新シムディア対決
その日、大講堂にはなぜかたくさんの男子生徒が集まっていた。私が演劇クラブのメンバーと一緒に大講堂の中に入ると、その人たちから一斉に視線を向けられる。
「な、なんでこんなにたくさん人がいるの?」
「どうやらシムディアクラブのメンバーのようですね。今日のことを知って見学に来たのでしょう」
ルザが少し警戒しながらそう説明してくれる。
今日はクドラトとの勝負の日だ。あれから細かなルール調整をオリム先生たちとして、正式に勝負の許可が下りたのだ。
「其方ら、そこにいたら邪魔だ。見学したいものは上へ上がれ」
会場にいたアードルフがシムディアクラブのメンバーたちを観客席の方へ誘導している。「ディアナはあちらへ」と正面の観客席を指差されたので、大講堂のフィールドを突っ切り、いつも始業式の時などで先生たちが座る観客席の中央部分へ階段を使って上っていく。
ここを上るのはエルフって公表した時以来だね。
観客席に上ると、さらに上部の特等席のところにオリム先生とアサン先生が座っているのが見えた。今日は二人に対決するステージを作ってもらう予定なので、二人とも提出した図案を持ってなにやら話し込んでいる。
観客席の前の方に演劇メンバーが座って、私を心配そうに見つめた。
「本当に大丈夫なの? ディアナ」
「大丈夫ですよレンファイ様。先生たちと話し合って危険にならないルールにしましたから」
「ディアナ……」
「そんな心配そうな顔しないでファリシュタ。私が負けないように応援してくれると嬉しいな」
「も、もちろん応援するよ! でも、怪我しないでね」
「うん」
私とファリシュタの会話にハンカルとラクスも心配そうな顔をして言う。
「でも相手はあのクドラト先輩だぞ? 怪我しないで済むのか?」
「そうだな、先輩は一度怒り出したらなにをするかわからないし、俺も心配だ」
「フン! おまえが卑怯な真似をしなかったらいいんだよ」
突然の声に振り返ると、クドラトとイバン王子たちが後ろに立っていた。イバン王子の顔色がちょっと悪い。今回の対決は自分のせいだと思っているのかもしれない。
「ルールを確認したが、随分とおまえのレベルに合わせたものになってるんじゃないか?」
「先輩と私は学年も体格も経験も差がありすぎますから、それを埋めるために、使う魔石術の種類を限定したんですよ。私まだ習ってない魔石術が多いですから」
「フン! ハンデを埋めるためのルールか。せいぜい足掻くんだな。勝つのは俺だ」
「私も負ける気はありませんよ。あ、あと先輩は覚醒を使ったら失格になるので気をつけてくださいね」
「おまえ相手に覚醒を使うまでもないだろ。怒気だけで動けなくしてやるよ」
「おい、クドラト! せめてちゃんとルールは守れ」
クドラトの発言にイバン王子が厳し顔で注意する。
「大丈夫ですイバン様、そういうことをクドラト先輩が言うと思ったので、前もって対策を講じましたから」
「対策?」
イバン王子が首を傾げたところで、観客席にいたシムディアクラブのメンバーが一気にざわめいた。
「お、おい、あれは……!」
「なぜこんなところに⁉」
彼らが指差している方を見ると、大講堂の正面入り口からクィルガーが部下を二人ほど連れて入ってきていた。クィルガーは生徒たちのざわめきを気にすることなくフィールドを横切るようにズンズンとこちらに向かって歩いてくる。
お父様……わざわざそんな目立つところから入ってこなくても。
普段目立つことを好まないクィルガーがそうやってくるということは、おそらく王様かソヤリの指示だろう。
私とクドラトの対決を邪魔するなと周りの生徒に釘を刺す目的と、私のことを大事にしているという周りへのアピールかな、あとは……。
「な……ク、クィルガー様がなぜ……」
チラリと横を見ると、さっきの勢いはどこへ行ったのか、クドラトが大きく目を開いて固まっている。そう、実はクドラトがルールを無視して無茶なことをしないように、クィルガーを呼んだのだ。
というか、お父様が前のめりで絶対行くって言ったんだけど……。
クドラトの反応を見る限り、この対策は効果があったようだ。
クィルガーは階段を上って私たちの元へやってきた。クドラトも大きいが、クィルガーの方が少し大きい。そしてオーラがすごい。
「おまえがクドラトか」
「! はい」
クドラトが跪き、恭順の礼をとる。
「今日の勝負は俺も審判として見ることになった。ルールは守れよ。お互いに正々堂々とした戦いをするように」
クィルガーはそう言ってクドラトを睨みながらフッと笑った。怖い。睨みながら笑うなんて器用なことをする。
クドラトはゴクリと唾を飲んだあと「もちろんです」と視線を外さずに言った。
よしよし、言質はとったよ。これでクドラトが無茶なことをすることはないでしょ。ありがとうお父様!
クィルガーは私をチラリと見て少し頷いたあと、オリム先生とアサン先生がいる特等席の方へ上っていった。
「クィルガー様を呼ぶとは……てめぇ……」
「お互いに正々堂々と、いい戦いをしましょうね、先輩」
「フン! 正々堂々と圧勝してやる」
クドラトはそう言い放って離れていった。
クィルガーが来たことで大講堂の扉が閉められ、その前に学院騎士団の騎士が控える。よく見ると大講堂の中にちらほらと学院騎士団の姿があった。魔石術を使う対決ということで念の為配置されたようだ。
オリム先生とアサン先生が私たちの方へ降りてきていよいよ新シムディア対決が始まる。
「では、念の為ルールの確認を行います。二人ともこちらへ」
観客席の一番前の台に私とクドラトが乗って向かい合い、その間にオリム先生が立つ。
「今回の対決は合計で三回行います。勝利の条件は相手の陣地に置かれたヴァキル……今回は音の鳴る魔石装具を用意しました。それを早く鳴らした方の勝ちです」
オリム先生がそう言うと、アサン先生が二つの丸い金属製のフリスビーのようなものを掲げた。これはテクナ先生が昔開発した魔石装具で、この大講堂の天井付近に吊るされている鐘の小さい版らしい。武器や魔石術で衝撃を与えるとかなり大きい音が鳴る仕組みになっている。
今回の対決ではこれをヴァキルと呼ぶ。もちろん大きすぎる衝撃を加えるとヴァキルは粉々になってしまうので、力加減には注意が必要だ。
「対決するステージは私とアサン先生でランダムに決めます。二人は開始直前までどのような配置にアクハク石が置かれるか知ることはできません」
オリム先生はそこで三本の指を立てて話し出す。
「一回戦は魔石術ラウンド。ここでは武器は使えません。体と魔石術だけ使って相手の鐘を狙います。二回戦は武器ラウンド。ここでは逆に魔石術は使えず、武器だけで勝負します。そして三回戦の最終ラウンドは、武器と魔石術どちらも使っていいです。三回勝負ですので、最初に二回勝利した方が勝ちになります」
つまり二回連続勝てば最終ラウンドはないってことだ。
「禁止事項は三つ、一つは決して相手を直接攻撃しないこと。二つ目、相手選手がヴァキルの前に立っている状態でヴァキルを狙うことはできません」
これはクィルガーが提案したルールだ。相手を攻撃できないと言ってもヴァキルごと攻撃をしてくるかもしれないということで追加された。お父様、グッジョブ。
「しかしヴァキルの前に立つことができるのは三十秒間だけです。三十秒過ぎたらどんな状況であれヴァキルの前からは退いてください。そして三つ目の禁止事項は、ヴァキルの前にいる間は相手が攻撃できないだけでなく、自分も的を狙うことはできません」
ヴァキルの前にいると、お互いにこう着状態になるということである。
「設置されたアクハク石を動かすのは構いません。相手の進路を妨害する行為も認めます。そして今回はクドラトとディアナで体格差や学年差がありますので、使える魔石術はディアナが習っている範囲のものに限ります。その確認はできていますか? クドラト」
「ああ。衝撃と炎を出すだけの魔石術しか使えないんだったな。あとは引き寄せと移動、癒しと強化、洗浄と解除の具合も把握した」
「いいでしょう。ディアナが習っていない魔石術を貴方が使った時点で失格となりますから気をつけてください」
「衝撃と炎出すだけか……チッ少ないな……」
クドラトが顔を顰めて頭を掻く。最終学年のクドラトからしてみればかなり制限された状態だろう。
「ルールの確認はここまでです。二人ともいいですか?」
「ああ」
「はい、それで大丈夫です」
「では、これを教師が確認するのは気が引けますが……二人の勝利時の報酬の提示を」
オリム先生がそう言うと、なぜかシムディアクラブの人たちが二つの椅子をもってきて私たちが立っている台の左右にそれぞれ置いた。
「? なんですか? これ」
「俺が用意させたんだ。なにかを賭けて戦うならその報酬をどーんと置いた方がわかりやすくていいだろ。おい、イバン、そっちの椅子に座れ」
クドラトはそう説明して、イバン王子にクドラト側の椅子に座るように促す。
「な! イバン様になんという無礼な……!」
「うるせぇケヴィン。この学院にある中でも立派な作りの椅子をもってきたんだから文句言うな」
「そういう問題ではありません!」
「はぁ……いいよケヴィン、俺が座らないと始まらないだろうから」
「イバン様!」
顔色の悪いイバン王子はため息をつきながら立ち上がり、クドラトの横の椅子に座る。
「で? おまえの報酬はなんなんだ? さっさとそっちの椅子に置け」
「困りましたね。私が欲しいものは物じゃないので置くことができません。あ、契約書でも作って置いておきましょうか」
「あ? 物じゃないだと?」
「はい、私が欲しいものは『クドラト先輩からの謝罪』と『今後、シムディアクラブは演劇クラブに全面的に協力すること』という約束です」
「はぁぁ⁉ なんだそれは!」
「簡単に言うと、シムディアクラブという味方が欲しいんです。演劇クラブで困ったことがあったら助けて欲しいんですよ」
「そんな報酬あるか! 規模がデカすぎるだろ」
「あら、イバン様にはそれ以上の価値があるのですよ? これくらいの条件は提示して当たり前だと思います。イバン様を失うことは演劇クラブにとってかなりの損失なんですから」
私が腰に手を当てて堂々と言い放つと、クドラトは「ぐぐぐ……」と苦虫を噛み潰したような顔をして「わかった……味方でもなんでもなってやる。クラブには俺から説明する」と言った。
「ディ、ディアナ……」
「なんちゅーことを……」
ハンカルとラクスの呆れた声が聞こえる。この報酬については事前にオリム先生とアサン先生にしか言ってなかったので他のメンバーは驚いているようだ。
その中でヤティリだけが手元のメモになにかを夢中で書いていた。
「では魔石術ラウンドを始めましょうか。ステージを作るので他の学生は決して下に降りないように。危険ですよ」
オリム先生とアサン先生が台の上からフィールドを見下ろし、図案を元にフィールドに用意されたアクハク石を移動し出した。
「『サリク』石をあちらへ」
二人が同時に黄の魔石術を使う。私とクドラトはその間に台を降りてマントを脱いだ。私のマントをファリシュタが持ってくれる。
「ありがとファリシュタ。パンムーも、ファリシュタと一緒にいて」
私がそう言うと、スカーフの中からパンムーが出てきてファリシュタの肩に乗った。パンムーはファイティングポーズをとって「パムゥ!」と勇ましい顔をしている。
やってやれ! って言ってるのかな?
「応援してるからね、ディアナ」
「うん!」
まだ心配そうなファリシュタに笑いかけて私は体を伸ばす。ちなみに今日着ているのは戦闘訓練用の服だ。ルザといつも訓練する時に着ているもので、簡単な胸当てと籠手がついていて上着の裾もいつもより短めだ。下に履いてるズボンはロングブーツにインしている。
腰には武器屋で買った折りたたみの弓と棒を下げて、スカーフもいつもよりヒラヒラしない短めのものにした。
準備体操をしながらフィールドを見ていると、黄色い光に包まれたアクハク石が次から次へと浮かんで、フィールドに引かれた白いラインの中へ置かれていっている。さすがに先生だけあって、二人ともすごく手際がいい。
「一回戦はシンプルなステージだね」
フィールドに引かれた長方形の白いラインの内側に、アクハク石の塊が四つできていた。
アクハク石を一段積みにした広めの台のような場所が左右にあり私とクドラトのヴァキルがその上に置かれている。その台と台の間の広い空間に二箇所、ピラミッド状に積まれたアクハク石の塊が置かれていた。
一つのアクハク石は一メートル四方の立方体なので、一段ずつなら登ったり降りたりすることは可能だ。私は背が低いから登るのも一苦労するだろうけど。
「では二人ともヴァキルの位置に」
オリム先生に言われて左右の階段からそれぞれ下に降り、フィールドに設置されたヴァキルの前へ向かう。シムディアクラブのメンバーから歓声らしきものが上がっているが、特別クドラトを応援するという雰囲気ではない。
イバン様の動きが悪いとか言って気にしてるの、クドラトだけだもんね。他のメンバーはどちらかというと新しい競技に興味津々なだけなんだろうな。
「よいしょと」
一メートルのアクハク石を登るには手をついて膝をかけて登るしかない。アクハク石を登ったり降りたりするアクションはやっぱり私に向いてない。フィールドの反対側のクドラトを見ると私より軽く登っている。
魔石術を使えるラウンドならいいけど、武器ラウンドは結構不利かも。
アクハク石がたくさん並んで台になっている場所の真ん中にヴァキルがある。ヴァキルは細長い鉄棒のようなものに吊るされてフィールドの中央を向いて置かれていた。敵側正面から衝撃を撃たれたらやられる方向だ。ちなみにこのヴァキルの向きも先生のチョイスでラウンドごとに変わったりする。
「では、お互い正々堂々とした戦いを。『キジル』衝撃を」
アサン先生が上へ手をかざして衝撃の魔石術を使う。
ジャァァァァァン‼
試合開始の鐘が鳴った。
クドラトとの対決が始まりました。
伝説の騎士クィルガーが現れてシムディアクラブの
メンバーは実は大興奮しています。
次は 魔石術ラウンドと武器ラウンド、です。