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スポーツのおはなし


 暗い通路の中にガラガラと台車を押す音が響く。私はその台車に乗っている箱に中で首を捻っていた。

 

 おかしい……こんなはずでは……。

 

 あれからメンバーのみんなにクドラトとの勝負を受けたことをしこたま怒られた。受けなくてもいいものを受けて私が負けたり怪我をしたらどうするんだと、みんな心配して怒っていた。

 その場は「怪我をしない方法で勝負するから大丈夫。イバン王子も渡す気はない」と言ってなんとか納得してもらったけど、その後すぐに元説教部屋——これからは内密部屋と呼ぶことにしよう——に呼ばれたのだ。オリム先生から話を聞いたソヤリがどうやらすぐに動いたらしい。

 

 いや、早いよ。まだどんなルールで勝負するか決めてないのに。

 

「ちゃんとルールを決めてから説明しようと思ってたんですけど……」

「貴女がそう動く前に把握しておきたいことがあるそうですよ。全く、貴女はまだ自分の立場がわかっていないようですね」

 

 そう言ってソヤリがため息をついた。きちんとした形にしてから話したほうが忙しい王様に時間を取らせなくていいかなと思ったのだけど、それではダメだったらしい。

 

「お父様もいるんですか?」

「さっきまではいませんでしたが、私と交代するために戻ってきてもらいました。今ごろアルスラン様から説明されているはずです」

 

 うへぇ……それって絶対怒りたてほやほやのところに私が行くってことだよね。

 

 私は無意識に頭を両手で押さえた。

 ちなみにパンムーは王の間には連れて行けないので内密部屋でお留守番である。


 そのあと、いつもの手順で王宮に上がり、王の間がある塔に到着した。ここに来るのは久しぶりだ。浮く石に乗って上の階に上がり、緩く円を描く廊下を歩いていると王の間の入り口近くでクィルガーが立っているの見えた。

 クィルガーは私に気づくとこちらを見てにこりと笑った。

 

 怖い! 目が完全に怒ってる! ごめんなさい!

 

 私は冷や汗を垂らしながら全力で目を逸らす。クィルガーからの怒りの視線を全身に感じながら前を通り過ぎて、ソヤリと一緒に入り口前の段の上に上った。

 

「アルスラン様、ディアナを連れて参りました」

 

 王の間の中へ向かって二人で跪き、ソヤリがそう言うと「ああ」と拡声筒を通した王様の声が聞こえた。

 

 あれ? なんか声掠れてる?

 

 顔を上げていいと言われたので中を見ると、いつも通り魔法陣の真ん中で王様が机に向かっていた。王様を囲む三つの机の上にはたくさんの書類が積み上げられている。どうやら執務の真っ最中だったようだ。

 王様はなにかの書類にサインをすると、その紙を自分の傍にある書類の束の上に乗せてこちらを見た。

 

「妙な勝負を受けたようだな」

「はい。あの……申し訳ありません、お忙しいのに変なことしてしまったみたいで……」

 

 王様の忙しそうな姿を目の当たりにしていたたまれない気持ちになる。王様は次の書類を取り出して、それに目を通しながら私に問う。やはり声が掠れている。体調もあまり良くないようだ。

 

「カタルーゴの狂犬とどのような勝負をするつもりだ?」

 

 クドラトって狂犬ってあだ名なんだ……。

 

「シムディアのような相手を直接打ち負かす真剣勝負ではなく、ゲーム性のあるルールを加えたスポーツ勝負にしようと思ってます」

「ゲーム性? スポーツとはなんだ?」

「ゲーム性というのはその競技特有の面白さや醍醐味という意味で私は使ってます。やっている人が楽しさを見つけられる遊びの要素が入っているものという感じでしょうか。スポーツというのは体を使って行う競技で、速さを競ったり、技を競ったり、個人で対決するものからチーム戦までいろんな種類があるものです」

「……すぐには理解できぬな。それはあちらの世界であったものだな?」

「はい。スポーツも娯楽の一つなんですよ。観ている人は応援するチームや選手を見つけて試合を観戦するんです。四年に一度世界中の選手が集まって開催される非常に大きな大会なんかもありました」

「試合を観戦するというところはシムディアと同じだな」

「そうですね……そういう意味ではシムディアも娯楽なんでしょうけど、あれよりももっと安全なものです。相手を倒すのではなく、点数を入れるというルールなので」

「点数を入れる? ……ふむ。口頭の説明だと理解するのに時間がかかるな。ソヤリ、映像を映す準備を」

「はっ」

 

 王様に言われてソヤリが下がり、廊下の隅に置いてある机を持ってくる。どうやら私の前世の記憶を見て理解するつもりらしい。

 

 まぁ確かにそのほうが効率がいいし、時短だよね。

 

 王様が立ち上がってこちらに歩いてくる。なんとなくふらついているように見えるのは気のせいだろうか。王様の体調が気になって落ち着かない。

 王の間の出入り口前に机とお盆がセットされてソヤリに水流筒を渡された。私は机の前に立ってお盆の中に水を溜め始める。その間に私の左側にクィルガーが、右側にソヤリが立ってお盆を覗きこんだ。なんだかんだ二人とも映像に興味があるようだ。チラリとクィルガーを見ると、怒ったような呆れたような顔を向けられた。

 

 うう……ごめんなさい。今から面白い物見せるから許して。

 

 コホッと小さな咳をして王様が出入り口前まで来た。なんとなく大丈夫ですか? とは聞き辛くてソヤリを見ると、ソヤリは仕方なさそうに首を振った。

 

 多分風邪かなにかなんだろうけど……王の間には誰も入れないし、どうしようもないんだろうな……。

 

「では映しますね」

 

 私は透明の魔石を取り出してお盆の水に漬け、心の中で魔石の名を呼んだ。

 

「私の記憶を映して」

 

 そう命じると、パアッと水面が光り、そこにとあるスタジアムの映像が映る。

 

「これは?」

「サッカーというスポーツを観戦した時の映像です。この競技場の形がシムディアが行われる大講堂の構図と良く似ているので一番わかりやすいかと思いまして」

「すごい数の観客だな」

 

 クィルガーがぎっしりと詰まった観客席を見て眉を寄せる。

 

「そうですね、三、四万人は入れるスタジアムだったと思います」

「三、四万人だと⁉」

「はい。しかもこの試合は私の国の代表と、海外の国の代表が戦う試合だったので超満員でした。真ん中のフィールドと呼ばれる場所にいるのが選手たちです」

 

 そこで私はサッカーのルールをざっと説明する。ボールをゴールに入れたら点数を入るという仕組みに王様が「なるほど……点数を入れるとはそういうことか」と目を細めた。

 

「足しか使ってはいけないというのは面白いルールですね」

「これ四十五分間もずっとこんな風に走ってるのか? かなり体力が必要だな」

 

 ソヤリとクィルガーも興味深そうにサッカーを見ている。

 映像は自国の選手がパスの連携で相手の裏に抜け出し、そのままゴールを決めるシーンを映していた。

 

「この試合は相手の国が強豪国で私の国が押されていたんですが、試合終了間際に点を入れて勝つことができたんですよ、ふふふ」

 

 試合を観ていた観客たちが一斉に立ち上がって両手を上げている。音声がないのが惜しい。この時の盛り上がりは本当にすごかったのだ。

 

「なるほど……確かに立派な娯楽のようだな。他にはどんなものがある?」

「そうですね、私の国で有名なのは野球とか、バスケットボールでしょうか」

 

 私は他のスポーツも次々と映し出す。

 

「ボールを使った競技が多いのだな。見たところチーム戦ばかりだが、個人でやるスポーツもあるのか?」

「ありますよ」

 

 私は部活やオリンピックの種目の中から個人戦のものを思い出す。

 

 ぱっと浮かぶのは陸上、水泳、体操、柔道とかその辺かな。

 

 そのうち、柔道の映像にクィルガーが食いついた。

 

「これは……体術に近いな。武器を持たずに相手を倒すんだろ?」

「そうですね。持っていいのは相手の襟と袖だけで、かけられる技というのが決まっているので、相手の隙を窺いながらその技をかけて相手を倒すんです。その時の掛け方が完璧だと「一本」といって一発で勝敗が決まります」

「へぇ……面白そうだな。ディアナ、これできるのか?」

「できませんよ! 私は歌や踊りに関する習い事はしてましたけど、武技系の習い事はしてませんでしたから」

「なんだ、そうなのか」

 

 そんなにガッカリした顔しないでよ。でも確かに、柔道というのは騎士の鍛錬になりそうなスポーツだよね。

 

「概ねどういうものかは理解した。其方はこのスポーツとシムディアをどう合わせるつもりだ?」

 

 水面を見つめながら王様が聞いてくる。

 

「そうですねぇ、まだ考えてる途中なのですがこちらには魔石術というものがありますし、それと組み合わせた競技にできないかなと思ってます。例えば、大講堂には天井付近に大きな鐘がありますよね? あれを魔石術で先に鳴らした方が勝ちとか、もしくはヴァキルに旗を持たせてその旗を撃ち抜いた方が勝ちとか……」

「勝敗を決めるものを人間から物に変えるということか」

「そうです。そうすれば危険性というのはかなり低くなりますし、勝敗のつき方もわかりやすいと思うので」

 

 クドラトにはシムディアに寄せた競技にすると言ってしまったので、それくらいの変更しかできないだろう。いきなり球技にしたら向こうが不利すぎるし……。

 

 というようなことを説明すると、王様が顎に手を当てて言った。

 

「では其方でもやったことがない競技にすれば良いのではないか?」

「私もやったことのないもの、ですか?」

「お互いに未経験のものをやればどちらが有利になるということもないであろう」

 

 私もやったことがない競技かぁ……予想がつかないものってことだよね。うーん……。

 予想がつかない競技……意外性のあるゲーム……勝敗がわかりやすい個人戦……。

 

「あ、ステージ鬼ごっこ……」

 

 私が思い付いた言葉をポツリと呟くと、王様が片眉を上げて「なんだそれは?」と聞いてきた。

 

「私が子どもの頃やっていた遊びと、とあるゲームの仕組みを組み合わせたものなんですが……。鬼ごっこというのは鬼役になった一人が制限時間内に逃げた他の参加者を追いかけて捕まえるという遊びです。捕まったら鬼の勝ちであったり、そのまま捕まった人に鬼が移って遊びが続いたりします」

「それで?」

「ステージというのは今思いついたんですけど、こちらでは魔石術を使って簡単にフィールドに障害物を作ることができますよね? アクハク石を重ねて壁を作ったり通路を作ったり、それをステージと呼ぶとします。そのステージのパターンをいくつも作って、その中からランダムでステージを選び、参加者は試合が始まる時に初めてどんなステージで戦うのかを知るんです。で、そうやって決められたステージで鬼ごっこをする、というのはどうでしょう?」

「ステージという設定は面白いとは思うが、やるのがただの兎追いではな……」

「兎追い?」

 

 私が首を傾げると、クィルガーが説明してくれた。

 

「こっちにもそういう子どもの遊びがあるんだよ。兎役が一人で時間制限内に逃げる、で他の狩人役のメンバーが兎を追いかけるんだ」

「え……なんかそれ集団いじめみたいですね」

「だから兎に有利なルールが追加されるんだよ。高いところに登っていいのは兎だけとか、二人で捕まえないといけないとか」

「なるほど」

「それにディアナの提案したものですと男女で戦う場合、どちらかの体に触れて捕まえるというのは風紀上あまり良くはありませんね」

 

 ソヤリが腕を組んで表情を動かさずに言う。

 

 そっか、こっちの風習のこと考えてなかったな。お互いの体に触れないでできる遊びというと……。

 

「あ、じゃあ尻尾とりゲームにすればいいかも」

「尻尾とり?」

「お互いの服に尻尾のようなものをつけて、相手の尻尾を取った方が勝ちというゲームです」

「それは……」

「それも男女間ではかなり恥ずかしい行為ですね」

「ええ! これがですか⁉」

 

 クィルガーとソヤリの反応にこっちが戸惑う。

 

 え? 尻尾を取る行為がなんで恥ずかしいの?

 

「コホン、いいかディアナ、こっちでは男女間で自分が身に纏っているものを相手に渡すというのは求愛の意味があるんだ。それを元に考えると、おまえの言う尻尾とりゲームはお互いに求愛しあう姿を見せることになる」


 ぎゃ———————! なにそれ! めちゃくちゃ恥ずかしい‼

 

「あ……そういえば劇の演出で二人の間で布を握り合うっていうのを入れたんですけど……あれ、そういう意味があったんですね」

「はぁ……おまえにはそっちの教育も必要だな」

 

 おおう、王様の前でこんな話をするのはいくら私でも恥ずかしいよ……。

 

 と、ちょっと気まずくなってチラリと王様を見上げると、王様は水面を見ながらなにかを考えていた。

 

「……鬼ごっこというものではなく、点数を入れるルールにすれば良いのではないか?」

「点数を入れる……」

「お互いの陣地にゴールのようなものを置いて、最初に其方が言ったようにそれに球を通すなり布を貼って撃ち抜くなどすれば点数が入るか、そこで勝敗が決まるようにするのだ」

「あ、そうですね……その方がスポーツっぽくなりますし、ステージが変わるという要素があれば守り方も攻め方も変わりますから面白いかもしれません」

 

 さすが王様だ。さっき見せたばかりのスポーツのルールを理解して今作ってる競技に取り込もうとしてる。

 

「遠くのものを目標にするとなると、遠距離攻撃が得意な奴が有利になりませんか?」

「それはルール次第でどうにでもなるのではないか? 使う魔石術を制限したり、ある程度近い距離からでしかゴールを取ることはできないようにしたり、いろいろと考えられることはある」

「なるほど」

 

 なんだか王様もクィルガーもソヤリさんも新しい競技を作ることに夢中になっている気がする。ここに来たら怒られてやめさせられるのかと思っていたのでちょっとビックリだ。

 そのあといろんな意見がでて内容が少し固まったところで時間切れになった。これ以上は王様の執務の邪魔になるらしい。他の決まってないところはオリム先生たちと決めるということになり、私は王の間をあとにした。

 秘密の地下通路を進みながら、私はソヤリさんに気になっていたことを尋ねる。

 

「アルスラン様、体調が良くなかったみたいですけど大丈夫でしょうか?」

「少し風邪気味のようです。魔石術では痛みを抑えられても病気を治すことはできませんし、アルスラン様は薬を飲まれないのでなかなか治りが遅くて……。なんとか体が温まるものを食べてもらいたいのですが……」

「え? 薬が飲めないんですか?」

「……薬も食事も苦手なのです。昔、薬と言われて毒を盛られたことがあるので」

「え……」

 

 ソヤリからの衝撃的な言葉に一瞬声を失う。

 

 毒? 毒って……私もテルヴァに使われたりしたけど。王様も毒を?

 

「昔って……小さなころに、ですか?」

「……そうです」

「そんな……っ」

 

 虚弱でいつ死んでもおかしくないと言われていたころに、さらに毒を盛られたってこと? そんな……なんてことを……。

 

「それでなくても毒というものに敏感な体質なので、それ以来薬だけでなく食事にも警戒するようになってしまって。ああやって風邪になってしまうと対処できないので困ったものです」

「……毒に敏感な体質とか私に言ってもいいんですか?」

「今は皮肉なことにあの魔法陣に守られていますからね。貴女がおかしなことをしようとしても不可能ですから」

「おかしなことなんてしませんよ。……あの、アルスラン様はハチミツは召し上がりませんか?」

「ハチミツですか? 嫌いではないと思いますが」

「ハチミツをお湯で割ったものにレモンを少し入れた飲み物があるんです。私が昔風邪を引いた時によく飲んでたんですけど、喉が少し楽になって体も温まるんですよ」

「ハチミツにお湯ですか……なるほど、料理人に頼んで作ってもらいましょう。飲まれるかはわかりませんが」

 

 真っ黒な通路を眺めながら私は急激に心配になった。本人には怖くて言えないけど、王様の体調問題は結構切実な問題なのではないだろうか。

 

「それより貴女は自分のことを考えてください。今度の勝負で負けてしまうとイバン様を失うのですよ?」

「う……わ、わかってます」

 

 王様たちと作った競技は本当に私とクドラトどちらにも有利にはならない中立なゲームになってしまった。本当にどちらが勝つかわからないものになったのだ。

 

 まさかこんなことになるなんて……。

 でもイバン様を失うわけにはいかないのだ。が、頑張らないと。

 

 

 

 

お説教が待っていると思っていたら意外な展開になりました。

王様たちの意見を取り入れて新しい競技ができそうです。

しかし王様の体調が心配なディアナ。


次は 新シムディア対決、です。

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