脚本の完成と配役決定
女子会を受けて改めてヤティリが書き直した脚本が出来上がった。
私はヤティリと一緒にそれを持ってオリム先生の元へ行き、印刷機が置いてある部屋に連れて行ってもらった。印刷機は校舎一階の職員室の近くの部屋にあった。
「おおお……これが印刷機……」
作家を目指している者にとっては興味をそそられるものらしく、ヤティリは感動の声をあげて体を震わせている。ちなみに私はそこまで興奮はしていない。
そもそも恵麻時代だってどんな仕組みで印刷されてるかなんて考えたこともなかったし、この印刷機を見てもなにがなにやらわかんないもんねぇ。
印刷機を実際に使う職人さんに説明してもらったところ、印刷したい原稿を一度別の紙に転写し、その転写した紙を印刷機にセットしてインクを乗せる。そのインクは書いてある部分にはそのまま乗るけどなにも書かれていないところには乗らないという性質があるらしく、それを利用して上から紙をかけ、プレスすると上の紙にコピーできるという仕組みらしい。
ヤティリの原稿を職人さんに渡して、実際に使っているところを見学させてもらう。
「今までは文字を掘った金属を並べてそれにインクを乗せて印刷するやり方が普通だったんだけど、少し前にこの印刷技術が開発されて今まで刷れなかった絵画なんかも印刷されるようになったんだよね。文字を並べなくて良くなった分すぐに印刷できるようになったし」
なるほど……金属の文字を並べて印刷するやり方は恵麻時代になんかの作品で見た気がするけど、その次の技術が発見されたんだ。
「詳しいねヤティリ」
「……ぼ、僕の叔父さんが作家なんだ。文章の書き方から本の作り方までよく教えてもらってたから……」
「へぇ、ヤティリの叔父さんも作家なんだね。文章を書ける才能は血筋なのかな」
「どうだろ……叔父さんのことはすごく尊敬してるし天才だと思うけど、売れるまでにかなり苦労した人だから……」
「そうなんだ」
「しかし今や世界で一番売れている本を書いた有名作家になったのですから、間違い無く才能はあるのではないですか? ヤティリもその血を引いていると思いますよ」
と、隣で私たちの話を聞いていたオリム先生がそう言って微笑んだ。
「え? 世界で一番売れてる本って……」
「もちろん貴女が去年劇で使った『砂漠の騎士 クィルガー物語』です」
「ええええええ⁉」
クィルガー物語⁉
「ヤティリの叔父さんってあの本書いた人なの⁉ えっと、確かラティシって名前の……」
「う、うん……」
「わぁすごい! ヤティリあの人の甥っ子なんだ! どうりで才能あると思ったよ」
「そ、そそ、そんなことないよ、僕に才能なんて……っ」
「そんなことあるよ! ヤティリには天才の血が流れてるって思ってたんだよねぇ」
と私が手放しで褒めると、ヤティリは動揺して原稿の入っていたファイルで顔をバッと隠した。
「ディ、ディアナ……そういうこと真正面から言うの……やめて……」
どうやら本気で困っているようだ。その様子を見ていたオリム先生がニコニコしながら言った。
「ヤティリはとてもシャイなんですねぇ」
「私としては無限に褒めたいところなんですけど」
「これ以上はやめて!」
そんなことを言っている間に一枚目が刷り上がった。ヤティリが書いた文字がそのまま綺麗に印刷されている。
へぇ、綺麗に刷れるものなんだね。こうやって本って出来上がっていくのかぁ……て、ん? あれ? 私なんか大事なこと忘れているような……? 印刷物について聞きたかったことがあったような……なんだっけ?
そこまで考えて、唐突にそれがなにか思い出した。
「あー! 忘れてた! 本の使用許可だ!」
私が突然大きな声を出したのでヤティリがビクリと肩を震わせた。
「ディ、ディアナ?」
「ねぇヤティリ、私去年クィルガー物語の劇をやったでしょ? その時に特に作家さんには許可を得ずにお話を使ったんだけど、それって大丈夫なの? 使用料とかいるものなの?」
去年ソヤリとその話になった時に旅芸人が劇で本を使う場合については旅芸人ギルドに聞かなければわからないと言われて、じゃあサモルに聞こうと思ってあと回しにしたのだ。サモルに調べてもらうようには頼んだけど、結果を聞くのをすっかり忘れていた。
「いや、そういう場合は使用料はいらないはずだよ。その劇を商売にしているんだったら許可証と使用料は必要だけど」
「タダで観せているうちは許可もお金もいらないってこと?」
「そう」
「そっか、よかった……」
私はほっと胸を撫で下ろす。
じゃあ旅芸人が本を使おうと思ったら使用料がいるってことなんだね。平民が払える額じゃなかったらなかなか本を元にした劇ってできそうにないなぁ。
そして次の日、久しぶりにメンバー全員に集まってもらって、刷り上がった脚本を配った。私はみんなが脚本に目を通している間に、壁に設置してある白板に登場人物の名前を書いていく。
主な登場人物は以下の九人だ。
・シャハール(主人公)
・マリカ(主人公)
・ティルバル(悪戯の申し子)
・ドレル(シャハールの父)
・マリアンナ(シャハールの母)
・モリス(シャハールの付き人)
・チャイルズ(マリカの父)
・ノーラ(マリカの母)
・アンドレア(マリカの付き人)
そのうち、シャハールとマリカとティルバルの下にはイバン、レンファイ、ディアナと書く。それを見ていたファリシュタが「思った通りティルバルはディアナなんだね」と言った。
「そりゃ世の中を引っ掻き回す、人ならざる者といえば私しかできないしね」
「ディ、ディアナ……」
「ふふ、冗談だよ。まぁそういう雰囲気があるっていう理由もあるけど、ティルバルは主人公の次に台詞が多いし、普通の人間じゃないから演じるのは難しいと思うんだよね。だからこの子は私がやった方がいいだろうなって思っただけ」
それを聞いていたヤティリが小さく頷く。
「僕は脚本を書く時からこの子はディアナに演ってほしいなって思ってたよ……」
「任せて。とってもわぁるい、でも魅力的なティルバルを演じてみせるから」
私はそう言ってニヤリと笑った。
「わ……すでにティルバルっぽいよディアナ」
「本当ですわ」
ファリシュタとイリーナがそう言って目を丸くしている。
「ところでディアナ、わたくしが作る衣装はここに書いてある九人分ということでいいんですの?」
「そうだね。あ、でもシャハールとマリカとお付きの二人は貴族の服とお忍びの時の平民っぽい服のふたパターンいるんだよね」
「縫製機があれば平民の服を縫うのはすぐにできると思いますわ」
「イリーナ、平民の服って作ったことあるの?」
「もちろんありませんわ!」
胸を張ってそう言われて私はズッコケる。
「どうしようかな……イシュラルに頼んで見本を持ってきてもらおうか……」
「あの、ディアナ、それならもう買ってしまった方が早いんじゃないかな? 平民の服ならすごく安いし」
「あ、そっか。安いんだったら買っちゃった方が早いね」
ファリシュタの提案に私はポンと手を打つ。
「まぁ……ではイバン様とレンファイ様が平民の服を着るんですの? それは……」
生粋の貴族のイリーナが眉を寄せる。
「それはマズイの?」
「あまりいいとは思えませんわ。明らかに生地の質は落ちますし、観客がそれに気づくとそちらが気になって演技どころではないかもしれません」
「あー……それはダメだね。それならいい生地を使って『平民風』に見せるしかないかぁ」
「その方がいいと思いますわ。ああ、でも参考に平民の服は見てみたいですけれど」
「わかった。うちのトカルに頼んで持ってきてもらうよ」
「ではわたくしは脚本を見ながらどのような衣装にするか考えますわ」
イリーナはそう言って練習室の端にある小上がりに座って衣装デザインを考え始めた。よく見ると目がキラキラと輝いている。
イリーナは本当に服を作るのが好きなんだねぇ。
みんなが脚本を読み終わったので初見の男性陣にそれぞれ感想を聞いてみると、概ね面白いという感想だった。ただラクスとケヴィンは二人とも顔を赤くしてモジモジしていたけど。
二人は恋愛物語自体に抵抗がある感じだね。
イバン王子とハンカルとチャーチは見たところ平気そうな顔をしている。チャーチに至っては「この主人公を僕にやらせてほしかったよ!」と言っている。さすが恋愛好きだ。
「ではイバン様とレンファイ様以外の配役を決めたいと思います。二人の母はあまり出番はないので、そのうち一人にマリカの付き人役をやってほしいと思ってます」
「その人だけ一人二役ということか?」
「そうだよラクス。まぁ母役にはあまり台詞はないから二役でも大丈夫だと思う」
「男はシャハールの父とマリカと父とシャハールの付き人か……体格からして父役の一人はチャーチ先輩じゃないか?」
「そうだね。それに登場人物の性格を考えるとチャーチ先輩にはマリカの父をやってほしいかな」
「そうなのかい?」
私の指名にチャーチが眉をあげて聞いてくる。
「はい。シャハールの家は真面目な家柄でシャハールの父は厳格な性格です。一方マリカの家はどちらかというと大胆で派手な家柄でマリカの父は豪快な性格なんです」
「ああ、だとしたらチャーチは絶対マリカの父だな」
ケヴィンが納得したように頷く。
「わかった、僕はマリカの父チャイルズをやるよ。そうするとシャハールの父はケヴィンに決定じゃないかい? ケヴィンは真面目だし厳しいし、地味だしね」
「地味は余計だ!」
チャーチの言葉にケヴィンが眉を吊り上げる。
「派手で豪快な僕と正反対な君にはピッタリだと言っただけだよ」
「お前は派手で尻軽なだけだろ」
「女性にモテるのは悪いことではないよ?」
「モテてると思い込んでるだけじゃないのか?」
「おや、ひがんでいるのかい?」
「誰がひがむか!」
勝手に言い合いを始めたチャーチとケヴィンを見てラクスがポツリと「すげぇな、もうこの話の父親同士と同じように喧嘩始めたぜ……」と呟いた。
それを聞きながら私は白板に「シャハールの父 ケヴィン、マリカの父 チャーチ」と書き足した。
「じゃあシャハールのお付きのモリスはラクスってことで」
「おう、わかった」
「モリスは要所要所でシャハールと踊るから最初からモリスはラクスかなって思ってたんだよね」
「はは、じゃあ最初から男性陣は決まってたようなもんだな」
「だね」
チャーチとケヴィンはまだやり合っているが、そこは無視してホンファとシャオリーに話を振る。
「あとはシャハールの母とマリカの母なんですけど、どうしますか?」
「シャハールの家が真面目なんだったら、そっちが私か? シャオリーはどっちかというとおっとりしているから」
「そうだね。じゃあシャハールの母はホンファで、マリカの母はシャオリーってことでいいですか?」
「わかった」
「はぁい」
「あとはどちらかにマリカのお付きもやってほしいんですけど……」
私がそう聞くと、二人はお互いに顔を見合わせた。
「シャオリー、二役はできそう?」
「うーん……どうでしょう?」
二人とも演劇自体が未知の世界なので決められないようだ。
そこで私はとある提案をした。
「二人とも今からラクスがやる動きをやってみてくれますか?」
「え?」
「マリカのお付きのアンドレアには踊る場面があるんです。それがスムーズにできる人にやってもらおうと思います」
「お、踊りだと?」
ホンファが戸惑った声をあげる。
「私とラクスが考えた新しい踊りだから大丈夫ですよ。ラクス、ちょっと簡単な動きやってみてくれる?」
「おう、いいぜ」
私に頼まれてラクスが二人の前に出て、簡単なステップを踏んだ。簡単なといってもラクスが覚えてきた踊りは速くて複雑なので、初心者の人には難しいだろう。
「ラクス、もうちょっとゆっくりめで」
「お? これくらいか?」
ラクスにさらにスピードを落としてもらって二人に見てもらう。
「できそうですか?」
「え……っと、こう、か?」
「え? あれ? こう?」
二人は見よう見まねでラクスのステップを踊る。
……踊るというか、変な動きをしてるだけになってるけど、体の動きがいいのは圧倒的にホンファだ。シャオリーは動き自体は覚えられると思うけど絶対に一テンポ遅れそうである。
「お付き役はホンファ先輩にお願いします」
「え、あ、わかった……あの、これはレンファイ様も踊られるのか?」
「もちろんです。主役の二人と私は踊れる場面があれば入れていこうと思ってますから」
「そうなのか……」
ホンファはそう言ってレンファイ王女の方を心配そうに見る。自分の主が禁忌だった踊りを踊ることに抵抗があるのだろう。
当のレンファイ王女はイバン王子と早速読み合わせをしているようだ。
さすが努力家の二人。時間を無駄にしないね。
それからは基礎練習の成果をチェックして、それぞれ気をつけるところをアドバイスする。イバン王子、レンファイ王女、ケヴィンはもうほとんど完璧だ。いつでも舞台に立てるレベルになっている。
それからは男女に分かれて採寸することになった。
男性陣の採寸はハンカルとケヴィンに任せて、女性陣は別室へ移動し、私はイリーナと一緒に女子の採寸を手伝う。さすがに大国の王女様には触れられないという理由でレンファイ王女だけホンファとシャオリーにやってもらった。
「ホンファ先輩は騎士なだけあってバランスのいい体つきですよね。腹筋とか割れてそう」
「ディアナ、そんな風に体を見ないでくれ。恥ずかしい……」
「シャオリー先輩のお肌はモチモチしてらっしゃるのね」
「そうかなぁ? ぷよぷよしてるとは思うけど。イリーナの肌は北国特有の白くて綺麗な肌だよねぇ」
「まぁ、ありがとうございます。あら? ディアナの髪とてもいい香りがしますわ。どのような香油を使っているの?」
「あ、これ? うちで育ててるアティルの花から作ってもらった香油だよ」
「アティルにこのような香りがありますの?」
「まぁ本当だわ。いい香りね」
「わ、レンファイ様まで嗅がないでくださいっ」
「ふふふ、いいじゃない」
そんな風に女子っぽい会話をしながら採寸をしていると、あっという間に寮へ戻る時間になってしまい、私たちは慌てて部屋を出た。
女子時間の時の速さ、恐るべし。
ヤティリの叔父さんはあの有名作家でした。
そして配役も決定して演劇クラブっぽくなってきました。
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