名付けとクラブ見学会
「あははははは! ディアナ! すごい断り方するじゃない! 予想外すぎてお腹痛い……!」
なんともいえない雰囲気に包まれたその場の空気をぶち破ったのはグルチェ王女だった。どうやら一部始終を後ろの方でこっそり見ていたらしい。王女の笑い声に釣られて、周りの学生たちもクスクスと笑い出す。
「まさかあの話を本当にするとは俺も思わなかったよ」
「え? なに? そんな話してたの?」
イバン王子の言葉にグルチェ王女が近づいてきてそう言った。
「前にその話で盛り上がったんですよグルチェ様。我ながらいい断り文句を思いつきました。これは今後も使えそうです」
私がキリッとした顔で頷くと、「それじゃ父親がいる限りディアナには誰も求婚できないじゃない」と言ってグルチェ王女はまた笑い出した。
王女のおかげで和やかな雰囲気になり、さっきのクドラトのアプローチをクィルガーの名前を出してズバッと断ったことで、イバン王子と私の関係を揶揄する人はいなくなった。その場が普通の社交の雰囲気に戻ってホッとする。
「ああ、そうだディアナ、あとでシムディアクラブの展示スペースに寄ってみてくれないか? ユラクルが聞きたいことがあるそうだ」
「ユラクル様が? わかりましたイバン様。あとで伺いますね」
その後はグルチェ王女と喋ったり、王女の紹介で私に好意的な他国の王族や高位貴族を紹介してもらったりして社交らしい社交をした。
私がその人たちと喋っている間、ルザは周りの状況を冷静に観察している。私は目の前にいる人たちがどんな人なのかということにしか目がいかないので、それ以外の人たちの動きをチェックしてくれてるようだ。
少し人がはけたのでお茶を飲みながら休憩していると、ルザが小声で囁いた。
「ディアナに対する反応は真っ二つのようですね。今までは好意的に見るもの、忌避的に見るもの、その間の様子を見るものという三つに分かれていたのですが、シムディアクラブと対決したことで様子を見ていた人たちがどちらかに寄っていったようです」
好意的な人たちと忌避的な人たちの二層になってきてるってことか。
「割合的にどんな感じ?」
「好意的な人の方が多いのではないでしょうか。演劇クラブや新しいシムディアを作ったりと、ディアナが普通のエルフではないと感じて忌避感が減った人がいるようです」
「新しいものを作るってやっぱ大事だね……新シムディアは状況的にそうなっただけだけど」
「あれは勝負を避ける選択肢もあったのだから、ディアナが積極的に作ったことに変わりはないんじゃないか?」
ハンカルは呆れた顔でそう言う。
まぁ、それはそうだけど……あれ、王様やクィルガーたちの意見も結構入ってるからね……。でも好意的な人が増えたんだったらいいか。
休憩を終えて、私はハンカルの案内でシムディアクラブの展示スペースに向かった。
「去年よりスペースが広くなってるな……あ」
「わお、新シムディア一色だねぇ」
スペースには新シムディアのルールや実際にやってみた人たちの勝敗、戦略などが書かれた紙が貼られて、その前でクラブメンバーが来ている人たちに説明をしていた。
スペースの奥の机と椅子が並ぶ場所にユラクル王子がいるのが見えたのでそちらへ近づく。
「ユラクル様」
「あ、ディアナ。来てくれたのですね」
私が声をかけると、ユラクル王子がそう言ってふわっと笑う。
か、可愛い……こんな弟か妹がいたらメロメロになっちゃう。
「私に用があるとお伺いしましたが」
「はい、新シムディアについてお話があるのですがいいですか?」
王子のお付きの人が私の椅子を用意してくれる。それに座りながら私は首を傾げた。
「新シムディアについてですか?」
「あ、まず感想から言わせてください。先日の試合を私も見ていたのですが、とても感動しました。クドラトのような屈強な男に立ち向かっていくディアナの姿に私は心が打たれました」
王子はそう言って目をキラキラと輝かせる。
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「体が小さい者でも強い者と互角に戦うことができるのだと、勝つことができるのだと勇気をもらったのです。そして、新しいシムディアにとても興味を惹かれました。私はこの競技をこの学院に定着させ、元来のシムディアとは別の競技として広めていきたいと思っています」
「別の競技として、ですか」
「はい。すでに先生方には新しいシムディアとしてやっていきたいとお願いし、許可をもらいました。とりあえずシムディアクラブの中で新シムディアをする別グループを作って始めることになったのです。私はそのグループの代表を務めることになりました」
「え! それはユラクル様が中心となって新シムディアを広めていくということですか?」
「ええ、その通りです」
なんと、こんな繊細そうな王子が進んで競技を広める役目を負うなんて予想外だ。
「そこで、ディアナに新シムディアの名前を決めて欲しくて、ここに来てもらいました」
「名前ですか」
「この競技はディアナが作ったのですから、名付ける権利があるのはディアナだけなのですよ」
急に言われて私はうーん……と首を捻る。
名前ねぇ……別に他の人がつけちゃっていいんだけど。なんかいい言葉あるかなぁ。
「……確かルールがちゃんとある遊びのことを『アイン』って言いますよね。新シムディアは元のシムディアと違って危険性の少ない、楽しめるものにしたいなと思って作ったので、『アイン』という言葉を入れるというのはどうでしょうか?」
「アイン……では『シムディア・アイン』という名前にしましょうか。シムディアと違って楽しそうでワクワクする響きになっていいと思います」
「コホン、ユラクル様……シムディアと違ってというのは」
「あ、い、今のは聞かなかったことにしてください」
お付きの人に注意されてユラクル王子が慌てて訂正する。
王子もシムディアについてはあまりいい印象ではなかったみたいだね。
「ふふ、はい。ではシムディア・アインということで」
「ありがとうございますディアナ。私はこれからシムディア・アインを育てて、たくさんの人が楽しめるものにしたいと思います」
「それはとても素敵ですね。私、応援しています」
そう言ってにこりと笑うと、王子も同じように笑ってくれた。
私が好きな娯楽を広めてくれる同士が現れた気がして、私は嬉しくなった。
演劇にスポーツ……少しずつでも新しい娯楽が増えるのは嬉しいな。心が踊っちゃうね。
鼻歌を歌い出したくなる気持ちをグッと抑えて、私はその場をあとにした。
そしてそれから演劇クラブの展示スペースに戻った私は、その場に集まってくれた人に演劇クラブの話を始めた。ラクスが訪ねる人に説明してくれたおかげで、結構な人数が集まったのだ。
「新シムディアのような新しいものを私はこれからも作っていきたいと思っています。この演劇クラブは、その新しいものの第一歩なのです。今までにない新しい劇、それこそ昔のエルフでさえ作れなかったものを私は作り上げていくつもりです」
「今までにない新しいもの……か」
「エルフでさえ作れなかったということは、彼女はやはり新しいエルフということなのか?」
私の言葉を受けて聞いていた学生たちがざわざわと反応を示す。
「といっても、みなさん具体的にどんなものなのか想像することは難しいでしょう。そこで、近々演劇クラブの見学会を開こうと思います。実際にどのように練習をするのか、そして今年の演目がどういうものなのか見てもらいたいと思っています」
「見学会ですって……」
「どうする?」
「イバン様とレンファイ様がいらっしゃるなら見てみたいですわね」
見学会のアイデアは事前にハンカルが提案してくれた。見学自由とクラブ紹介の時に言ったけど実際に見学に来る新入生はいなかった。クラブ長が私なので、なんとなく行きづらいらしい。
そこで見学会というイベントにすれば、在校生にも周知できるし集団なので行きやすいのではということになったのだ。
「もちろんイバン様やレンファイ様がどのように過ごされているのか、どんな役をするのかも見ることができます。興味のある方はお友達を誘ってぜひ来てください」
私は見学会の日時を発表して宣伝を終える。
ふぅ、これで社交パーティでのミッションは終了かな。クドラト先輩のおかげで、思った以上に疲れたよ……。
そして見学会当日、演劇クラブの練習室前にたくさんの学生たちが集まった。高学年から低学年までの学生の塊が練習室から隣の大教室の前まで広がっている。
「わぉ、大盛況だね」
「この数を一度に入れることはできないな……グループに分けて入れ替え制にした方が良さそうだ」
「廊下側の窓も開放して見れる人数を増やしたら?」
「そうだな。ディアナ、拡声筒を持って進行してくれるか?」
「わかった」
グループ分けの方はハンカルにお願いして、私は見学会の流れを説明する。
「というわけで、これからグループに分かれて順番に見学をして行ってください。質問がある方は私に直接聞いてくださいね」
グループ分けは身分の高い順にしたようだ。「学院の理念には反するだろうが、この分け方が一番混乱が少ないからな」とハンカルは少しバツの悪そうな顔をして言った。
まぁ、今回は社交パーティに来てた高位、中位貴族の人が多いから仕方ないね。
見学者にはまず練習室にある設備の話からした。特に音出しや縫製機に学生たちが釘付けになる。
「縫製機なんてあるのね……初めてみたわ」
「まぁ! なんて早く縫えるのかしら」
「衣装まで手作りするなんて手が込んでいるのね」
「服なんて買えば済むのではありませんの?」
女生徒からの質問に「舞台用の衣装というのは普段着る服とは全然違います。買う服では地味すぎますし、それに人ではない者の衣装も必要ですから。役者のサイズに合わせた特別仕様の服というのは作った方が早いのです」と答える。
次に役者のメンバーの基礎練習の様子を見てもらう。
「念入りに準備運動をするのだな」
「まぁ、イバン様やレンファイ様まで……」
「役者はこんなことをしなければならないのか?」
「役を演じるというのはみなさんが思っている以上に体力が必要なのです。基礎練習をせずに長い劇をやり通すことはできません。次は発声練習です」
役者メンバーが輪になって私が考案した滑舌をよくする言葉のパターンを喋り出す。お腹から声を出すように、太く大きな声が練習室に響く。初めてその光景を見た学生たちが面食らったような顔をして目を瞬かせた。「拡声筒もなくこんな大きな声が出せるのか」「すごい……廊下まで響いてるぞ」と学生たちがざわめく。
そのあとは今年の劇の冒頭の部分、主人公の二人が出会うシーンの練習を見てもらった。ここで主人公がイバン王子とレンファイ王女で、この話は二人の恋愛模様を描いたものだと知った学生——主に女生徒——たちが一斉に騒ぎ出した。
「まぁぁ! お二人のお話ですの⁉」
「なんてこと! これは絶対に見なければ……!」
「これを公の場でなさるのか」
「すごいことになるぞ」
予想通りの反応に私はほくそ笑む。
そうでしょうそうでしょう。これは絶対観たいでしょ。
「これを見て興味を持たれた方はぜひ四の月の公演を観に来てくださいね。みなさんの期待を裏切らないものを作るとお約束します。それから、メンバーの方も随時募集しています。役者だけではなく裏方の仕事もたくさんありますので」
「裏方の仕事とはどんなことがあるのです?」
「まずは衣装を作る仕事、それから小道具を作ってくれる人、音出しを鳴らしてくれる人、そして今後作る予定である照明の魔石装具を使ってくれる人でしょうか」
「意外とたくさんあるのだな……」
「今いるメンバーだけでは足りないことが多いので、手伝っていただけると嬉しいです」
見学を終えて帰る学生たちを見送りながら、私はその人たちの顔を注意深く見ていた。今日ここに来てくれた人は私に忌避感を抱かずに演劇に興味を持ってくれた人たちだ。
もしかしたらこの人たちの中から演劇クラブのファンが生まれるのかもしれない。
「どうした? ディアナ」
ハンカルがそんな私を見て声をかける。
「多分ね、この人たちが演劇クラブの最初のお客さんになるんじゃないかなって思って」
「最初のお客さん……か」
禁忌のエルフと、平民の文化である劇。
貴族にとっては近づき難いものが揃っているのに、それに興味を持って観に来てくれたのだ。その人たちのことを、私は大事にしたい。
「お客さん候補はまだまだいるぞ。次のグループ呼んでいいか?」
「うん。どんどん来てもらって!」
私はそのあとも見学会の進行をがんばった。
新シムディアの名前はシムディア・アインになりました。
癒し王子ユラクルが頑張ってまとめていくようです。
社交パーティの次はクラブ見学会。
成果は果たして……?
次は 透明魔石の研究、です。