振り付けと入会希望者
フンフンフ〜ン、と心の中で鼻歌を歌いながら私は足取り軽やかに廊下を歩き、演劇クラブの練習室の扉をバーン! と開けた。
「今日もみなさん頑張りましょう!」
いきなり上機嫌の私が現れて、練習室に集まっていたメンバーたちが驚いてこちらを向く。メンバーは全員揃っているようだ。
「どうしたんだ? ディアナ。いいことでもあったのか?」
「あったんだよラクス! 職人に頼んでた音出しのレプリカが出来上がったの!」
私は手に持っていた細長い木の箱をテテーン! と掲げた。
革屋のアイタから笛のレプリカが完成したとの連絡があって、今さっきオリム先生と一緒に平民との打ち合わせ部屋まで受け取りに行っていたのだ。
アイタは興奮しながらどのように作ったのか熱く語ってくれ、今まで作れなかった古い笛を作れたことに感無量になって何度もお礼を言って帰っていった。
「おお、俺の国のあれか。どんな感じになったんだ?」
ハンカルに促されて私は部屋の隅にある小上がりに上り、テーブルの上に箱と厳重に封をされた布袋を置く。
「こっちの布の方がハンカルの持ってきてくれた音出しで……」
ぐるぐる巻きにされた紐を解いて布袋から笛を取り出して箱の横に並べてから、私は箱の蓋をパカッと開けた。
「こっちがレプリカの音出し」
「うわ! すげぇ! そっくりだな!」
「本当だ。材料の木が新しいからレプリカの方が白いが、形はそのままだな。これを作った職人は相当な技術を持ってるんじゃないか?」
「並々ならぬ熱意があったからねぇ。めちゃくちゃ研究して作ってくれたみたい」
「吹けるのか?」
「ふっふっふん、さっき試しに吹いてみたよ。聴いてみる?」
「ああ」
私は箱からレプリカの笛を取り出して、吹き口を唇に当てた。胴体に空いている穴は塞がずにそのまま吹いてみる。
ピ————、と結構高めの音が鳴る。恵麻時代に小学校で習ったソプラノリコーダーよりも高い音だ。笛の長さもリコーダーに比べて短いのでそうなるのだろう。
私は空いている穴を上から順番に塞いで吹いていく。
ピ——ピ——ピ——ピ——
ミレドシ、と塞ぐ穴を増やすごとに音階が下がっていく。どの穴を塞げばどの音が鳴るのかまだわかっていないので、それはこれから研究する予定だ。
「穴を押さえたら音が変わるのか」
「へぇー! 面白いな」
ハンカルとラクスと盛り上がっていると、私がいる小上がりの周りにメンバーが全員集まってきた。
「ディアナ、これは劇の中でどうやって使うんだい?」
ピーピーと笛を吹いていると、イバン王子が不思議そうに聞いてきた。
「そうですねぇ。新しい踊りの時に鳴らすリズムに加えてもいいですし、効果音にも使えるかなって思ってるんです」
「効果音?」
「例えばティルバルが舞台に登場する時にこう鳴らせば……」
私は高い音でピロリロリンッと少し指を震わせて吹く。
「と、こんな感じで印象的になりませんか?」
「なんだか可愛い音ね」
「確かに、少し滑稽というか、変な人が出てきたなと思わせる音だね」
レンファイ王女とイバン王子が感心している。
「可愛らしくてコミカルな音なので、明るいシーンに使える音だなって思ったんです。今回の劇では主に前半で使えるかなと」
「これは誰が吹くんだ?」
ハンカルの問いに私は腕を組んで首を捻る。
「ファリシュタにお願いしたいけど、他の音出しとの兼ね合いもあるからねぇ。とりあえず使うシーンで吹ける人がいればその人で」
「吹き方はディアナが教えるのか?」
「うん。今日からこの笛の使い方を研究してみるよ。面白そうだし」
多分構造的にはリコーダーとよく似たものだと思うんだよね。ドレミの音階があるのか調べてから、メロディにならない程度の効果音を作ってみよっと。
それからみんな今日の練習をそれぞれ始め出す。メンバーがいつもの基礎練をしている間に、私は練習室にあらかじめ届けてもらっていた布袋をイリーナに渡した。
「イリーナ、これ前に言ってた平民の服だよ。若い男性用と女性用のものがいくつか入ってるから参考にして」
「まぁ! ありがとうございます。早速見てもいいかしら?」
「もちろん」
イリーナは布袋を開けて小上がりの上に服を広げ出す。
「なるほど、やはり生地は扱いやすい綿が多いのですね。縫製は……あら、意外と丁寧ですわ」
「うちのトカルとトレルが着るようなものだから平民の中でもいい服なんじゃないかな」
「確かに高位貴族の使用人ともなれば着ている服も上等なものでなくてはいけませんものね」
トカルとトレルという使用人にもランクがあって、下位貴族の館に雇われる者と、高位貴族の館に雇われる者とでは教育のレベルも服のレベルも全然違う。高位貴族のトカルとトレルになる人たちは平民の中でも裕福な家の出身者が多いのだ。
イシュラルも実家は裕福な商家だって言ってたもんね。
「劇の主人公であるシャハールとマリカも高い身分の貴族っていう設定だし、その二人がお忍びのために着る服ならこれくらいのランクのものでいいんじゃないかな」
「そうですわね。ではこれを参考にデザインを考えて作ってみますわ」
「うん。お願いねイリーナ」
「任せてください!」
服作りをイリーナに任せて、私は次に基礎練の終わったラクスを呼び出す。
「なんだ?」
「今日は今回の劇の基本となる踊りを作っていこうと思うんだ」
「お! いよいよか」
「劇の前半、シャハールとマリカが出会ってお互いに惹かれ合い、気持ちが昂ったシーンで踊る踊りなんだけど」
「そういえば脚本読んでた時から不思議だったんだけどさ、気持ちが昂って、それから急に踊りを踊るって変じゃないのか?」
ラクスがよくわからないという顔をして首を傾げる。私は苦笑しながら説明をした。
「台詞を喋ってたのにいきなり踊るシーンになるから戸惑うのはわかるよ。劇の中の踊りはね、その登場人物の感情を伝えるものだと思って欲しい。『私はすごく感動している』とか『私は今とても浮かれている』とかそういう気持ちを台詞を使わずに踊りで体現するの」
「感情を体現する……」
「そう、ラクスが踊りを習ったナモズの人たちは自然に感謝を捧げるために踊ってたと思うけど、劇の踊りはちょっと違ったものにしたいんだ。もっと人間的で、俗っぽい感情を伝えるための踊りを作りたいんだよ」
「なるほど。なんとなくわかった気がする。じゃあ具体的にどうやって作るんだ?」
「ラクスが覚えてきた踊りは跳躍が派手で、とてもポジティブな踊りでしょ? 気持ちが昂った主役の二人が踊るのにピッタリだと思うから、その動きをもとに作っていこうと思ってるよ。ラクス、まずは私にナモズの踊りを教えてくれない?」
「おう、わかった」
私は「今から踊るからパンムーはファリシュタのところに行ってて」と言ってパンムーをファリシュタの方にやり、ラクスと少し空間の空いたところへ移動して、ナモズの踊りの基本ステップを教えてもらう。
うわわ、やっぱり基本がまず難しいね。
いち、に、さん、し、いち、に、さん、し、という単純なステップではなく、
いちに、さん、し、いちに、いちに、さん、し、いちにという独特なステップなのだ。
これは初心者には無理だね。
私は踊れてもみんなには不可能だ。
「ラクス、ここのステップをこう変更していい?」
私はそう言って、いちに、いち、に、さん、し、いちに、いち、に、さん、し、というステップを踏む。
「こうして、こう、こう、こうして、こう、こう……うん、いいんじゃないか? だいぶ簡単になったな」
「ちょっと二人で同時にやってみよ」
私とラクスは新しいステップを同時に踏む。
ダダダッダッダッダッダ
ダダダッダッダッダッダ
うんうん、いい感じ。
「これを基本にして広げていこう」
「おう」
それからラクスにナモズの踊りを教えてもらいながら、それを劇用のステップにアレンジしていった。
「最初の踊りだからこれくらいの長さでいいと思う。あとは速さを決めようか」
私は練習室の奥に設置された棚からチッチ虫の入った『チッチ』を取り出して近くの小上がりのテーブルに置く。赤いミニ魔石を押してダイアルを回すと、中からチッチッチッチという音が聞こえてきた。
「おお、これが例の『チッチ』か。本当に一定の速さで鳴くんだな」
「速さは……これくらいでいいかな。これで一回踊ってみよう」
「おう」
初めはゆっくりめに設定して踊る。私とラクスだと十分に踊れる速さだ。初心者にはこれくらいかなと思っていると、ラクスが「うー遅ぇなぁ……もどかしいぞ」と言ってチッチのダイヤルをグリッと回した。
チッチッチッチという音がチチチチチチチチというかなり速い音に変わる。
「おお、いいな! ディアナ、一回だけこれで踊ろうぜ」
「ええーできるかなぁ……」
かなり速さの増した音に合わせてさっき作った踊りを踊る。
「わっちょっと待って! あはは」
「どわ! 間違えたっくそぉー!」
思った以上に速すぎて二人とも間違えまくる。
「もっかいだ!」
「ええー」
一発で踊れなかったのが悔しかったらしい、ラクスが熱くなってそのあとも何度も踊りまくった。
「あはははっ無理だってばラクス」
「ここさえできればいけるって!」
「あ! 今のよかったんじゃない?」
「よっしゃ! やった! できた!」
ようやくミスなく踊れて思わず二人でハイタッチをする。
あ、しまった、貴族は男女間でハイタッチなんかしないんだっけ。
そう思って周りを見ると、案の定メンバーのみんながこっちを見て呆然としていた。
「あ、違うんですよ、今のは勢いっていうか……」
「ディアナ……まさか今の踊りを踊るのかい? 俺たちも?」
「へ?」
「思った以上に難易度が高いのね」
イバン王子とレンファイ王女が目を丸くして驚いている。
「ああっ違います! 今のは試しにやってみただけで、劇でやるのはもっとゆっくりなものですから!」
「そうなのかい? はぁ……正直どうしようかと思ったよ」
イバン王子が心底ホッとしたような顔をして言った。
いきなり初心者にこんな踊りをやらせるなんて鬼畜すぎるよ……。
「ふふ、でも二人ともすごく楽しそうだったね」
ファリシュタがクスクスと笑いながら私たちに向かって言う。
「まぁ、確かに……」
楽しかったな。こんなに思いっきり踊ることができたのはあの氷から目覚めた時以来だ。
「いつかこれくらいの速さの踊りも劇の中でやってみたいな」
「いつかね」
習い事で一生懸命踊ってた子どものころを思い出して、私は懐かしさに口元を緩めた。
そうして踊りを作っていたある日、練習室にオリム先生が知らない学生を三人連れてやってきた。話を聞くと、なんと演劇クラブの入会を希望している学生らしい。
やった! 入学希望者⁉ しかも三人も!
「この前のクラブ見学会に参加して興味を抱いてくれたのだそうです」
「わぁ! ありがとうございます。自己紹介してもらっていいですか?」
私がそう声を掛けると、三人とも少し緊張した面持ちで遠慮がちに喋り出した。
「俺はザガルディのダニエルと言います。二年です。見学会の時に見た音出しが興味深くて入ってみたいなと思いました。よろしくお願いします」
丁寧な口調のダニエルは少しクセのある茶色の髪に青色の目をした人あたりの良さそうな男子だ。ザガルディの中位貴族で二級、青の寮にいるらしい。
「僕はエルノと言います。ザガルディの出身でダニエルとは同じ部屋です。その、見学会もそうなんですけど、僕は去年黄の寮で披露された劇も観に行ってて……その時から気になっていたので思い切って入ることにしました」
「え! 一年の時の劇を観てくれたんですか⁉」
「は、はい」
うわぁ嬉しいな。
エルノはサラサラの黒い髪に紫色の目をした男子で、常に眉がハの字になっている。ヤティリのようにオドオドしているわけではないが、自信なさげな雰囲気を醸し出していた。ダニエルとは同部屋だが下位貴族で三級らしい。
「私はナミクです。アルタカシークの一年です。私は入学式後のクラブ紹介で見た演技に感動してしまって……本当は親には近づくなと言われていたのですが、あれが頭から離れなくて入ってみようと思いました」
アルタカシークの中位貴族か……。
「親には反対されるんじゃない? 大丈夫?」
「怒られるかもしれませんが、その時はその時です。よろしくお願いします!」
ナミクは一瞬不安げな顔をしたけど、私の目をちゃんと見て言い切った。
「……ありがとう、勇気を持って来てくれたんだね。これからよろしく」
「! は、はい!」
ナミクはハーフアップのオレンジの髪を揺らして、緑色の目を輝かせて頷いた。彼女は中位貴族の三級でレンファイ様たちと同じ緑の寮にいるらしい。
三人とも、なんとなく大人しい感じで裏方向きの仕事が似合いそうな真面目な性格のようだ。私はクラブメンバーをそれぞれ紹介して、ファリシュタとハンカルに三人の仕事を割り振ってもらうように頼んだ。
「ディアナ、これが彼らの入会申請書です。改めて確認してもらってください」
そう言ってオリム先生がこっそりと私に入会申請書を手渡す。これをちゃんと王様やソヤリに確認してもらえということらしい。
「わかりました。ちょうど新しい踊りについて報告しにいこうと思っていたので、その時に見てもらいます。あ、オリム先生、例のアレも実行してみますよ」
「おお、目処がついたのですね」
「はい。いろいろ調整してもらってありがとうございました」
「いえいえ、大したことはありません。ソヤリとクィルガーの協力もありましたしね。結果を楽しみにしていますよ」
「ふっふっふん。ちゃんと策は練ってありますから、絶対成功させますよ」
私はそう言ってニヤリと笑った。
古い音出しのレプリカが出来上がりました。
イメージ的にはソプラニーノリコーダーのような音色です。
ピタ○ラスイッチの音っぽいと思っていただければ。
ラクスと新しい踊りを作りました。
そして新しい入会希望者が入ることに。
次は 王様健康化計画、です。