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懇願とお風呂


 新シムディア対決が終わって、演劇クラブのメンバーは練習室に戻りはじめた。

 

「今頭の中にある衣装デザインをすぐに描き出さなくては……!」

「僕も新しい物語を思いついたから……デュヒヒ」

 

 と、イリーナとヤティリがまず一番先に大講堂から出ていく。それを追いかけるように練習室の鍵を持っているハンカルが出ていった。

 

「今日はそもそも演劇クラブの練習日だったから、私たちも戻るわ。今日も読み合わせをするんでしょう? 先に行ってるわね、ディアナ」

「はい、レンファイ様」

「イバンも、ぼうっとしてないで。ディアナの頑張りに応えるのが貴方のすべきことでしょう?」

「! ……ああ、そうだね。俺も練習室へ向かうよ」

 

 そうしてファリシュタとルザだけが残った。

 シムディアクラブのメンバーはアサン先生の元に集まり、これからやる新シムディアについて話し合っている。クドラトも加わってああだこうだルールについて激論していた。

 

「じゃあ俺は王宮に戻る。アルスラン様には俺からも報告しておく」

「はい。今日はありがとうございました、お父様」

「さっきも言ったが、本当にこういうことは……」

「あの……!」

 

 クィルガーがなにかお小言のようなことを言いかけた時、後ろから声がかかった。クィルガーが振り返ると、そこになにか思い詰めたような顔をしたイシークが立っていた。

 

 そういえばイシーク先輩もシムディアクラブに入ってたね。今日の勝負も見ていたのか。

 

「おまえは……」

「カタルーゴのイシークです。以前は失礼なことを言って申し訳ありませんでした。クィルガー様……あの、少しだけお時間よろしいでしょうか!」

 

 前とは違って、恭しく跪きイシークにしては畏まった口調で話しかける。クィルガーは一瞬不機嫌になったが、その態度を見てすぐに追い払おうとはしなかった。

 

「……なんだ?」

「クィルガー様の強さをこの目で見てから、俺はずっとクィルガー様の弟子になることだけを考えてました。夏休みの間も、少しでもクィルガー様に近づけるよう休まずに鍛錬に勤しみました。学院が始まったら改めて弟子入りのお願いをしようと心に決めていたからです。……ですが、その言葉は撤回しようと思います」

 

 ん? 諦めたの? イシーク先輩。

 

「……そうか、それはよか……」

「俺は! ディアナ様の弟子になります‼」

「……は?」

「……え?」

「今日の試合を見て俺は感銘を受けました! あのクドラト先輩に立ち向かい、しかも勝利を収めるとは‼ ディアナ様の強さは本物です! 俺はディアナ様に仕えたい‼ 俺を……俺を弟子にしてください‼」

 

 えええええええ⁉

 

「なに言ってるんですか! ぜ、絶対嫌です!」

「話は終わったな。俺は帰る」

「お待ちくださいクィルガー様! 俺は今ディアナ様と話をすることを禁じられています! この話ができるのはクィルガー様だけなのです!」

「は? 話すことを禁じられてるってなんだ?」

 

 私は眉を寄せるクィルガーに、イシークが去年クィルガーが言ったことを真に受けて女装して捕まり、今年罰を受けていることを説明する。

 それを聞いてクィルガー眉間に手を当てて天を仰ぎ「救いようがない馬鹿だな……」と呟く。

 

 私もそう思うよ……。

 

「本人が嫌がっている。諦めろ」

「俺のなにがダメなんでしょうか⁉ 理由を教えてください!」

 

 イシークにそう言われ、クィルガーが私の方をチラリと見る。

 

 私が答えろってことだよね……。

 

「理由はただ一つです。イシーク先輩は誰かに仕えるということに全く向いていないからです」

「その通りだな」

「そんな……! なぜそう思われるのですか? 理由を教えてください!」

 

 あくまでクィルガーに向かって喋りながらイシークが質問する。

 

「誰かに仕えるということは、その主の言うこと、考えていることをすぐに察して行動するという能力が必要です。イシーク先輩はまずそれが出来てません。カタルーゴ人の特性なのかは知りませんが、それが改善されない限り誰かに仕えることは不可能だと思います」

「主のことを察する能力……」

「それに護衛としても難しいです。ルザのように静かに私の後ろに立って警戒するということができますか? もし今怪しい人が現れたとしたら、私を放ってその人を捕まえようと飛び出していくのではありませんか?」

「……う……」

「それに今回の試合を見ただけで私が強いなんて過大評価しすぎですよ。自分の強さは自分がよくわかっています。私はイシーク先輩が仕えたいと思えるほどの人間じゃありません」

「いえ! それだけは間違いありません! 俺は、ディアナ様の中に俺が仕えたいと思わせる何かがあると感じたのです! あ、今のはクィルガー様に向かって言いました」

 

 イシークは慌ててそう取り繕う。

 

「……」

 

 そんなイシークをしばらく見下ろしてクィルガーが口を開く。

 

「……イシーク、俺は物心つく前にアルタカシークに来て、厳しい両親に教育されたから誰かに仕えるということができるが、根っからのカタルーゴ人であるおまえには無理な話だ。カタルーゴ国の中で仕えるべき主を探せ。あちらの社会でならまだ受け入れてもらえるだろ」

「……」

「それくらいカタルーゴ人のおまえが他の国の人間に仕えるというのは難しいことなんだよ」

「……俺は……」

「それでも諦め切れないんだったら……考えろ」

「え?」

「自分のことを客観的に見てなにが足りないのか、どういう人間になれば誰かに仕えることができるのか。自分勝手な思考に陥らずに、冷静に自分のことを見つめろ。おまえがどうしてもディアナに仕えたいと本気で思うのなら、自分を変えることなんてすぐにできるはずだ」

「クィルガー様……」

「お父様……」

 

 クィルガーの表情は厳しいままだけど、その目にはイシークを試そうとしている意思が見える。

 

「俺たちに話ができるのはそれからだ」

「! は、はい!」

「わかったらもう行け。俺の機嫌がこれ以上悪くならないうちに」

「ありがとうございましたクィルガー様! 俺……やってみせます‼」

 

 イシークは真剣な顔でそう宣言し、恭順の礼を取ってから踵を返してシムディアクラブのメンバーのところへ行ってしまった。

 その姿を見つめながら私はクィルガーに話しかける。

 

「どういうつもりですか? お父様。あんな試すようなこと言って」

「同じカタルーゴ人として成長のチャンスを与えようと思っただけだ。心配するな、あいつが特殊な立場のおまえに仕えられるレベルになるのは不可能だ。だが、人の言うことを冷静に聞く能力が備われば、自国で働く時に少し有利にはなるだろ」

「教育ってことですか」

「まぁ、そういうことだ」

 

 あのイシークが人の言うことをちゃんと聞けるようになるのだろうか? うーん、難しそう。

 

 

 

 その日はお風呂に入ることにした。

 学生は洗浄の魔石術が使えるし寮のお湯の量も制限されているので、基本的に一週間に一、二度くらいの頻度でお風呂に入るのだが、今日はさすがに体がヘトヘトだし、お湯でさっぱりしたかったので入ることにしたのだ。

 ちなみにお風呂に行くときは部屋の全員が揃ってないといけない。日本の銭湯のような大きな浴場はなく、四人同時に浸かれるくらいの大きさのバスタブがあるだけなのだ。そのバスタブが置かれた小部屋がずらっと浴場に並んでいて、特別な理由がある時以外は四人揃わないとその小部屋は使えないことになっている。

 小部屋の中は浴室と脱衣所に分かれていて、脱衣所で服を脱ぎながら私はザリナに話しかけた。

 

「いつもはもっと渋るのに、今日はすんなり来てくれたね」

「このように埃まみれの貴女を見て行かないなんて言えないわよ! 全く、淑女とあろうものが男性と試合をするだなんて無茶が過ぎるわ。もう少し高位貴族女性としての自覚を持ったらどうなの!」

「えへへ、ザリナも心配してくれてたんだね」

「別にしてないわよ!」

 

 ザリナはそう言いながら丁寧に脱いだスカーフを畳む。

 

「じゃあ先に入るねぇ」

「……相変わらず恥じらいというものがないわね、貴女は」

 

 貴族女性の着替えは遅い。もちろん服の枚数が多くて普段は使用人に着せてもらっているからというのもあるけど、基本的に動作がゆっくり優雅な上、他人と一緒に服を脱ぐのは恥ずかしいらしく、なんとなく周りを見ながらモタモタと脱ぐのだ。

 対して私は温泉大好き日本人として育った歴史があるし、貴族として育ってもいないためなんの躊躇(ためら)いもなく脱ぐ。むしろさっさとお風呂に浸かりたいのでどう脱げば早く入れるか考えているくらいだ。

 

 こっちの脱衣所には服をかけられるハンガーラックはあるし、畳むものといえばスカーフと下着くらいだからそんなに時間はかからないんだけどね。

 

 浴室の扉を開けて、自分の全身に洗浄の魔石術をかける。先に湯船に入るときはこうやってまず体を綺麗にしてしまうのだ。魔石術って便利。

 

「うひぃぃぃー……気持ちいいぃぃ」

 

 ザブー、と久しぶりのお風呂に浸かって私は全身の力を抜く。お湯に自分の金の髪が広がっていくのを眺めながら至福の時間を味わう。

 

 ああーホッとするぅー。やっぱお風呂って幸せ。

 

 はぅん……と吐息を漏らして目を閉じていると、ファリシュタがやってきて湯船にゆっくりと浸かった。ファリシュタも平民育ちだから脱ぐのは早い方だ。いつもはスカーフで隠れている綺麗な水色の髪がゆらりと湯船に広がった。

 

「ファリシュタの髪は本当に綺麗だよねぇ」

「ふふ、ディアナそれ何回言うの?」

「その髪見るたびに言うよ。だって本当に綺麗なんだもん、透き通ってて、キラキラしてて」

「ディアナの髪の方が綺麗だよ。いつもうっとりしちゃう」

 

 まぁ確かに自分の髪も綺麗なんだけど、このエルフの体を借りていると言う感覚がまだ抜けなくて自分事のようには受け取れないんだよね。

 

「またその話ですか?」

「飽きないわね二人とも」

 

 ルザとザリナもやってきて四人で湯船に浸かる。

 

「でも確かにファリシュタの髪は綺麗なのですから、少しくらいスカーフから出してもいいと思いますけど」

「うーん……それはまだ恥ずかしいんだよね……」

「男性は綺麗な髪に弱いと聞きますし、言い寄ってくる殿方もいるかもしれないわよ。貴女は特殊貴族なのだから、いい条件の方と結婚するのは必須なのではなくて?」

「そうなの? ファリシュタ」

「特殊貴族は普通の貴族と結婚すれば相手の方と同じ身分になれるの。できる仕事内容も変わってくるから普通はみんなそういう結婚を望むんだよ。同じ特殊貴族の先輩たちは学院にいる間にそういう相手を見つけようって頑張ってるし、私も早く見つけなさいって言われてる」

「へぇ……そういうもんなんだね」

「でも私はまだそういうことがよくわからなくて……」

 

 そう言って俯くファリシュタにルザが首を傾げる。

 

「だから髪を出さないのですか?」

「あ、ううん、そういうわけじゃなくて、そっちはただ恥ずかしいだけ。私目の色も派手だからこれ以上目立ちたくなくて……」

「え! ファリシュタの目の色はめちゃくちゃ可愛いよ⁉」

「派手というより華やかなのではなくて?」

 

 私とザリナに言われてファリシュタはピンク色の目をパチパチとさせる。

 

「そ、そうかな?」

「そうだよ! 例えば目の高さくらいに前髪を揃えて切って、そこだけスカーフから出すとかどう?」

「これくらい?」

「そうそう! 前髪くらいだったら出しても恥ずかしくないんじゃない?」

「うーん……どうだろう……」

 

 それでも恥ずかしがるファリシュタにザリナがイライラしながら口を開く。

 

「それくらいで恥ずかしがっていてどうするの! そんなことでは相手を見つけられないまま、あっという間に卒業してしまうわよ!」

「ザリナ、言い方がき……」

「あ! 来週ちょうど社交パーティがあるじゃない! 貴女も少し着飾って参加してみたらいいのよ」

「ええっ! わ、私はいいよぅ」

「あ、社交パーティ……忘れてた」

 

 ザリナの言葉に私が思わずポロッとこぼすと、みんなが一斉にこちらを向いた。

 

「ディアナ……アサスーラ先生に言われて行くって言ってたよね?」

「忘れてたの⁉ 信じられませんわ!」

「社交パーティはもうすぐですが、準備はできているのですか?」

 

 みんなに次々と言われて私の目が泳ぐ。

 

「え……と、準備ってなにをしたら、いいの、かな?」

 

 戸惑いながらそう言うと、ザリナが「貴女は、全くもう!」と怒りながら説明をしてくれた。

 どうやら社交パーティにはいつもよりもいい服を着ていくのが普通らしく、人によってはその日のためだけに服を用意するのだそうだ。

 

「自国で行われる社交パーティとは違って世界各国の学生たちが集まるのよ。参加者は気合の入り方が違うの」

「なるほど」

 

 服かぁ……どうしようかな。

 

「あと忘れてはいけないのが帯に仕込ませる小さなスカーフよ」

「小さなスカーフ?」

「社交パーティは他国との情報交換というのが表向きの開催理由だけれど、本当の目的は自分のお相手探しだもの」

「え! そうなの⁉」

「婚約が可能になる十五歳を過ぎた方は特にそういう目的で社交パーティにくるのよ」

「スカーフはなにに使うの?」

「気に入った相手がいたらそっと自分のスカーフをお相手に見せるの。見せられた方はその人が気に入ればそのまま受け取り、気に入らなければ受け取らない」

「え、アプローチって女性からするの?」

「いいえ、どちらからでもいいわよ。男性の方からはスカーフではなく自分の家紋が記された刺繍のお守りが渡されるわ」

「家紋……それは重いね……」

「それくらい真摯な気持ちで女性を誘わないと失礼だもの」

「まぁ確かに……」

 

 そういえば自分の身につけたものを相手に渡すのは求愛の意味があるんだったね。

 うーん……社交パーティがそういう場だったとは知らなかったな……マズい、急激に面倒臭くなってきた。

 

「ディアナはあまり乗り気じゃないみたいだね」

「うん……アサスーラ先生に言われたときは来年以降の味方を増やさなきゃって思ったんだけど、今日の試合でシムディアクラブが味方になったからねぇ。あまり必要性を感じなくなっちゃったし」

「私はディアナは社交パーティに参加した方がいいと思います」

「どうして? ルザ」

「今日の試合のことがきっと噂になっているでしょうし、ディアナは今一番注目されているからです。注目されているということは……」

「ということは?」

「演劇クラブの宣伝がし放題ということです」

「は! ホントだ!」

 

 めちゃくちゃ注目を浴びている中で演劇クラブをアピールし放題ってこと⁉

 

「わかった、行く」

「変わり身が早いわね」

「ふふ、ディアナらしいね」

「演劇クラブの宣伝をしてさらに味方を増やそう作戦にする!」

 

 その後やる気に満ちた私はお風呂の中で興奮して、しっかりのぼせた。

 もちろんザリナにはしっかり怒られた。

 

 

 

 

再び出ましたイシーク。ディアナはキッパリ断りましたが

なぜかクィルガーが助言を与えました。これからどうなるのでしょうか。

お風呂のシーンは初出しですね。

ちなみに浴室は全面石造りです。ヒノキではありません。


次は 社交パーティでの噂話、です。

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