最終ラウンド
少しの休憩を挟んだあと、オリム先生とアサン先生の力で、最終ラウンドのステージが出来上がった。
上から見ると、巨大なピラミッドが左右に一つずつ出来上がっていた。ピラミッドの一番上にはヴァキルが置いてある。
わぉ……あっという間にフィールドにピラミッドが二つもできちゃった。魔石術ってやっぱすごいね。ていうかこれだけの数のアクハク石どっから運んできてるの?
「これは……ディアナには不利じゃないか? ディアナは石段の登り降りに時間がかかるだろ?」
「そうだねハンカル。……あまり移動はできないかな」
「二人とも、ヴァキルの元へ」
先生に促されて下へ降りる。フィールドから見上げたピラミッドは思った以上に大きかった。
うへぇ……これ登るの?
頂上までは全部で十段以上ある。私は石に手をついてえっちらおっちら登っていく。反対側を見るとクドラトが軽々と登っていっていた。
うーん、これは本当に私あまり動けないね。一度下に降りたらなかなかこっちに戻ってこれないもん。ピラミッドの上の方から向こうのヴァキルを狙うしかないか。でもクドラト先輩がどういう攻撃を仕掛けてくるのか……。一回戦みたいにアクハク石を投げ合う戦い方になるのかな。
「はぁ……やっと着いた」
頂上にあるヴァキルの前まで辿り着いて、私はふぅ、と息をつく。一番上まで来ると、思ってた以上に高い。ビルの三、四階の高さはあると思う。横を見ると、観客席と同じような高さになっている。
ヴァキルは今回は敵側正面を向いていた。
これなら一回戦と同じような戦い方ができないかな。
そんなことを考えていると、試合開始の鐘が鳴った。
「『サリク』石をこちらへ!」
最初に動いたのはクドラトだった。試合開始とともにヴァキルのある場所から一段降りると、自陣のピラミッドの下の箇所から石を浮かせて、自分のヴァキルの前方と後方に縦に三段ずつ石を重ねたのだ。
「え⁉」
私からはヴァキルが完全に見えなくなってしまった。
「はっはっは! これで一回戦のように石の破片での攻撃は効かなくなったぞ!」
「! なるほど……一回戦のような不意打ちはできないってことですか」
意外と考えてるんだね、クドラト先輩。ちょっと見直したよ。
「おまえも同じようにしていいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です」
別に攻撃の仕方はあれだけではないし、衝撃の魔石術を使えば石を破壊してヴァキルを鳴らすことはできる。
ヴァキルを壊さないような衝撃にするにはちょっと力加減が難しいけど、できないことはないだろう。
こちらのヴァキルを同じように石の壁で守っても、クドラトもそれごと吹き飛ばしてくるはずだ。石に攻撃を当ててヴァキルを鳴らすことができるのなら、石の壁は逆にターゲットとしての範囲を広めることにもなる。
そんなことを考えていると、クドラトがものすごい勢いでピラミッドを降り始めた。
「え?」
クドラトが離れたのでヴァキルが狙い放題になった。私は素早く自分のヴァキルのある場所から一段降りて、とりあえずヴァキルに向かって衝撃を放つ。
「『キジル』衝撃を!」
それをクドラトが石を降りながら衝撃の魔石術で弾く。
私はもう一度衝撃を放った。今度は先ほどより強い力で。
この魔石術の強さはクドラト先輩の衝撃では完全に弾けないはず……!
すると、放たれた光の強さを見たクドラトが剣を抜き、『キジル』と名を呼んだ。
剣が赤く光った⁉
「衝撃斬‼」
クドラトが叫びながらブンッと剣を振りかぶると、三日月の形をした衝撃波が上空へ放たれ、
バァァァァァァァァン‼
という轟音とともに互いに弾け飛んだ。
「わ!」
「ぎゃあ!」
「ひゃああ!」
凄まじい衝撃が私にも観客席にも飛んでくる。
な、なにあれ⁉
「ディアナ! 気をつけろ! あれはクドラトの必殺技の衝撃斬だ。一級の力のものでも弾き飛ばす力を持ってる!」
「ええええ!」
イバン王子が声を張り上げて教えてくれる。
剣との組み合わせであんなの出せるの⁉
「シムディアでは味方までぶっ飛んじまうからあまり使う機会はなかったが、ここでは存分に使えそうだな」
クドラトが驚いている私を見てニヤリと笑う。
「ディアナの遠距離攻撃は全部あれで防がれるってことか」
「ま、まずいじゃないか!」
ハンカルとラクスの声がこちらにも届く。
なるほど、一回戦のような小石の攻撃と衝撃の魔石術を防ぐことができると考えて、先輩は一気にヴァキルから離れたのか。
……でも、私の攻撃はこれだけじゃないんだけどね。
私からの攻撃が止まったのを確かめて、クドラトが一気に石の階段を降り、こちらのピラミッドに上がってこようとする。
「おまえも早くそこから降りて俺のヴァキルに向かわないと間に合わないぜ」
「……」
私がなにも言わず突っ立っていると、クドラトはこちらの二段目に登ったあと横に走り出し、ぐるっとピラミッドをまわりこんできた。どうやら後ろからヴァキルを狙うつもりらしい。
「『キジル』衝撃を!」
私もクドラトの動きに合わせて、ピラミッドの後ろ側に走り込み衝撃の魔石術でその攻撃を弾く。そのあともクドラトはピラミッドをぐるぐる回りながらヴァキルを狙い続ける。そして、一段一段登って、その距離を縮めてきた。
「ディアナは防戦一方だな」
「近距離になったらディアナが不利だぞ!」
私は目でクドラトを追いながらその動きのパターンを見つめていた。
石の使い方は砕くとか壁を作るとかそれだけじゃないよ。
私はクドラトが移動するタイミングを見計らって、移動の魔石術を唱えた。
「『サリク』石をずらして」
「うお⁉」
踏み込むはずだった石を横にずらされ、走っていた勢いそのままクドラトは空いた石一個分の隙間に落ちた。
「危ねぇなてめぇ!」
しかしすぐに隣の石に登って私を睨みつけてくる。
「妨害は認められてますから」
「小賢しい真似を!」
それから何回か同じように石をずらしたりしてクドラトの足を止める。その間に私はチラリと横目でクドラト側のヴァキルとの距離を正確に測っていた。
次に先輩がピラミッドの後ろ側に回ったタイミングで仕掛ければ、いける。
クドラトは私がいる場所まであと三段くらいのところまで来ていた。
「ディアナ!」
演劇メンバーたちから悲鳴が上がる。
ピラミッドの後ろ側に回り込んだところで、クドラトが私の足元の石に移動の魔石術をかける。足元が揺れて思わず隣の石に飛び乗った。そのせいで、私は自分のヴァキルから横にずれてしまう。その瞬間を見逃さずクドラトが叫ぶ。
「もらったぜ! 『キジル』衝……」
「『サリク』石をずらして」
「な……! うおおおおおお!」
クドラトが魔石術を唱えるより早く、私は威力を上げた移動の魔石術を使った。クドラトの下三段分の石を一気に外側にずらしたのだ。不意をつかれたクドラトは三メートル下に落っこちた。
「いてぇ! てめぇ俺がこれくらいのもんで諦めると思って……」
「『サリク』石をずらして」
「のおおおおおおおおお‼」
私はさらにクドラトの下三段分の石を外側へずらす。さらに三メートル、クドラトが下へ落ちた。元いたところから六メートルの穴に落ちてしまったクドラトを、私は上から眺める。
「しばらくそこで大人しくしててください」
私は踵を返してピラミッドの正面側へ移動し、敵側のヴァキルの前の石壁を砕くために威力を調整した衝撃の魔石術を放った。
私から放たれた赤い光が真っ直ぐに向こうのヴァキルに飛んでいく。
と、そこでドゴォォォォン! と爆音が聞こえて私のピラミッドのサイド側の石がぶっ飛んだ。
「もう出てきたの⁉」
クドラトが衝撃斬で崩したらしい。ピラミッドの横側に飛び出してきたクドラトはそのまま私が放った衝撃に向かって再び衝撃斬を繰り出した。
衝撃斬のスピードは速く、私の衝撃の魔石術がもうすぐ向こうのヴァキル前の石に到達するというところで追いついた。
バコォォォォォォン‼
すごい音が鳴り響き、みんなが一斉に耳を押さえる。
「げ‼ 石まで吹き飛ばしちまった!」
クドラトの焦った声が響く。
衝撃斬が追いついたのはいいが、そのぶつかった衝撃で結局ヴァキル前の石の壁も吹っ飛んでしまったのだ。
今のどさくさでヴァキルに石が当たってくれないかなと思ったけど、ダメだったみたいだね。
私はそう冷静に分析しながら魔石術を唱えた。
「『ヤシル』矢に強化を」
「なに⁉」
クドラトが驚いた顔でこちらを見上げる。私は向こうのヴァキルに向かって弓を引いていた。つがえていた矢を緑色の光が包み、キン! と強化がかかる。
石の壁がなくなって丸見えになったヴァキルに焦点を合わせて、ビュン! と矢を放った。
「させるかよ! 衝撃斬‼」
ヴァキルに向かって飛んでいく矢を、クドラトの衝撃斬が追いかける。向こうのヴァキルまであと半分というところで矢が衝撃斬とぶつかった。
だが矢はその衝撃に負けることなく、シュバッ! と衝撃斬を貫通して抜け出した。
「は⁉ な! なぜだ‼」
完全に矢を防げたと思ったクドラトが驚きの声をあげてる間に、私はもう一つ魔石術を唱える。
「『ヤシル』ヴァキルに強化を」
向こうのヴァキルに強化がかかるのと同時に、そこに矢がぶつかった。
カァァァァァァァン‼
大きな音を鳴らした瞬間、ヴァキルは固定されていた棒からぶちっと外れ、後方に飛んでいった。
「そこまで!」
「おおおおおおお!」
「すげぇー!」
「なんだ今の!」
「勝者ディアナ!」
「やったあ! 勝ったぞ‼」
観客席から一斉に歓声が上がる。
「勝った……」
ふぃー、よかった。勝てた。
周りの歓声を聞きながらホッと息をついていると、下からものすごい勢いでクドラトが登ってきた。
えっえっなに⁉
なにかされるのかと思って身構えていると、「崩れるからどけ‼」と言って私の体をガッと抱え、その勢いのまま反対側の階段を一気に降りた。
次の瞬間、私がさっきまで立っていた足場ごと、ピラミッドが大きく崩れる。
「おええあああ」
私はクドラトの肩に担がれたまま、下のフィールドまで移動して、地面に降ろされた。目の前でゴォォォォン……と石が崩れていくのを呆然と見つめる。
「び……びっくりしたぁ」
どうやらクドラトが落ちた穴から脱出するときに使った衝撃斬の威力が大きすぎて、ピラミッドの土台部分を壊しすぎたらしい。
土埃をあげて崩れているピラミッドを眺めていると、横に立っているクドラトが口を開いた。
「おい、さっきの矢に衝撃斬が効かなかったのはなぜだ?」
「矢に強化をかけたからですよ。衝撃斬が一級の力と対抗できる威力とはいっても、一級の全力の力がかかった強化には勝てないと思ったので」
そう、私が最後の矢にかけた強化はメモリでいうと十の力。つまりイバン王子たちの全力の力で強化をかけたのだ。ちなみにヴァキルにも同じ力で強化をかけた。
「……おまえ、一級でも力が強いのか」
「私の力はイバン様と同じです」
「なんだと⁉ くそ……こっちの調査不足だな……。最後に衝撃を使わずに矢を使ったのはなぜだ?」
「衝撃だとその威力が目に見えてわかるでしょう? それに衝撃斬を弾き飛ばす威力の衝撃の魔石術を放つと周りに被害が及ぶことも考えられましたから」
「矢の強化だと威力がバレないということか」
「そういうことです」
私がそう言うと、クドラトはフッと笑った。
「あの戦いの中でそこまで頭が回るとはな……。俺の負けだ。約束通りイバンはくれてやる」
いやそもそもイバン様はどちらも辞める気はないんだから、くれてやるもクソもないんだけど……。
「これから困ったことがあったら助けてくださいね。頼りにしてますから」
「フン! 約束だからな、仕方ない」
クドラトはそう言って観客席に向かう階段を上って行った。私も反対側の階段を使って上へ上がる。
「ディアナ! よかった!」
「やったなディアナ!」
「途中までハラハラしたぞ」
ファリシュタとラクスとハンカルが駆け寄ってきて私を取り囲む。
「勝ってよかったよ。みんな応援ありがとね」
「最後の方は悲鳴が多かったけどな」
「ディアナぁ……」
「泣かないでファリシュタ。心配かけてごめんね」
「無事でよかった……」
ファリシュタの頭をポンポンしていると、他のメンバーもやってきて口々に感想を言う。
「素晴らしい戦いだったわ、ディアナ。貴女戦いの才能もあるのね」
「本当に驚いた。ディアナ、騎士になる予定はないのか? その才能は生かした方がいい」
「格好よかったですよぉ」
レンファイ王女とホンファとシャオリーがそう言えば、
「わたくし、感激いたしましたわ! 戦う貴女に似合う服を考えついてしまったくらいに!」
「強い女性も素晴らしく美しいね!」
「あ、あの……色々と、ネタをありがとう……デュヒ」
と、イリーナとチャーチとヤティリにも感激された。そこへなんともいえない顔をしたイバン王子がやってきた。
「ディアナ……その、なんて言ったらいいか……。とにかく君に怪我がなくてよかった」
「こちらこそ勝手に勝負を受けてしまってすみませんでした。でもこれで、イバン様は心置きなく演劇クラブに全力投球できますよね!」
「ディアナ……君という人は……」
私の言葉を受けてイバン王子がなにかを言おうとした瞬間、
「君! この競技のこと詳しく教えてくれないか⁉」
「これはそもそも誰が考えたんだい?」
「イバン様はご存知だったんですか⁉」
「私もやりたいです!」
「これ個人戦だけじゃなくチーム戦でもできますよね⁉」
と、興奮したシムディアクラブのメンバーに囲まれて矢継ぎ早に質問される。私はその勢いに飲まれて「え? え? え?」と目をパチクリさせた。
どうやら今日見た新しい競技がみんな気に入ったらしい。今から自分もやりたいとメンバーたちが次々と立候補して収集がつかなくなってしまった。
「おまえら、その話はあとだ。まずはこの勝負を締めるぞ」
その声に私を囲んでいたシムディアクラブの人たちが一斉にピタリと動きを止め、ゆっくりと特等席の方を見上げた。
そこには目が笑っていない笑顔のクィルガーがいた。
「ひいいいいいいい!」
「すみません!」
「すぐに戻ります!」
サァッと顔色を失ったメンバーたちが元の席へダッシュで逃げた。
観客席の一番前の台に私とクドラトが向き合って、その間にオリム先生が立つ。
「勝負の結果、二対一でディアナの勝利です。この結果に異議はありませんね?」
「ああ」
「はい」
「ではディアナは報酬の提示を」
私は試合の間に用意してもらった契約書を読み上げる。
「まずは『先日の演劇クラブに対する発言の謝罪』を求めます」
「……」
「先輩? 約束ですよ?」
「……悪かった。くだらないクラブといったことは撤回する」
苦虫を噛み潰したような顔でクドラトが謝罪した。
心の底から謝ってるようには見えないけど……まぁいいか。
「『今後、シムディアクラブは演劇クラブの味方となり、その援助を惜しまないこと。決して喧嘩を売らないこと』……これも約束ですからね?」
「いいだろう。おまえらも異論はないな?」
クドラトがそう言って後ろにいるシムディアクラブのメンバーを見回す。メンバーの中で私のことが気に食わない人は特にいないようで、というか、それよりも新しい競技を早くしたくてうずうずしているらしく、みんなうんうんと興奮気味に頷いている。
いいんだろうか、そんなんで。
クドラトは観客席の手すりの上に契約書を置いてそこにサインをした。これで今日からシムディアクラブは私の味方だ。
そこへクィルガーがやってきて、競技の感想を伝える。
「二人ともいい戦いぶりだった。これは新しい競技だからな、どういう展開になるか予測がつかなかったが、なかなか面白いものだった。クドラトは二級のわりに自分らしい技を身につけて、なおかつ対策を講じる余裕もあった。カタルーゴ人の体質に飲まれることなくこれからも精進することを願う」
「‼ ありがとうございますクィルガー様」
「ディアナもよく頑張ったな。力がない分、魔石術の使い方を工夫していた。体もなまっていないようだ。これからも訓練を怠るなよ」
「はい、お父様」
私はそう言ってクィルガーに笑顔を向ける。それを見たクィルガーがフッと口の端を上げて「ただ今後こういうことは自分だけで決めるな。心臓に悪い」と言って私の頭をポンポンと叩いた。
余裕のある顔をしてるけど、結構心配してたんだろうな……。
「ごめんなさい。次からはそうします」
「そうしてくれ」
クィルガーが手をどけると、なぜか周りの人たちが目を見開いていた。
「ふふ、クィルガーがそんな優しそうな顔をするのは初めて見たよ」
「愛ですねぇ」
アサン先生とオリム先生がそう言って和んでいる。それに気づいたクィルガーは「んんっ」と咳払いをして「オリム先生、締めの言葉を」と台から降りた。
「では今回の新しい競技での勝負はこれで終わります。今後この競技については、もし希望者がいるのでしたら新シムディアとして学院長に申請することも可能ですが……」
「おお!」
「やりたいです!」
「これを競技にしてください!」
「……希望者多数のようですね。では学院長に相談してみましょう。正式に決まるまで勝手にしてはなりませんよ」
「そんな……!」
「ではオリム先生、今から少しだけやってはいけませんか? アクハク石はありますし」
「片付けなどは全て俺たちでやりますから!」
オリム先生の言葉にシムディアのメンバーが一斉に騒ぎ出す。それをみてアサン先生がため息をつきながら手をあげた。
「わかった。オリム先生、私が責任を持ってみていますから今日だけこれを続けていいですか?」
「アサン先生……わかりました。では怪我のないように気をつけてくださいね。ここで問題が起きれば今後この競技をすることはできなくなりますよ」
オリム先生の言葉にみんながわぁ! と湧く。
クドラトと対決するためだけに考え出した競技だけど、なんか今後も続いていきそうな感じだね。ふっふっふん、やったね。
シムディアよりも安全な娯楽が新たに出来たことに、私は心の中でにんまりと笑った。
クドラトとの勝負になんとか勝利したディアナ。
謝罪とシムディアクラブという味方をゲットしました。
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