魔石装具クラブとの共同開発
今日は魔石装具クラブの人たちと一緒に照明の魔石装具を作る日だ。ルザと私だけで来る予定だったけど、私に任すとすごいお金を使いそうだと心配したハンカルとファリシュタが付いてきた。ちなみに演劇クラブは今日はお休みである。
「地下一階って初めて来たかも」
「こっちの教室は俺たちの学年は使わないからな」
「ここに魔石装具クラブのクラブ室があったんだね」
私たちは地下一階の廊下を歩いている。地下にある大教室や演劇クラブの練習室、それから大講堂の出入り口は地下二階にあるので、地下一階には来たことがなかった。
大講堂や大教室の吹き抜け部分にあたる部分は壁になっているので、地下一階の使える範囲はそんなに多くはない。魔石装具クラブのクラブ室はその中で東側の階段に近い場所にあった。
大きなアーチ状の扉をノックしてギィッと開ける。
「あの、こんにちは。演劇クラブのディアナと言いますが……」
中を覗いてそう声をかけると、教室内で作業していたらしい学生たちが一斉にこちらを見た。そしてなぜかその場でザッと跪いて恭順の礼をとりだした。突然のことにビクッとなって私は一歩後ずさる。
「へ⁉ あ、あの?」
「うちの元メンバーがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした‼ この通り貴女様には無条件降伏致しますのでどうかご慈悲を‼」
代表者——よく見たらクラブ長だ——がそう言うと、教室内にいるメンバーが全員「ご慈悲を!」と頭をさらに下げる。
「ちょ、ちょっと待ってください。なんですかこれは。私なんで謝られてるんですか?」
その異様な雰囲気に顔を引きつらせて説明を求めると、クラブ長が「去年貴女に嫌がらせをしたカミラのことを謝罪するのを忘れていたので」と気まずそうな顔をして言った。
そういえばクラブ紹介の日にクラブ長から謝罪は受けてなかった。かといってしてもらいたいとも思っていなかったけど。
「あれは犯人が勝手に行ったことじゃないですか。クラブの人たちが謝ることではないと思います」
「そ、そうなのですか? あの、では謝罪の本気度を調べるために新シムディアで対決させるなんてことは……」
「そんなことしないですよ!」
「どうやらディアナのイメージが一人歩きしてるみたいだな」
ハンカルがそう言って苦笑している。クラブ長が言うには、この前の新シムディア対決のことを知った魔石装具クラブの人たちは、私を怒らせたら新シムディアでボコボコにされると思ったんだそうだ。そして去年の事件のことを謝ってない自分たちは絶対私を怒らせていると、今日はそれについて言いに来るから最初から降伏しようと話し合っていたらしい。
なにそれ。
「……私、そんな怖い人間じゃないです……今日は普通に新しい魔石装具を作りたくて相談に来ただけですよ」
「そ、そうなんですか……よ、よかった」
クラブ長を始めメンバーたちがあからさまにホッとため息をついた。
なんかシムディア対決のおかげで酷いイメージになってる気がする。忌避感を持たれるのも嫌だけど、暴力的だと思われるのも嫌だ。
私は普通の学生として受け入れてもらいたいだけなのに。もぅ。
「ていうか、そういう理由で訪れるとテクナ先生には伝えていたはずですが……」
「テクナ先生からは『演劇クラブ長が来るから相手しとけ』と言われただけでして……」
もー! テクナ先生は! 適当すぎるよ!
私は心の中で悪態をつきながら今日作りたい魔石装具の説明をする。それを聞いたクラブ長は「ああ、そういう依頼があったとフェルズが言っていましたね」と教室の奥にいる男子学生を呼んだ。
「え、ああ、発表販売会の時の……そうか、君だったのか」
フェルズは毛量多めの青い髪にグレーの目をした四年生の男子で、去年の魔石装具発表販売会で携帯灯のブースにいた人だ。どうやら照明の依頼をした私と、話題のエルフである私が結びついていなかったらしい。
あの時は耳も出してなかったもんね。
「携帯灯についてはフェルズがクラブ内では詳しいから、彼に任せます」
「ええ! 私ですか⁉」
「大きい照明ならそんなに難しくないと言ってたじゃないか」
「そうですけど……」
「ついでにクラブ内も案内して、この方にクラブのいいところをアピールしてくれ」
クラブ長にいい笑顔で言われ、フェルズは諦めたように「わかりましたよ」と答えた。
私たちはフェルズに案内されて教室内を移動する。
この教室は他の教室とは少し違っていて、ローテーブルを囲むようにコの字型にヤパンが置かれてあるセットがずらっと床に並んでいる。恵麻時代の学校にあった工作室や理科室のような感じのアルタカシーク版という感じだ。
それぞれのメンバーはそのヤパンに座りローテーブルの上に置いた紙を見ながらああだこうだ意見を言い合ったり、木片にヤスリをかけたり組み立てたりしていた。
「魔石装具の作り方は四段階あるんだ。一に設計、二にマギアコード作り、三に装具部分作り、四に組み立てと改良。マギアコード作りは学院外にある魔石装具工房でしか作ることができないから、それ以外の作業をここでしているよ」
「装具部分って自分たちで作ってるんですね。街の工房に頼むのかと思ってました」
「魔石装具工房で作られるものはそうするんだけど、テクナ先生が『学生は自分の手でものを作る経験をした方がいい』って言ってね。装具部分も手作りすることになってるんだ」
「なるほど」
確かに貴族の学生には貴重な体験だと思うけど、戸惑う人もいるだろうね。
「でも私が欲しい照明は大きいものなんですけど、自分たちで作れるでしょうか」
「とりあえず仮の装具を作っておいて、使えそうだとわかったら最終的に木工工房に頼むこともできるよ。もちろんお金はかかるけど」
とあるテーブルでバンブクの木を切っている人たちがいた。その人たちの作業を見ながら私はぽつりと呟く。
「ものを切れる魔石術があればいいのにねぇ」
「そんなに都合良くはいかないよ、ディアナ」
ハンカルがフッと笑いながら言う。
魔法のない世界で育った私としては、魔法みたいなものがあるのに全ての作業が魔法だけでできないことに違和感がある。
魔石術って万能じゃないんだよねぇ。そこがもどかしいよ。
「木を切ることくらいならできるから、私もお手伝いするよ?」
「ファリシュタ……もしかして木工もできるの?」
「そんなに複雑なものはできないけど、葡萄を固定する棚作りとか手伝ってたから」
おおお、さすがファリシュタ。普通の貴族ができないことに強い。
「じゃあまず設計図から作っていこうか」
フェルズが空いているローテーブルセットに私たちを案内して、大きな紙と、メモ用紙、筆記具をテーブルに並べた。フェルズの横にハンカルが座り、その向かい側に私とファリシュタが座って話し合う。ルザは私の後ろに立って周りに目を配っている。
「作りたいのは大きな照明だったね。大きさはどれくらい?」
「うーん、舞台の上から光を当てた時にこれくらいの大きさになるくらいです」
私はそう言ってテーブルの端から端までを指差す。
「なるほど、それくらいの範囲だったらそこまで大きくなくても良さそうだね」
「照明に使う光石というのはどんなものなんですか? 光の強さは決まっているんでしょうか」
「それは石によって違うよ。強い光を出せる石から弱い光しか出せない石までいろいろあるんだ。まぁこれだけ大きな照明だったら一番強い光を出す物じゃないとダメだろうね。ただ……」
「ただ?」
「強い光を出す光石は高いんだ。だからあまりうちのクラブでは扱ったことがない」
「携帯灯に使ってるのは強くないんですか?」
「あれは弱い強さのものだよ。赤のミニ魔石と組み合わせることで光を強めているんだ。弱い光石はまだ安いからあれだけ量産できてるんだよ」
なるほど。光石の性能の違いで価格が大きく違っちゃうんだね。
「強い光石はいくらくらいするんですか?」
「そうだな……多分五万ラシルくらいはすると思う」
「五マ……!」
ハンカルが目を剥いて固まった。
「それは高いね……」
照明は何個も欲しいのだ。その石で作っていたらすぐに部費が飛んでしまう。
やっぱり恵麻時代の知識を使うしかないか。実はミュージカル部で活動していたときに照明のことは一通り勉強したんだよね。
「弱い光石を使って作ることにしましょう」
「ディアナ?」
「弱い光石ではさっき言った範囲を強く照らすことはできませんよ?」
ハンカルとフェルズがそう言って同時に首を傾げる。
「弱い光を強くする方法があるんですよ。あの、ここに鏡と厚みのあるガラスはありますか?」
「鏡とガラス? 鏡はあると思うけど、ガラスはないな……それをどうするんだい?」
「ええと、今携帯灯って持ってますか?」
「ああ、ここにあるよ」
フェルズはそう言って腰袋から携帯灯を取り出した。私はそれを借りて説明を始める。
「鏡には光を反射する効果がありますよね、その性質を使って光を強くすることができるんです。この携帯灯の光石の周りに、お椀のような形の薄い鏡を貼り付けるんです。ぐるっと。すると光石から発する光が前方に集まるので光の強さが増すんですよ」
「え! 鏡をここに⁉ あ……でも確かに明るくはなるか。すごい、鏡の反射を使うなんて考えたこともなかった!」
私の説明にフェルズが興奮し始める。
「で、この先端のところに丸みのあるガラスをはめると、くっきりとした丸い光を出すことができるんです」
「えええ!」
「そうなのか? そんなこと初めて聞いたぞ」
フェルズとハンカルが驚いた声をあげる。
「そうみたいだよ。知識として持ってるだけだから、実際はやってみないとわからないけど」
「それは、ディアナが新しいエルフだからか? 覚えてないけど知っている知識があるということなのか?」
ハンカルが生真面目な顔をして聞いてくる。
気になったことはとことん調べたいハンカルにとってはかなり気になることだよね。でも「私は新しいエルフなのでなぜか知ってる知識があるんだよ」設定にはそんなに突っ込まないで欲しい。
「多分そういうことだと思う。フェルズ先輩、こういう形をしたガラスって知ってますか?」
私はそう言ってメモ帳に平凸レンズといって片面が平らでもう片面が丸くなっている形を描く。
「拡大鏡なんかに使われているやつだと思うけど、見たことはないな……テクナ先生だったら知ってるかもしれないけど」
「そうですか……この形のガラスが欲しいんですけど、テクナ先生は今日は来ないんですか?」
「先生はあまりこっちには来たがらないからなぁ。『学院なんて真面目そうなやつがたくさんいる場所は行きたくない』っていつも言ってるから」
そんな理由で学院が嫌いなのか。
と、呆れていると、いきなり教室の扉がバーン! と開いて、ピンク頭のテクナ先生が現れた。あまりにもタイミングのいい登場に私たちは口をあんぐりと開ける。
「お? おお、いたか。今日はおまえが来る日だったなぁって思い出してよ、来てやった。どうだ? 面白いモン作れそうか?」
先生は固まっている私たちを気にすることなくやって来て、ヤパンの上にどかっと座った。
「先生、タイミング良すぎですよ。もしかしてどこかで見てたんじゃないですか?」
「あ? なに言ってんだ。盗み見る趣味なんかねぇよ。こっそり行動するなんて俺にはできん」
「まぁそうですよね。その頭だったらどこにいても目立ちそうですし」
「俺の髪は派手でいいだろ! はっはっは」
「別に褒めてないです」
「なに⁉」
「…………先生とディアナは仲がいいんだな」
私とテクナ先生のやりとりを見てハンカルが目をパチパチさせる。
「一年のころからの付き合いだからね。あ、知ってる? テクナ先生ってうちの寮長さんと夫婦なんだよ」
「ええええ⁉」
「そうなの⁉」
ハンカルとファリシュタが珍しく大きな声を出す。
「おまえ……あいつの顔を思い出させるなよ。気分が下がるだろ」
「また喧嘩でもしたんですか?」
「してねぇ。ていうかいつもあんな感じだから喧嘩してるかどうかわかんねぇ」
「まぁ喧嘩するほど仲がいいって言いますから」
「だから喧嘩じゃねぇって! 変なこと言うな!」
テクナ先生はうえっという顔をしてブルブルと頭を振った。
そういうことするから喧嘩になるんだよ、先生。
「で? なんの話してたんだ?」
私とフェルズは先生に照明の魔石装具の話をする。鏡とガラスのところでテクナ先生の黄色の目が光った。
「なんだそれは⁉ 鏡とガラスでそんなことができんのか⁉ お、おまえなんでそんなこと……いや、それはどうでもいいな。これが本当なら携帯灯もさらに改良できるじゃねぇか! おい! 早く言えよこういうことは‼」
唾を飛ばす勢いでそう捲し立て、先生はすぐに立ち上がった。
「ガラス工房に行ってこの形のモン作ってもらってくる! あと薄い鏡もだ! それができたら実験すんぞ! おまえもその時にここに来いよ!」
と言って教室を飛び出していってしまった。
先生……行動が早すぎるよ……いつものダルがりはどこに行ったの。
「……鏡とガラスの件についてはどうにかなりそうですね」
「そうですね……。じゃあ私たちはその他のことを決めていきましょう」
先生の性格に慣れているフェルズと私は、他の設計について話を始める。そこにハンカルの「二人とも冷静すぎないか?」という呟きが聞こえた。
先生については慣れるしかないよ、ハンカル。
そのあと大まかな設計図が出来上がったが、テクナ先生が作ってくる鏡とガラスがないと詳細は詰められないので、その日はそこで解散になった。
後日、改めて実験だ。
魔石装具クラブにやってきました。
メンバーたちにめちゃくちゃ怖がられていたディアナ。
誤解も解けて一緒に照明作りの開始です。
テクナ先生が出てくると一気に雰囲気が変わりますね。
キャラのせいです。
次は スポットライト作り、です。