シムディア大会 前哨戦
シムディア大会当日、私たち演劇クラブのメンバーはみんな揃って大講堂にやってきた。去年は観戦しなかったファリシュタや他の女子メンバーたちも「シムディアは怖いけど、ディアナが考えたシムディア・アインだったら観てみたい」と言うので全員でやってきたのだ。
レンファイ様とお喋りしながらフィールドを突っ切り、観客席への階段を上っていく。大国の王女と行動を共にするのはめちゃくちゃ目立つのだろう、周りの観客席にいる学生たちからかなり注目されているのがわかった。
用意されていた特等席に演劇クラブのメンバーたちが座る。特等席の一番いい席にレンファイ様、その左右にホンファとシャオリーが、王女たちの前列に私とファリシュタとハンカルとラクスとチャーチ、さらにその前列に他のメンバーが座る。
ルザは私のすぐ後ろに控えている。特等席は広いので一人くらい同じ席にいても全く気にならないのだ。チラリとレンファイ王女の方を振り返ると、ホンファとシャオリーの他にも王女の後ろやその横に複数の学生が控えているのが見えた。同じ系統の服を着ていることから、彼らはリンシャークの学生であることがわかる。きっと王女の護衛だろう。
「ディアナ、あそこ」
「え? あ……」
右隣にいるハンカルに言われてその護衛たちの後ろを見ると、そこにイシークがいることに気づいた。彼は演劇クラブメンバーではないので特等席に招待されてないが、自力で私の近くの席を確保したらしい。イシークは私と目が合うと「なにかあれば命じてくれ!」と目を輝かせている。
うん……やっぱり柴犬だ。
「すごいですわ……特等席ってこんなに豪華なのですね」
「わ、私がこんないい席にいていいんでしょうか」
前列に座っているイリーナとナミクが席に用意された果物や飲み物を見て驚いている。ファリシュタも同様だ。
「相変わらずいい席だな! 去年に続いてここで観れるなんて嬉しすぎるぞ」
ラクスはそう言って早速果物をもぐもぐと食べている。チャーチは周りに素敵な女性がいないかさりげなくチェックしていた。
開始時間になるまでの待ち時間に、シムディアクラブのメンバーから大会の日程に関する案内があった。それによると、一日目は前哨戦であるシムディア・アインと、本戦であるシムディアの一回戦の半分が行われ、二日目に残りの試合と、準決勝と決勝があるらしい。
「シムディア・アインがあるから二日目が結構詰め詰めの日程になったんだね」
「元々二日目は余裕のある進行だったから問題ないんじゃないか?」
私はハンカルと話をしながら去年のシムディア大会のことを思い出していた。
そういえばあの事件から一年が経ったんだね……。
去年の試合中にバチカリク家の息子が投げた剣が私に向かって落ちてきた映像が頭に浮かぶ。
あのころはカミラからの嫌がらせもあったし、アラディナさんに護衛してもらったりしてピリピリしてたなぁ。
「ディアナ? どうしたの?」
「ううん、ちょっと去年の大会を思い出してただけ」
「ああ、あの一日目は派手な試合が多かったからな」
私が剣で狙われていたことを、ファリシュタもハンカルも知らない。観客席にいろんなものが飛んできて大変だったという印象しかないのだ。
「シムディア・アインの方は大丈夫だと思うけど、今年もなんか飛んできたりするのかな」
「観客席に攻撃が飛んでくることの方が珍しいからな。大丈夫じゃないか? それに学院騎士団の人たちもいるし」
私の問いにラクスが飲み物を飲みながら答える。会場内を見回すと、学院騎士団がいろんなところに立っているのが見えた。
どこかにアラディナさんもいるかな……。
「ん?」
私はそこで向かい側の観客席の方で、変な動きをしている騎士を見つけた。ぴょこんぴょこんと何故かその場で飛んでいるのだ。遠くて顔までは見えないが、その体型からもしかして……と嫌な予感が頭をよぎる。
「あ、まさか……」
と、あることに気づいてその飛んでる騎士の反対側、今私が座っているところの右側を凝視した。
「やっぱりいた」
そこには双子の片割れがいて、向かいの騎士に答えるようにぴょこぴょこ飛んでいる。トグリとチャプのどちらなのかは声を聞かないとわからないが、どうやらお互いに「ここにいるよ」と合図を送っているらしい。
「なにしてんだろ……」
私に見つからないのが課題ではなかったのか。
見つけてしまう私もあれだけど……恥ずかしいよ、もぅ。
「ディアナどうかした?」
「……なんでもない」
私は双子のことは考えないことにして、開始の時を待った。
「みなさん、お待たせいたしました。これより新しいシムディア競技であるシムディア・アインを行います!」
クラブのメンバーによる合図で、フィールドに十数人の選手が登場した。全員シムディアを行う時よりも軽武装だ。進行役の人が観客にシムディア・アインの説明を始めている。
「あ、クドラト先輩もいるぜ」
「ホントだ」
選手の中に一人だけでかい人がいると思ったらクドラトだった。
「先輩、こっちにも出て本戦にも出るのかな?」
「そうだろうな」
「体力ありすぎだろ」
とハンカルとラクスと喋っていると、クドラトがこちらを見上げて私を見つけ、ニッと笑いながら拳を軽く上げた。
う……別に合図なんか送らなくていいのに。
クドラトと私の関係を知っているみんなはそれを見てクスクスと笑っている。
「ディアナ、手振りかえしてやれよ」
「クドラト先輩のやる気が出るんじゃないか?」
「やだよ!」
ニヤニヤと笑っているみんなをジトッと睨んで、私は口をへの字に結ぶ。ファリシュタがそれを見て「ディアナのその顔クィルガー様そっくりだね」と笑っている。
もぅ、みんな面白がって……!
シムディア・アインの説明が終わって、最初の試合が始まる。どうやら個人戦とチーム戦どちらもするらしい。個人戦は一回戦だけで勝敗が決まり、チーム戦は私がやったのと同じように三回戦まであるみたいだ。
個人戦に出てきたのはクドラトともう一人の男子だった。
「先輩は個人戦か。まぁチーム戦には向いてないよな」
「先輩の使う衝撃斬は威力が強すぎるからな」
選手たちはフィールドの外側に出て、そこに顧問のアサン先生とクラブ長であるイバン王子がアクハク石を移動させていく。学院でのイケメン代表のような二人が出てきて、観客席の女生徒たちが一斉に黄色い声を上げた。
「相変わらずすごい人気だね」
「特にイバン様は今年で卒業だからな。シムディアで見られるのも今回で最後だから応援にも熱が入るんだろう」
「そう言われるとなんだか寂しい気持ちになるね」
イバン王子やレンファイ王女がいなくなった来年からはどんな風になるんだろう。
個人戦のステージが出来上がり、そこにクドラトと相手選手が入っていく。今回のステージはわかりやすい形だ。左右の端にヴァキルの乗った一段積みの広い台があり、その台の少し前にアクハク石が壁のように横一列に並んでいる。その壁は三段積みだ。
「お互いの自陣にそれぞれ壁が立っているんだな。ディアナ、あのヴァキルの前に立った場合、壁の向こうの相手は見えるのか?」
「うーん……壁は三メートルあるからねぇ。クドラト先輩でもギリギリ見えるか見えないかくらいじゃないかな。私は全然見えなかったけど」
私は自分が戦った時の迷路のステージを思い出す。
「ヴァキルが相手正面を向いているからヴァキル前からあまり離れられないし、正面の壁を崩していって遠くから狙うしかないかな……個人戦は魔石術も武器も使っていいんだよね?」
「そうみたいだな」
私が作戦を考えている間に試合開始の合図が鳴った。
試合が始まった途端、クドラトは素早くヴァキル前から離れて台をおり、いきなり真正面の壁に向かって衝撃斬を放った。
ドゴォォォォォン‼
という大きな音とともに自陣の壁の真ん中あたりと相手側の壁が砕け散る。
「えええっいきなり⁉」
「お、相手はそれを予想してたみたいだな。衝撃の魔石術で飛んできた石を全部防いでる」
見ると相手側の崩れた壁の破片は、相手選手とその後ろのヴァキルには届いていない。
「やると思ったよ」
「へっ予想済みか」
二つあった壁の真ん中あたりがぽっかりと空いて、クドラトと相手がその間から睨み合う。本当は選手を攻撃したらダメなのだが、今のは「壁を壊しただけ」と言うつもりなのだろう。審判からも特に注意は飛ばない。
だがこのまま相手に向かってなにかを仕掛けることはできない。どうするのかなと思っていたら、相手選手が弓を出してクドラトではなく上に向かって矢を放った。
矢は大きく弧を描いてクドラトを飛び越え、後ろのヴァキルに飛んでいく。特に強化のかかっていない矢をクドラトは軽い衝撃の魔石術で弾いた。と、その隙に相手選手が自陣の壁にさっと隠れた。
「む?」
矢を見ていたクドラトは相手がどちらに隠れたのかわからなくなった。ヴァキルは正面に見えているからそのまま攻撃はできるが、どうせ左右どちらかの壁から相手が防ぐだろう。クドラトがピタリと動きを止める。
観客席からは相手は丸見えだ。クドラト側から見て右側の壁に隠れている。
そこでなにをするつもりなんだろ。
相手選手はなにやらゴソゴソと腰袋からなにかを取り出し、二つの壁の間に向かってそれを投げた。投げられたものはフィールドの真ん中から少し横にずれた位置にポスンと落ちた。
「なにあれ?」
「小さな布袋の重りに、旗のようなものがついてるな」
「あの旗になんか書いてるぞ?」
武器の攻撃でも魔石術でもないものの出現に観客席がざわつく。クドラトも自陣の壁の間から顔を出してそれを見つめ、「んん?」と旗の字を読もうと眉を寄せた。
そして「なんだと⁉」とクワッと目を見開いたかと思うと、ダッとその旗の方へ走り出した。まるで餌に釣られた獣である。
「ちょっと先輩! 正面がガラ空きになりますよ!」
「なに考えてんだ!」
シムディアクラブのメンバーからも声が飛ぶ。もちろんその隙を逃すはずもなく、相手選手が壁の間から出てきて、クドラトがいなくなった正面に向かって衝撃の魔石術を唱えた。
クドラトはさっきの旗を走りながら掴みつつ、その衝撃の魔石術に向かって衝撃斬を放つ。衝撃斬は速い。バァァァン! と相手の衝撃を弾いて、そのままクドラト側の壁の端にぶつかった。砕けた破片がフィールドの横側にいた人たちに飛んでいく。
「うわぁ!」
「ぎゃあっ」
「うひぃ!」
そこにいるのは主にシムディアクラブのメンバーたちだ。学院騎士団がそれを見て「君たちは上へ上がれ!」と誘導している。
シムディア・アインをやる時は一階には誰もいない方がいいよね。危ないし。
相手選手は魔石術が防がれたとわかった瞬間、クドラトのヴァキルに向かって走り出した。それを見てクドラトも相手側に走っていく。もうこうなったらどちらが先にヴァキルに攻撃を届けることができるかの勝負になる。
「『キジル』衝撃を!」
先に魔石術を唱えたのは相手選手だ。放たれた赤い光がヴァキルに向かって一直線に飛ぶ。少し遅れてクドラトが同じように衝撃の魔石術を唱える。
「なんで衝撃斬を使わないんだ⁉ あっちの方が速いのに!」
「衝撃斬だったらヴァキルが砕けちゃうんだよ、ラクス」
相手選手もそれがわかってたのだろう、予想通り相手選手の衝撃の魔石術の方が少しだけヴァキルに届くのが早かった。
カァァァァン!
「そこまで!」
「おおー」
「ああー! 負けちまった」
「惜しかったね」
クドラトを応援していたらしいラクスとファリシュタが残念がる。
「……なんで途中であの旗を取りに行ったんだろ」
「確かに不思議だな。あれがなければどうなっていたかわからないぞ」
私の疑問にハンカルが答える。
フィールドではクドラトと相手選手が中央に戻ってきてなにやら話している。周りの拍手や歓声に紛れて聞こえてにくいが、なんとかエルフの耳で捉えることができた。
「おい、これは本当なんだろうな」
「許可は取ってないが本当だ」
「本人に言ってないのかよ!」
「あとで俺がお願いしにいくから大丈夫だって」
「絶対だからな!」
なに? なんの許可なの?
試合に勝った選手と負けた選手がするような会話じゃない気がするけどなんなんだろう。
それからすぐにチーム戦が始まったので、私はクドラトのことは横に置いておいてそちらに集中する。チーム戦は五対五に分かれて戦うのだが、衝撃の魔石術が複数人から飛び交う状態は危険なため、ヴァキルを狙う攻撃に赤の魔石術は使えないルールになっている。
なるほど、直接的な攻撃はできないからどちらかというと頭脳戦になるんだね。よく考えてるなぁ。
私が新シムディアは危険の少ない競技にしたいと言っていたのをちゃんと覚えてくれていたらしい。
試合は出来上がったステージを作戦担当選手が素早く分析して作戦を決め、それに従って他のメンバーが動いていく。
魔石術を使う一回戦は移動や強化の魔石術を利用して相手を翻弄させ、隙をついて小石を当てて勝負が決まり、二回戦は武器しか使えないのでお互いの選手が動きまくり、見ているだけでとても楽しめる試合となった。
同じチームが二勝したので三回戦は行われなかったが、前哨戦にしてはなかなかに盛り上がったと思う。真剣勝負が苦手な女生徒たちも十分に楽しめたようだ。
ふふふ、これは娯楽としてイケるね。もっとルールやアイテムを工夫すればメジャーなスポーツにすることができる気がする。
私は盛り上がっている観客たちを見ながらにんまりと笑った。
そのあとに行われたシムディアの本戦にはイバン王子のチームは出なかったので、私は気楽に観戦した。相変わらず激しい競技だけど、去年のように武器が飛んでくることもなかったので意外と楽しめた。ファリシュタも「ドキドキしたけど、思ったより楽しかった」と戸惑いながら笑っていた。
「あー、明日はいよいよイバン様の出番だな。楽しみだ」
一日目の日程が終わり、ラクスが伸びをしながら立ち上がる。正直本戦を一日中見るのは精神的にキツいけど、イバン王子にせっかく席を取ってもらってるし、王子の最後の大会だからということで私も明日は見ることにした。ファリシュタとイリーナは来ないらしい。
「ナミクはどうするの?」
「あ、私はその、実はこういうの観るのは好きなので……よければ観たいです」
変わったことがやりたくなる性分のナミクは、シムディア観戦も好きらしい。一緒に見ていたエルノよりも熱中しているのは後ろから見ててもよくわかった。
そんなナミクを微笑ましく見ていると、チャーチが声をかけてきた。
「ディアナ、ディアナと話がしたいって人が来てるけどどうする?」
チャーチの方を振り返ると、見覚えのあるような男子生徒が立っている。その人が着ている軽武装を見て「あ」と気づいた。
「さっきクドラト先輩と対戦した人ですか?」
「はは、当たり。急にすまないが、少しいいかな?」
「なんでしょう」
私は立ち上がり、ルザとハンカルに左右を挟まれる形でその人と向き合う。
「……実はさっきの対決の時にクドラトと約束したことがあってね。これなんだが……」
その人は重りのついた旗を取り出して私に見せた。さっきクドラトが吸い寄せられるように取りに行ったやつだ。その旗に書かれていた文字を見て、私は「はぁぁぁぁ⁉」と声を上げた。
そこには「この旗を取れたら、ディアナと食事ができるぞ」と書かれていたのだ。
「なっなんですかコレは‼」
「クドラトをおびき寄せるための餌だよ」
「こ、こんなものを……っ」
その旗を掴んで私がわなわなしていると、それを覗き込んだラクスが弾けるように笑い出した。
「あはははは! ウソだろ! そんなのをノコノコ取りに行ったのかよ! クドラト先輩面白すぎ!」
お腹を抱えて笑いながらラクスは周りにいるメンバーにも書かれていた内容をペラペラと喋る。
「やめてラクス! こんなこと広げないで!」
私が急いで止めるけど、もう遅かった。みんなニマニマと笑っているし、レンファイ様まで笑いを堪えた顔になっている。
「すまないが、コレ約束しちゃったんだ。よかったら叶えてやってくれないかな?」
「嫌ですよ! なんで私がクドラト先輩のために食事しなきゃいけないんですか」
「そこをなんとか、この通り!」
「勝手にやったのはそちらなんですから、私が約束を守る必要なんてありませんよ」
学生同士の食事というと普通なように聞こえるが、男女となれば話は別だ。友達同士でご飯を食べよう、というのとは違って面会と同じように正式な食事会になる。つまり、気がある男女同士がやるようなイベントなのである。
「頼むよ。あいつの学生時代最後の思い出として叶えてやってよ」
「絶対嫌です」
ひつこく頼む男性に私は冷たく断る。大体求婚は断ったのに食事はするなんておかしいではないか。
そこにラクスが男性を庇うようにして言った。
「でもディアナ、ディアナがその約束を果たしてくれるとわかったら、クドラト先輩は明日めちゃくちゃ張り切ると思うぞ」
「だからなに?」
「クドラト先輩が活躍したら、それだけイバン様のチームが勝つ確率が上がるってことだよ」
「おお! その通り! イバン様のチームは間違いなく有利になると思うぞ!」
「ですよね! イバン様が勝つことは演劇クラブのためにもなると思うぞ。どちらのクラブも手を抜かないと言っていたイバン様の勇姿を見るために『じゃあ今度は演劇クラブの公演を観るか』ってたくさんの人が来るかもしれない」
「う……」
演劇クラブのためになると言われて私は一瞬狼狽える。
「別に二人きりで食事しなくてもいいんだ。昼飯をみんなで食べてるところに参加させてもいい。だから頼む!」
「ディアナ、演劇クラブのためだと思って!」
なぜかラクスもその男性と一緒にお願いポーズを取る。
……絶対面白がってるでしょ、ラクス。
私は深く深くため息をつくと、腰に手を当てて言った。
「わかりました、食事してもいいとクドラト先輩にお伝えください。ただし、場所と時間と人数はこちらで決めさせてもらいますから」
「おおお、ありがとう! 助かるよ! 君に断られたら俺あいつと一騎討ちしなくちゃいけないところだったんだ! 早速伝えてくる!」
と、男性は飛び跳ねて喜び、足取り軽く去っていった。
……一騎打ちさせればよかったかな。
その後ろ姿をジトッと睨みながら私は再びため息をついた。
シムディア大会が開幕しました。
まずは前哨戦のシムディア・アインで盛り上がります。
一日目の終わりにとんでもないお願いをされたディアナ。
本戦はどうなるのでしょうか。
次は シムディア大会 本戦、です。