透明魔石の研究
すっかり秋が深まってきた十の月のある日、私は学院の内密部屋に呼び出された。今日から透明魔石の研究が始まるのだ。透明魔石術に関しては王様たちとオリム先生以外に知られてはいけないため、護衛のルザには「オリム先生を含めた定期報告会」と説明している。
校舎の地下に降りていくと、内密部屋の前にはすでにルザの父のヤガが立っていた。
そういえばヤガの名前は今年もヤガのままなんだろうか……。
「きましたか」
「待ってましたよ」
中へ入るとすでにソヤリとオリム先生が揃って待っていた。なんだかオリム先生の目がキラキラとしている。
「お待たせしました。オリム先生、楽しそうですね」
「ええ、ええ、それはもう! アルスラン様にこの話を持ちかけられた時から、この日を心待ちにしていたのですよ」
先生、すっかり研究者の顔になってるね……。
オリム先生の向かいの椅子に座ったけど、解剖されるカエルの気持ちになって私は落ち着かない。ソヤリは少し離れた壁際の方に座っている。どうやら研究の進行は主にオリム先生がするらしい。
「あの……透明魔石の研究ってどういうことをするのですか?」
「まずは透明魔石術をどういう風に使うのか実践してもらいます。私はこの目でその魔石術をまだ見たことがないので。それから私がする質問に答えていってもらって、透明魔石術の傾向を調べます。そういえば透明魔石に血の契約はしていますか?」
「いえ、しようと思ったんですけど、ずっとルザが付いているので不可能でした」
「ああ、それはそうでしょうね。では血の契約をする前としたあとで変化があるのかも見ていきましょう」
オリム先生はそう言うと、机の横に置いてあるワゴンからいろんなものを取り出して机の上に広げた。
本に書類にノート、筆記具、それから変な器具が入った箱が並べられる。その間にソヤリが王様と通信を繋げた。
「ソヤリです」
「ああ。みな揃ったのか」
「はい」
「アルスラン様、オリムです。お体の具合はどうですか?」
「……心配ない。今日はよろしく頼む」
「アルスラン様の望みとあらば喜んで」
王様と話す時のオリム先生はとても優しい声色に変わる。まるで孫を心配するおじいちゃんのようだ。
ソヤリさんやクィルガーとはまた違った会話の雰囲気になるんだね。世代が違うからかな……。
「ではディアナ、これを胸のこの辺りに付けて魔石術を使ってもらえますか?」
「これはなんですか?」
「ディアナの中にあるマギアコアが魔石術を使う時にどういう反応を示すのか調べる器具です。マギアコアは心臓の上の部分にあるので、そこに当てて使います。あ、服の上からで大丈夫ですよ」
私は渡された器具を胸に当てる。器具の先は聴診器のような形になっていて、そこから伸びた管がオリム先生の前に置かれた小さな箱のようなものに繋がっている。箱には丸い形の速度計のようなものが二つ付いていた。
もう一方の手で透明魔石がついたネックレスを取り出し、それを摘む。
「あ、誰に繋げましょうか……って、ここじゃソヤリさんしかいませんね」
「そうなりますね。以前クィルガーにやったように私に繋げてから癒しの魔石術を使ってください」
「わかりました」
私は一つ息を吐いてから『シャファフ』と名前を呼ぶ。透明魔石がポワッと温かくなった。
「! ほう……」
箱の目盛りを見ながらオリム先生が呟く。私は自分の中のドの音を透明魔石に移していき、シャンッと音がした時点で「ソヤリさんに繋いで」と命じた。
魔石から白い光が放たれ、ソヤリの全身を包み込む。続けて私は緑の魔石の名を呼び、ソヤリに癒しをかける。三日月のネックレスから放たれた緑のキラキラが白い光に乗ってソヤリに流れ、体全体が緑の光にふわりと包まれた。
それからすぐに透明魔石から手を離すと、フッと光が消える。
……あれ? ソヤリさんの顔色が大分良くなってる気がする……もしかしてソヤリさんも毎日無理してるんじゃない? 王様より顔色を読むのが難しいからソヤリの疲れに全く気づかなかったよ。大丈夫かな……。
そんな私の視線に気づいたのか、ソヤリがコホン、と咳払いをしてオリム先生に質問する。
「どうですか? オリム様」
「正直信じられません……本当に透明の魔石が使えたとは。私は今感動しています……っ」
オリム先生はそう言ってプルプルと震えている。
「いえ、そういうことではなく」
「わかっていますよ、少しくらい感動を味わせてくださいソヤリ。見たところ、ディアナはこの透明の魔石術の特性があるようですね。反応計だけが右に振り切れましたから」
「やはりそうか」
ソヤリの腕輪から王様の声が響く。
「え? 特性? 私バランス型じゃないんですか?」
「一級の授業では四つの魔石の中からしか調べなかったのでしょう? 透明魔石の特性があるということは他の魔石に差は出ませんからね」
「誰にもわからなかった透明の魔石術を発見したのだぞ其方は。それの特性がなければそのようなことはできぬ」
オリム先生と王様の説明にポンと手を打つ。
「あ、そっか。特性があると習ってない魔石術も使えたりするんでしたね」
そう考えてみると私の特性は透明魔石以外ありえない。授業の時は四つの魔石しか頭になかったのでそこまで考えが至らなかった。
「その器具は特性を調べることができるんですか?」
「ええ。この二つの目盛りは『マギアの反応量』と『マギアコアの温度』を測るものなのです。普通の魔石使いが魔石術を使うと、この二つの目盛りが同じように右に傾きます。傾き加減は階級によって違います。三級は一番右まで傾き、二級はその少し手前、一級は真ん中あたりまで針が傾きます。そして一級の人が特性の魔石術を使うとマギアの反応計だけが右に振り切れるのですよ」
「それはマギアコアの中のマギアがめちゃくちゃ反応しているってことですか?」
「そうです。しかし反応量が多いのに、マギアコアの温度は高くならずに一定を保っている。それが特性である証拠です」
「マギアの反応が増えればマギアコアの温度があがるというものではないんですね」
「マギアコアの温度が上がるのは無理をしている証拠ですからね。力の弱い二級や三級の人が魔石術を使うと、この目盛りは二つともかなり右の方に傾きます。たくさん反応させてたくさん温度を上げて、頑張って魔石術を使っているんです。ですが一級の人は目盛りが真ん中あたりにしかいきません。そんなに無理をしなくても魔石術を使えているということなのです」
「マギアコアにあまり負担をかけずに使えるということですか?」
「そういうイメージで合っていますよ。大きなマギアコアを持つ者は体の負担も少ないと捉えてもいいでしょう。そして貴女のような特級はさらに負担がありません。先程の緑の魔石術を使った時はどちらの目盛りも左のスタート地点からほとんど動いていませんでしたから」
あ、当然だけどオリム先生も私が特級って知ってるんだね。
「そうなんですか……階級の低い人はかなり無理をして魔石術を使ってるってことなんですね」
「そうですね。では次はマギアの流れを見ていきましょう」
「マギアの流れですか?」
「魔石術は魔石とマギアコアが反応して使えるものだと学んだでしょう? 目には見えないですが、魔石術を使っている時に魔石とマギアコアの間でたくさんのマギアが行き交っているのですよ」
「ええええ」
私は思わず自分の三日月のネックレスを見る。この魔石と体の中にあるマギアコアの間でそんなやりとりがあるなんて。
オリム先生が今度は薄いカードのようなものを出してきて私に渡す。
「これを透明魔石と貴女のマギアコアの間に入れて持っていてください」
カードは灰色の金属製で、その端から細いコードのようなものが二本出ている。コードの先はオリム先生が持っているさっきとは違う箱に繋がっていた。
「このカードの金属ってもしかしてマギアコードですか?」
「ほほほ、よくわかりましたね。そうです。それを魔石とマギアコアの間に挟むことでどのようにマギアが移動しているのかわかるのですよ」
なるほど……いろんな器具があるんだなぁ。
私は右手に透明魔石を持ち、左手でカードを持って胸の前に当てた。
「ではやってみますね。『シャファフ』」
さっきと同じように透明魔石に自分の音を流していって音合わせをする。シャンッと音がなったので再びソヤリに繋がりの魔石術を使った。今回は他の魔石術は使わずにしばらくして繋がりを解いた。
「なるほど……これは不思議ですねぇ。アルスラン様の言っていた通りです」
「マギアコアからの移動しかないのだな?」
「ええ、しかもアルスラン様の量よりもかなり多いです」
オリム先生と王様のやりとりに私は首を傾げる。
「どういうことですか?」
「この器具では魔石からマギアコアに移るマギアとマギアコアから魔石に移るマギアの量がそれぞれどれくらいあるのか調べられるのです。普通の魔石術では大体同じような量のマギアがその間でやり取りされるのですが、透明魔石術だけはマギアコアから魔石に移動するマギアしか測定されないのです」
「……確かに自分の中の音を魔石に流していくやり方なのでそんな感じはしますね。アルスラン様の量より多いというのは?」
「前もってアルスラン様にもこの器具を使って計ってもらっていたのです。その時もマギアコアから魔石に向かうマギアしかなかったのですが、その量が貴女の方が遥かに多いのですよ」
そういえば王様も透明の魔石術使えるようになったんだった。ソヤリさんが王の間にこの器具を運んで王様が自分で測ったのか……。
「特性の差であろうな。私は黄の特性であるため、ディアナよりも一度に移せる量が少ないのであろう。自分の音を透明魔石に流すのはいまだに時間がかかるからな」
「あ、やっぱりアルスラン様の特性は黄色なんですね」
「ほほほ、そうですよ。気づいていたのですねディアナ」
そりゃ手を振っただけで本タワーが動くんだもん。
そういえばオリム先生は私が王の間に行ってるのは知ってるのだろうか。王様の秘密を知っていることも……。
「ヤンギ・イルや大砂嵐の砂移動を見ていたらそうかなと思ったんです」
「そうですね、あれは本当に素晴らしい魔石術です。黄の特性を持ち、特級の力があるアルスラン様にしかできないことです」
「え⁉」
オリム先生からの意外な一言に私は目を見開いて机に両手をつく。
「アルスラン様も特級なんですか⁉」
「おや、知らなかったのですか? アルスラン様、ディアナには……」
「……そういえば言ってなかったな。だが考えてみればわかるであろう? 私が一級で其方が特級であったならば、其方は今頃この世にはいない」
「ええええっ」
「アルスラン様の力を超えるエルフが現れたとなればそうなっていたでしょうね。この国にとっては危険すぎますから」
ソヤリの冷静な説明に血の気が引いた。それはそうだ。自分より大きな力を持った禁忌のエルフなんて現れたら脅威でしかない。
アルスラン様が特級だったからよかったけど、もし一級だったら私の命が尽きていた可能性もあったんだ……。うわぁ。
「……私、結構ギリギリなところを渡ってたんですね……」
「まぁ連れてきたクィルガーはアルスラン様が特級であることを知っていましたから、殺される可能性はないと思っていたのでしょう」
「アルスラン様、ソヤリ、そんな怖いことを彼女に言わないであげてください。このような幼い少女に言う話ではありませんよ」
傍で話を聞いていたオリム先生が眉を下げて注意してくれる。オリム先生、優しい。
「オリム様、ディアナは記憶がありませんがこう見えて我々より長く生きているエルフですよ。他の学生と同じではありません。これくらいは平気です。それより彼女に危機感を抱いてもらい、日々警戒しながら過ごすことを覚えてもらわねばならないのです」
「ひどいですよソヤリさん。それではまるで私が緊張感のないパンムーと同じみたいではないですか」
「よく似ていますよ貴女とパンムーは」
「似てませんよ!」
私とソヤリが言い合っていると、オリム先生がノートをめくって私に問いかけた。
「そうそう、そのパンムーの話ですが……。最初に透明の魔石術を使った時に、パンムーが使い方を教えてくれたと聞きましたが、それは本当ですか?」
「はい、パンムーがこうやってジェスチャーして、自分の中の音を魔石に移せって言ったんです」
「一番不思議なのはそこなのですよ。なぜ野生のマイヤンがそのことを知っていたのか。それに周りの人間と意思疎通ができるというのがそもそも考えられません。普通のマイヤンはそこまでの知能はありませんから」
「確かに一番不思議な存在ですよね。今日は念のため部屋に置いてきましたが、今度はここに連れてきましょうか? 直接聞いたら答えてくれるかもしれません」
「そうですね。お願いします。もしかしたら貴女のそばにずっといたことでなにか影響を受けているのかもしれません」
なるほど、そういうこともあるのか。
そのあとは透明の魔石に血の契約をして、同じようにマギアの量と温度と流れを測った。その結果、血の契約前後で特に数値は変わらないことがわかった。ただ音合わせが少し早くなった気はする。
マギアが流れる量は変わっていないので気のせいかもしれないけど、なんとなく滑りがいいというか、楽に音を流せていける気がしたのだ。
そこでふと気づく。
「魔石の音って……マギアの音ってことなんですよね? 音を流すイメージをしたらマギアが流れていってるわけですから」
「そうですね。音は間違いなくマギアから発せられているものだと思いますが」
「それが私にとっては一番不思議です。音楽が禁止された魔石時代の一番中心にある魔石に音が存在してるんですから。音と魔石に、なにか繋がりがあるんでしょうか」
「それはまだわかりませんが……エルフであり魔石使いである貴女なら、もしかしたらその真相に辿り着けるかもしれませんね」
オリム先生はそう言って優しく微笑んだ。
その日はそれ以上王様の時間が取れないということで研究は早めに終わることになった。王様との通信を切ったソヤリもそのまま本棚裏の出入り口から王宮へ戻っていく。「こんなところに裏口を作るとは……」とオリム先生が呆れている。
私もそろそろ帰ろうかと腰を上げかけたところで、研究ノートを書き終えたオリム先生から「少し年寄りの話に付き合ってくれませんか」と呼び止められた。私は椅子に座り直して首を傾げる。
「なんのお話でしょうか?」
「そうですねぇ。王の間にあるアレのお話とかどうでしょうか」
「!」
オリム先生はそう言ってつぶらな瞳でパチンとウィンクした。
いよいよ始まった透明魔石の研究。
そこでいろんな新事実を知ります。
アルスランが特級と知ってびっくりのディアナ。
オリム先生がしたい話とは一体なんでしょうか。
次は オリムの話、です。




