社交パーティでの噂話
「まぁぁぁ! 思った通り、素敵ですわディアナ!」
社交パーティ当日、私たちの相部屋にやってきたイリーナが両手を組んで感激している。せっかく作ってくれたんだし、と私はイリーナにプレゼントしてもらった服を着ることにしたのだ。
きちんと着れているか確認するためイリーナに部屋まで来てもらった。
「素敵な服を作ってくれてありがとうイリーナ。服の着付け方はこれで合ってる?」
「後ろも崩れていませんし、帯もきちっと締まってますわね……ええ、これでバッチリですわ! これはご自分で着られましたの?」
「うん、そうだよ」
「まぁ! ディアナは着付けの才能があるのかもしれませんわね」
「そう? この服は何度かお直しのために着たからできたんだと思うけど」
「普通の貴族は何度着ても服の着付けなど覚えませんのよ。ですからこの学生寮に入ってみなさん苦労されますの。全く、もう少しみなさん服にも興味を持って欲しいものですわ」
「耳が痛いですね……私も護衛の訓練を始めるまでは自分で着替えることができませんでしたから」
ルザが苦笑してそう言う。そこへずっと私たちの様子を見ていたザリナが遠慮がちに会話に入ってきた。
「あの、この服を作ったって本当なの? こんな素敵な服、見たことがないわ……」
「まぁありがとう! 私がこだわったのはこの肩から裾まで縦に入った薄布ですのよ」
「わかるわ! これとっても素敵! このような布は初めて見たのですけど……」
「私の国でしか生産していない特殊な薄布ですの」
私はその薄布部分を触りながら首を傾げる。
「これって、サマリー国で作られてるパルダに似てるね」
ティエラルダ王女が声高に自慢していたヴェールのような布にそっくりだ。私がそう言った途端、イリーナの表情が急に曇った。
「それは……」
「イリーナ?」
「いえ、なんでもありませんわ。パルダとの違いはこの端の形ですの。あちらは端には派手なレースが付きますけれど、こちらの布にはもっと繊細なレースが付くのです」
「あ、本当だ。すっごい細かいね、これ」
「ディアナにはこの繊細な模様の方が似合ってるんじゃない?」
ザリナが珍しくベタ褒めしてくれる。よほどイリーナの服が気に入ったらしい。
「じゃ、そろそろ行こっか」
「私も一緒にお供しますわ。服が崩れないか気になりますし」
「ありがとうイリーナ。ザリナとファリシュタも準備いい?」
私がマントを羽織りながら後ろを振り返ると、二人の顔が固まる。
「……ねぇ、本当に私たちも行くの?」
「ザリナと二人でお留守番じゃダメ?」
「二人とも行くって昨日決めたじゃない。私といたら目立つだろうから離れたところで楽しめばいいって」
社交パーティというのはとても華やかでたくさんの学生がやってくるが、その中心にいるのが各国の王族や高位貴族のため、下位貴族や特殊貴族にとっては非常に敷居が高いものらしい。
あれだけファリシュタに社交パーティで相手を見つけろと言っていたザリナも、自分が行くとなると途端に渋ったのだ。
ザリナだってお相手を見つけなきゃいけないんじゃないの。
ザリナの家には女性の子どもしかいないらしく、長女のザリナは婿を取らなければならないんだそうだ。だったら社交パーティには行かないと、というと「相手は親が連れてきますから」とか「まだ低学年だからいいのよ」とかゴニョゴニョ言うので、じゃあファリシュタと二人でこそっと雰囲気を見るだけ見たら? と提案したのだ。
社交パーティがどんなものかには興味があるらしく、二人ともこそっと参加することになった。
「じゃあ貴女たちの少し後ろをついていくわ」
「ザ、ザリナ……離れないでね」
そして私たちは部屋を出発した。
イリーナの服を着て会場の大講堂に向かっていると、いろんな人が私を見て一瞬見惚れるような顔になるのがわかった。イリーナの服はかなり好評のようだ。
校舎に入るところでハンカルとラクスと合流する。
「おお、綺麗な服だなディアナ! 見違えたぞ」
「本当だ。よく似合っている。これがイリーナが作った服か?」
「そうですわ! わたくしの渾身の作ですのよ!」
「すごいでしょ? イリーナは天才だよ」
「あら、これを着こなすことができる貴女がいるから作れたんですのよ! わたくしの目に狂いはなかったですわ」
「褒め合い合戦だな……」
私は地下の階段を降りながらハンカルに社交パーティの流れを聞く。
「社交パーティでは各クラブの展示スペースがあるって言ってたけど、演劇クラブのスペースもあるんだよね?」
「ああ、今年は特に展示するものがないから何も用意はしていないが、机や椅子が置かれたスペースはあるって聞いてる」
「その辺の確認任せちゃってごめんね」
「いいよ、これも副クラブ長の仕事のうちだから。だがスペースはどうするんだ? 誰か常駐させておくのか?」
「ううん、来てもらっても一人一人に演劇クラブのことを説明するのは難しいし、パーティの後半に私が演劇クラブの宣伝をそこでする予定だからそれまでは放っておいていいよ」
「そうか……しかしスペースになにもないというのも力を入れてないように思われてよくないかもしれないな。あとでディアナがそこで宣伝するならその旨を伝える人を置いておいたらどうだ?」
「あー……そうだねぇ」
「じゃあ俺がそこに座ってるよ」
「いいの? ラクス」
「俺はそもそも社交パーティに興味はないし、今日来たのも演劇クラブの手伝いがあるかなって思ったからだし」
「そうなんだ。じゃあお願いしていい?」
「おう! 任せとけ」
「そういえばチャーチ先輩は? パーティには参加するんだよね?」
「チャーチ先輩は複数の女性のエスコートしなくちゃいけないらしくて、忙しいそうだ」
おお……さすが恋多き男。社交パーティは腕の見せ所だね。
会場の大講堂に入ると、すでにたくさんの人で賑わっていた。会場には色とりどりの飾り布や絨毯が用意されていて華やかな雰囲気になっている。
「ちょっと前にここで新シムディア対決したとは思えないね……」
「本当だよな」
ラクスと入り口近くでそんな話をしていると、「ちょっとどいてくださる?」と後ろから言われて振り返る。そこに、ド派手な衣装のティエラルダ王女がお付きを引き連れて立っていた。ティエラルダ王女は声をかけたのが私だとわかるとあからさまに顔を顰める。
「まぁ! ここはあなたのような者が来るところではなくってよ」
おお、なんだか久しぶりに目を合わせて喧嘩を売ってくれている。
「男性と勝負だなんて野蛮なことをする人が来たら、パーティの雰囲気が壊れてしまうじゃない」
「私が勝負したことをご存知なんですね、ティエラルダ様」
そんなに私のことが気になるのかと思いながらそう言うと、ティエラルダ王女は「別に貴女のことだけ知っているわけではないわ。勘違いしないでちょうだい。情報収集は王族の務めですもの」と言ってフンっとふんぞりかえる。
そして私の服を見てハッと目を見開いた。
「その布は……パルダではなくて? んまぁ! 貴女が私の国のものを纏うなんて……イメージが下がるじゃない! 今すぐそれを脱ぎなさい!」
「この布はパルダではないそうですよ。ですから脱ぎません」
「なんですって⁉ どう見ても……」
「この端についてるレースが違うらしいです。ティエラルダ様はご存知ないのですか?」
「な……!」
そこでティエラルダ王女の付き人がなにやら王女に耳打ちをする。
「! そう、あの国の……。私の国に世話になっておいて性懲りもなくそんな布を作るなんて……恩知らずだこと!」
ティエラルダ王女の言葉を聞いて私はチラリとイリーナを見る。彼女は下を向いてなにかに我慢するように口を結んでいた。握られた拳が小刻みに震えている。
サマリー国とイリーナの国の間でなにかあったのかな。
「ところでいいのですか? ティエラルダ様」
「? なにがですの?」
「私と話していると頭が悪くなると以前仰っていたので」
「ハッ、そうですわ! 貴女がこんなところにいるから悪いのよ。さっさとここからいなくなってちょうだい」
「まぁ、社交パーティはどなたでも参加できる決まりよティエラルダ。お客様を勝手に返さないで」
そう言って現れたのは美しく着飾ったレンファイ王女だ。後ろにはホンファやシャオリーもいる。
おおお、今日のレンファイ様はいつにも増して美しい!
「レンファイ様……」
ティエラルダ王女は面白くなさそうな顔をするが、今年はレンファイ王女が社交クラブのクラブ長であるため強くは出れないようだ。「決して私の視界には入らないでちょうだい!」と私に言い放って行ってしまった。
「大丈夫? ディアナ」
「大丈夫です。ありがとうございますレンファイ様」
「はぁ……本当にあれだけ言われて平然としてるディアナはすごいよ」
ハンカルが肩から力を抜いて首を振る。
私としては自分のことを全く知らないティエラルダ王女になにを言われても、所詮は遠い他人なので気にならないだけだ。これが友達だとか家族だったら全く別だけど。
「それにしてもディアナの今日の服は素敵ね。よく似合っているわ」
「ありがとうございます。これ、イリーナが作ったんですよ」
「まぁそうなの? すごいわねイリーナ」
「! あ、ありがとうございますレンファイ様」
さっきまで暗い表情だったイリーナの顔がパッと明るさを取り戻す。
「レンファイ様のお衣装も素敵ですわ!」
「ふふ、ありがとう。あ、ごめんなさいあちらの様子を見に行かなくてはならないの。飲み物の場所はわかる?」
「はい。ハンカルが知ってますから大丈夫です」
レンファイ王女は今日のパーティの主催者なのでかなり忙しいらしい。「またあとで」と言って次の場所へ向かっていった。
そのあと用意されていた演劇クラブのスペースにラクスを置いて、私たちは飲み物を持って立食スペースに入った。
その途端、たくさんの学生にあっという間に囲まれた。
え? え? なに⁉
「初めまして、私はジャヌビのものなのだけど、先日のシムディア対決について詳しく聞かせてくださる?」
「シムディアクラブの最上級生に喧嘩を売ったというのは本当なのか?」
「全く新しい競技を作ったと聞いたが?」
「相手をボコボコにしたというのは?」
「そんなことより、イバン様を賭けて戦ったというのは本当ですの?」
「そうですわ! イバン様を巡って熱い戦いをくり広げたと聞きましてよ!」
「私も真相を知りたいわ!」
え、ちょっと待って! なんかおかしなことになってない⁉
新シムディアで対決したことは噂にはなってるとは思ってたけど、めちゃくちゃ事実から離れたものになってるよ!
「あ、あの、みなさん誤解しています! 私から喧嘩は売っていませんし、ボコボコにしていませんし、イバン様をそういう意味で賭けたわけじゃありませんっ」
「まぁ! ではイバン様が報酬になったというのは本当ですのね?」
「それはそうですけど、あくまでイバン様を演劇クラブのメンバーとしてシムディアに渡すわけにはいかないって意味で……」
「そのような理由で女性が男性に勝負なんて挑みませんわよ⁉」
「他にも特別な理由があったのでしょう⁉」
いやそれ以外の意味なんてないってば!
人の話を聞いてるのか聞いていないのか、女生徒たちは勝手にキャーキャーと盛り上がっている。
「全然こっちの話聞いてないね……」
「俺はこうなることは予想していたがな」
「そうなの? ハンカル」
「演劇クラブのためにっていう理由自体が共感を得にくいからな」
「嘘でしょ……なんでわかんないの……」
愕然とした気持ちでそう答えると、ハンカルは「そう思うのはディアナだけだ」となんともいえない顔をした。
むぅ……そもそもイバン様を渡したくないって言い出したのはクドラト先輩の方なのに。盛り上がるならそっちの方向で盛り上がってほしいよ。
「新しい競技についてはどうなんだ? 君が作ったというのは?」
今度は男性の上級生が質問してくる。
「私だけではなく、先生方と一緒に作ったものです。今までのシムディアと違って危険なものではないので、相手をボコボコにするなんてできないですよ」
「でも君が勝ったのだろう?」
「それはそうですけど……」
「みなさん、それについてはシムディアクラブの展示の方に行ってください。そちらで新しいシムディアについて説明しているはずですから」
と、ハンカルがシムディアについて質問してくる男子生徒たちに声をかける。「お、そうなのか」「行ってみるか?」と、男子生徒たちが顔を見合わせていると、私を取り囲んでいた女生徒たちが急に黄色い声を上げた。見ると、人をかき分けてイバン王子とアードルフとケヴィンがこちらへやってきていた。
「ディアナ、大丈夫かい?」
多分単純に囲まれてる私を助けようと思ってきてくれたのだと思うけど、イバン様、今は間が悪いです……。
「まぁイバン様!」
「ディアナのことが気になっていらっしゃったの?」
「やはりなにかあるのではなくて?」
私は少しだけため息をつくと、正直にイバン王子に現状を伝えた。
「みなさん、私がイバン様に片想いしていて、その想いを成就させるために勝負を挑んだと思われているようで……」
「ははは、そうなのか。君たちは本当にそういう話が好きだね」
イバン王子は明るく笑うと、女生徒たちに向かって話しかける。
「そういう気持ちがなければ男性に勝負を挑むなんてできませんわ。イバン様はディアナのお気持ちを知ってらっしゃるの?」
だから私はなんの気持ちもないってば……。
「ディアナが俺を賭けたのはそもそもクドラトが無茶を言ったからだ。彼女はクドラトから挑まれた勝負を受けただけだよ。俺としてはそんな戦いに巻き込んでしまって彼女には悪いと思ってる。みんなもあまり勘繰らないでくれ、これ以上ディアナを困らせたくはないからね」
「まぁ……!」
イバン王子がはっきりと言ったことで周囲のざわめきは収まった、ように思えたのだが、
「イバン様がそこまで彼女のことを思うなんて……っ」
「もしやイバン様の方こそ彼女のことを?」
「ディアナは一級だったわよね、力的には釣り合うんじゃなくて?」
「でもエルフなのよ? 障害が大きすぎでは?」
と、なぜか違う方向に盛り上がり始めた。
うへぇ……ダメだ、どう頑張っても恋愛方向に着地しちゃうんだね。
「いや、だからそういう話では……」
「なに馬鹿なことを言ってるんだ」
イバン王子が困った顔で否定しようとしたところで、大きな体が輪の中に入ってきた。クドラトだ。なぜか機嫌がすこぶる悪い。クドラトは周りにいる生徒たちを睨みつけたあと、私を指差して言った。
「イバンの相手はどっかの国の王女とかだ。こいつを選ぶなんてことは有り得ない」
「クドラト先輩」
「まぁ確かに高位貴族ではお相手には……」
「では二人の間には本当になにもないのかしら」
勝負をした張本人が現れて言い切ったことで、女生徒たちの熱が急激に収まる。
よかった……先輩のおかげで誤解が解けそう。
とホッとしていたら、クドラトは違う爆弾を落とした。
「こいつの相手になるのは同じ強さを持った高位貴族だけだ。例えば俺とか、な」
「…………は?」
今なんて言った?
目を見開いて顔を上げると、クドラトは私の方を見てニッと笑っている。
「まぁぁぁ! それは、そういうことですの⁉」
「これは予想していませんでしたわ!」
「戦いあった者同士、特別な絆が生まれたのですね⁉」
女生徒たちが再燃して盛り上がりまくっている。
「な、なに言ってるんですか先輩! 変なこと言わないでください!」
「変なことじゃねぇ」
「ク……クドラト、本気でいってるのかい?」
「俺は本気だイバン。未だかつて俺を倒した女なんていなかった。俺の相手にはそれくらいの女がふさわしい」
馬鹿だ……カタルーゴ人って本当に……。
私は天を仰いでそのまま意識を失いそうになる。収拾がつかなくなってしまった周囲を見ながら私は逆にどんどんと冷静になっていく。
心配したハンカルが「大丈夫か? どうする? ディアナ」と耳打ちしてきた。
「ねぇハンカル、こういうところでズバッと断っちゃっていいものなの?」
「最初に向こうが不躾に言ってきたからな。別にいいと思うぞ」
じゃあ遠慮なく。
私はコホンと一つ咳払いをすると、周りを静めてクドラトに向き合った。
「先輩」
「なんだ」
「お断りします」
「! なっなんでだ!」
「クドラト先輩のお嫁さんになりたくないからです」
「はっきり言い過ぎだろ⁉」
「カタルーゴ人にははっきり言った方がいいって学んだので」
「俺のなにが不足だ⁉」
ほとんど全部、とはさすがに言えない。私はニヤッと笑って腰に手を当てる。
「私の理想の男性はお父様ですよ? お父様を超える方でないと、お相手としては考えられません」
「な……! ク、クィルガー様だと⁉」
クドラトがクワッと目を見開いて固まった。周りの生徒も「ああ、それは厳しいですわ」「理想が高すぎますわよ」とクドラトに同情の目を向ける。
「てめぇ……本気で言ってんのか」
「あと私はアルタカシークを離れることは考えていませんので、先輩は自国でいい人を見つけてください。これ以上私になにか言ってくるとお父様が出てくるかもしれませんので、気をつけてくださいね」
「うぐ……」
そこまで言ってようやくクドラトは納得したらしい。「チッわかったよ。仕方ねぇ」とあっさり諦めてどこかへ行ってしまった。
物分かりがいいところは嫌いじゃないよ、先輩。
社交パーティでまさかの事態になりました。
クドラトはカタルーゴ人らしく当たって砕けろタイプですが
砕けた後は尾を引かない男です。
次は 名付けとクラブ見学会、です。