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冬休みの帰宅


「あー……まだかな。うー……ソワソワする」

「もぅ、少しは落ち着きなさいよ。貴女がソワソワしても馬車が来る時間は変わらないんだから」

「ねぇ、早めに正面玄関に行ってちゃダメ?」

「時間前に高位貴族の貴女がロータリーで待ち構えてたら御者が『不備があったのか』と驚くでしょう⁉」

「ふふふ、ディアナ、私たちも一緒に馬車まで行くからそれまで我慢しよ?」

 

 冬休みに入って他の国の人から順番に自分の館に移動していき、今日ようやくアルタカシークの学生の移動日になった。私は昨日からずっとソワソワしていて、同室のみんなにすっかり呆れられていた。

 

「だって、今こうしてる間にもお母様が産気づいてるかもしれないし……そう思うと居ても立っても居られないんだよ」

「貴女の家は城からすぐなんでしょう? なにかあればすぐに知らせが来るわよ……って何回言わせるの」

「私、やはりディアナの家まで護衛した方がいいのではないですか?」

 

 あまりに落ち着きがない私を見て心配になったのかルザがそう口にする。

 ルザは寮にいる間ずっと私を守ってくれていたので、せめて冬休みくらいは家に帰ってゆっくりしてほしいと私の方からお願いしたのだ。このままではルザの休みが減ってしまう。

 

「門を出たらお父様が護衛に来てくれるから大丈夫だよルザ。ごめん、ちょっと深呼吸して心を落ち着かせるね」

 

 私はそう言ってスーハースーハーと深呼吸をする。

 

 うん、全然落ち着かないや。

 

 そうしているうちに移動の時間になって、私はみんなと寮を出て校舎の正面玄関へ向かった。

 今回はみんな冬休みは自分の家に戻るようで、ファリシュタとザリナは乗合馬車で、ルザは自分の家の馬車で帰ることになっている。

 

「本当は今年もみんなを家に呼びたかったんだけど、お母様の状態がどうなるかわからないからねぇ」

「ふふ、もうすぐ生まれるかもしれないって時にお邪魔はできないよディアナ。ヴァレーリア様にお会いできないのは寂しいけど、無事の出産を祈ってるね」

「ありがとうファリシュタ」

 

 他のアルタカシークの学生に混じりながら校舎の中を通り抜け正面玄関を出ると、ロータリーにはたくさんの馬車が待っていた。その中にアリム家の馬車を見つけてそちらへゾロゾロと歩いていく。

 

「ザリナまで付いてきてくれるなんて……」

「貴女がちゃんと馬車に乗るのを確かめてからでないと、安心して帰れないわよ。どうせ私はファリシュタと同じ馬車に乗るんだし」

 

 いいからさっさと馬車に乗りなさい、というザリナの視線を受けて私は御者の人が開けてくれた扉から馬車に乗る。

 

「冬休み明けにここまで迎えに来ますので、お一人では動かないでくださいね」

「わかった。ルザもゆっくりしてね」

「ええ。ありがとうございます」

「じゃあね、ディアナ」

「うん、またね」

「パムー!」

「パンムーもまたね」

 

 肩に乗っているパンムーと一緒にみんなに手を振る。馬車はゆっくりと動き出し、ロータリーを抜けて学院の正門をガラガラと音を立てて抜けた。

 

「おう、来たか」

 

 正門前にはすでにクィルガーが待っていて、私の姿を見ると軽く手を挙げる。

 

「お父様! お母様は?」

「まだ大丈夫だ。全く、おまえずっとその調子なのか?」

 

 馬車の横に付きながらクィルガーが苦笑する。ブルルルルッと愛馬のジャスルまで鼻を鳴らした。

 

「だって心配なんですもん……。同室の友達にもクラブのメンバーにも散々呆れられましたけど」

「はぁ……だろうな。安心しろ、今朝も元気だったし、おまえを迎える準備を嬉しそうにやってたから。ああ、それとおまえが帰ってきてる冬休みの間に出産になるだろうから、そうなったらトグリとチャプがうちに護衛も兼ねて来ることになってる。出産になると俺もおまえも余裕がなくなるからな」

「え? 冬休みの間に生まれるって決まってるんですか?」

「どれだけ遅くても年明けには生まれる。ヤンギ・イルの儀式があるからな」

「ヤンギ・イルの儀式ですか?」

 

 年越しの儀式と出産になんの関係があるんだろう?

 

「あれは簡単に言えば強力な引き寄せの魔石術だからな。王都の地下水の水位を上げるためのものだが、その力の影響で臨月の妊婦は必ず産気づくんだよ。だから兆候がなくても年明けには生まれることになる」

「ええええ!」

 

 ヤンギ・イルでそんなことが起こるの? っていうかあれって地下水を引き上げる魔石術だったの⁉

 

「凄すぎる……」

 

 王都中の地下水に影響を与える魔石術なんて……やっぱ王様の力ってえげつないよ。

 

 それからクィルガーと家の話をしている間に館に着いた。ロータリーに停まった馬車から降りると、私とクィルガーの使用人たちが出迎える。

 

「おかえりなさいませ、ディアナ様」

「ただいま戻りました、イシュラル」

「玄関でヴァレーリア様がお待ちでございます」

 

 ジャスルを降りたクィルガーとともに長い階段を登って、使用人が開ける正面玄関を潜ると、玄関ホールにヴァレーリアが立って待っていた。

 

「おかえり、ディアナ」

「お母様!」

 

 私は優しく微笑むヴァレーリアに飛び込もうとして、寸前で止まった。

 

「わぁっ大きくなりましたね!」

「ふふ、そうでしょう? もう重くて立ち上がるのも大変なのよ」

 

 ヴァレーリアのお腹がパンパンに膨れている。学院に出発した日とは比べものにならない大きさになっていて、ヴァレーリアに抱きついてもお腹に当たって胸までたどり着けない。

 

 うぐぐ……ヴァレーリアの癒しの胸が、遠い……。

 

 私は胸に埋まることを諦めてそのままヴァレーリアのお腹に手を置いた。すると、ポコンッと右の手のひらに衝撃がくる。

 

「わっ蹴った?」

「本当によく動く子なのよ。ディアナが帰ってきて喜んでるんじゃない?」

「ただいま、お姉様ですよ。ちゃんと待っててくれたんですね」

 

 私がそう言って声をかけると、またポコンッとお腹を蹴った。

 私とヴァレーリアの様子を見届けたクィルガーは「また夜にな」と仕事に戻っていった。

 

 

 それから自分の部屋で着替えをして、本館の談話室でヴァレーリアとお茶をする。今日はローテーブルを挟んで向かいに座るのではなく、ヴァレーリアの横に座ってたまにお腹を触りながら話をした。

 なにはともあれ一番気がかりな出産の頃合いについて聞かなくてはいけない。

 

「医者の見立てでは年末まで出てこなさそうな気配らしいわ。お腹の中でよくぐるぐる回ってるんだけど、出てくる準備をしてるわけではないみたい」

「そうなんですか。さっきお父様から聞いたんですけど、どれだけ遅くても年明けには生まれるって……」

「そうそう、私も聞いてびっくりしたわ。ヤンギ・イルの儀式にそんな力があるなんてね。まぁ、そう思うとこちらも心構えができるから気が楽だけど」

「あ、また蹴った」

 

 私がヴァレーリアのお腹をさすさすしていると、その手の動きに合わせてポコポコ蹴ってくる。本当に元気な赤ちゃんのようだ。

 

「ディアナに対しては可愛く蹴るのねぇ。クィルガーとは大違いだわ」

「そうなんですか?」

「この子ね、なぜかクィルガーが触ると嫌がるように強く蹴るのよ。最初は気のせいかなと思ってだんだけど、どんどん蹴る強さが増してきて……」

「ええっ」

「あまりに痛いから『お父様を蹴っちゃダメよ』って叱ったのよ、そしたら今度は拗ねたように動かなくなっちゃって。この子、かなり性格のはっきりした子なんじゃないかしら」

「……二人の子ですからねぇ」

 

 どっちに似ても、絶対に強くて活発な子どもになる気はする。

 

「あまりお父様とお母様を困らせてはいけませんよ、生まれてきたらお姉様が音の鳴るおもちゃで遊んであげますからね」

 

 私がそう言うと、返事をするようにまたポコポコと蹴った。すると、さっきまで私の頭の上でその様子を見ていたパンムーがヴァレーリアのお腹にピョンっと降り立って、そこに耳を当て始めた。

 

「パンムー?」

 

 パンムーはフンフンと何度か頷くと、私に向かって腕を広げ、そして自分を抱きしめるようにギュッと手を回した。

 

「? 腕を広げて、抱きしめる?」

「パム」

 

 パンムーは私を指さして、また抱きしめる動作をする。

 

「もしかして、早くお姉様に抱きしめてほしいって言ってるの? この子」

「パム!」

 

 ヴァレーリアに向かって当たり! という顔をしてパンムーは頷いた。

 

 なにそれ! めちゃくちゃ可愛いぃぃぃ——‼

 

「私も早く抱っこしたぁぁぁい!」

 

 感激した私はヴァレーリアのお腹に抱きついてぐりぐりと顔を押し付ける。「ディアナ、くすぐったいわよ」と言いながらヴァレーリアが笑っている。

 

「それにしても、パンムーはお腹の中の子の気持ちまでわかるのねぇ。育児中にパンムーがいてくれるとすごく助かるんだけど」

「パム?」

「ねぇパンムー、これからこの子が喋れるようになるまでうちで一緒に暮らす気はない?」

「ムー……パムゥ」

 

 ヴァレーリアに言われて少し考える素振りを見せたパンムーは、「そうしたい気持ちはあるけど」という顔をしたあと、ヴァレーリアのお腹に巻きついている私の頭をぺしぺしと叩いた。

 

「やっぱりあなたはディアナと一緒がいいのね」

「パムー」

 

 仕方ないという顔をしながらパンムーが頷く。

 

 なんか私の面倒を見なきゃいけないんですって顔してない? ちょっとパンムー。

 

 私がジトっとした目を向けると、パンムーはとぼけるように顔を逸らした。

 それからは私の学院生活の話をたくさん喋った。新シムディアについてはヴァレーリアもクィルガーから聞いていたらしく、最初は「無茶をして」と怒っていたがその競技自体には興味があるみたいで、「私が学生だったら絶対やってたわね」と少し興奮気味に言っていた。

 

「演劇クラブのメンバーとはうまくいってるの?」

「はい。みんな真剣に練習に取り組んでくれてとてもいい雰囲気ですよ。あ、さらにメンバーも新しく入ったんです。その子たちも真面目だし、裏方の人数が増えて結構助かってます」

「そう。エルフであるあなたに忌避感を抱かずに入ってくれた子たちだものね……大事にしないと」

「そうなんです! 本当に嬉しいです。それに色んな学生がクラブの見学にも来てくれたんですよ」

 

 そうして結局夕飯の時間になるまで私はヴァレーリアと話し続けた。

 

 

 ああ、家ってやっぱり落ち着くなぁと呑気にいられたのは初日だけで、次の日から私はたくさんの書類と格闘することになった。

 サモルに任せていた赤ちゃん用の贈り物セットやでんでん太鼓、そしてモチモチチーズ工房の確認書類がアホみたいに溜まっていたのだ。

 知らない間にかなり貯金が増えたことには喜んだけど、そのあと待っていた事務作業に私は目を剥いた。書類の書き方をサモルに教えてもらいながら、商人部屋でひたすらペンを走らせる。

 

「うう……休憩したい……お母様のお腹を撫でたい……」

「もう少しですよディアナ様。あとはチーズ工房の書類だけです」

「数字がぼやけてきた……」

「目に効くハーブティをご用意しました」


 サモルやイシュラルに励まされながらなんとか書類を片付けた日、珍しくクィルガーの弟のサキムがうちにやってきた。どうやら私が学院に行っている間、出産経験のあるサキムの妻にヴァレーリアがよく相談していたらしい。

 

「今日はヴァレーリアの様子を見てこいって妻に言われてね、仕事帰りに寄らせてもらったんだ」

 

 久しぶりの挨拶を交わしたサキムはそう言って優しく笑った。

 サキムを交えた夕食は自然と子どもの話になる。男の子と女の子どちらの子どももいるサキムは「どちらが生まれても可愛いし、大変だよ」と眉を下げて笑う。

 

「そういえばお父様とサキムさんは小さな頃から仲が良い兄弟だったって聞きましたけど、お二人はどんな子どもだったのですか?」

 

 私がそう聞くと、サキムは苦笑しながらクィルガーを見る。

 

「私が覚えているのは母上に叱られている兄上の姿ばかりだね。本当に兄上は小さな頃から活発で、気が強くて、母上を困らせるようなことばかりしていたんだよ」

「サキム……」

 

 クィルガーがジトっとサキムを睨む。

 

「でもなぜか私や下の妹たちには優しくて、いつも守ってくれようとしていた。実際兄上は小さな頃から強かったし、私は武術はあまり得意ではなかったからそんな兄上をずっと尊敬していたんだ」

「……そんな話は初めて聞いたぞ」

「初めて言ったからね」

 

 おどけるようにサキムが肩をすくませる。


「お父様はずっと暴れん坊だったんですか?」

「いいや、兄上が父上と本格的に騎士の訓練に出るようになってから暴れることは減ったね。きっと相当しごかれたんだと思うよ」

「鬼のような訓練だったからな、父上のやり方は……。普通、六歳の子どもを砂漠の真ん中に置いて帰るか?」

「えええ⁉ 砂漠に置き去りですか?」

「『限られた水でどうやったら生き残れるかの訓練だ』とか言われて放り出されたんだ。本当に死ぬかと思ったぞ」

「それは子どもにさせる訓練ではないような……」

「子どもの頭でいろいろ考えてやってみたが結局倒れて、気がついたら野営地に戻っていた。そんなことが続いたら多少大人しくはなるだろ」

「え……それ何回もあったんですか。よく生きてましたねお父様」

「あとで聞いたら部下に見張らせていたらしいからな。そんなこと一言も言わずにやらせるんだから本当に鬼だよ父上は」

「それだけ兄上の能力を認めていたんじゃないかな。私にはそんな訓練絶対にさせなかったから」

 

 サキムが眉を下げて笑う。

 

 確かにお父様はカタルーゴ人だから、最初から騎士に育てようと考えてたんだろうね、おじい様は。ちょっと訓練の仕方が過激だけど。

 

「そんな兄上も今じゃ有名な伝説の騎士だからね、父上の教育は間違ってはいなかったんじゃいかな。そのお腹の子も兄上に似て気が強くて手かがかるかもしれないけど、きっと大事な家族を守ろうとする優しい子になると思うよ」

 

 サキムはそう言ってふふっと笑う。クィルガーはなんとも恥ずかしそうな顔をしていたが、私とヴァレーリアはそんなクィルガーを見てクスッと笑った。

 

「別に俺に似るとは限らないだろ。……そういやヴァレーリアはどんな子どもだったんだ?」

「私? そうねぇ……その、あなたのあとで言うのもなんだけど、私も似たような感じよ。活発で、勝ち気で、お母様とよく喧嘩ばかりしていたわ。主に口喧嘩だけれど。でも一度もお母様に勝てたことはなかったわね」

「ヴァレーリアの母上も強い人だったんだね」


 サキムの言葉にヴァレーリアが頷く。

 

「ええ、だからこの子は多分、どちらに似ても気が強い子になると思うわ。でもまぁ、健康に生まれてくれたらそれで十分なんだけど」

「そうだね。私たちもその日を楽しみにしているよ」

 

 

 それから何事もなく冬休みは続き、結局生まれる兆候のないまま大晦日になった。

 ヤンギ・イルの儀式は今日の夜だ。

 

 

 

 

偶然にも実際の大晦日の日にこの話を更新することになりました。

ヴァレーリアの出産が気になって仕方がないディアナ。

ドキドキしながらその日を迎えることになります。


次の更新は 1/3、

ヤンギ・イルの長い夜、です。

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