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ザリナのスパルタと中間テスト


「うう……ううう……うー」

「……」

「うー……あぅぅ」

「もう! その唸り声はやめてちょうだいディアナ! 気になって勉強が手につかないじゃない!」

「ごめんなさい……うう」

「だから!」

「少し休憩にしましょうか」

 

 ルザが私とザリナのやりとりを聞いて席を立ち、お茶セットの置いてある棚へと向かった。

 今日は寮の部屋で中間テストに向けた勉強をみんなですることになったのだ。そして案の定、苦手な歴史の勉強で私は行き詰まっていた。

 

「貴女一年の時に成績トップを取っていたじゃない。勉強は得意なのではなかったの?」

「全教科が得意なわけじゃないよぅ。特に歴史は大の苦手。去年は演劇クラブの設立がかかってたから頑張ったけど、今年もそれを維持しなきゃいけないって言われたから絶望してるんだよ……」

「……去年はそんな事情があったのね……。意外だわ、貴女にも苦手な科目があるなんて」

「ふふ、ディアナは外から見たら完璧で隙がないように見えるもんね」

 

 ファリシュタがルザと一緒にお茶セットを運びながらそう言って笑う。

 

「完璧な人間なんていないよ……」

「あら、イバン様とレンファイ様は完璧じゃない」

「あの二人と一緒にしないでよザリナ」

 

 といっても、あの二人も陰で相当努力しているみたいだけど。

 ルザが入れてくれたお茶は集中力が増す効能があるハーブティらしい。みんなでそれを飲みながら一息つく。

 

「そういえばザリナは歴史が得意なんだよね? 去年相部屋の子たちにアルタカシークの歴史について熱く語ってたし」

「! よ、よく覚えてるわねファリシュタ……」

「え! ザリナは歴史が得意なの⁉」

「得意というか、古い遺跡とか古代文明とかが好きなだけよ。アルタカシークは歴史が古くて昔の遺跡もたくさん残ってるから、それについてみんなに話していたの」

「へぇ……古い遺跡が多いんだねここって」

「先の大戦の時にかなりの遺跡が消失してしまったらしいけど、魔女時代からある国だもの、今でも砂の下にはたくさんの遺跡が眠ってるんじゃないかって言われているのよ」

 

 古い遺跡かぁ……昔やったファンタジーRPGゲームとかを思い出すなぁ。

 

「それを聞くと少し歴史に興味が湧くね」

「……というか、貴女は昔のことをなにも覚えてないの? 私が知りたいことを貴女は実際に見ているかもしれないのに」

 

 ザリナに言われてそういえばこのエルフは一千年前の時代を生きていたことを思い出す。まぁ、みんなは私の姿から百年前くらいに生まれたエルフだと思ってるみたいだけど。

 

「残念ながら全然覚えてないんだよねぇ」

「本当に残念だわ。エルフであるのに歴史が苦手なことも残念だけど」

「う……ザリナ厳しいぃ」

「歴史なんて暗記すればいいだけじゃない。去年はどうやって勉強したの?」

「出てくる人や物に物語性を付けて覚えたんだけど、今年はさらに覚えるものが増えちゃって手に負えなくなってきたんだよ」

「今年から世界各国の歴史も含まれるようになったからねぇ」

 

 ファリシュタが眉を下げて「私もついていくので精一杯だよ」と呟く。ルザは暗記物は得意らしく特に困ってはいないらしい。

 

「確かに覚える範囲が広がって新しい名称がたくさん出てはきたけれど、どこも歴史の始まりなんて似たようなものじゃない。それを関連付けて覚えたらそんなに苦労しないと思うわよ」

「そうなの?」

 

 ザリナの言葉に私は目を瞬かせる。

 

「ねぇザリナ、よかったら歴史教えてくれない?」

「え? 今から?」

「お願いお願いお願い!」

「……そんなことをして、私になんの得があるのよ」

「演劇クラブ公演の時に一番いい席を確保するから!」

「なんでそこなのよ⁉ 他にないの?」

「ええと……ザリナ、なにか欲しいものある?」

 

 ザリナの欲しいものがわからないので正直に聞くと、ザリナは少し考えてからちょっと言いにくそうに答えた。

 

「……封鎖街の資料が読みたいわ」

「え? なにそれ?」

「この王都の外、北東方向に大昔に封鎖された小さな街があるのよ。こう、丸い形の王都にくっつくようにして小さな円形の街があったらしいの。封鎖されてからは誰も入ることができなくなって、今ではその封鎖街のことを知っている人も少ないのよ」

「へぇ、そんな街があったんだ」

「それについての資料が学院の図書館にあるんだけど、見るには許可が必要で……でも私は下位貴族だし見たい理由も興味があるってだけだから言い出しにくくて。その、貴女なら平気で許可を申請できそうだし」

「……特に資格とかいらないんだったらすぐに許可をもらうけど……そんなんでいいの?」 

「いいの! 小さなころにその封鎖街のことを聞いてからずっと知りたい! って思ってたことだから」

「わかった。じゃあ許可をもらってその資料を見せるってことで。ありがとうザリナ!」

 

 交渉が成立して、早速ザリナから歴史を教えてもらう。

 歴史が好きなだけあって、ザリナの説明はすごくわかりやすかった。各国の歴史の共通点や、それぞれのアツい展開の仕方、そこで発展したものの特徴なんかを面白く伝えてくれる。

 

「すごい! めちゃくちゃ頭に入ってくるよザリナ!」

「そう? それならいいけど」

「ザリナって教師とかに向いてるかも」

 

 ファリシュタの言葉にルザも頷く。

 

「確かに先生向きかもしれませんね。将来は学院の歴史の先生になってもいいのではないですか?」

「え⁉ そ、そんな、下位貴族の私なんかが学院の先生なんてなれないわよ。そりゃ歴史に関わる仕事ができればいいなとは思ってるけれど」

「考古学者かぁ……それも格好いいよね」

「考古学者?」

「あれ、古い遺跡とかを調べるのってそういう職業じゃないの?」

「遺跡を調べるのは『遺跡隊』と呼ばれる人たちよ。執務館にそういう部署があるの」

「そんなんだ。いろんな職業があるんだねぇ」

「ほら、無駄口叩いてないで次行くわよ」

「はぁーい、ザリナ先生」

 

 それからもザリナの厳しくも熱い授業が続き、流石に頭がパンパンになって疲れてきたころ、部屋の扉をノックする音がした。

 ルザがスッと私のそばに寄り、ファリシュタが「はい」と返事をしながら扉を開ける。そこにはシャオリーがニコニコしながら立っていた。

 

「シャオリー先輩?」

「こんにちはファリシュタ、ディアナはいるかしら?」

「どうしたんですか?」

 

 私はルザとともに扉の前まで行き、シャオリーに話しかける。他の寮の上級生が部屋を訪れるなんてとても珍しいことだ。

 

「レンファイ様からお使いを頼まれたの。これ、イバン様からの差し入れなんだって。ザガルディで評判のお菓子らしいよぉ」

「ザガルディのお菓子? あ!」

 

 以前イバン王子から謝罪を受けた時にお詫びの品としてお菓子が欲しいと言っていたやつだ。

 

「イバン様、律儀に覚えててくれたんだね」

「イバン様からの贈り物をディアナに直接渡すより、レンファイ様を通した方がいいだろうってことでこちらでディアナの分を預かったの。レンファイ様はディアナに渡したらそれだけで意味がわかるからって仰ってましたけど」

「はい、確かに心当たりがあります。ありがたくいただきますとレンファイ様にお伝えください」

「うふふ、承知しました。必ずお伝えします」

 

 シャオリーはにこりと笑うと緑の寮へ帰っていった。イバン王子は私と同じ寮なんだから直接渡した方が早いと思うけど、王族から直接贈り物をするのは外聞的にあまり良くないようだ。それこそ、私がイバン王子の寵愛を受けているとか言われかねない。

 

 同じ王族同士のレンファイ様にならまだいいんだろうな。友好の証みたいな意味だと言えば通るだろうし。でも貴族の正式な贈り物って本当に手順が面倒だね。

 

 イバン王子からのお菓子の箱を持ってリビングのテーブルに戻ると、ザリナが口を引きつらせていた。

 

「イ、イバン様からの差し入れですって?」

「うん、ちょっと事情があってザガルディのお菓子をもらえることになってたんだ。ふふふ、どんなお菓子なんだろ、ちょっと開けてみよっか」

「そんな軽く扱うものなの⁉ 貴女の神経はどうなっているのよ……」


 大国の王子からの贈り物ということだけでザリナは緊張しているらしい。

 私はザリナのことは気にせずお菓子の箱を縛っている紐を外していく。みんなが注目する中、その箱をパカっと開けると、そこには綺麗に並べられたチョコが入っていた。

 

 え! チョコ⁉ うそ! こっちにきて初めて見たよ! チョコってあったんだ‼

 

「まぁ! これは、もしかしてショコラドというものではなくて?」

「ショコラド?」

「ザガルディで最近作られるようになった新しいお菓子よ。まだ原材料がたくさん採れないから少量しか出回っていないって聞いたわ。アルタカシークにもごく一部にしか入ってきていないって」

「へぇ……そんなに貴重なものなんだ。すごいもの貰っちゃったね」

「ディアナ、これ本当にただの差し入れなの? なにか特別な理由があるのではなくて?」

「なんにもないよザリナ。レンファイ様にも贈ったって言ってたでしょ?」

「確かにそうだけど……」

「あー美味しそうだねぇ、どんな味なんだろ……あとでみんなで食べようね」

「ええ⁉」

「私たちもいただけるの⁉」

 

 ファリシュタとザリナが驚きの声をあげる。ルザもびっくりしているようだ。

 

「美味しいものはみんなで食べた方がいいでしょ?」

「でもイバン様はディアナにって……」

「個人的にこっそり渡されたものじゃないからいいと思うよ。いやぁ勉強に疲れていた時にいいタイミングでもらえたよねぇ。楽しみだなぁ」

 

 私がそう言ってニコニコしていると、ザリナがハッとなにか思いついた顔をしてニヤリと笑った。

 

「ディアナ、これを勉強のご褒美にしましょう」

「へ?」

「さっき教えたところまで小テストをするわ。それで合格点を取れたらこのショコラドを食べていいことにします」

「えええ!」

「合格するまでこのお菓子はお預けよ」

「そんなぁっ厳しいよザリナ先生ぇ」

「貴女少し集中力が落ちてきたんだもの。利用できるものは利用しないと」

 

 ザリナがそう言ってショコラドの箱の蓋を閉めてリビングの棚の上に置く。

 

「すごいザリナ……ディアナには効果てき面のやり方だよ」

「美味しいものには目がないですからね、ディアナは」

 

 ファリシュタとルザが素直に感心している。

 

「ううう……酷いよ。ザリナ先生の鬼」

「なんですって?」

「なんでもありません」

 

 鬼教師のザリナにしごかれながら私は勉強を頑張った。なんだかんだザリナのやり方は正しかったようで、チョコ欲しさに私はこれまでにないくらい集中できたのだった。

 

 我ながら、美味しいものに弱すぎるね……。

 

 ちなみにご褒美にようやく食べられたショコラドは我慢した甲斐があって、想像以上に美味しかった。チョコレートに似ているが、少しざらついていて味が濃い。そして甘い花の香りがした。

 

 これをコモラに渡したら、また美味しいものが出来上がるんだろうなぁ。

 

 

 

 それから中間テストが始まり、いつものように頭をパンパンにして問題を解いていく。ザリナのおかげで歴史のテストもただ暗記したものを機械のように出していくだけじゃなく、問題の意味をちゃんと理解しながら解けた気がする。

 他の教科は小学生レベルのものが多いので問題なく解けた。

 

 こっちの教科は高学年になっても中学レベルくらいしか行かないんじゃないかな。本当に歴史だけが難問だよ。

 

 全ての教科のテストが終わって、私は早速ザリナと図書館へ向かった。受付で「特別図書閲覧」の申請をして司書の人に地下一階に連れて行ってもらう。

 ザリナが読みたい資料は地下の一番奥にあった。特別図書に指定されているものはここで司書の人と一緒に見ないといけないんだそうだ。

 ルザも初めてやってきたのか「死角が多いので護衛するには難しい場所ですね」と周りを見渡している。

 

「あった、これよ『封鎖街の研究』シリーズ」

「この本は比較的新しいものなのに地下にあるんですね」

 

 私がそう司書の人に聞くと、

 

「ここにある本は出版した年代関係なく貴重なものだからね。閲覧する人も限られるんだよ」

「私とザリナはその条件に当てはまっているのですか?」

「君には全ての資料の閲覧を許可すると学院長から言われているし、そっちの子も家柄的に問題がないし成績も優秀なようだから」

 

 なるほど。閲覧には成績と家柄が重要なのか。

 私に全部の閲覧の許可が出てるってことは、王様はここにあるものを私が知っていいって思ってるってことなんだね。……なんというか、私に厳しいのか甘いのかわかんないな。

 

「演劇に関することがあれば全部読みたいけどねぇ」

「本当に貴方はそればっかりなのね。全部読める許可が下りているのなら、あらゆる知識を学ぶべきよ、もったいない」

「ザリナも知識欲満載タイプだね」

 

 アルスラン様と同じだ。

 

 私はザリナが司書の人と一緒に封鎖街の本を読んでいる間、他の棚へ足を向ける。なんとなく前に見た古い音出しについての本がある場所へやってくると、本の冊数が増えてることに気づいた。

 

 あれ? 去年はこんな本なかったよね? もしかしてアルスラン様、私から古い音出しの話を聞いて新しく取り寄せて読んだの?

 

「どうかしたのですか? ディアナ」

「……頭のいい人の考えることってわからないよね」

「……ディアナがそれを言うのですか?」

「私なんて頭がいいうちに入らないよ。本物はなんかこう、凄すぎてついていけない」

「……」

 

 なぜかルザから返事はなかったが、私は王様の知識に対する変態さを改めて感じた。

 

 

 

 

ザリナは実は教え上手。

彼女とご褒美のお菓子のおかげで中間テストを乗り切りました。

アルタカシークに残る古い遺跡や封鎖街は一体どんなところなのでしょうか。


次は 役者の演技力、です。

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