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大国の事情と届いた手紙


 レンファイ王女とイバン王子が練習室で話し合いをした日、クラブの練習が終わったあとに私はハンカルから事情を聞いた。

 それによると、練習室にイリーナとハンカル、レンファイ王女とホンファとシャオリーがいたところ、イバン王子がやってきて話がしたいと言ってきたらしい。王族同士の話ということでハンカルたちは部屋を出され、中には王子と王女、ホンファとシャオリーが残ったんだそうだ。

 

「イバン様が思い詰めた顔をされていたからな、ディアナが来るまでならという条件で部屋を使ってもらうことにしたんだ」

「そうだったんだ……。対応ありがとね、ハンカル」

「大国同士の二人がこっそり話をするなんてここ以外ではできないからな……。もちろん俺もイリーナも今日のことは心の中にしまっておくつもりだ」

 

 普通王族同士の交流は正式な面会手続きをしないとできない。しかもお互いお付きの人がいる状態で、会話を聞かれる前提で話す。そもそもこっそりと話をするなんてことができない身分の人たちなのだ。その機会を設けたということ自体、周りには知られない方がいい。

 

「そんなことをしてまで、なにを話したかったんだろうね……」

「ディアナは中の話が聞こえてたんじゃないのか?」

 

 ハンカルが私の耳を見ながら言う。

 

「内容は聞こえたけど、イバン様がレンファイ様のことを心配してたってことくらいしかわかんなかったよ」

「……やはりリンシャークの学生のことか」

 

 ハンカルが腕を組んで思案顔になる。リンシャークの学生の間で諍いがあることはハンカルも知っているらしい。

 

「俺だけじゃない、情報に(さと)い他国の学生たちにはもう知れ渡っている話だ」

 

 私はそれを聞いてルザと目を合わす。どうやら思ってた以上にリンシャークの内輪揉めの話は広がっているようだ。

 

「私たちにできることってなにもないよね?」

「そうだな……レンファイ様にとっては自国の問題を他国の学生に心配されても迷惑なだけだからな」

「え……迷惑って?」

 

 心配すること自体は間違っていないと思うけど。

 

「ディアナ、レンファイ様は卒業後すぐに国王になられる。その人物が自国のいざこざを押さえ込むことができない、しかも他国の学生にまで心配される状況というのは、レンファイ様にとっては屈辱的な出来事なんだよ」

「ええっ」

「あの大国を治めていくんだぞ? レンファイ様の覚悟は相当なものだと思う。ディアナやイバン様はレンファイ様と親しくしているから、二人から心配されてもそんな風に受け取らないかもしれないが、自分のことを情けない、とは思われるんじゃないかな」

 

 情けない……か。それはなんとなく思いそうだね。

 

「じゃあやっぱりなにもしない方がよさそうだね」

「そうだな。せめて演劇クラブにいる間はその悩みを忘れることができればいいんじゃないか? ディアナならできるだろ?」

「うん、そうだね。少しでも気が紛れればいいな、ってスタンスでいくことにするよ」

 

 

 それからは演劇クラブの時も、一級授業の時もレンファイ王女はいつもの態度を崩さず、グルチェ王女からこっそり心配の声をかけられても「大丈夫よ」と笑顔で答えていた。イバン王子はなにか言いたそうな顔をしているが、他の学生の目があるのでなにも言わない。

 私とグルチェ王女はそんな二人の様子を黙って見守りながら授業を受けた。ユラクル王子だけは変わらない笑顔でグループにいる。

 

 うーん、ユラクル様だけが唯一の癒しだね。

 

 

 二の月に入って、どうやらリンシャークの内輪揉めは解決したらしいという情報かルザからもたらされた。

 

「レンファイ様が正式な書類で命令書を出したようです。詳しくはわかりませんが、今後学院内でレンファイ様のお相手についての話をした場合、なんらかの罰則が下されるようになったのだと」

「罰則か……レンファイ様はそういう命令を出せるんだね」

「次期国王ですからね。そのおかげで沈静化したのですから、レンファイ様のお力も素晴らしいものなのではないでしょうか」

「そうだね。まぁ、無事に解決してよかった。これで平常運転に戻れるね」

 

 私は少し胸を撫で下ろして、授業と劇の練習に励む。

 ちなみに二の月は大砂嵐やそのあとに来る交易の開始式の準備で執務が忙しくなるため、王様には会いに行けていない。透明魔石術の研究もストップ中だ。

 

 アルスラン様、ちゃんとご飯食べてるかなぁ。

 

 執務に集中するとご飯が疎かになるとソヤリが以前言っていたのでとても心配になる。私がいなくてもコモラにご飯を作ってもらえばいいと思うのだけど、その辺がどうなっているかは私にはわからない。

 

 せっかくコモラの料理に興味が出てきたところだったのに、この中断は惜しいね。

 

 

 

 シムディア大会が開かれる前の週末、私は寮の二階の踊り場に来ていた。各階の階段付近にある踊り場には、各学生宛ての郵便物が保管される棚があって、家から届く手紙なんかをそこで受け取るのだ。

 二階には一、二年生それぞれ男女別に四つの棚が配置されている。郵便物が届くのは週に一回で時間も決まっているので、受け取れる時間になれば各階の監督生が集まった学生に配るのだ。男子の方を見ると、ハンカルが来ている学生に郵便物を渡している。

 

「うふふ、今日もお母様から届いてるかな」

 

 年明けに約束した通り、ヴァレーリアは毎週ジャシュの様子を書いた手紙を送ってくれていた。私が二年の女性監督生に名前と部屋番号を言うと、「今週も届いてますよ」と家からの手紙を渡してくれた。

 ちなみに受け取りに来なかった学生には、あとで監督生が各部屋に配りにいくらしい。週に一回とはいえ監督生も大変だ。

 

「俺への郵便物は本当にないのか?」

 

 手紙を持ってホクホクしながら部屋に戻ろうとすると、男子側から鋭い声が聞こえた。振り返ってそちらを見ると、ハンカルがとある男子学生に詰め寄られている。見たことがないけれど、ハンカルより背が高くてがっちりした体型だ。

 

「ああ。確認したが貴方への郵便物は届いていないようだ」

「そんなはずは……っおい、よく探してくれ」

「もしかしたら他の階の郵便物に紛れているかもしれない。もしそうなら間違いに気づいた先輩の監督生が持ってきてくれると思うから、またあとで確かめに来てくれ」

「……わかった」

 

 男子学生はそう言うと、渋々と男子区域の方へ歩いていった。

 

 なにか大切な手紙でも待ってるのかな?

 

「大切な手紙を待つ気持ちはわかるよ、うふふ」

 

 私はニマニマしながら自分の部屋に戻り、リビングのヤパンに座って封を開けた。ザリナが「そのだらしのない顔どうにかしなさいよ」とツッコんでくるが気にしない。

 手紙にはヴァレーリアの綺麗な字でジャシュの様子が細かく書かれていた。生まれて一ヶ月半経って首が少し強くなってきたこと、起きる時間が長くなってきたこと、でんでん太鼓の動きを少し目で追うようになったことなどが書いてある。

 

「ブフッ」

 

 私がとある一文に吹き出すと、ファリシュタが「どうしたの?」と聞いてきた。

 

「相変わらずお父様が嫌われてるみたい。抱っこしたら絶対に泣くし、暴れるし、手がつけられなくなるんだって」

「まぁ……クィルガー様が?」

「絶対悲しんでるよ、お父様。ンッフフ」

 

 伝説の騎士も自分の子どもにはお手上げのようだ。

 

「はぁー……早く会いたいなぁ。もう離れて一年くらい経った感じがする」

「まだ一ヶ月ちょっとよ」

「こんなに近くにいるのに会えないなんて悲しすぎるよ」

「貴女本当に姉馬鹿よね」

 

 ザリナがやれやれといった感じで肩をすくませて読んでる本に視線を戻した。毎週手紙が届くたびにこんな調子なので、もうみんなもあまり真剣に私の相手をしてくれない。寂しいもんである。

 私はヴァレーリアの手紙を横に置いて、早速返事を書き始めた。返事にはジャシュの成長についての返しと、今週学院で起こったことなどを書いていく。最後にジャシュに向けてのメッセージを書いて終わりだ。

 一気に終わりまで書いてインクを乾かしていると、部屋の扉がノックされ、監督生が顔を覗かせた。

 

「この部屋にファリシュタっている? 手紙が届いてるんだけど」

「え? 私?」

 

 ファリシュタが驚いてその手紙を受け取り、監督生にお礼を言って扉を閉めた。

 ファリシュタに手紙が届くなんて一度もなかったことなので、本人も首を捻りながら戻ってくる。

 

「特殊貴族の館から?」

「うん、そうみたい……今まで一度も手紙なんてこなかったのに、なんだろう?」

 

 学生に手紙を送るのは主に学生の親だ。子どもの様子や学院の様子などを知りたがって他国からも手紙がちょこちょこと届く。遠い国ほどお金がかかるのでそんなに頻繁にはやってこないが、アルタカシークの学生の元にはしょっちゅう手紙が届いたりする。

 だがファリシュタは特殊貴族だ。館に親代わりの人がいるということもないので、手紙はまず届かない。

 

「宛名はうちの館の代表の人だけど、筆跡はうちのトカルみたい」

 

 ファリシュタがそう言って封を開けると、中から数枚の手紙と、その手紙に挟まれるように細長い刺繍布が入ってあった。

 

「! ウソ……」

 

 ファリシュタがそれを見た途端、くしゃっと顔を歪める。みるみるうちに目に涙が溜まって、ポロリと大粒の涙がこぼれた。それを見て私たちは慌てる。

 

「ファリシュタ? どうしたの?」

「う……っうう……」

 

 ファリシュタは目をギュッと瞑ってその刺繍布を握りしめる。ザリナは読んでいた本を置いてオロオロしているし、ルザは気遣うような視線を向けた。

 私は震えるファリシュタの肩を抱いて、よしよし、とゆっくり撫でる。しばらくそうしていると少し落ち着いたのか、頬に流れる涙を拭ってファリシュタが呟いた。

 

「こ、これ……お母さんが……刺したものなの……」

「え⁉ お母さんって……実家の?」

「うん……この模様はうちの葡萄の模様なんだよ……ううっ……グス」

 

 ファリシュタは涙を流しながらその刺繍布をゆっくりと撫でる。

 

「ここには平民からの郵便は届かないんだよね?」

 

 私が疑問を口にすると、ルザが同封してあった手紙を見ながら答えた。

 

「ファリシュタのトカルがこっそりと手紙に忍ばせて送ってきたのではないでしょうか」

「うん……そうみたい。特殊貴族の館に送られてきたものを、私にすぐに渡したいからって……送ってくれたんだって」

 

 手紙を確かめながらファリシュタがそう言う。

 

「今まではなにかを送る時間もお金もなかったし、家族は字が書けないから手紙も届いたことがなかったんだよ……これを私に送ってくれるくらい、生活に余裕ができたってことみたい」

「そうなの……。それはある意味ディアナのおかげね」

「え? 私?」

 

 ザリナの言葉に私は目をパチクリとさせる。

 

「ファリシュタの実家はバチカリク家の葡萄を作っていたんでしょう? ディアナを攫った犯人としてバチカリク家は取り潰されて、その所有財産は王宮預かりになったって親から聞いたわ。生活に余裕ができたのはそのおかげじゃない?」

「あ……」

 

 そういえばそんな説明をクィルガーからされたことを思い出す。私を攫ったバチカリク家というのは王都の南東街の葡萄畑を多数所有していて多額の財産を築いていたが、経営の仕方は悪辣で葡萄を作る農民たちは非常に貧しい生活を強いられていたそうだ。

 私の一件で所有者が王宮の代表者に変わったため、農民たちの生活がかなり改善したらしい。ファリシュタのお母さんも刺繍をする余裕ができて、今回このお守りを送ってきてくれたという流れのようだ。

 

「よかったね、ファリシュタ」

「うん。……ありがとうディアナ」

「私はなにもしてないよ。ねぇそれ、手首に付ける?」

「うん」

 

 私はファリシュタの左腕にあるヴァレーリアのお守りの横に、ファリシュタのお母さんのお守りをつけてあげた。二つのお守りがかかった腕を掲げてファリシュタが眉を下げて笑う。

 

「なんだか、すごい幸運がやってきそうな気がする」

「お守りパワーも二倍だもんね」

「ふふ、そうだね」

 

 不思議なことに、この世界で暮らすようになって私はこのお守りというものに自然と惹かれるようになった。恵麻時代にも神社のお守りを持ったりしたけど、そこまで信心深くお祈りをするということはなかった。

 

 大事な人が刺繍を刺してくれてるから? 自分も刺繍のお守りを作ったから? ううーん、不思議だね。

 

 ファリシュタの「幸運がやってきそう」という言葉も「そうかもしれないな」と何故か素直に思えるのだった。

 

 

 ヴァレーリアへの返事の手紙を持って再び階段の踊り場までやってくると、さっきハンカルに郵便がないかと迫っていた男子生徒が上級生の人と話しているのが見えた。どうやら本当に違う階に届けられていたらしく、男子生徒は上級生の監督生から手紙を受け取ってとても喜んでいた。

 

「よし……間に合ったぞ」

 

 男子生徒の小さな呟きを耳に捉えながら、私は送付用の郵便箱に自分の手紙を投函した。

 

 

 

 

リンシャークで起こっていた出来事はどうやら解決したようです。

ヴァレーリアからの手紙にご機嫌のディアナ。

ファリシュタには思わぬ手紙が届きました。

よかったねファリシュタ。


次は シムディア大会 前哨戦、です。


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