毒
「うわぁぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ」
大蛇が穴の真下にいた黒ずくめたちに向かって口を開けた状態で突っ込んでいくと、その場にいた数人が大蛇の頭に吹き飛ばされたり口の中に吸い込まれた。
それらをゴクリと飲み込むと大蛇は一度頭をもたげ、祠の中にいる黒ずくめたちを確認したあと再び襲いかかる。悲鳴を上げて逃げ惑う黒ずくめたちで祠の中はパニックになった。
私はその隙に逃げようとしたがマルムに手首を掴まれてしまう。
「外にいる見張りはなにをしている⁉」
マルムは私を捕まえつつ声を荒げるが、それに答える者はいない。
大蛇は人が多いところに狙いを定め、台座の周りの黒ずくめたちを次々と襲っていて、そのうち数人が外へ逃げようと出入り口に繋がっている壁際の長方形の穴に走り込んだ。
が、次の瞬間、その走り込んだ数人が何かに吹き飛ばされて部屋の中に倒れ込み、その人たちを跨いで誰かが入ってくる。
「ディアナ‼」
その声に私は思わず反応する。
「クィルガー!」
そう叫んだ瞬間、涙がボロボロこぼれた。
大蛇が暴れている向こう側、出入り口の穴からみんなが部屋に飛び込んできているのが見えた。ヴァレーリアは弓を構え、サモルとコモラはそれぞれ武器を持っている。
クィルガーは先頭で突っ込んできて周りの状況を一瞬で確認したあと、泣いてる私とその手首を掴んでるマルムを見て怒りに顔を歪ませた。
「ディアナを離せこのクソ野郎が‼ 『キジル』吹き飛ばせ!」
クィルガーがそう叫ぶと籠手にある赤の魔石が光り、私とクィルガーの間にいる黒ずくめたちを吹き飛ばした。そして床に倒れ込んだ黒ずくめたちに大蛇が襲いかかる。
その様子を見ていたマルムがハッとなにかに気付いたように叫んだ。
「まさか貴様らがこの大蛇をここへ誘導したのか……!」
「ちょうど餌の時間だったからな、少々手荒く起こしたから機嫌も最高に悪いぜ」
「く……っおい! なにをしている! 早くこいつらを殺せ! 御子様を盗られてもいいのか!」
マルムの一言にパニック状態から脱した黒ずくめたちが我に返ってクィルガーに襲いかかる。混戦状態だからか黒ずくめたちは毒を使わず細い剣で攻撃を仕掛けていた。クィルガーはそれを剣で軽く受け止める。
そこでふと気付いた。彼の側に一緒に部屋に入ってきたはずの他の三人の姿がない。
マルムに気付かれないよう目線だけ左右に動かすと、左の壁沿いにサモルとヴァレーリア、右の壁沿いにコモラが移動しているのが見えた。しかもコモラは黒ずくめと同じようなマントをつけていて、ぱっと見誰だかわからない。
もしかしてクィルガーが正面で黒ずくめを引きつけている間に、三人が別々に私の方へ近付く作戦?
と、ヴァレーリアがクィルガーに後ろから襲い掛かろうとしていた黒ずくめに向かって矢を射る。矢は黒ずくめの肩に命中し、それに気付いた別の黒ずくめがヴァレーリアたちに向かってく。
敵に前後を挟まれる形になったヴァレーリアが弓ではなく短剣を構えると、そこでサモルが丸い玉を足元に投げる。その瞬間、ボワッと煙が出てその周囲が灰色に覆われた。
左の壁際に煙が充満して、祠にいる全員がそちらに注目する。
その瞬間を狙っていたのだろう、右側からこっそり回り込んでいたコモラが私の手を取ろうとこちらに駆け寄って手を伸ばした。
「御子様に触るな!」
だが、それに気付いたマルムに手ごと蹴られ後ろに倒れる。
「コモラさん!」
私がコモラに駆け寄ろうとするとマルムは私の手を引っ張ってガッと腰を抱え込み、素早く台座を下りて最初に私を閉じ込めていた金属製の小さな箱に再び私を押し込めた。そしてすぐ扉を閉めると、カチャリと鍵のようなものを掛ける。
「ディアナ!」
クィルガーの声に私は上半身を起こしてガラスの小窓から外を見て扉を叩く。
「開けて! 開けてよ!」
「パムパムー!」
スカーフから出てきたパンムーも一緒になって叩くが、扉はビクともしない。
私を閉じ込めたマルムはその様子を見てニタリと笑う。
「御子様、貴女様の居場所はここなのです。金輪際、愚かな人間どもに唆されないよう、御子様にはその現実をここで受け止めていただかねば。これはいい機会です、その目でこやつらの末路をご覧ください」
「……⁉ な、なにを……」
マルムはそう言うと踵を返し、再び台座に上る。そこには黒ずくめたちを倒したクィルガーがすぐそばまで迫ってきていた。なにか嫌な予感がする。
「クィルガー! みんな! 逃げて!」
箱の中からそう叫ぶが、密封性のある箱からはあまり声が届かないらしい。
焦りながら周囲を確認するとサモルの煙から抜け出たヴァレーリアがこちらに向かってきていて、コモラもこっそり伏せながらこちらに近寄ってきているのが見えた。
その時マルムが祠にいる黒ずくめ全員に聞こえるように叫ぶ。
「御子様は防護室に入られた! これで我らの力を抑える必要はなくなった! さあ聖なる粉を侵入者に与えよ‼」
彼はそう言うと懐から出した丸い玉をクィルガーに向かって投げ付けた。
「死ねぇ!」
「くらえ!」
周りにいた黒ずくめたちも一斉に玉を投げる。玉は地面に当たって弾け、そこから勢いよく白い粉が散らばった。四人がいるそれぞれの場所で白い煙が舞い上がる。
「……ぐ‼」
その粉を吸い込んだクィルガーやみんなが一瞬体を引き攣らせたあと、ドサリとその場に倒れた。それまで黒ずくめ相手に暴れていた大蛇も白目を剥いてズウウウンと音を響かせて頭を床に打ちつける。見ると上部の穴から垂れ下がっている大蛇の胴体がピクピクと痙攣していた。
「…………‼」
私は目を見開いてその光景を眺める。黒ずくめたちは平気で立っているのになぜか四人だけが倒れている。
「なにこれ……まさか、毒……⁉」
どう見ても毒だ。
なんで? なんでこの人たちは平気なの?
「……っ、クィルガー、ヴァレーリアっ、サモルさん! コモラさん‼」
私は外に向かって叫ぶが四人とも倒れたままピクリとも動かない。
「ふふ、これは良くできた薬でしてね。まず意識を失わせて無力化させたあと、徐々に体の動きを奪っていき、最終的に心臓を止めるという薬なのですよ。魔石使いは声さえ出さなければ魔石術を使えませんから。彼ら用に開発された特別な薬なのです」
そう言いながらマルムが目を細める。
「我々にはこの薬は効きません。そういう体にしてありますから。御子様はそのまま防護室にいてください。そして彼らの心臓が止まるのを、そこでゆっくりご覧ください」
私は、呆然としていた。
なにが起こったのかわからない。
死ぬ?
このままだと四人が死ぬの?
私を助けに来てくれたのに?
エルフの私を生かそうと考えてくれたのに?
こんないい人たちが死ぬの?
……嫌だ。
こんなの嫌だ。
握りしめていた手がガタガタ震え出し、冷や汗がドッと出てきて呼吸が浅くなる。小さな密室の中で自分の息づかいの音だけが聞こえている。
ダメ、落ち着いて、恐怖で思考を埋めちゃダメだ。
みんなを助けなきゃ。
でもどうすればいい? 私には助ける力なんて……。
あ‼ 魔石術‼
突然の戦闘状態に驚いてすっかり忘れていたが、私も魔石術が使えるのだ。
それに気付いて私は首からネックレスを抜き出してヴァレーリアの指輪を掴む。
「げ、解毒の魔石術をみんなに……っ」
しかし青の魔石に触れてその名を呼ぼうとしたところで動きを止めた。
ダメだ、この魔石の大きさだと一度に一人だけしかかけれないんだ。誰か一人を助けてもまたさっきの毒をかけられたら終わりだ。
じゃあ一度に全員に術をかけてみる?
私はみんなを見る。倒れている場所がバラバラで全員に魔石術をかけようと思うとかなり広範囲になる。私にそれだけの力があるかわからないが、出来たとしてもこの魔石の大きさでは耐えられず砕け散ってしまう。
魔石は砕けてしまうとその時にかけた魔石術も発動しないとクィルガーが言っていた。
どうしよう!
私は必死で考える。全員に一気に解毒の魔石術をかけたい。魔石を砕けさせない力で、四人同時にかけることはできないだろうか。
広範囲にかけるのではなくて、例えばこう、細い線でみんなを繋いで順番に魔石術の力を流していくとか……。
そう考えたところで指輪と一緒に握っていた透明の魔石がボワッと温かくなった。
「え? なに?」
透明の魔石を摘んでみると温かいどころか熱くなっている。そこに今までにない力を感じて私は眉を寄せた。
なにか、私に言ってる?
「『シャファフ』」
思わず魔石の名前を口にすると、私の中からトゥ——とドの音が響いた。いつもより大きく、うるさいくらいの音量で私の中で鳴っている。
その音に反応するように透明魔石の温度も上がるが、魔石からは相変わらずなにも聞こえない。魔石がなにかをしろと私に言っているのはわかる、しかしどうすればいいのかわからない。
するとパンムーが私の肩に乗って透明魔石を見たあと、私に向かってなにかジェスチャーを始めた。両手をまっすぐ伸ばして私の方にピッと向けて、そのまま両手を魔石に方にピッと動かす。
「え、なに? 私を……魔石に?」
そう言うとパンムーは違う違うと首を振る。今度は私の胸の方に両手を向けたあと、魔石にピッと向けた。
「私の中の……?」
うんうんとパンムーが頷く。そして耳に手を当てて何かを聞いてるジェスチャーをする。
「私の中の、聞く? ……あ、音?」
パンムーがそれそれ! と手を叩く。
「私の中の音を、この魔石に……ってこと⁉」
そう答えるとパンムーが両手を上げて大きな丸を作った。
私はパンムーの言う通りにやってみようと目を閉じて、自分の音を確かめる。胸の奥で鳴っているドの音。そこに集中すると音がさらに大きく、はっきり聞こえてきた。
それから目を開けて親指と人差し指で摘んでいる透明魔石を見つめ、その魔石の中へ自分の音が入っていくようなイメージで音を押し出していく。
すると自分の中の音がどんどん魔石に吸い込まれていく感触がした。私はそれが途切れないよう魔石から目を離さずに音を送り続ける。
そして、シャァァァン‼ と大きな音が鳴って、透明魔石が光った。
それを見て、私は透明魔石が熱くなった時に考えていたイメージを言葉にする。
「『シャファフ』みんなと繋げて‼」
そう叫んだ途端、透明魔石から細くて白い光が扉の外へ飛んでいった。
毒に倒れるクィルガーたち。
透明魔石が熱くなりました。
次は 繋がりの魔石術、です。