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役者の演技力


 中間テストも終わり本格的な冬になって、演劇クラブの練習室にはたくさんの暖房灯が灯されるようになった。

 ヤティリの脚本の修正も終わり、劇の練習は物語の中盤から後半にかけてのシーンに入っている。ちょうど主役の二人が引き裂かれ、ティルバルの本性に二人が気づくところなので演技にも力が入る。

 意外なことに今まで卒なく主役を演じてきた二人も、失恋して嘆くシーンに苦戦するようになった。

 

「『まさかマリカがあの家の娘だったなんて……ああ、なんということだ。私はもう彼女なしでは生きられないというのに……!』……どうかな? ディアナ」

「すみません、やっぱりもう少し悲しい気持ちが前に出て欲しいです。まだシャハールがしっかりしている声色に聴こえるので」

「もっと弱々しくということかな」

「そうですね……弱って、絶望する感じです」

「うーん……」

「ここのマリカも同じような気持ちなのよね?」

「そうですね、レンファイ様もいつものマリカの明るさが消えてショックを受けてる感じをもっと出して欲しいです」

「ショックを受けて絶望している感じね……」

 

 どうやらイバン王子もレンファイ王女も今まで弱ったところを見せたことがないため、こういうシーンでの主役の感情をうまく表現することができないらしい。

 

「自分がしてきた経験の中から参考になりそうなものはないですか?」

 

 私がそう聞くと二人とも「うーん」と言って黙ってしまった。

 

 生まれた時から人に囲まれて、弱みを見せるなと言われて育ったんだろうし……これは仕方ないよね

 なにかいい方法はないかな。

 

「あ。じゃあ他の人が味わった絶望の話を参考にしてみましょうか」

「他の人の?」

 

 私の提案にレンファイ様が首を傾げる。

 

「それなしでは生きられないのに、もうそれは手の届かないところにある、という絶望です。例えば私だったら歌が好きなのに今は禁忌なので歌ってはダメだと言われた時にかなり絶望しました」

「ディアナはそんなに歌が好きなの?」

「ええ、寝言で歌ってしまうくらいには」

 

 私がそう言うとファリシュタとルザが苦笑する。

 私は「う……」と顔を顰めながら床に手をつき、その時の絶望感を思い出しながら台詞を言う。

 

「そんな……! 歌なしでは生きられないのにもう歌うことができないなんて……! そんなのってないよ……っ」

 

 涙は出さずに悲しさを全面に出した顔をすると、イバン王子が目を丸くした。

 

「すごい……ディアナの悲しみがこっちまで届いてくるよ……」

「どうにかしてあげたくなるわね」

 

 レンファイ王女も眉を下げて心配そうな顔になる。私はそんな二人の表情を見ながら立ち上がってクスリと笑った。

 

「そう、今お二人がしている表情を観ているお客さんにもしてもらいたいんですよ」

「え?」

 

 私に言われて二人がお互いの顔を見合わせる。

 

「お客さんはお二人を通してこの物語に入り込むんです。男性ならシャハールに、女性ならマリカに感情移入するでしょう。二人が恋に落ちたシーンでお客さんたちもドキドキして、二人が引き裂かれたら一緒に悲しくなる。劇を観ながらお客さんもドキドキワクワクする、その体験こそが演劇の面白さなんです」

「……確かにディアナとイバンが去年やったクィルガー物語の劇も、最後の魔獣との戦いの場面はどうなるのかしらとドキドキしたわね」

「あれは手に汗握ったな……」

 

 レンファイ王女の横でホンファも頷いている。

 

「劇を観ている間お客さんを物語の中に入り込ませ、そこで起こる展開を一緒に楽しんでもらう、その手助けとして音出しや衣装、小道具などで演出をするんですが、やはり一番大事なのは役者の演技です。そこでお客さんを惹きつけることができないと、一緒に楽しむということができなくなってしまうんです」

「物語の中に入り込ませる演技力がいるということね」

「ええ、そうです。お二人はまず大国の王子と王女という立場なので観ている人も最初はそのイメージで見始めると思いますが、それを忘れるくらいお客さんには劇に入り込んで欲しいんです」

「なるほど……」

 

 レンファイ王女はそう言って顎に手を当ててなにかを考える仕草になる。

 

「……ありがとうディアナ、そう言われて目標が定まった気がするわ。そうね、そのためには他の人の絶望した話を参考に聞きたいんだけど、イバンはどう思う?」

「そうだね、俺も他の人の話を聞いてみたいな」

 

 そこでメンバーのみんなに集まってもらい、絶望した経験を話せる人に喋ってもらうことにした。

 最初に手を挙げたのはラクスだ。

 

「俺もディアナと似てるけど、踊りが禁忌だって知る前に魅力的な踊りを見ちゃってさ、それをもっと知りたいって思った時に『ダメだ』って言われたのがすげぇショックだった。目の前に夢中になれそうなものが存在しているのに触っちゃダメだって言われたみたいで、悲しかったな」

「あー、その気持ちはわかるよラクス」

 

 好きなものがあるのにしちゃダメって辛いよねぇ。

 

「そこにはもどかしさという感情もあるのかしら?」

「……そうですね、それもあったと思いますレンファイ様」

「ラクス、それは結局どうしたんだい? そのまま我慢したのか?」

「いえ、どうしても諦めることができなかったので許してもらえるまで毎日お願いに行きました。何日も行ってると向こうの人も折れて、見学だけ許してもらえたんです」

「へぇ、諦めずに行ったのか。根性あるんだなラクスは」

「へへ、普段は根性なんてないんですけど、好きなことのためだったから頑張れたんです、イバン様」

「なるほどね……好きなことのためなら、か。シャハールの後半の気持ちもそれと同じなんだろうな」

 

 イバン王子がそう言って顎を撫でた。

 次に話をしたのはイリーナだった。

 

「そういう経験ならわたくしもありますわ。わたくしは昔から服作りが好きだったのですけれど、自分で作るのは貴族のすることではないと言われて刺繍しかさせてもらえませんでした。それでもこっそり隠れて作っていたのですけどある日それを親に見つかってしまって、目の前で捨てられてしまいましたの」

「まぁ……っ」

「そんな……」

 

 シャオリーとファリシュタがショックを受けた顔になる。

 

「それは悲しくて悲しくて一晩中泣きましたわ。子どもの手で一生懸命縫った服を捨てられたんですもの。でもそのおかげでわたくしは余計に燃えてしまいました」

「え?」

「悲しみのあとにはものすごい闘争心がくるものですのね。『このままでは終われない』と心が燃えてしまって、そのあとも親に隠れて服を作り続けたのです」

「すごいねイリーナ……私だったら諦めてしまうわぁ」

「ふふ、シャオリー先輩も意外とそうなるかもしれませんわよ? 誰にだってそういう強さはあると思いますもの」

 

 それを聞いたレンファイ王女が感心したように呟く。

 

「イリーナの話もとても参考になるわね。本当に辛くて悲しい思いをしたあとに、人は闘争心が湧いてくる……その流れはわかる気がするわ」

「参考になれば嬉しいですわレンファイ様」

「次は僕の失恋の話とかどうだろう」

 

 イリーナの話が終わって、今度はチャーチが満面の笑みで進み出た。

 

 ……今から失恋の話をする人の顔じゃないけど。

 

 チャーチは身振り手振りを加えて、それこそ一人芝居をするように語り出した。

 

「あれは僕が本当の恋を知らなかった三歳のころ……」

 

 三歳⁉


「僕は自分のトレルと一緒に庭を散歩していたんだけど、そこで運命的な出会いをしたんだ……彼女の名前はスーワン、庭で美しい花を育てている庭師だった。彼女を一目見た途端、僕の体は雷に打たれたように痺れ、彼女から目が離せなくなっていたんだ」

「庭師とは意外だな」

「僕も意外だったよラクス。でも仕事をしている彼女はとても美しく、育てている花と同じくらいに輝いていたのさ」

「よくそんな恥ずかしい台詞が言えるな……」

 

 ラクスの横でケヴィンが嫌そうな顔をして腕をさする。

 

 しかし三歳で初恋って……さすがというかなんというか。

 

「でもお分かりの通り彼女は平民だ。この恋が実ることは有り得ない……僕は三歳にして身分違いの恋に苦しむことになったんだよ」

「で、結局どうなったのだ?」

「僕が悲しんでることに気づいたトレルが、庭師を交換してしまったんだ。彼女にはそれっきり会っていない……」

「そうなのか……えらく小さな頃に失恋したんだな」

 

 ケヴィンが少し気遣うような言葉をかけると、チャーチは眉を下げて首を振る。

 

「ああ……とても悲しく、寂しい出来事だった。そして僕は……次にやってきた庭師にまた恋をしたんだ」

「はぁぁぁ⁉」

「立ち直るの早っ」

「その人も包容力のある可愛い女性でね……失恋の痛みはその人のおかげですっかりなくなってしまったよ」

 

 その人を思い出すようにチャーチはうっとりしながら話を終えた。

 

「心変わりが早すぎるだろう!」

「あー……なんか真剣に聞いて損したぞ」

 

 ケヴィンとラクスの言う通りだ。聞いていたみんなも同じように呆れ返っている。

 

 チャーチ先輩の話は参考にはならないね……。

 

 全然悲しくない失恋話のおかげでその場の雰囲気が緩み切ってしまったので、そのまま休憩に入ることにした。みんながそれぞれ小上がりに上がってお茶を飲んでいると、ルザが私の方に来て耳打ちする。

 

「ディアナに面会をしたいという方がみえてますが」

「え……あ、もしかしてイシーク先輩?」

「はい」

 

 前に言葉遣いを直す課題を出したっきりだったけど、まさかそれをこなしてきたのだろうか。

 私がイシークに会うのと躊躇していると、同じ小上がりにいたレンファイ様がクスリと笑って言ってきた。

 

「ディアナ、会うだけ会ってあげてちょうだい。前に課題を貰ってからまた社交クラブで鍛え直されていたから、その成果を確認してほしいわ」

「そ、そうなんですか……。わかりました」

 

 私はルザにお願いしてイシークを連れてきてもらう。前と同じように綺麗な所作で現れたイシークは、小上がりの端に腰掛けている私の前までくるとサッと軽めの恭順の礼をとった。跪く礼とは違って、貴族同士でよくやる軽い挨拶みたいなものだ。

 

「面会を許可してくれてありがとう、ディアナ」

 

 おお、あの大仰な敬語がなくなっている。

 

「また厳しく指導されたみたいですね」

「ああ。ディアナが不快に思わない言葉遣いを探るのに苦労したのだが、前の自分が話していた言葉を丁寧な騎士言葉にすることで落ち着いた。どうだろうか?」

「とてもいいと思います。前の言葉遣いよりこっちの方が全然いいです」

「そうか、よかった」

 

 イシークの話し方は初めて会った時と同じ感じに戻っていたが、落ち着いた声で出しているので聞きやすいし、怖くない。

 なにをするのかわからない野犬から、躾がちゃんとされたドーベルマンになったって感じ? いや、ドーベルマンは言い過ぎかな。どちらかというと柴犬だ。

 

「へぇ、随分と護衛騎士っぽくなったんだね。イシークがこんなに変わるとは驚きだ」

「恐れ入ります、イバン様」

「クドラトにも見習ってほしいね」

 

 イバン王子の言葉に私は思わず苦笑してしまう。

 

 確かにクドラト先輩にもこの落ち着きは見習ってほしいかも。

 

 口調は合格ということで、イシークはその日から演劇クラブを見学することになった。懇切丁寧にメンバー一人一人に自己紹介して回っている。新しく入った裏方三人組のダニエル、エルノ、ナミクは突然のことにびっくりしていた。

 

 そりゃ上級生から丁寧に挨拶されたらビビるよね。

 

 その姿を見ていたレンファイ様が「そういえばイシークには絶望した経験ってあるのかしら?」と言い出したので一応聞いてみると、イシークはみるみるうちにしょんぼりして呟いた。

 

「去年、クィルガー様に弟子入りを断られ、ディアナにも近づくなと言われてかなり絶望しました……」

 

 ああ、あの時か。確かに地面に項垂れてたねイシーク先輩。

 

 その時の気持ちを思い出したのか、イシークはキリッとした柴犬から雨に打たれたチワワのようになってしまった。漫画だったら「クゥーン……」というフキダシがつきそうだ。

 

 他の所作はできてるのに、悲しむところだけ等身大のままなんだね。ちょっと可愛い。

 

「みんなそれぞれ悲しいことはあるけど、そのあと諦めないで奮起しているんだな。今日の話はとても面白かったよ」

「そうね、演技に必要なこともはっきりわかったし、有意義な時間だったわ」

 

 イバン王子とレンファイ王女はみんなの話を聞いて何かを掴んだらしい。それからも練習を重ね、嘆き悲しむという演技はどんどん良くなっていった。

 

 

 

 その後、中間テストの順位が発表され私とハンカルは今回も揃って一位を取った。その報告や中盤の踊りの確認、それと昼食も兼ねて王の間に行き、そこで成績のことを褒めてもらえた。

 

「これからもその調子で頑張ってください」

「うう……せめて目標を十位以内くらいにしていただけたらまだ楽なんですけど」

「一度トップを取っていた人の順位が下がると目立ちますからね、苦手なのが歴史だけなのでしたらなんとかなるでしょう」

「ソヤリさんも鬼だ……」

 

 ちょこちょこと一緒に昼食をとる機会が増えたからか、王様の体調も悪くはないようだ。

 

 顔色も少しだけマシになったかな? 毎日コモラのご飯を食べれたらもっと良くなると思うけど……。

 

 まだ始めたばかりだし、コモラの負担も考えないといけないからこれ以上は無理は言えない。食事療法は気長に行くしかない。

 

「ディアナ、特級の魔石はどうだ?」

「はい、一人になれる機会が少ないのでたくさんは練習できてませんが、少しずつ感覚が掴めてきています」

「そうか、透明魔石でも力加減ができるようになったら言いなさい」

「はい、アルスラン様」

 

 前の面会のあとにすぐにクィルガーから届けられた特級の青の魔石は腰袋に大事にしまってある。ルザがいない場所でしか手に持って音合わせをすることができないので、練習は必然的にトイレの中ですることになった。

 

 トイレの時間が特級魔石の練習時間というのがなんとも言えないけど、特級の魔石を持って音合わせをしてるところなんて見せられないからね……。

 

 王様との話が済んだところで、私はクィルガーをチラチラと見る。

 

「ん? なんだ?」

「お父様……あの、お母様はどうですか? 私が冬休みに戻るまで大丈夫そうですか?」

 

 こんなところで聞く話じゃないかもしれないけど、冬休みが近づいてきてから私の意識はそっちに向かっていた。なにをしていてもヴァレーリアのことが気になるのだ。

 

「そういえばクィルガーの子が生まれるのはもうすぐでしたね」

 

 ソヤリの言葉を受けてクィルガーが少し気まずそうに頬をポリポリとかく。

 

「アルスラン様の前で話すことではないが……」

「私は構わぬ。今は休憩の時間だ」

「恐れ入ります」

 

 クィルガーは王様にそう言うと、私に向き直って話してくれた。

 

「今のところ順調なようだ。まだすぐに出てくるって感じじゃないぞ」

「そうですか……よかった。私が帰るまで待っててくれますかね」

「どうだろうな……かなり元気がいいから待ちきれずに出てくるかもしれないが」

「そんなに元気なんですか?」

「俺がお腹に手を当てると必ず蹴ってくるからな」

「わぁっめちゃくちゃ元気ですね。それかお父様が嫌われているか……」

「そんなわけなっ……いだろ、多分」

「わかりませんよぉ。ふふ、お父様、お母様に変化があったらすぐに言ってくださいね」

「ああ」

「絶対ですよ? 知らない間に生まれたりしたら私泣きますからね⁉」

「わかったからここでそんなに興奮するな」

 

 クィルガーは少し恥ずかしそうにして私を止める。

 

「なにかあったらちゃんと知らせるから、おまえはしっかり勉強しておけ」

「……わかりました」

 

 それから私は毎日ヴァレーリアにもらったお守りのブレスレットを握って祈るようになった。

 

 赤ちゃんがちゃんと無事に生まれてきますように!

 私が帰るまで待っててくれますように!

 

 一時帰宅できる冬休みはすぐそこまできていた。

 

 

 

 

王子と王女のために絶望した話をしたメンバー。

チャーチだけはあまり参考になりませんでしたね。

イシークは躾された柴犬になりました。


次は 冬休みの帰宅、です。

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