王子も無事でホッと一安心しましたが、

なぜか王子と王女の様子がおかしい。困りました。


次は 約束の食事会、です。

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