スポットライト作り
魔石装具クラブを訪れた日からあまり間をおかずにテクナ先生から呼び出しを受けた。本当にすぐにガラス工房に頼みに行ったらしい。
その日はイバン王子とレンファイ王女がそれぞれシムディアクラブと社交クラブの方に行っていたので、他のメンバーは自主練の予定だった。
「こっちは勝手にやってるから行ってこいよ」
とラクスに言われたのでこの前と同じメンバーで魔石装具クラブのクラブ室に向かう。
「こんにちは」
「おお、遅ぇぞ。こっちだ」
クラブ室にはすでにテクナ先生が来ており、フェルズとともになにかをローテーブルの上に広げていた。私は二人がいる場所に近づいて、テーブルの上に置かれたものを覗き込む。
「わ、本当にできたんですね。このレンズ。あと鏡も」
「ガラスの方は拡大鏡なんかに使われてるから比較的簡単に作れたんだが、こっちの鏡が大変だった。お椀の形にするのに職人が四苦八苦してたぜ」
「よく作れましたねぇ」
「とりあえず携帯灯に鏡とレンズだっけか? これをくっ付けて実験してみるぞ」
「はい」
私はお椀型に作られた鏡を手に取る。凹面鏡と呼ばれるこの形は恵麻時代の日常生活でよく見るものだった。懐中電灯や電気ストーブ、パラボラアンテナ、車のヘッドライト……他にも太陽の光を集める実験なんかでも使われていたことを思い出す。
鏡の中心には光石が入るくらいの穴が空いていた。
「こっちの携帯灯にまずその鏡をくっ付けろ」
とテクナ先生に言われて渡された携帯灯は先端部分がなくなっていて、光石がむき出しになっていた。
「これ、どうやってくっ付けるんですか?」
「光石が埋まっているマギアコードの部分に、その鏡を押し付けるようにしてみろ」
光石は直径三センチほどの円盤状のマギアコードの中心に埋まるようにくっ付いている。
私は言われた通り鏡の穴に光石を通して、そのままマギアコードに凹面鏡の裏側をグッと押し付ける。すると不思議なことに「キュッ」という音が鳴って鏡がマギアコードにくっ付いた。
「なんかこのネックレスに魔石をくっ付けた時と同じような音がしましたけど」
「お、よくわかったな。さっきその鏡の裏側にマギア糊を塗ったんだよ」
「マギア糊?」
そう聞きながらテクナ先生の方を見ると、先生は白濁とした液体が入った綺麗なガラス瓶を手に持って振った。あの中身がマギア糊というものらしい。
「大雑把に言えばマギアを含んだ糊だな。魔石がマギアコードにくっ付くのは、マギアコードにマギアの含んだものを吸着する性質があるからだと言われている。その性質を利用して、マギアを含んだ糊を作ったんだよ」
「その糊を塗ればなんでもマギアコードに接着できるってことですか」
「そういうことだ」
へぇ、便利なものがあるものだね。
レンズの方は別に作ってあった木製の輪っかにつけるらしい。
「レンズのあるなしで光がどんな風に変わるのか見たいからな。先端部分は取り外せるように別に作ったんだ」
「なるほど」
フェルズがその木製の輪っかにレンズをはめ込む。こちらは普通の接着剤を使っているそうだ。
「じゃ、まずはレンズなしで使ってみるか。この鏡を付けただけでどれくらい明るくなったのか……」
「参考に今使っている携帯灯を点けてみてくださいよ、先生」
「お、そうだな」
私がそう言うと、先生は懐からマイ携帯灯を取り出して焦茶色のローテーブルにかざして起動させた。いつも通りの携帯灯の光がポワッと現れる。
「この横にそっちの点けてみろ」
「はい」
私は凹面鏡のついた携帯灯を先生の点けた光の横に向けてミニ魔石に触れる。すると、明らかに今までのものより明るい光が照らされた。
「おお」
「明るくなりましたね」
「すごい!」
「思ってた以上に明るくなったな」
フェルズやハンカルが身を乗り出して感動している。
「鏡の反射か……なるほどな」
テクナ先生が二つの光を見比べながら唸った。
「じゃあ次はレンズを付けてみますね」
私は一度光を消して、携帯灯の先にレンズを付けた輪っか型の先端部分をはめ込む。持ち手部分より少し大きめに作られているので、本当に懐中電灯みたいな形になった。
トイレットペーパーの芯みたいな形から立派な懐中電灯の形になったね。
私はそれを先ほどと同じ場所にかざして、ミニ魔石に触れた。
「わぁ!」
「へぇ! 光がくっきりとしたな」
「……!」
その光は従来の携帯灯と比べて輪郭のくっきりとした丸い光になっていた。光の焦点がきっちりあってるわけではないので多少ボヤッとはしているけど、ライトとしての性能は確実に上がっている。
ファリシュタとハンカルは素直に感嘆の声を上げたけど、フェルズと先生は口を開けて固まってしまった。
「まさか、ガラスにこんな効果があったとは……」
「そうか、光も焦点を定めることができるんだな……拡大鏡のように」
「これはすごい発見ではないですか?」
「すごいどころの騒ぎじゃねぇぞ」
二人の会話に私は少し居心地が悪くなる。
もしかして、これ結構革命的な技術だったのかな? ヤバい……これまだ王様に報告してないよ……。
この二人に話す前にあっちに言っておかなければいけない事案だったのではないだろうか。みんなが新しい携帯灯に感動している中、私は冷や汗が背中に流れるのを感じた。
演劇に必要な照明を作りたいと思ってただけで、決して革新的な技術を教えるつもりではなかったのだ。
……これはあとですぐにソヤリさんに報告しよう。そうしよう。
「おまえはやっぱ面白ぇな。俺にさえ思いつかない案を次々と出してくる」
「そ、そうですかね」
「なぁ、おまえ魔石装具クラブに入らねぇか?」
「ええ⁉ いいです! 遠慮しときます!」
これ以上ここにいたら他にも迂闊に新技術を教えてしまう気がする。
「私は演劇クラブに全力投球しているので他のクラブに入る余裕はありません!」
「チッつまんねーな……うちに入ったら、今売られてる魔石装具も格安で買うこともできるのに」
「えっ」
他人が開発した魔石装具も? 格安で⁉
「ディアナ……」
テーブルの向かいからハンカルの呆れた声が飛んできて、私はハッと我に返る。
「ほんのり揺らいだだけだよハンカル。魔石装具クラブには入らないってば」
「ほんのり……」
「ふふふ」
私とハンカルのやりとりを聞いてファリシュタがクスクスと笑っている。
テクナ先生は面白くない顔をしながら「ま、たまにこうやって変なもん作りにくるくらいでもいいか」となぜか勝手に納得していた。
「そうですね、私も彼女の作り出すものに興味があるので入って欲しいところですが、これ以上大変な人が魔石装具クラブにいると周りが苦労しそうなので勧誘しないでおきます」
フェルズもそう言って頷いている。その言葉にテクナ先生が片眉を上げた。
「おい、大変な人って誰だ?」
「先生に決まってるじゃないですか」
「はぁ⁉」
「確かにテクナ先生が顧問だと大変そうですよね」
「ええ、本当に、先生は気まぐれすぎるので振り回されるメンバーたちは大変なんですよ」
「わかります」
「おまえらなに勝手にわかり合ってんだよ⁉」
私とフェルズのやりとりにテクナ先生が声を張り上げる。そこにハンカルが、
「ディアナはその先生と同じくらい大変な人って思われてるんだぞ」
と冷静にツッコみ、今度は私が「なんでですか⁉」と叫ぶ羽目になった。
それからスポットライト作りに移った。
構造的には携帯灯をそのまま大きくする感じなので、レンズと凹面鏡の大きいサイズがあればあとはマギアコードを作って組み立ていくだけらしい。
マギアコードについては魔石装具工房に出入りできる先生とフェルズに任せるしかないので、私はその他に必要な装置の確認をする。
「ええと、まず照明の角度調整は黄の魔石術でするでしょ、あとはこれを天井から吊るすのをどうするかだよねぇ」
「天井に直接金具で留めるしかないんじゃないか?」
「そうしたいけど、ここの天井って全部石造じゃない? 固定金具をつけるのも大変だし、それに劇を披露する会場がどこになるかまだわからないから、できれば取り外せるものがいいんだよ」
ハンカルと私がそう話していると、テクナ先生が腕を組みながら言った。
「ならさっきのマギア糊を使えばいい。天井にその糊を塗って、照明の方にマギアコードを付けておけば着脱可能な照明になるだろ」
「あ、そういえば魔石と一緒でマギアコードに付けたり外したりできるんですねその糊も」
「ああ」
私はそれを聞いて設計図に新たに描き込む。大きな円筒型の照明から一本の細い棒を伸ばし、その先に天井とくっ付ける円形の台を描く。イメージ的にはダイニングの照明なんかにある吊り下げ型の照明だ。
「で、ここにマギアコードをくっ付けて、天井側には糊をつける、と。天井にこの照明を設置するのは……ああ、そっか魔石術を使えばいいのか」
黄の魔石術で天井まで移動させればいいんだ。こういうところは便利だよね。
「あとこの照明の点灯をどうするかも考えないといけないんじゃないか?」
ハンカルにそう言われて私はハッとする。
「そうだった。本体に赤いミニ魔石付いてたら起動できないよね。天井付近に誰かにいてもらうわけにもいかないし」
「おまえら、そこまで設計してなかったのかよ」
先生の呆れた声にフェルズが頬をポリポリとかいた。
「大きさと形状を決めるだけで止まってましたね。でもそれなら流動器をつければいいんじゃないですか?」
「そうだな。そこに向けて正確にマギアの塊を飛ばせるやつがいればできるだろ」
「流動器ってなんですか?」
「ほれ、暖房灯みたいに一度つけたらずっとつきっぱなしになる魔石装具があるだろ。あそこに使われている器具だ。一度手で触れたり魔石術でマギアを流せばそのあとずっと起動したまんまになる」
「ああ、あれってそういう特殊な器具が付いていたんですね」
「仕組みはまあ、また今度授業でやるからそれで覚えればいい。流動器にはその流れを止める物理的なストッパーも付いてるから、それを下から動かしたら遠いとこからでも使えるだろ」
私は床に立った状態から天井に吊るされた照明の見上げる想像をする。
「先生……それって床の上から天井の照明についてるミニ魔石に赤の魔石術を使うってことですよね? 目標物としてはめちゃくちゃ小さくないですか?」
ここみたいな教室ならいいが、寮の談話室や大教室のような規模の部屋だと、天井は遥か彼方だ。
「だからそこに向けて正確な力で魔石術を飛ばせるやつがいればって言ったろ」
大講堂の鐘さえ正確に鳴らすことができない私には無理な話だね。
「……ハンカルかファリシュタにお願いするしかないね」
「ええっ……うーん、私には多分難しいと思うよ。照明って何個もあるんだよね? 私では力が足りない気がする」
「そうだな。それにファリシュタは音出しの方で忙しいだろうし、俺がやった方が良さそうだ」
確かにハンカルならそういう繊細な魔石術の使い方が出来そうだ。一級だから力も十分にあるし。
「じゃあハンカルにお願いしようかな。照明係誕生だね」
「はは、わかった。この前入ってきた三人に音出しを任せて、俺はそっちに専念するよ」
それから照明の具体的な大きを決めて、それに合うレンズと凹面鏡を作ってもらうことになった。それができるまでこちらでは照明の外枠作りをする。
「早速今日から作るかい?」
「そうですね、早い方がいいでしょうし」
「んじゃ、俺はこの照明のマギアコード作りをしてくるわ」
「え! 先生自らやってくれるんですか?」
「これだけ大きいマギアコードはフェルズは作ったことないだろ?」
「はい」
「マギアコード作りが一番難関だからな。何個も失敗作出すより俺が作った方が早い」
「マギアコードってそんなに難しいんですね」
「まぁな。繊細で長時間かかる作業だし、平民の暑苦しい火守りのおっさんとの共同作業だしな」
「火守り?」
「金属を作る技術を持った一族だよ。マギアコードも金属だからな、そいつらと一緒に作るんだ。工房は暑いしむさいしくせぇぞー」
それは現場が実際にそうなのか主にそのおっさんが原因なのか。
「まぁ工房の見学はいずれ授業でするから楽しみにしとけ」
テクナ先生はそう言ってクラブ室から出て行った。
そして数日後、頼んでいたものが全部できあがって、みんなと協力しながら組み立ててスポットライトが完成した。
試しに魔石装具クラブのクラブ室の天井にそれを取り付けてみる。
「じゃあ起動させるぞ」
ハンカルがそう言ってスポットライトに向かって「『キジル』最小の衝撃を」と命じる。赤くて細い光が照明に飛んでいって赤いミニ魔石にぶつかった。
その瞬間その真下にいた私にカッと光が降ってきた。
「おおっ」
「点いたぞ!」
「明るいな」
「ディアナが浮き出て見えるよ」
私たちだけでなく、他の魔石装具メンバーも驚きながら注目している。私は一度光の外に出て、代わりにハンカルに入ってもらう。
「おお、いいね! 明るい教室内でもこれだけ光がくっきり見えるなら、暗い舞台の上ではもっといい感じになると思う。スポットライト、完成だね!」
私がそう言って拍手をすると、フェルズも周りの学生たちも一緒に拍手してくれた。とりあえず新しい魔石装具ができたことは彼らにとって純粋に嬉しいことらしい。
「今回の開発にかかった金は折半でいい。これだけでかい照明器具だったら騎士団にも売れるだろうから、その辺も考えて値段設定しろよ」
「テクナ先生、売上の取り分はどうします?」
「今回のはおまえのアイデアがでかいからな、おまえが多めでいいぞ。こういう時にちゃんと取れる分は取っておけ」
「わかりました。ありがとうございます」
テクナ先生が作ってくれたマギアコードが結構高くついたので、開発費が予想以上にかかってしまったのだ。
これを高めに売って失った部費を取り戻さなくちゃね。
でも本当にいいのができた。これで劇はもっともっといいものになるはずだ。
私はスポットライトを見上げて微笑んだ。
スポットライトが完成しました。
照明は舞台には欠かせないものですからね。
これで演出の幅がかなり広がりました。
次の更新は12/27、
透明魔石術の暴走、です。