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挑戦状


 演劇クラブに嵐がやってきたのはその次の日のことだった。

 私は練習時間よりも早めに練習室にやってきて、イリーナと衣装の相談をしたり、劇に入れる予定の踊りを考えたりしていた。練習室には私、ファリシュタ、ハンカル、ラクス、イリーナ、ヤティリ、ルザがいる。

 そこへ扉を開けてチャーチがいつも通りの弾ける笑顔で「やあ、女性メンバーは今日も綺麗だね」と言って入ってこようとしたところ、そのチャーチを押しのけて大きな体の男性がずずい、と部屋に入り込んできた。

 

「おい、クラブ長の小娘はいるか!」

「えっクドラト先輩⁉」

 

 扉の近くにいたラクスが驚いた声をあげる。

 クドラトは部屋の中央に立っている私に気づくと、大股でズンズンと近づいてくる。顔が明らかに怒りに満ちている。クドラトの気迫に私の体は警戒態勢に入り、咄嗟に腰に下げている折りたたみの棒に手が伸びた。

 

「クドラト先輩っ」

 

 ラクスが異様な雰囲気を察して進むクドラトを止めようとするが、クドラトはそれ構わず私だけを見据えている。と、その時、私とクドラトの間にルザが立ちはだかった。手には小剣を持っている。

 

「それ以上ディアナに近づかないでください」

「なんだおまえは」

 

 クドラトが歩みを止め、ルザと睨み合う。その間にハンカルとチャーチがルザを挟んで横に並んだ。

 

「クドラト先輩、そのような殺気を放ちながら来られたら警戒します。用件はなんですか? クラブのことなら副クラブ長である俺が先に聞きます」

「下っ端に用はないんだよ。引っ込んでろ」

「そういうわけにはいきません」

「そんな怖い顔をして近づいたら可愛い小鳥ちゃんが傷ついてしまうよ」

 

 ハンカルとチャーチがクドラトを止めている間に、私はラクスとファリシュタに「アサン先生とオリム先生に知らせて」とお願いする。今にも爆発しそうな爆弾が突然現れたようなものだ。すぐに先生に知らせた方がいい。

 

「わかった、俺はシムディアクラブに行ってくる。ファリシュタはオリム先生に知らせてくれ」

「えっあ、わかった。……ディアナ」

「こっちは大丈夫だからお願い」

 

 心配そうな目をこちらに向けながらファリシュタが部屋から出ていく。それを確かめて、私はルザとハンカルの間から前へ出た。

 

「お話なら伺いますから、まずはその殺気を抑えてください」

「別に特別出しているわけじゃない。おまえらが弱くてビビりすぎてるだけだろ。フン! 情けない」

「そうですか。ご自分で抑える気がないのでしたら、鎮静の魔石術を使いますがいいですか?」

「なんだと⁉ この俺に鎮静をかける度胸なんてあるのか? 小娘が」

「私、お父様にも鎮静の魔石術をかけたことがあるので、全然できますよ?」

「な! クィルガー様にかけただと⁉ なんという無礼な……!」

 

 どうやらカタルーゴ人にとって他人に鎮静の魔石術をかけられるのは屈辱的な行為らしい。

 

 だからクィルガーは覚醒の鎮め方を最初教えてくれなかったのかな?

 

 クドラトは私の言ったことにまた怒ったらしく、さらに眉間に皺を寄せて睨みつけてきた。

 

 このままだと埒があかないね。目が光る前になんとかしなきゃ。

 

 用件はなんとなく察しがつく。昨日イバン王子が言っていたことだろう。

 

「イバン様についてですか?」

「! 知っているなら話が早い。本人に言っても無駄だったからな。あいつを辞めさせろ。こっちに入ったせいでシムディアクラブに支障が出てる。迷惑だ」

「お断りします。イバン様から伺いましたが、そのような事実はないようですし、そもそも本人に辞めるつもりがないのにそのようなことはできません」

「てめぇ……」

 

 私がきっぱりと断るや否やクドラトの纏う殺気が怒気に変わる。

 

 うへぇ、これだけで怒っちゃった。これが普通のカタルーゴ人の反応なの? 短気すぎない?

 

 クドラトの怒気に練習室の端っこに寄っていたイリーナとヤティリが恐怖で固まってしまっている。ハンカルとルザとチャーチがまだ平気そうなところを見ると、クドラトはどうやら二級のようだ。

 

 もう一段階怒りが増したら問答無用で鎮静の魔石術を使おう。

 

「イバンを返す気がないんなら、俺と勝負しろ」

「へ? 勝負?」

「おまえが勝ったらそのままでいい、俺が勝ったらイバンを返してもらう」

「はあ?」

 

 何を言っているのかよくわからない。そもそも本人の希望で掛け持ちをしているのに、返すも返さないもないだろう。本当にクドラトは、イバン王子しか見えていないようだ。

 

 レンファイ様が言ってた演劇クラブに浮気してるって見方はあながち間違いじゃなかったね。

 

 私は本妻に旦那を返せと言われてる浮気相手になった気分になる。なんとなくげんなりしていると、ハンカルが私を手で庇いつつクドラトにきっぱりと言い放った。

 

「クドラト先輩、そんなことできるわけありません。イバン様をかけてなぜディアナが戦わなければならないのですか? それに、生徒同士の私闘は禁じられています」

「うるせぇ、下っ端は黙ってろ。俺が話してるのはこいつだけだ」

 

 うーん、どうしようかな。正論で断ってもさらに怒るだけな気がする。大体勝負なんてこちらにかなりのメリットがない限り受ける意味がないんだよね。

 

「俺と勝負しろ小娘。シムディアクラブがそっちのくだらないクラブなんかより価値のあるものだってことを証明してやる」

「……くだらないクラブ?」

 

 クドラトの言葉に私の声音が低くなる。

 

「今、演劇クラブのことをくだらないクラブと言いました?」

「ああそうだ。劇なんて平民の子ども向けの遊びのようなものじゃないか。己を鍛え、勝負の世界で戦う男が入るようなクラブじゃない」

「子ども向けの遊び……なるほど。クドラト先輩は劇をご覧になったことがあるのですか?」

「あるわけないだろ。あんなもん誰が見るか」

「見たことがないのに遊びと決めつけるのですか? クドラト先輩は本当にカタルーゴ人なのですか? 正直がっかりです」

「なんだと⁉」

「私のお父様は私が旅芸人の劇を見たいと言った時、劇のことを馬鹿にせず見せてくれました。ですからカタルーゴの人は劇を認めているのだと思っていたのですが、違ったのですね」

 

 私がため息をつきながら「お父様が特別だったのですね。よくわかりました」と言うと、クドラトの額に青筋が浮かんできた。

 

「お、おいディアナ、やめるんだ」

 

 そこでようやく私が怒っていてクドラトを挑発していることに気づいたハンカルが私を止めようとする。でももう遅い。

 

「私、カタルーゴの人たちのことを評価していたのですけど、訂正しますね。こんなに自分勝手で、傲慢で、筋肉馬鹿なだけだったなんて、思いもしませんでした」

「小娘ぇ……もう一度言ってみろ」

「見たこともないものを勝手に批判して、見下して、しかも自分より小さくて弱そうな小娘に勝負をけしかけるんですから、間違っていないのではないですか? それともこんなことをして学院側から処分されるなんて一ミリも考えていないのですか? 本当にそうなのでしたら、間違いなく筋肉馬鹿ではないですか」

「ディアナ! もうやめろ」

「ぶっ殺されてぇのかおまえは!」


 クドラトの赤い目が光り出した。私はいつでも鎮静の魔石術をかけられるように小声で青の魔石の名を呼ぶ。

 

「ここで手を出したら、本当に処分されますよ先輩。それはイバン様が望むことでしょうか? 今まで五年以上イバン様とともにシムディアクラブで切磋琢磨してきたのでしょう? その積み重ねを無にしてしまうのですよ?」

「ぐ……、う、うるさい」

「それが嫌なのでしたら、さっきのくだらないクラブという言葉を訂正して、今すぐここから出ていってください」


 私は怒っていた。自分の大切なクラブを馬鹿にされて黙ってなんていられない。さっきの言葉を訂正できないのなら、速攻で鎮静をかけてやる。

 

「俺に指図するなんていい度胸じゃねぇか」

「私はクラブ長としてクラブになんの利益にもならない提案をする方に、お帰りいただきたいと言っているだけです」

「利益だと?」

「やめるつもりのないイバン様をかけて勝負するなんてこちらにはなんの利益もないではないですか」

「だったらおまえの望む利益を言えばいい。なんでもくれてやる」

「は?」

 

 クドラトの意外な提案に怒りが少し削がれる。

 

「なんでも?」

「ああ。イバンだけじゃなく演劇クラブに必要なものなら持っていけばいい。俺は負けるつもりなんて一ミリもないからな」

「必要なものを、なんでも……」

「ディアナ! なんで少し考えてるんだ! 馬鹿なことはよせ」

 

 私がクドラトの提案に揺れているのを悟ったハンカルが慌てて私の左肩を掴む。ハンカルは普段から女性に不用意に触れることはしない。どうやらかなり焦っているらしい。

 

 わかってる。演劇クラブにとってどんなに利益があることをかけるとしても、こんなでかいカタルーゴ人とまともに勝負して勝てるわけがない。というか、そんなことになったら私闘を受けたということで私まで処分されてしまう。

 王様に保護されている立場でそんなことできるわけがない。でも演劇クラブに必要なものをもらえるというのがとても惜しい。頭の中で勝手に「もらえたら嬉しいものリスト」を作ってしまう。

 

「クドラト! なにをしているんだ!」

 

 練習室の入り口からアサン先生とイバン王子たちが扉を開けて入ってきた。それを見たクドラトがチッと舌打ちをする。その瞬間、光っていた目が収まった。

 

「ディアナ、大丈夫か?」

 

 イバン王子が真剣な顔で真っ直ぐ私のところへ来て無事か確かめる。

 

「大丈夫ですイバン様。ちょっとムカつくことを言われただけで、なにかされたわけじゃありません」

「はぁ……助かりましたイバン様。アサン先生も」

 

 ハンカルはなぜか私の方を見てほっと息をついた。イバン王子は「すまない」と謝ると、クドラトの方へ向き直る。

 

「こんなところにまで押しかけるなんて、どういうつもりだクドラト」

「おまえに言っても埒があかないからこっちのクラブ長に直接話をつけにきただけだ。フン! おまえが俺との勝負から逃げるから悪い」

「クドラト、私闘は許されることじゃないと昨日言ったはずだ。こういう行動を今後も起こすというのなら、顧問として君を罰せねばならない」

 

 アサン先生がいつもの柔和な笑みを消して厳しい顔でクドラトを睨む。そこへ、オリム先生を連れたファリシュタが到着した。その後ろにはレンファイ王女たちの姿も見える。

 

「チッ副学院長まで呼んだのか……。小娘、小賢しい真似を」

「オリム先生を呼んだのはうちの顧問だからですよ」

「なんだと? てめぇ……どうやって学院で一番権力がある副学院長を味方に……チッやっぱり気にくわねぇな」

 

 そんなことを言われても仕方ないんだけど……それに学院で一番権力があるのは学院長だし……。

 ていうか、なんかこう勝手に敵視されることにまた腹が立ってきた。これって元はといえばイバン王子とクドラト先輩の痴話喧嘩みたいなもんなんだよね? それに私を巻き込まないで欲しい。

 

「そんなことよりクドラト先輩、私さっきの発言についてまだ怒ってるんです。先輩が私を気にくわないのは勝手ですけど、失言したことについては謝罪してください」

「なんだと⁉」

「ディ、ディアナ!」

 

 ハンカルがギョッとした顔をして咎めるような声を出す。

 

「俺は事実を言ったまでだ。訂正する気なんてない。どうしても謝って欲しいなら、俺と勝負して勝ってみろ。恭順の礼でもなんでもしてやる」

「ですからアサン先生も言ってますが私闘というのは禁止され……あ」

 

 そこまで言って私は閃いてしまった。

 

 もしかして私闘以外の戦い方だったらいいんじゃない?

 

 私はそこで頭をフル回転させた。傲慢で自分勝手なクドラトに謝罪させることができ、さらに演劇クラブに必要なものをゲットできる方法。ただの戦いではなく、命や怪我の危険がない勝負の仕方。

 そうだ、そういうものは恵麻時代にたくさんあった。こちらには魔石術があるからさらに面白くできるはず……。

 

「ディアナ? どうしたんだ?」

 

 クドラトと睨み合ったまま固まった私をイバン王子が心配そうに覗き込む。

 

「……クドラト先輩、勝負してもいいですよ」

「は?」

「なにを言ってるんだディアナ!」

「ただし、私の提示する条件を飲めたら、の話です」

「条件だと?」

 

 私を睨みつけたまま、クドラトは片眉をピクリと動かした。

 

「禁止されている私闘ではなく、私が提案するゲームで勝負してもらいます」

「ゲームとはなんだ?」

「決められたルールの中でお互いの能力を駆使して勝敗を決める競技です。運動能力を競うものから頭脳戦までいろいろありますが、私闘と違って命や怪我の危険性が減るというのが特徴になります」

「フン! そんな遊びみたいなもので勝負をつけるというのか」

「あら、先輩こそ明らかに体格差のある私に力勝負を挑んで勝って、それで嬉しいんですか? 『自分は明らかに弱いものいじめをした』と周りに言ってるようなものなんですよ? クドラト先輩の評判は駄々下がりになると思いますけど」

「ぐ……」

「もちろん少しでも公平になるようにシムディアに似たルールにはしようと思ってます。そしてそれを先生方に説明して許可を貰います。許可があれば私闘とは違って処分対象にはならないでしょうし。その条件を飲んでもらえるんでしたら、勝負しましょう」

「……随分とおまえに有利な勝負になるんじゃないのか?」

「先輩はシムディア以外だったら勝つ自信がないのですか?」

「そんなわけあるか! どんな勝負になっても俺は勝つ! 俺は強いからな!」

「先輩が勝てばイバン王子、私が勝てば演劇クラブに必要なものをもらえるということでいいですか?」

「フン! いいだろう」

「では交渉成立ということで」

 

 私はそう言ってにんまりと笑った。

 クドラトとの会話が終わって周りを見渡すと、そこにいる全員が目を丸くしてポカンとしていた。

 

 あれ? なぜかみんな固まってる?

 

「というわけでオリム先生、アサン先生、今から私ゲームのルールを考えて提出しますので、見ていただいていいですか?」

「……ちょっと待ってくれディアナ……君は……」

 

 アサン先生はこめかみに指を当ててなぜか呆れた顔になっている。

 そこでようやく自分がこの勝負の報酬になっていることに気づいたイバン王子が珍しく声を荒げた。

 

「い、いいわけないだろうディアナ! そもそも俺は演劇クラブを辞めるつもりなどないし、クドラトの勝手な言い分を受けて勝負なんてしなくていいんだ」

「すみませんイバン様、勝手に報酬扱いにしてしまって。大丈夫ですよ、私も負けるつもりはありませんから」

「いや、そういうことを言ってるんじゃない……君にそんな危ないことはさせられないよ」

「私の身が危険に晒されるようなルールにはしないですし、先生方の許可ももらいますから」

「もう俺とこいつとで勝負を受けることは決まったんだ。おまえは黙ってろ」

「クドラト……!」

 

 イバン王子は思いっきりクドラトを睨むが、クドラトは腕を組んでそっぽを向いた。

 

「本当に、貴女はすごいことを言い出しますねぇ」

「オリム先生」

()()()、許可を得られるようなものを提案することができるのですか?」

 

 含みのある笑顔でオリム先生が私を見る。そこには「もちろん王やクィルガーを含めて納得させられるものを作れるのか」という意味も含まれているようだ。

 

「もちろん。そうでなければこんなことは言い出しません」

「……わかりました。ではこの勝負をするかどうかは我々に任せてもらいましょう。もし許可できないと判断されたら、今日の話はなかったことにします。いいですね?」

「はい」

「ああ」

「クドラトは勝負の有無に限らず、今後このような騒ぎを起こさないように。これ以上他の生徒に迷惑をかけるのなら相応の罰を与えることになりますよ」

「う……わかりました」

 

 オリム先生にそう注意され、クドラトは渋い顔のままアサン先生と部屋から出て行った。

 

 ……なんとか収まったね。

 

 と、私がホッとしていると、なんだか周りからの視線が痛い。

 

 え? なんでみんなそんな目で私を見るの?

 なんというか、心配というよりかはどちらかというとすごく怒っている、ような……?

 あ、あれ……?

 

 自分がどうやら盛大にやらかしてしまったことに気づいて、私の頬に冷や汗がポタリと流れた。

 

 

 

 

練習室に急に現れたクドラト。

演劇のことをバカにされて結構ブチ切れているディアナ。

イバン王子をかけて対決することになりました。


次は スポーツのおはなし、です、

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