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読み合わせと王子の謝罪


「あはははははは! だ、ダメですグルチェ様……っ」

「ディアナ、もうちょっと我慢して、くふふ」

「もう、面白がってるじゃないですか! これ以上はダメです!」

「ああーもうちょっと触っていたかったのにぃ」

「……あの……お二人ともそれくらいにしてください……見ているこちらが恥ずかしいので」

「私は被害者だよルザ!」

 

 一級の授業が終わって、大講堂まで迎えに来てくれたルザとともにグルチェ王女と入り口近くに残り、人がいなくなったのを確かめてから約束の耳のお触りを実行したのだ。

 ところがこれが、めちゃくちゃくすぐったかった。

 自分で触る分には気にならなかったのに、他人に触られると耐えられないくらいこそばゆかったのだ。体中がムズムズして触られた瞬間に笑ってしまう。

 

 ダメだ……まさか耳が弱点だったなんて。

 

 笑い過ぎて痛くなったお腹をさすりながら顔をあげると、まだ触り足りないグルチェ王女の不満げな顔があった。だが触られた耳が敏感になっているのかピクピクと勝手に動くので、王女はその様子を見て堪えきれずに笑ってしまっている。

 

「んふはははは、あー、本当に面白いねディアナの耳って」

「こんなに興味津々にエルフの耳を見る人なんていませんよグルチェ様」

「そう? みんな遠慮してるだけで興味はあると思うけど」

「それは遠慮ではないと思います……」

 

 興味半分、忌避感半分といったところじゃないだろうか。要するに怖いもの見たさってやつだ。

 

「んー、正直みんながなんでディアナを避けるのか私にはわかんないんだよね。エルフってそもそもなにか悪いことした存在じゃないじゃない。どちらかというとやらかしたのは人間の方なわけで。しかもディアナは昔のエルフとは違うんでしょ? それなのに避けるとか意味がわかんないよ」

「グルチェ様、いいのですか? 王族の方がそんなことを言って……」

 

 グルチェの後ろに控えているお付きの学生はなんとなく諦めたような顔をして首を横に振っている。

 

「いいのよ、大昔の人間がやらかしたことに今の私たちが引きずられてるなんて馬鹿げてるって言いたいだけだから。今は今、昔は昔よ。ディアナは可愛いし、面白いし、なんの問題もない!」

「はあ……」

「……なんか響いてないわね?」

「いえ、嬉しいです、とても。貴族の人がみんなグルチェ様のようだったらよかったのになぁって思います」

「それは勘弁してください……」

 

 とグルチェ王女のお付きの人が小声で呟いた。

 

「そうでしょそうでしょ。じゃあディアナ、これからも時々その耳を触らせてくれる?」

「それはダメです」

「え! なんで?」

「死ぬほどムズムズするのでダメです」

「ちょっとくらいいいじゃない!」

「ダメです」

「ディアナぁ」

「ダメ」

 

 私と王女のやりとりに、最後はルザや王女のお付きの人まで吹き出していた。

 

 

 

 演劇クラブの練習日になって地下の練習室に行くとほとんどの人が揃っていた。ハンカルに練習室の鍵のスペアを渡しているので、私がすぐに行けない日は先に行って開けてもらうようにしている。

 

「まだ来てないのはイバン様とケヴィン先輩だけですか」

「今日は本の読み合わせをするのよね?」

「そうですレンファイ様。読み合わせはみんな揃わないとできないので、イバン様が来られるまで基礎練習をしましょう」

「あ、ディアナ、衣装のデザインで聞きたいことがあるの。あとで相談に乗ってくださる?」

「イリーナ、じゃあ今からやっちゃおうっか」

 

 私は役者のメンバーに基礎練をやっててもらい、縫製機近くに置いてある小上がりに上った。ちなみに練習室に小上がりはいくつかあって、それぞれイリーナが作業するところ、ハンカルとファリシュタが事務作業や音出しの練習をするところ、ヤティリが執筆作業をするところ、そしてみんなが休憩するところに分かれていた。

 

「登場人物の衣装デザインは大体できたのですけれど、ティルバルのデザインが決まらなくて……。人ならざる者という存在をどう表せばいいのかが難しいのですわ」

「確かに想像はつきにくいよね」

 

 私の中では妖精とか妖怪とか小悪魔とかそういうイメージが湧くけど、こちらの世界にそういう概念はない。怪しいものといえば魔獣や魔物になってしまう。

 

 私が魔獣っぽい格好をしたら、それこそみんなティエラルダ王女のような目で私を見ることになるだろうし、それは得策じゃないよね。

 

「完全な悪ではなくて、魅力的で、不思議な存在ってなんかないかな?」

「……こう言うのは失礼だとは思うのですけれど」

「ん?」

「そのイメージにぴったりなのは、エルフなのでは?」

「は!」

 

 考えてみたらそうだ。この世界で一番不思議な存在は間違いなくエルフ、つまり私だ。

 

「……だったらもう、私が演じる時点で不思議さは出てるってことだよね……」

「そうですわね……。あ、でしたら普段あまり貴族が使わない色の生地を使って近寄りがたい雰囲気を出すのもいいかもしれませんわ」

「あとは軽さを出してもいいかも」

「軽さ?」

「なんかこう、ふわふわっと重力を感じないデザインにすれば、この世には存在しない不思議なものっていう雰囲気が出ると思うんだけど」

「なるほど……それはいいですわね。私の国のあの生地を使えば……」

 

 イリーナはそう呟くと紙にデザインを書いていく。

 

 なんとかなりそうかな。

 

 私が基礎練習に加わってしばらくして、ようやくイバン王子とケヴィンとアードルフがやってきた。三人ともなんとなく疲れた顔をしている。

 

「すまないね、遅れてしまって」

「いえ、お疲れのようですが大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

 

 イバン王子とケヴィンはそのまま基礎練を始めて、アードルフは出入り口近くでルザと同じように護衛の体勢に入った。

 今日は前半部分の読み合わせをしてみる。基礎練を終えたイバン王子とケヴィンを入れてみんなで大きな円になり、お互いの顔を見ながら台詞を読む。みんな前もって読み込んでくれたのか、思った以上にスムーズに進んだ。

 主人公の二人の出会いの場面が終わったところで、ティルバルの出番だ。

 

「ふふふ、私はティルバル、人の絆を掻き回すのが大好きな人ならざる者。さぁて、この辺で引っ掻き回すと面白そうな絆はないかしら。うふふ、うふふふふ」

 

 私がティルバルの台詞を読むと、みんなが一斉に私の方を見た。


「うわぁ……完全にティルバルだ。さすがディアナ」

「い、今の声はどうやって出しているのだ?」

 

 ラクスとケヴィンが目を丸くして言う。

 

「ちゃんとティルバルの気持ちになって喋れば出るよ」

「ティ、ティルバルの気持ち……」

 

 私はふふ、と笑うと次の台詞を喋る。私の話し方に影響を受けたのか、みんなの台詞もさっきより情緒豊かになった。

 前半部分の読み合わせを終えて少し休憩を取る。アードルフが気を利かせてお茶を入れてくれた。

 

「ありがとうございますアードルフ先輩」

「いや、これくらいしか手伝えることはないからな」

 

 私はイバン王子とレンファイ王女に小上がりの一つに来てもらい、お茶を飲みながら台詞のアドバイスをする。

 

「イバン様はもう少し声を低めにしてゆっくり喋ると真面目なシャハールの性格が伝わると思います。レンファイ様は逆にもっと声を弾ませてみてください。舞台上で演じるのはもっと大袈裟にしても大丈夫です」

「ゆっくりか……わかった」

「自分が思ってる以上に声も動きも大きくした方がいいってことね」

 

 他にも気になるところを伝えると、二人は脚本にメモを書き込む。

 アドバイスが終わってお茶を飲んでいると、イバン王子が「少し話があるんだがいいかな?」と声をひそめて言ってきた。

 

「なんでしょうか?」

「ちょうどここに三人しかいないから言うなら今しかないと思ってね」

「なんなの? イバン」

「……去年二人が嫌がらせを受けた事件についてだ。国に帰ってから詳しいことを父上から聞いた。すまなかった二人とも」

「イバン様……」

「イバン、貴方が謝ることではないわ」

「いや、知らなかったとはいえ自分が犯人の動機に関わっていたことは事実だ。それにレンファイはこのことを自分の中だけで収めてくれたのだろう? 正直助かった。国の問題になっていれば、ザガルディはもっと窮地に立たされていたと思う。だから二人にはちゃんと謝っておきたいと思っていたんだ」

 

 イバン王子はそう言って目を伏せた。大国の王子が自分より位が低い者に謝ったりしていいのだろうか。それに、レンファイ王女の言う通り犯人が犯行に及んだ責任をイバン王子が取るのは違うと思う。

 

「イバン様、私もイバン様が悪いなんて思いません。悪いのは犯人です。ですから謝らないでください」

「ディアナの言う通りよイバン」

「しかし……」

「大国の跡継ぎを巡って様々な人間の思惑が交錯するのは仕方のないことよ。他人を巻き込んで諍いを起こす者はたくさんいるのだから。何か起こる度にいちいち謝罪して回っていたら身がもたないわよ」

 

 レンファイ王女はそう言ってふふ、と眉を下げて笑った。

 

 あまり他人には見せない顔だな……やっぱりこの二人ってなんか特別な絆があるよね。

 

「しかしそれでは俺の気持ちが収まらないんだが……」

「あ、じゃあ私たちに美味しいお菓子を贈るってことでどうでしょう? イバン様」

「お菓子?」

「はい! 私、お詫びの品として美味しいお菓子を所望します。ザガルディで好評の美味なお菓子があればぜひいただきたいです」

「まぁ、それはいいわね。私もお菓子だったら貰いたいわ」

「そ、そんなのでいいのかい?」

「はい。今回はそれでチャラってことで」

「チャラ?」

「差し引きゼロってことです」

「貸し借りはなしってことね。ふふふ」

 

 なんか大国の王子に向かってすごいことを言っている気がするけど気にしない。私とレンファイ王女がそう言って頷くと、イバン王子は少し気の抜けた顔でははは、と笑った。

 

「まいったな……。わかった。国から持ってきているとっておきのお菓子を二人に贈るよ。ありがとう二人とも」

「楽しみね、ディアナ」

「はい!」

 

 ザガルディのお菓子ってどんなんだろう? コモラが作ってたものとは違うものなのかな?

 

 と、私がお菓子に思いを馳せていると、レンファイ王女がお茶のカップをカチャリと置いてイバン王子に話を振った。

 

「ところで今日はなにかあったの? 貴方も側近も疲れているようだけど」

「……ああ、ちょっとね。ここへ来る前にシムディアクラブの方で一悶着あって」

「そうなんですか?」


 私が聞くと、イバン王子はため息をついて腕を組んだ。

 

「クドラトにね、怒られたんだよ。『最近のおまえは気が抜けている。どうにかしろ』ってね」

「そうなの? イバンにしては珍しいわね」

「自分ではそうは思わないんだが、クドラトが言うには『いつもよりわずかに反応が遅い』らしい。クドラトと組んで六年目だからね、彼の言っていることは無視できないんだよ」


 わずかに遅いって……あのクドラトって人相当イバン王子のこと見てるんだね。

 

「ただ原因が思い当たらなくて困っていたら『演劇クラブと掛け持ちなんかするからだ』って言い出して」

「ええっ」

「それは関係ないって言ったんだけど、否定すればするほどクドラトが怒っちゃって、ついには『演劇クラブが関係ないと言うのならおまえの今の強さを証明しろ』って言って一騎打ちを仕掛けてこようとしたから、周りが慌ててそれを止めようとしたんだけどなかなか収まらなくてね……」

 

 うわぁ……さすがカタルーゴ人。一度頭に血が上ったらすぐに収まらないんだね。

 

「まさか覚醒までいったんじゃないですよね……」

「ああ、さすがにそこまではいかなかった。目は光り始めてたけどね。結局騒ぎに気づいたアサン先生がクドラトに鎮静の魔石術を使ってようやく鎮まったんだ。俺たちはその間にこっそり抜けて、こっちに来たってわけだ」

 

 イバン王子の説明にレンファイ王女が肩をすくめた。

 

「よほど貴方が演劇クラブに入ったことが気に食わないのね」

「元々、クドラトをシムディアクラブに誘ったのは俺だからね。彼としては誘った本人である俺が他のクラブに入るなんて考えてもいなかったんだろう」

「彼にとっては演劇クラブにイバンが浮気しているように見えたのかもしれないわね」

「変な言い方しないでくれよレンファイ。それに浮気なんて軽い気持ちで演劇クラブに入ったわけじゃないよ」


 イバン王子がそう言ってチラリと私をみる。

 

「ふふ、大丈夫ですよ。イバン様がちょっとした浮気心で演劇クラブに入ったとは思ってないですし、今さら辞めると言われても離しません。今年はイバン様とレンファイ様のお力で劇をヒットさせるって私の中では決まってるんですから。ふっふっふん」

 

 と、私は冗談っぽく言って胸を張った。その姿に「まぁ……!」とレンファイ王女が目を丸くしたあと笑い出し、イバン王子もそんなレンファイ王女を見て「ディアナには敵わないな」と眉を下げた。

 そこへアードルフがお茶のおかわりを持ってやってきた。

 

「お二人がそのように和まれるのは珍しいですね。なんのお話ですか?」

「アードルフ……さっきのクドラトの話だよ」

「ああ、あれは大変でしたね。クドラトは一度怒り出すと止まりませんから。カタルーゴ人の相手は本当に疲れます」

「カタルーゴ人は特殊だからね。そういえばディアナの父親であるクィルガーはカタルーゴ人にはあまり見えないな。常に落ち着いている雰囲気があるというか」

 

 そういえばみんな昨年度の全校集会の時にクィルガーの姿は見てるんだったね。

 

「そうですねぇ。お父様は生まれてすぐにアルタカシークに来ておじい様の養子になって、物心つく前からこちらの教育を受けていたので普通のカタルーゴ人とは違うのかもしれません。おばあ様にもかなり厳しく躾けられたってこの前言ってましたし」

「なるほど、教育というのはやはり重要なのだな。それがあって伝説の剣士となったのだろうな」

「ふふふ、お父様の自慢話ならいくらでもできますよ?」

 

 私が機嫌よくそう言うと、アードルフが真面目そうな顔で口を開いた。

 

「ディアナはクィルガー様と出会ってそんなに年月は経っていないと聞いたが、なぜそれほどまでに信頼関係ができているんだ?」

「それはもう、お父様が強くて格好良くて私を絶対守ってくれる人って確信があるからですよ?」

「ははは、世の中の父親が聞いたらたまらない言葉だろうな」

「ふふ、ディアナの理想の相手は父親だと言われたら男性は困るわね」

「理想の男性ですか?」

 

 私はレンファイ王女にそう言われてうーんと考える。

 

 確かにクィルガーは強くて優しくて格好良くて甲斐性があって愛するヴァレーリアを大切にしてる。うん、理想としては最高だ。

 

「そうですね、お父様が理想というのはあながち間違いではないかもしれません。お父様を超える人でないとお相手としては考えられない気がします」

「まぁ」

「ディアナ……クィルガーを超える男というのは……」

 

 と、イバン王子がなんともいえない顔で言ってくる。

 

「理想が高すぎますかね?」

「そうだね。伝説の騎士を超える人材はそう簡単には見つからないと思うよ」

「じゃあ気長に待ちますよ。多分私、寿命は長いので」

「百年単位で待つつもりかい?」

「そうです。理想は高く! 野望は熱く! です」

 

 私が拳を握ってそう声を張ると、聞いていた三人が声を上げて笑った。

 

「ははは、なんだい? それ」

「私のモットーです。思いついたのは今ですけど」

 

 キリッとした顔でそう言うとさらに笑い声が増した。振り返ると、いつの間にかこちらの小上がりに近づいてきていたラクスが爆笑していて、ケヴィンが呆れた顔で私を見ていた。どうやら二人とも側で聞き耳を立てていたらしい。

 

「どうして其方はそう……」

「あははは、ディアナらしいな」

「ちょっと、盗み聞きしないでくださいよ二人とも」

「もうそろそろ練習を再開しないかと言いにきたのだ」

「あ、本当だ。ちょっと休憩が長引いちゃいましたね。じゃもう一度読み合わせを始めましょうか」

 

 私はそう言って腰を上げる。

 結局その日も寮へ戻るギリギリの時間まで練習に明け暮れた。

 

 

 

 

意外なところでディアナの弱点がわかりました。

ディアナの耳は上がったり下がったり赤くなったりよく変化する部位です。

イバン王子から謝罪の代わりにお菓子をもらえることになりました。


次の更新は12/6、

挑戦状 です。

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