繋がりの魔石術の実験
今日は年明け最初の透明魔石術の研究の日だ。
いつものように内密部屋に行ってオリム先生とソヤリに新年の挨拶をすると、なぜかそのまま秘密の通路に通された。どうやら今日は王の間で透明魔石の実験をするらしい。オリム先生はソヤリから通信の魔石装具を渡されて内密部屋で待機となった。
ガラガラと引かれる台車の上の箱の中から私はソヤリに質問する。
「今日はなにをするんですか?」
「繋がりの魔石術の実験をするそうですよ。詳しくはアルスラン様からご説明があると思いますので」
繋がりの魔石術だったらまだ怖くないかな。
「あの、今日アルスラン様にお会いできるのでしたら、お伺いしたいことがあるのですが」
「なにについてですか?」
「楽譜です。音楽には楽譜と言って音を記号を用いて表す教科書のようなものがあるのですけど、それを作っていいのかお聞きしたいのです」
劇の踊りはだいたい出来てきたので、次は音出しでの音作りを始めたいのだが、それには楽譜が必要になることに気づいたのだ。
「楽譜……というものがあるのですね。わかりました、研究が終わったあとに質問の時間を設けましょう。前もって聞くということをようやく覚えられたようでなによりです」
「う……すみません」
シムディア対決といい、スポットライト作りといい、二年になって結構やらかしているのでさすがに私も学んだ。新しいことをする前にまず報告、連絡、相談、である。
いつもの順路で王の間に到着する。王の間の出入り口前に控えているクィルガーの前を通りながらチラリと目線を合わせる。
ジャシュの様子を聞きたいけど……ここじゃダメだよね。うう……気になる。
出入り口前の台に上がり跪くと、王様から新年の挨拶を受けた。私がどう返せばいいのか困っていると、クィルガーが「王からの新年の挨拶には『ありがとう存じます』と返すんだ」と教えてくれた。
なるほど……王様だけには違う返しになるのか。
「ありがとう存じます」
「今日は繋がりの魔石術の実験を行う予定だがその前に、クィルガーの子どもが生まれた夜に其方がやったという祈りについて聞かせてもらおうか」
「! はい」
王様の冷静な声に少しビクつきながら私は顔を上げる。王の間の真ん中に座っているアルスラン様はいつものように机に囲まれて執務をしながらこちらを向いていた。別に怒っているわけではないようだ。
「クィルガーからどのような効果があったのかは聞いた。そもそも最初に透明魔石が光り出したのはなぜだ?」
「わかりません。赤ちゃんがもうすぐ生まれるってわかって、居てもたってもいられなくなって強く祈ったんです赤ちゃんに想いが届くように……すると透明魔石がポワッと温かくなって、服の中から引き出すとすでに光っていました」
「ふむ……温かくなる、か。其方が強く願うだけで透明魔石が反応したということであろうが……歌を歌うと反応するというだけではないのだな」
「そうみたいですね……あ、そういえば初めて繋がりの魔石術を使った時も、毒に倒れたみんなを助けたいと強く願った瞬間に透明魔石が温かくなりました」
「……なるほど。透明の特性があるからか、それが透明魔石の特色なのか……どちらもという可能性もあるな……。ディアナ、今度も同じような状態になった時は決して魔石の名前は呼ばないように。なにが起こるかわからぬからな」
「はい」
祈りについての話が終わり、クィルガーが内密部屋にいるオリム先生と通信を繋ぐ。ソヤリがオリム先生に貸したのはクィルガーとの連絡用の通信装具だったようだ。
「今日は繋がりの魔石術がどのように私と繋がるのかを見たいと思っている」
王様の言葉に私は目をパチクリとさせる。
「今からアルスラン様に繋ぐのですか?」
「ああ、そうだ。其方が去年テルヴァに囚われていた時、其方が発する細い繋がりの光を私は捉えたが、そもそも外からはいかなる魔石術もここへ通すことはできない。本来ならば其方からの繋がりの魔石術はここまで届くはずがないのだ」
「あ……確かにそうですね」
オリム先生の話によると、物理的なものだけでなく、魔石術もこの魔法陣の壁を超えることができなかったと言っていた。ありとあらゆる攻撃を防ぐことができるこの魔法陣の中に、どうして私の繋がりの魔石術が届いたのか、それを検証したいということのようだ。
「アルスラン様に繋げても大丈夫なのですか?」
あれは繋げられれば癒しも強化もできるが、多分攻撃だってできる。王様で実験するには結構危険な行為だと思う。
「そうだな、危険を排除するために其方の一級の魔石の血の契約を解除して、ソヤリに預かってもらう。透明の魔石術だけならそれ以上はなにも起こらぬであろう」
「……それで大丈夫でしょうか」
「其方は私を害する気があるのか?」
「あるわけないじゃないですか! その、この前の歌の魔石術が発動して以来、少し透明の魔石術を使うのが怖いので……また変に暴走したら嫌ですし」
「特級の魔石の訓練はどれほど進んでいる?」
「え? あ、冬休み中に毎日自室で訓練できたので、魔石術の調整は細かくできるようになりました」
「ならば最小の力で繋がりの魔石術を使ってみるとよい。……そうだな、なにに繋げられるかも一度試してみてもいいかもしれぬ。ディアナ、まずはこの部屋にある本に繋がりの魔石術を繋げられるか試してみなさい」
王様にそこまで言われて断ることはできない。私は一級の魔石に命じて血の契約を解除し、そのネックレスをソヤリに渡す。それから訓練用に使っていた特級の青の魔石も。
この世界に来てすぐ渡されていたヴァレーリアの魔石の指輪は夏休みの間に返していたので、私が今持っている魔石は透明の魔石だけになった。
「ではやってみます。『シャファフ』本に繋げて」
透明魔石の名を呼び、音合わせをして王の間に入ったすぐのところにある本タワーに向かって私は繋がりの魔石術を使う。力の加減は今できる最小にしてある。
しかし透明魔石は光ったものの、そこから白い光が出てくることはなかった。
「本とは繋がりませんね」
「ふむ、まぁ予想通りだな。次はここにある一級の魔石に繋いでみなさい」
王様はそう言って自分の机の上に置いてある青の魔石を指差した。私は言われた通りにもう一度名を呼んで「青の魔石に繋げて」と命じる。
すると、透明魔石から白い光が真っ直ぐに王の間にある机に向かって飛んでいこうとして、魔法陣にバチン! と弾かれた。
「うひゃっ」
「弾かれましたね」
「大丈夫か? ディアナ」
「はい、ちょっとびっくりしただけです」
「ふむ、魔石には繋がろうとするが、魔法陣は超えることはできぬか。では次は私に繋げてみなさい。繋ぐ以外はなにもしなくてよい」
王様に言われてゴクリと唾を飲む。私は緊張しながら透明魔石の名を呼ぶ。
力は最小、最小で!
「アルスラン様に繋いで」
そう命じると、透明魔石から白い光がファン! と放たれ、王の間の中央にいる王様に向かって飛んでいった。今度は魔法陣に弾かれることなく、真っ直ぐに伸びて王様にぶつかる。
「! 繋がった⁉」
「おお、繋がったのですか?」
クィルガーの驚きの声にオリム先生が反応する。
「私と繋がる時だけ魔法陣を突き抜けるのだな……」
白い光に包まれながら王様が私の持つ透明魔石を見つめる。
「ふむ、もう繋がりを止めてよい」
「あ、はい」
私が心の中で「繋がりを止めて」と言うと、私と王様を繋いでいた白い光はシュンッと消えた。予想外のことが起きなかったので私はほっと胸を撫で下ろす。
「アルスラン様と繋がる時だけ魔法陣を突き抜けられるのはなぜでしょう……」
オリム先生の声に王様は顎を撫でながら答える。
「一級の魔石に繋げようとして弾かれ、私と繋がったということは特級同士ならば魔法陣の影響を受けないということなのかもしれぬ。……そうだな、特級の魔石にも繋がるのか試してみるか。ディアナ、次はこの魔石に繋げてみなさい」
王様は腰の方に手をやり、そこから特級の青の魔石を取り出して机に置いた。この前貸してもらった予備の魔石だろう。私は言われた通り、その特級の魔石に向かって繋がりの魔石術を唱える。
しかし予想に反して透明魔石から放たれた白い光は魔法陣によって弾かれた。
「……特級のものであること、という理由ではないようだな」
「アルスラン様、特級の魔石と特級のマギアコアでは大きさは同じでも、性質が違いますからそれが関係しているのかもしれません」
「……ふむ。そうなのかもしれぬな」
「マギアコアと魔石は性質が違うのですか?」
私の質問にオリム先生が答えてくれる。
「マギアコアはそもそも子が母の体内にいるころに体の中で作られていくものですから、最初から体の器官と複雑に絡み合っています。マギアコアからは心臓と同じように数多くの管が出ていて、身体中に張り巡らされているのですよ」
「そうなんですか」
心臓が二つあるようなものなのかな。
私は自分の胸をマジマジと見つめる。
「ですから完全に楕円体である魔石と身体中に管を伸ばしているマギアコアは全く同じものとは言えないのです。なんらかの違いはあるだろうとは考えられているのですが、詳しいことはわかっていません」
「なるほど……ではアルスラン様と私が特級のマギアコアを持っているから、魔法陣を超えることができた、ということなんでしょうか」
「それくらいしかお二人の共通点というのがありませんからね」
オリム先生の言葉に納得はするが、不思議さは残る。
だってこの魔法陣って魔女の力なんだよね? 物理的な攻撃も魔石術も全部弾く強力な魔法だ。その魔法の壁をなぜ超えることができるのだろうか。アルスラン様と私の間で使う繋がりの魔石術だけ魔女の力を超えているということなの? ううーん……なんか謎だよね。
「ソヤリとクィルガーが透明の魔石術を使えれば、さらに実験もできるのだがな」
確かに二級の二人が透明の魔石術を使えたら、王様に繋げられるか試すことができる。そこで魔法陣に弾かれればやはり特級であることが原因になるし、繋がれば繋がりの魔石術自体が特殊だということになる。
「実験にご協力できず申し訳ありません、アルスラン様」
「二級ではマギアの音を捉えるだけで精一杯で……」
ソヤリとクィルガーが申し訳なさそうに謝る。二級では音合わせの時の音が小さいし、それを透明魔石に移していくというのは難しいのだろう。
「いや、逆に使える者が少なくて良かったのかもしれぬ。これだけ謎が多い魔石術なのだ、多くの者が使えるとなると世界が混乱するからな。この魔法陣に関して調べたいだけなので今回はこれでよい」
王様へ繋ぐ実験はこれで終わりらしい。それからは力の微調整ができるようになった私の訓練も兼ねて、ソヤリやクィルガーに繋がりの魔石術をかける実験をした。
最小の力と、中くらいの力では透明魔石から放たれる白い光の太さが違った。最小だと綱引きの綱くらいなのが、中の力だと出雲大社の巨大しめ縄ほどの大きさになる。最大の力になったらどうなるのか気になるが、さすがに王の間で試すには危険なため、今回は中の力で止めておくことになった。
それから一級の魔石のネックレスを返してもらって、もう一度クィルガーとソヤリに繋ぎ直し癒しの魔石術を流すと、透明の魔石術の強さが最小の時より中くらいの強さの時の方が癒しが強くかかることがわかった。癒しの魔石術は一定の強さでかけているのに、だ。緑の光が魔石から繋がれた人に流れていく速さもかなり速い。
「透明の魔石術の力の加減は、同時に使う色の魔石術の強弱や速さに影響を与えるようだな」
「一人に繋げても二人に繋げても、速さや強さは変わらないのですね」
「もっと人数を増やしたいところだが、それができぬのが惜しいな」
「そうですね……ディアナは特級ですからそこから考えてもかなりの人数と繋ぐことができるのではとは思いますが」
王様とオリム先生はどちらも研究肌だからか、二人でずっと盛り上がっている。そして私の力の調整能力に合格が出たところで、王様がとんでもないことを言ってきた。
「最小の力で歌の魔石術を使ってみぬか?」
「ええっ」
「ソヤリはいいと言っている」
「ええ、この前の目覚め唄でもいいですよ。あのあと結局後遺症のようなものもありませんでしたし、最小の力でどこまで効くのか試してみたいですから」
「い、いい、嫌ですよ。怖いです!」
心なしか楽しそうなソヤリに向かって私は首を振る。
「最小でもどうなるかわかりませんし、それに前みたいにソヤリさんだけじゃなく周りの人たちにも被害が及ぶかもしれないじゃないですかっ」
「それなら繋がりの魔石術で繋げてから歌ってみるとよいのではないか?」
王様がいらないアドバイスをしてくれる。
だから、怖くて使いたくないんだってば!
と、むーんと顰めっ面をしていると、クィルガーが助け舟を出してくれた。
「ソヤリ、それくらいにしてやってくれ。歌うのが好きなディアナがこれだけ嫌がってるんだ。アルスラン様、歌の魔石術に関してはもう少し待ってやってください」
クィルガーは私の肩に手を置いてそうお願いしてくれる。
うう、お父様……やっぱり頼りになる。
「そうですね、歌うのが好きなディアナが歌うことを恐れることになるのは可哀想だと私も思います。アルスラン様、今日はディアナにただ歌を歌ってもらうというのはどうでしょう? 前に報告していただいたように歌にも種類があるようですから。それを把握するのも歌の魔石術の研究になるかと」
「ふむ……歌の種類か」
オリム先生の提案に、王様は私をチラリと見る。
困ったな……ただ歌を歌えるのは嬉しいけど、私の歌は前世の歌だ。オリム先生に何個も聞かせていいものなのだろうか。
私の困惑が伝わったのか、王様はオリム先生に「それはまた違う機会にしておこう」と言って今日の研究を切り上げた。オリム先生との通信も終了する。
私は返してもらったネックレスの一級の魔石に再び血の契約をするため、ソヤリから渡された針のついたペン軸のようなものを指に当てて、魔石に血を吸わせる。
「あれ? 初めて血の契約をした時より吸われる量が少ないですね」
授業で血の契約をした時に比べると、すぐに血の流れが止まって魔石がふわっと光ったのだ。
「一度血の契約をした魔石には貴女の血が残っていますからね。解除してあまり時間も経っていないので再契約が早かったのだと思います」
なるほど、そういうものなのか。
その説明にふんふんと頷いていると、ソヤリが王様に向かって跪き、口を開いた。
「アルスラン様、ディアナから演劇クラブで作るものに関して質問があるそうです」
え? あ、そうだ。楽譜について聞くんだった。
「なんだ?」
王様は執務に戻りながら私をチラリと見る。私は音出しの楽譜を作りたいこと、その楽譜は前世で使っていたものを利用するつもりであることを伝える。
「ふむ……楽譜か。あれを作るのか」
「アルスラン様は楽譜をご存知なのですか?」
「……エルフのことを調べた古い書物に、楽譜と呼ばれるものが記載されていたからな」
「え! エルフも楽譜を作っていたのですか⁉ それが残っているのですか⁉」
なんと、じゃあその楽譜を見ればエルフがどんな音楽を奏でていたのかわかるではないか、それは是非とも見たい。
私が目をキラキラさせると、王様は王の間の一番奥にある壁際の本棚に手を向け、スイッと手首を捻った。王様から黄色のキラキラが飛んでいき、本棚の中から一つの立派な本が抜き出されて王様の元へ運ばれていく。
えっ本当にみせてくれるの⁉ 今回はなにも交渉してないのに? やった!
王様は厳重に閉められた本のベルトを外してそっと開けた。中身はここからは見えない。
「これは図書館にも置けぬほど保存状態が悪いものなので滅多には開けぬものだ。本を綴じている紐も切れてバラけているからな……ああ、これだ」
王様は本の中から一枚の紙を取り出し、それを黄の魔石術で私の方に飛ばす。私は緊張しながらその紙を受け取った。見るからに古く、茶色いシミや穴が空いている。材質は多分羊皮紙だろう。
うわ……なにこれ。
私はその楽譜を見て目を見開いた。
まずその楽譜には五線譜がない。五線譜というのは前世の楽譜には必須の五本の横線である。その五本の線の間に音符の丸を書いていって音階を表すのだが、エルフの楽譜にはその線がない。大きさの違う黒丸や白丸、その他の色のついた丸が順番に横に並んでいっているだけだ。
「不思議な楽譜ですね……」
「其方の知っている楽譜とは違うものか?」
「ええ、全然違います。私が見てもどのような音楽なのかわかりません……ある程度は規則性があるので、解読できないことはないかもしれませんが、これだけでは難しそうです。せめてあと数枚楽譜があるといいのですが」
「エルフの楽譜と呼ばれるものはそれだけしか発見されてないな」
おおう、それは残念だ。エルフの音楽がどんなものか知りたかったんだけど現状では無理そうだ。
その後、王様に前世の楽譜の説明をして、「リズムを表すものだけならば作っても構わない」という返答をもらった。リズムだけならば五線譜は書かなくてもできるからだ。
「残っていたエルフの記憶を元に新しく作ったと学生には説明するように。其方が新しいものを作るということが新しいエルフである証拠になるからな」
「わかりました」
私はそう答えて楽譜を返した。さて、どんな風に楽譜を作ろうかなと思っていたら、本を本棚に戻した王様が意外なことを口にした。
「そういえば今日は食事はないのだな」
……え? アルスラン様今なんて?
「申し訳ありません、アルスラン様。今日は料理人の都合がつかず……この透明魔石の研究の時間も昼に動かせなかったものですから」
「別に構わぬ、少し気になっただけだ」
王様は表情を変えずに淡々と喋って机の書類に目を向けた。
これって……アルスラン様、結構コモラの料理楽しみにしてるってことじゃない?
チラリとソヤリと目を合わせると、彼は珍しく口の端をあげて笑った。どうやら当たりらしい。
おお、地道な道のりだけど、確実に王様は食事に興味を持ち始めたってことだよね。やったよコモラ!
王様健康同盟としては嬉しい流れである。このまま健康への道を突っ走って欲しい。
王様に繋がりの魔石術で繋ぐ実験をしました。
なぜかこの魔石術だけ魔法陣を超えることができます。
ディアナが特級だからでしょうか、謎は深まるばかりです。
エルフの楽譜は摩訶不思議なものでした。
次は 裏方三人組のレベルアップ、です。