透明魔石術の暴走
「全く、相変わらず報告が遅いですね貴女は」
「すみません……うっかりしてました」
今日は透明魔石の研究の日だ。内密部屋に行くとまだオリム先生の姿はなく、ソヤリだけが待っていた。ソヤリにはこの前手紙で新しい技術を使ってスポットライトを作ったことは報告していたのだが、やはり報告するのが遅かったみたいで、この部屋に入ってきて早々怒られてしまった。
「あの……アルスラン様はなんて……」
「そのスポットライトですか? それ自体が防衛の部分でも役に立つということで生産はしていいとのことです。ただし、今後は形にする前に相談するように、と」
「はい、今度は気をつけます」
眉を下げて反省の言葉を言うと、ソヤリはスッと目を細めて言った。
「貴女は演劇クラブのこととなると、途端に周りが見えなくなりますね。この前の新シムディアの時といい、今回のスポットライトの開発といい……」
「うう……すみません」
「貴女の前の記憶については誰にも言うことができないのですから、自分自身で冷静に判断できるようにならないといけませんよ」
私が前世の記憶持ちであることは友達どころかオリム先生にも言えないことなので、私を止められる人が周りに誰もいないのだ。ということは、恵麻時代の知識を表に出すか出さないかは自分で冷静に判断しないといけない。
演劇のことでテンションが上がって調子に乗ってしまうと、王様の機嫌を損ねるかもしれないし、そうなったら私はすぐに処分されてしまうだろう。
「本当に気をつけます」
「そうしてください。自分のためですから」
そんなやりとりをしているうちにオリム先生がワゴンを押して部屋の中に入ってきた。先生は今日も機嫌がいい。
「今日も楽しみにしてましたよ」
と言って先生は私の向かいに座った。ソヤリがそれを確認して、通信の魔石装具で王様に繋ぐ。
「揃ったか」
「はい」
「アルスラン様、今日はまずディアナに懐いているというマイヤンを調べてもよろしいですか」
「ああ、そこはオリムに任せる」
「ありがとうございます」
そう、今日は前に約束した通りパンムーを連れてきたのだ。私が「パンムー、出番だよ」と言うとスカーフからパンムーがぴょこりと出てきて、机の上に乗った。オリム先生は演劇クラブに来た時にパンムーとは対面済みだ。
「ではパンムー、ちょっと協力してもらっていいですか」
「パム?」
パンムーはなにをするのかよくわからないという顔をしながら首を傾げた。
「まずはこれを持って胸に当ててください」
オリム先生はパンムーにこの前の研究の時に使ったのと同じような聴診器の先っぽみたいなものを渡す。パンムーは首を傾げたまま、それを受け取って胸にペタッとくっつけた。聴診器の方が大きいのでパンムーの体よりはみ出てしまっている。ちょっと重そうなので私が後ろからその先っちょを支えた。
先っちょから伸びた管はオリム先生の持っている四角い箱に繋がっている。
「この前のと同じやつですか? それ」
「いえ、これはパンムーが魔石獣であるか調べるためのものですよ」
「魔石じゅう?」
「魔石使いと同じように、体の中にマギアコアを持つ獣のことです。詳しい話はあとでしましょう。ではマギアを流しますね。パンムーには特に影響はないのでじっとしていてくれたらいいです」
オリム先生はそう言って器具のスイッチらしきものを押した。私はじっとパンムーの様子を見るけど、特に変わったことは起きていない。パンムーもお腹に聴診器を当てたまま私の顔を見上げて、そのままひっくり返りそうになっている。
「ふむ、やはりパンムーは魔石獣のようですね。マギアの反応が返ってきますから」
「どういうことですか?」
オリム先生はパンムーから聴診器を受け取って説明を始める。
「マギアコアを持つものに外側からマギアを流すと、その力を跳ね返す反応が起こるのです。人間はマギアコアがあれば魔石の音が聞こえるのですぐにわかりますが、獣がマギアコアを持っているかどうか外側から判断することはできませんからね。こういう器具を使って調べるのですよ」
「人間だけでなく獣にもマギアコアがあるんですね……」
「もちろん、彼らも生命体ですからね。マギアを溜める体質で生まれたものはマギアコアを持つようになります」
「魔石獣ってなにか特殊な能力があるんですか?」
「ええ、普通の獣にはない特徴を持つことが多いです。攻撃的な性格になったり、体が他の個体と違って巨大化したり、毒が発生している場所で生きることができたり……パンムーのように小さな動物であればその影響も可愛いものですが、凶暴な魔物がマギアコアを持って生まれると魔獣となり大変なことになります」
「あ、魔獣ってマギアコアを持った魔物のことなんですか」
私は去年劇でやったクィルガー物語を思い出した。あそこに出てきた魔獣というのはマギアコアを持って生まれて凶暴化した魔物のことらしい。
「そうです、パンムーのようなマギアコアを持った動物を魔石獣、マギアコアを持った魔物を魔獣と呼ぶんです」
「なるほど」
「パンムーは我々の話を理解しますし、ディアナとは特に意思疎通ができますよね。ですからそういった能力を持った魔石獣ではないかと思ったのですよ」
オリム先生の話をパンムーが「?」という顔で聞いている。どうやら魔石獣という言葉はよくわかっていないらしい。
「パンムー、これからいくつか質問をするので答えてもらっていいですか?」
「パム?」
「パンムーはいつディアナと出会ったのですか?」
「パム!」
オリム先生の質問を聞いて、パンムーは手を自分の腰くらいの位置にかざした。
「パンムーがもっと小さかった時ってこと?」
「パム!」
私の問いにパンムーはコクリと頷く。
そこからパンムーのジェスチャーを読み解いていくと、パンムーが生まれてしばらくしたころ、住んでいた森で地震があって、寝床にしていた小山の一部が崩れたんだそうだ。大人のマイヤンたちが様子を見に行くと、その崩れたところに穴ができていて、中に空間があることがわかった。
中は結構広く、雨風も凌げることからそのマイヤンの群れはその中をねぐらにすることにしたそうだ。そしてマイヤンたちはその中で氷漬けになっている私を見つけた。
私が目覚めたあの祠って前は完全に土の下に埋まってたんだね。
「パンムーはなぜディアナを毎日見続けていたのですか? なにか気になることがあったのですか?」
「パム」
パンムーは母親の背中にしがみついたまま、氷の中の私を見上げてなにかに気づいたんだそうだ。
パンムーが私の方を向いて耳をそば立てるジェスチャーをする。
「私からなにか聞こえたの?」
「パム!」
「なにかが鳴る音とか?」
「パムゥ」
違う違うとパンムーは首を振る。パンムーは私の肩に乗ると、私の首元から透明魔石のネックレスを取り出してそこに耳を当てた。
「私の透明魔石からなにか聞こえたってこと?」
「パム!」
「ディアナの持っていた透明魔石からなにかが聞こえた?」
オリム先生も首を傾げてパンムーを見つめる。すると、机に再び降りたパンムーがいきなり腰を振り、体全体を使って踊り出した。これには私もびっくりする。
「これは……?」
「お、踊ってますね……」
パンムーは私の首にかかった透明魔石にたまに耳を当てる仕草をしながら、そのあとも踊り続けた。
「……もしかして楽しい音楽みたいなのが聞こえたの? 踊り出しちゃうような」
「パム!」
惜しい! という表情でパンムーが私を指差す。それから「パムッパムッ」と声を出しながら踊り出す。
なにこれ、めちゃくちゃ可愛いんだけど。録画して動画投稿サイトにあげたら絶対バズるやつ……じゃなくて、ええと声を出しながら踊る……声……。
「あ! わかった! もしかして歌が聞こえたの? この透明魔石から」
「パムー!」
正解! というようにパンムーは大きな丸を作った。
「歌……歌ですか。ディアナの透明魔石から歌が聞こえたということなんでしょうか」
「……歌なんて聞こえるものなんでしょうか」
「わかりません……そのようなことは聞いたことがありませんから」
「ディアナ、其方氷の中で眠っている間に歌を歌った覚えはないのか?」
それまで黙っていた王様が私に質問してくる。
「眠っている間のことは覚えてないですね……でも私寝言でよく歌ってしまうみたいなので可能性はゼロではないです」
最近はハーブティのおかげで寝言で歌ってはないみたいだけどね。
「其方は確か氷から目覚めたあとにマイヤンたちと歌って踊っていたら透明魔石が熱くなったと言わなかったか?」
「え? あ、そういえばそうです。私が歌ったり名前を呼ぶと透明魔石は反応してました」
「であるならば、歌と透明魔石にはなにか繋がりがあるということだろう。透明の特性がある其方の歌に透明魔石が反応していた可能性はある」
「では氷の中で眠っていた私が心の中で歌っていて、それに透明魔石が反応して、それをパンムーが感じたということですか?」
「そうだ。そのマイヤンは他の生き物と意思疎通ができる。もしかしたらその透明魔石とも意思疎通ができるのやも知れぬ」
「透明魔石の言ってることがわかるってことですか? ……あ、そっか。だから透明魔石術のやり方をパンムーが教えることができたのかな。ねぇパンムー、この魔石がなにか言ってるのかわかるの?」
「ムー……パム」
パンムーは少し考えたあと、ちょっとだけ、というジェスチャーをして頷いた。毎回わかるわけではないらしい。
「じゃあ今はなんか言ってる? この魔石」
私が透明魔石を持ってパンムーに近づけると、パンムーはしばらく透明魔石と見つめあって、それから私の口を指差した。
「パム、パムーパムー」
パンムーが謎の音階で鳴き出す。
「それって……もしかして歌を歌えってこと?」
「パム!」
当たりのようだ。
「魔石が……歌えって言ってるって……なんででしょうか」
「不思議ですね……そもそも魔石にそんな意思があったこと自体驚くべきことですよ」
「マギアは生きているってオリム先生は言ってましたよね。私、透明魔石から見つめられてる気がしたこともあったんです。もしかして私たちが気づいてないだけで、魔石は意思を持っているのかもしれませんね」
「なんということでしょう……それが本当ならば……いや、まずそれを確かめるにはどうすればいいのか」
オリム先生が腕を組んで唸り出す。そこに王様の低い声が響いた。
「ディアナが実際に歌ってみたらいいのではないか? そこでどういう反応があるのかを見れば魔石の意思がわかるやも知れぬ」
「え! 歌っていいのですか⁉」
「アルスラン様!」
ソヤリが焦った声を出す。
「そこには三人しかおらぬし、外にも聞こえぬ」
「しかし……」
「なんと、歌を聞けるのですか? ディアナは歌が歌えるのですか?」
あ、そういえばオリム先生には歌のことは言ったことなかったね。でもいいのかな、歌って向こうの歌だけど……。
「ディアナ、其方が氷から目覚めて歌った時その透明魔石は温かくなっただけか? 他に変化は?」
「……特になかったと思います。あの、本当にここで歌っていいのですか?」
「今回は特別だ。そうしなければ検証ができぬからな」
わぁ、まさかこんなところで歌えることになるなんて。
突然の機会にちょっと胸がドキドキしてくる。
どうしよう、なに歌おうかな。オリム先生がいるし、あまり向こうの言葉がたくさん出てくる歌じゃない方がいいよね。昔のエルフの言葉です、とか言って誤魔化せるような歌……。あ、あの歌だったらいいかも。
私の頭の中に母親が歌っていた童謡が浮かぶ。母親の故郷に伝わっていたもので、子守唄ならぬ目覚めの時の唄で、ゆっくりとした優しい曲だ。
「では目覚め唄を歌いますね」
「目覚め唄ですか?」
オリム先生が目をパチパチして聞いてくる。
「子どものための唄です」
私は立ち上がって、喉を「んんっ」と鳴らし、あーあーと少し声を出す。
そして目を閉じてゆっくりと歌い出した。
おはよう おはよう 目をあけて
おはよう おはよう さあおきて
明るいひかり しあわせな風
君のせかいが ここにあるよ
おはよう おはよう 目をあけて
おはよう おはよう さあおき……
「ディアナ! 歌を止めてください!」
目を閉じて気持ちよく歌っていた私はソヤリの切羽詰まった声で我に返った。そして目に飛び込んできた光景に言葉を失くす。
「⁉ え⁉」
なぜか私の透明魔石から白い光が飛び出し、ソヤリとオリム先生、そしてパンムーと繋がっていたのだ。しかもパンムー以外は苦しそうな顔をしている。
「なっなにが起こったんですか⁉ えっなんで? ちょっと、止めて! 繋がりを止めて‼」
私がそう叫ぶと透明魔石から放たれていた光がシュンッと消えた。その途端、ソヤリとオリム先生ががくりと項垂れ、深く息を吐いた。パンムーはポカンとしている。
「ソヤリさん! オリム先生! 大丈夫ですか⁉」
「どうした? なにがあった?」
ソヤリの腕輪から王様の鋭い声が響く。
「はぁ……私は大丈夫です。オリム先生は」
「はぁ……はぁ……ああ、びっくりしました。心臓がドキドキしていますよ」
苦しそうな顔のオリム先生に私は泣きそうになる。
「ご、ごめんなさい。私のせい、ですよね?」
「ああ、大丈夫ですよディアナ。そのような顔をしないでください。しかし、今のは一体……」
「ソヤリ、説明できるか?」
「はい、ディアナが歌い出してしばらくすると透明魔石が光り出して、そのあといきなりここにいる者たち全員に白い光が飛びました。いつもの繋がりの魔石術とは違って、繋がった途端ものすごい圧力を感じました。無理矢理体の奥に入ってくるような、異様な力でした」
「私もそれと同じような感じでしたね。身体中の細胞が圧迫されるような、逆に活発に動くような奇妙な感じでした」
「そ、そんな……」
二人の説明に私は血の気が引く。そんな恐ろしい力を二人に与えてしまったなんて信じられない。
「ごめんなさい……私そんなつもりでは」
「ディアナ、其方今までと違う歌い方をしたのか?」
「いえ……曲は違いますけど、いつもと同じように歌いました。心を込めて、相手に届くように……」
「いつも通りか……ではなぜ今回はそのようなことが起こったのだ? 前回歌った時との違いは……」
王様は冷静に分析を始めた。その間に私はソヤリとオリム先生に癒しの魔石術をかける。
「ああ、ありがとうディアナ。本当に気にしなくて大丈夫ですよ。少しびっくりしただけです」
眉を下げる私にオリム先生が優しく微笑む。パンムーが肩に乗ってきて慰めるように私の頬を撫でた。
「もしかすると、血の契約が原因かも知れぬ」
「血の契約ですか?」
王様の声にソヤリが腕輪に向かって問いかける。
「ああ、ディアナが氷で目覚めた時との違いといえばそれしかない。私も黄の特性があるからわかるが、血の契約をすると心の中で命じるだけでも特性の魔石術は発動する。血の契約をすると魔石との繋がりが増すからな」
「ではディアナがこの透明魔石と血の契約をしたから、今回歌うだけで魔石術が発動したと?」
「おそらくは。ただ、その魔石術の中身についてはなにもわからぬが……。ディアナ」
「はい」
「とりあえずその透明魔石との血の契約は解除しなさい。今後寝言などで其方が無意識に歌うと周りに危険が及ぶ可能性がある」
「!」
王様の言葉を聞いてゾッとする。確かにこんな状態で寝言で歌っていたら大変なことになっていただろう。ハーブティを飲んでいなかったら危ないところだった。
「血の契約って解除することができるんですか? どうやるんですか?」
「透明魔石を持って命じてください。『血の契約を解除せよ』と」
オリム先生に説明され私はすぐに透明魔石を持って言われた通りにした。こんな危険なことが起こる状態でいるのは嫌だ。
私が命じると、なんとなく透明魔石の温度が少し下がった気がした。
「しかし、本当に不思議な魔石ですねぇ。調べれば調べるほど、謎が生まれそうです」
「他の魔石と違ってかなり特殊なようだな。オリム、今日はこの辺にしておこう」
なんとなくオリム先生を気遣うような声で王様が言うと、先生は「わかりました。お気遣い感謝いたします」と言って部屋から出て行った。
「ディアナ」
「はい」
「近いうちにこちらへ来なさい。少し調べたいことがある」
「はい」
王様との通信はそれで切れた。なんとなく項垂れていると、ソヤリが珍しく優しい声で言った。
「あまり気にしなくていいですよ。予想外のことでしたし、そこまで負担ではありませんでしたから」
「ソヤリさん……」
「ダメージというよりは無理矢理体に入ってくる不快感といいますか、気持ち悪さが強かっただけですから」
「不快感ですか……」
「私も初めてのことでどう説明したらいいかわかりませんが。どこかが傷つくといったものではなかったので本当に大丈夫ですよ」
ソヤリはそう言って少し微笑み、裏口の方へと消えていった。あのソヤリさんにしてはめちゃくちゃ優しい対応だ。
「……私、そんなに情けない顔してたかな」
肩に乗っているパンムーにそう言うと、パンムーは無言で頬を撫でてくれた。気持ちが少し落ち着いて、私は透明魔石を見つめた。
とにかく、あの魔石術がなんなのか王様と調べないとね……。
透明魔石術の研究で思わぬ事態になりました。
ウキウキで歌ったのに魔石術が暴走してショックを受けるディアナ。
実はかなり凹んでいます。
次は 歌の魔石術、です。